パーティー3
会場内は空々しいほどにきらびやかだ。
とにかく広い会場内はすでに人でいっぱいだ。ぐるりと見回せばテレビでも見たことある顔がちらほらと……本当に、駒百合家ってすごいんだなぁなんてしみじみと、今さらながらに感心するが。
私は今、用意された長テーブルの前に座り、この現実味が一切感じられない会場で、ものすごい疎外感にいたたまれなさを味わいながら、とにかく『笑顔』を顔に張り付けてじっと正面を見つめている。
テレビで見る有名人の婚約、結婚会見とかで見る状況を実体験する羽目になるとは思わなかったので、頭の中が真っ白である。いや、話は聞いてたし、こういう感じだよって説明は聞いて想像はしていたはずなんだけど、いざその場になると、これは、もうね。
「おうち帰りたい」
と私が小さくつぶやいても仕方ないだろう。わかってくれるでしょっ!? テレビや新聞の記者とかがいなのが唯一の救いだ。
「春乃は座ってるだけなんだから、まだマシだよ。僕なんてマイク持って挨拶しないといけないんだよ? まあほとんどの進行はあっちの司会の人がやってくれるからいいんだけね」
優吾も小声でそう言うと小さく息をつく。
ああ、まあ確かに。このパーティーの進行は全部、司会者のおかげでこっちは全く苦労がないのはありがたいけどさ。
「私ね、あの司会の人どっかで見たことある気がするの」
「ああ、彼はあれだ。朝のニュース番組の顔だから。わりと見慣れてるんじゃない? やっぱり知り合いに頼むのが一番安心するよね」
「え、うん。そうですね」
言われて『ああ!』と思わず納得した。そう言えばあの司会の人、毎朝、優吾が見る朝のニュース番組のメインアