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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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狛百合家は想像以上に大きいそうです。いろんな意味で。


 それにしても、本当に今更な話だが……。


「狛百合家は代々、『帝』に使えてきた由緒ある一族です。今もってその威光は衰えることなく、深くは国のまつりごとにも欠かすことのできない権威ある一族であると言うことをお忘れなきようお願いいたします」


 引っ越しから三日目、荷解きをしていた私のもとに、奏さんから世話係であり教育係として、一人の男が送られてきた。

 男は来て早々、私に一枚の書類をさし出すと、何事? と、私が軽く混乱している中、私に深々と頭を下げて見せ、突如、上記の説明をはじめやがったのだ。

 意味が解らず眉間によるしわもそのままに、渡された書類に目を通してみれば、その書類は履歴書のようなものだと言うのが分かった。しかも写真付き。


青龍寺せいりゅうじ かなめ? って、名前がごっついな」


 素直な私の感想だ。

 男あらため、青龍寺さんに顔を向けて、まじまじと彼を観察すれば、これまた優吾に劣ることのないイケメンだった。なんだかなぁ。

 いや、イケメンは好きだけども。


「我が青龍寺家は代々、狛百合家に仕える家系でございます。狛百合家には我が青龍寺家のように遥か昔より仕えている一族があと三家存在しております」


「そうですか、今何となく、他三家の苗字は想像ついた」


「次期奥様は御聡明でいらっしゃる」


「扱いが微妙だわぁ……」


 メイドさんやら執事はいらないですと、優吾と同棲を始める前に奏さんには言ったはずなんだが……それがどうしてこうなった?

 全身黒スーツの男は、顔の表情筋が死滅しているのか、御聡明と人をよいしょするクセに、にこりとも笑わない。

 笑わないどころか、ここに登場してから青龍寺さんの顔の表情は、唇とまぶた以外ピクリとも動かないのだ。精巧な仮面でもかぶってるのかよ、と突っ込みたくなってくる。

 書類の通りなら、彼の身長は百八十五センチ、体重七十キロ、年齢三八歳、得意科目は語学と家事全般。得意技能に剣道・合気道・射撃とある。が、前二つは分かるんだが、射撃って何。射撃って。

 どっかのボディーガードかあんた。この国では個人で銃の所持は出来ないんじゃなったですかねぇ? できないよね?

 感情の鱗片さえうかがえない目の前の男は、まるで訓練された猟犬か、あるいはターミネーターだろうか、と疑いたくなるほど微動だにしない。

 鋭いナイフを思わせる切れ長の瞳は隙どころか、何も見えないくらいに真っ黒だし、形の良い鼻と唇はまるで作り物のようだ。

 怖いくらいにゾクリとする美形なのに、感情が一切見えないのは『イケメン』ということよりも『怖い』が先に立ってしまう。


「チェンジで」


「却下です」


 無表情でずっぱり切り捨てられた。


「いや、意味わかんないんですけど。青龍寺さんは何しに来たんですか? 教育係はまあわかるとして、世話係はいらないんですけど……」


 そう言って首をかしげて見せても、青龍寺さんの表情は変わらず。彼の顔はもうあれでデフォルトなんだろうと、無理やり自分を納得させることにした。

 だがしかし、自由なマイスペースに他人を入れたくない私としては、心身ともに自由を望んだからこそ、奏さんに世話係はいらないと言ったはずなんだが。


「奥様からお話は伺っております。優吾様との契約結婚についても把握していますが、それとは別のお話です」


「世間体ってやつですか?」


 付き人の一人も置かないと怪しまれるとか?

 別の話と言われても私にはなんだかピンと来なくて、再度疑問に首をかしげてしまう。


「そうではございません。春乃様が一般家庭のご出身であると言うのは伺っておりますので、執事やメイドが不要という春乃様のお言葉を決して軽んじたわけではございません。ですが、春乃様は奏奥様と優吾様の認められた次期ご当主の奥様になられるお方、すなわち、間違いがあってからでは遅いのです」


「間違い?」


「いつ何時、誰にその尊き命を狙われないとも限りません。春乃様を人質に取り、優吾様や現当主の雅臣まさおみ様に危害を加えようとする者が現れないとも限りません。私はそう言った事態を未然に防ぐべく、世話係と教育係を兼任しつつ、春乃様をお守りするのが役目でございます」


「つまり、私のボディーガードが本来の目的であると、そう言うことですか?」


「その通りでございます」


 青龍寺さんはそう言うと、また恭しく頭を下げて見せた。

 これだから旧家ってやつは……はぁ。やめよう。もうこの手のことを言い出したらきりがない。

 本当に今さらだが、子守り付きでどうやって浮気しろと。


「書類にサインしたのは早計だったかなぁ」


 そう思わずにはいられなかった……。




 だが助かることもある。

 いくら一緒に暮らす、家族になるとは言っても、さすがに優吾の荷物を私が勝手にいじるのはどうにも気が引けるのだ。

 見られたくない物とかあるだろうし。

 そう思っていた矢先だったから、青龍寺さんの出現はある意味では助かったと思う。


「一向に片付かなかったから、本当に助かりました。ありがとうございます」


 あらかた段ボールの片付いたリビングは、アホほど広い空間がよみがえっていた。

 家事全般が得意と言う青龍寺さんは、片付けもプロ並みに早かったのだ。一人暮らしの私よりもよっぽど片付け上手なんだが、これはそのへんのご教授も受けたほうがいいだろうか? なんて、ちょっと真剣に思ってしまった。


「ありがたきお言葉でございます。春乃様、そろそろ三時を回ります。休憩をお取りになってはいかがでしょうか? 実は、私は美味しい紅茶を入れるのが得意でございまして、一度ご賞味いただきたく思うのですが。いかがでございますか」


 いちいち言い回しが面倒くさいが、半日一緒に部屋の片づけをした仲だ。最初こそ怖いと思ってしまったが、半日であの無表情にもだいぶ慣れた。

 それに、自信満々な彼の紅茶にもちょっと興味がある。


「飲んでみたいですっ」


 私がそう返せば、青龍寺さんは美しい所作でもって礼をして。


「では、すぐにご用意いたします」


 そう言うと、広々キッチンへと足早に移動し、私は青龍寺さんの背中を見送って、リビングのソファーに座った。

 ソファーに深く腰を沈め、ふっと息を吐き出せば、キッチンから食器のこすれる音が聞こえてくる。まったりとした午後のひと時だ。なんて、ちょっと落ち着いて来れば、やはりあらためて思う。


(本当、広いリビング)


 何しろ私が暮らしていた前のアパートの広さと、このリビングが同じくらいある。もしかしたら、こっちのリビングのほうが広いかも。


(うわぁ。この部屋って家賃いくらだろう)


 なんかそれを優吾に聞く勇気は持てないわぁ。

 大きなリビングには五十インチを越えた大きなテレビ、青い脚のガラステーブルが置かれ、テーブルの前には三人がけの白いソファーと、テーブルの左右に一人がけのソファーが二つ。

 左側には大きな窓があり、ソファーに座っていれば、窓から見える視界に他のビルなどは見えない。さすが高層マンション。

 窓には趣味のよい空色の遮光カーテンと、白いレースのカーテンがかかり、今はレースのカーテンだけが窓を隠している。

 リビングの右側にはドアがあり、その先は廊下だ。左右に伸びた廊下は、右に進むと玄関に続くドアがあり、反対の廊下を進めば突き当りに客間があって、さらに右に曲がれば、私と優吾の寝室がある扉が廊下の左右にあって、奥は行き止まりだが、そこにも扉が左右に並んでいる。左の部屋が私の個人ルームで右が優吾の個人ルームである。

 ちなみに、お風呂とトイレはリビングと玄関の間にある。ついでに言うなら私と優吾の寝室は別です。当たり前だが。

 まあ、アホほど広いのだ。しかも、このマンションで暮らすのは結婚するまでの間だけって言うんだから、本当にもう金の使い方がわけわからん。

 少なくとも籍を入れたら優吾の実家に行くことになりそうではある。ただ、このことに関しては、私も優吾も反対しているのだ。

 もちろんお互いの都合が最優先されているからなのだけど、奏さんや優吾の父、雅臣さんは、私と優吾を実家に入れておきたいようではあるらしい。

 なんだかなぁ。

 そうつらつら考えていた私のそばに、青龍寺さんが紅茶を持って現れて、私の取り留めもない考えはあっというまにどこかに消えていた。


「お待たせいたしました。春乃様が甘いものを好まれると伺いましたので、お茶請けにアメードパリシュのイチゴムースとベリータルトをご用意いたしました」


「今、聞き逃しちゃなんねぇ名前を聞いた気がするんですけど。アメードパリシュって言いました?」


「はい」


 青龍寺さんは慣れた手つきで目の前のテーブルにお茶とお菓子を乗せていく。って、何事もないようにお茶の準備してるが、私はそれどころじゃないんですけどっ!?

 アメードパリシュと言えば、お菓子の特集を組んだテレビや雑誌に必ず載る有名な洋菓子店の名前だ。予約待ち、順番待ちは当たり前、店のパティシエが有名な三つ星レストランで働いていたこともあってか、海外からのお客もかなり多いとか。

 オーナーが日本人の女性と結婚したから、この国で店を開いたらしいと、かなりの愛妻家と言うのも有名な話。


「いや、はいじゃなくて。そんな有名なお菓子、買うだけでもどんだけ大変なんですかっ」


 味だって三つ星と評判だって言うのにっ!


「オーナー・メルビード様の奥様でいらっしゃいます彩夢あやめ様は、奏奥様と中学のころから交流がございまして、新作のスウィーツや季節限定の商品が出るたびに奥様へと送ってくださるのです。このお菓子は奏奥様が、ぜひ春乃様にと私に持たせたものでございます」


 青龍寺さんは淡々とそう言うと、タルトを切り分けて取り皿に乗せ、紅茶とともに私の前に置いた。

 その横にイチゴムースを置くのも忘れていない。


「イチゴの甘酸っぱい香りと鮮やかな赤が私を誘惑する……」


 これ、私が手を出して本当にいいものなんだろうか?

 見た目も美しいムースとタルト、すでにタルトはナイフが入ってしまったので、早速返すという選択肢が消えてしまっているが、香ばしい紅茶の匂いと混ざり合って、私の胃がきゅーっとなる。


「どうぞ、イチゴの誘惑に身を任せてください」


 そう言うと、青龍寺さんはこの時、初めて口の端を釣り上げて微かに、本当に微かにだが微笑んで見せた。

 その衝撃を想像できるか? 私なんて、衝撃のあまり手に持っていたフォークを落としたくらいだ。まだおやつに手を出す前でよかったわ。


「ほ、本当に食べちゃいますよ?」


「召し上がっていただけないと、私が奏奥様に怒られてしまいます」


 そうよね。うん。青龍寺さんが怒られたらかわいそうだわ。


「い、いただきます」


 それに、食べ物は美味しいうちに頂いてしまわないといけない!

 私は一口大にタルトを切り分け、思い切って口の中に放り込む。


「な……」


 なんて、なんて美味しさだろうかっ!!

 甘すぎず、イチゴの風味がこんなに楽しめるタルトなんて、私は生まれて初めて食べたっ。カスタードクリームがイチゴを引き立て邪魔をしないっ。タルトのサクサクの皮が何とも言えずにいい触感だっ。噛むごとにイチゴが香って鼻腔を通り抜けるたび、幸せな気持ちが私の心に湧き上がるっ!

 思わず泣きそうだ。だが何よりも、顔が締まりなくにやけてしまうっ!


「おいしいですっ」


「お気に召していただけて何よりでございます」


 こうなったら、しっかり味あわないとイチゴに申し訳が立たないっ!

 私はイチゴのムースにも手を出そうと、口直しに紅茶を一口飲み。


「――びっくりした。紅茶って、こんなにおいしかったですっけ?」


 スウィーツの美味しさを邪魔するでもなく、かと言って紅茶の風味が逃げているわけでもなく、濃い紅茶の味がするのに渋みがほとんどない。

 だけど、物足りないと言う感じではなく、口の中をさらっと通り抜けて、紅茶の香りだけが余韻を残す。

 缶やティーバックのとも違う。これが紅茶なんだと言われれば、私は今までちゃんと紅茶を飲んだことなどないんじゃないかとさえ思えた。


「春乃様は正確かつ繊細な舌をお持ちなのですね。お褒めにあずかり光栄にございます」


 そう言って恭しく礼をする青龍寺さんは、やはりかすかに口の端が笑っているように見えた。うん。なんだろうか、この口惜しさ。私、なんか確実に餌付けされてる気分なんだが、とは心の端っこで思うも、美味しい紅茶と甘いモノの誘惑に、私は早々に抵抗する気は失せていた。するだけ無駄です。

 そんな感じで私が嬉々として諦めておやつを堪能していれば。


「ただいまー」


 と、聞き覚えのある声が玄関のほうから聞こえた。


(んん?)


 丁度テレビの真上辺りにかけてある壁の時計を確認すれば、まだ四時にもなっていない。ということが分かったところで、リビングのドアが開いた。

 そこには今朝、見送った時と同じネイビーブルーのビジネススーツを着た優吾の姿があって、私は口に入れたタルトとフォークもそのままに、優吾へと手を上げて。


「んー……早かったね」


 口の中の物を飲み込んでから優吾にそう返事をすれば、彼は誰もが見惚れそうなほどの微笑みを顔に浮かべて私に近づいてくる。

 これで本当にただの婚約者だったら、思わずキスをねだりたくなるほどの甘い微笑みだ。


「会議が思いのほか早く終わったんだ。それに要が来てるって聞いたから、早めに帰って来ちゃった」


 そう言って微笑み続ける優吾に、青龍寺さんもしっかりと頭を下げて見せる。


「優吾様、お帰りなさいませ」


「うん。ただいま」


 優吾の言葉を聞き終わると、青龍寺さんは優吾の側まで近づいて、彼の脱いだ上着とネクタイを当たり前のように受け取り、私と優吾に一礼してから、リビングを静かに出て行った。その無駄のない動きにこっちは唖然だ。


「何にも言わずに上着やネクタイを渡す優吾にも驚いたけど、それを当たり前のように受け取って部屋を出た青龍寺さんにも驚いたわ」


「え? そう?」


 不思議そうに首をかしげる優吾の態度に、ああ、当たり前のことに疑問を持つ人はいないだろうな、と納得。

 きっと生まれた時から、優吾は誰かに世話をしてもらうのが当たり前の環境に居たんだろう。さすがお坊ちゃん。


「まあ、なんでもいいけど」


「もう、なんだよ?」


「別にどうでもいいことだって。それより、行くんでしょ?」


 ここ三ヵ月間の優吾は、仕事が終わると必ず恋人のところに向かっていた。ここに越してきてからは、まだ三日しかたってないが、前日、前々日と、恋人のところに行き、一緒に夕飯を食べてから、のんびり一緒に過ごしていたようだ。

 今日はたまたま早く帰ってきたが、きっと今日も昨日やその前と同様に、恋人の家に行くんだろう。

 私はそう思って、とくに優吾と会話を続ける気もなく、残りのおやつに意識を向ける。


「美味しそうな物食べてるね。一口ちょうだい」


 私の疑問には答えず、優吾は少し甘えたような声でそう言うと、私の隣にくっつくように座ってきて、あざとい顔で私の目を下から覗き込むように見つめてきた。


(こいつ……)


 まるで子犬か子猫のように、可愛らしい顔で微笑みを浮かべる優吾に、軽くイラッと来る。私は何度この顔に騙されたことか。

 自分の顔がすこぶるよろしいことを十二分に知ってて、こいつは完璧に使いこなしてくるのだ。

 ある時は、奏さんとの約束を私に丸投げし、またある時は、私とデートをすると嘘をついて、恋人と一晩過ごすためのダシに使われ、またまたある時は、恋人の我がままを聞くために私が熱を出したと会社を休み、その口裏合わせをさせられたこともあった。

 そのおかげかここ三ヵ月で、嫌と言うほどこいつの腹黒さとあざとさを知ったのだ。契約を破棄しないだけ私のやさしさと寛大さに感謝してほしいくらいだ。そんな私に、お前のおねだりや甘えが通じると思うなよ。


「タルトもムースもまだ残ってるから勝手に食べれば? お茶が欲しいなら青龍寺さんに言えばいいじゃない」


 私は心底冷め切った目で、じっとりと優吾を見つめて言い捨てた。

 お前の顔なんざ三ヵ月も見続けてれば嫌でも慣れるわ。


「そんなにはいらないんだよねぇ。一口でいいんだ」


 おねがい。なんて、私に向かって優吾は両手を合わせてくる。

 人に拝まれる地蔵とは、きっとこんな気分になっているに違いない。どんな気分かって? 言うなれば微妙な気分だよ。こういう時ばっかり拝みやがって、って感じ。


「――はあぁ。で、どっちが欲しいの?」


 私の食べていたムースもタルトもまだ半分ほど残っている。てか、おやつを一口やるくらいで、私も目くじらを立てるのは大人げない。

 そう思うと、溜め息の一つも吐き出したくなる。


「どうせなら両方ちょうだい」


 そう言うと、優吾は無邪気に笑って見せた。


「あーはいはい。じゃあフォーク持ってくるから――」


 待ってて。と、私はソファーから立ち上がりかけたが、優吾に右の手首を持たれて、またソファーに座ってしまう。

 何がしたいんだこいつは。


「腕、離してくんない?」


「わざわざ取りに行かなくてもいいよ。どうせ一口しか食べないのに」


「そうですか。てか、そう言えばあんたって、間接キスとか気にしない奴だったわね」


 これもここ三ヵ月で知ったことだ。優吾はあまりにもいろいろ気にしなさすぎる。

 間接キスもそうだが、こうして体が密着するほど他人と距離を詰めることとか。


「そんなことないよ? でも春乃はこれから家族になる人だから」


 と言って優吾は笑う。お前の中の親密度ってのはどういう区分けがされてるんだよ。もうなんだか面倒くさくなってきた。

 私は自分のフォークでタルトを切り取ると、それを優吾の口の中に入れた。彼が嬉しそうにタルトをかみ砕いているのを横目に、ムースのほうも切り取って、優吾が口の中の物を飲み込んだのを確認してから、ムースのほうも彼の口の中に突っ込んだ。


「美味しいね。さすがメルビードさんの作ったお菓子は違うよ」


「何にも説明してないのに、味だけでわかるの?」


「そりゃわかるよ。食べ慣れた優しくて繊細な味だもん」


 そう答えて、美しい完璧な微笑みを浮かべる優吾に。


「はー。すごいね」


 私は素直に感心してしまった。伊達に旧家のお坊ちゃんじゃないんだなぁ、なんて。

 素直に私が驚いて見せれば、優吾は楽しそうに笑ってみせた。本当にごく自然な笑顔で、それにもちょっとだけ驚いてしまう。


「すごくもないよ。春乃だって、慣れてしまえばわかるようになると思うけどね」


「そうかな?」


 さすがにそうとは思えないが、まあ美味しいものをたくさん食べられる機会が、今後たくさんあるんだろうと言うことに喜んでおこう。


「きっとね。さてと、じゃあ、僕はお風呂に入っちゃうから、要が戻ってきたら夕飯は任せるって伝えておいてくれる?」


 優吾はそう言うと、ソファーから立ち上がって私に背を向ける。


「わかったー……って、今日は出かけないの? てか、夕飯を青龍寺さんが作ること前提かよっ」


 いろんな意味でビックリしたわっ。思わず突っ込んだ私の言葉に、優吾はリビングのドアの前でいったん足を止めると、こちらに振り返り呆れたような顔を見せた。


「一般的な専業主婦がやるようなことは一切しないでいいって、前にも言ったでしょ? 契約書にも書いてあるよ?」


「いや、覚えてるけど……」


 今日は親子丼でも食べようかなぁ、と思っていたから、冷蔵庫には私一人分の鶏肉しか入っていない。

 もしかすれば、青龍寺さんが優吾の分をすでに買い足しているかもしれないが……。


「それじゃあ問題ないよね?」


「まあ、問題はない。私的には……うん」


「それと、しばらくはこっちで過ごすことになると思う……ケンカしたんだ」


 優吾はそう言うと、私の返事も聞かずに、さっさとリビングから出て行ってしまった。


「は? ケンカ?」


 すでにリビングを出て行ってしまった優吾に私の質問など届くわけもないが、ケンカの原因なら嫌でも思い当たるから、私はポツンとリビングで、非常に微妙な気分のままおやつの残りを食べる羽目になった。

 ケンカの原因は、たぶん私の存在だろうな。


切りのいいところを選ぶと、文章の文字数がバラバラなってしまうのです。

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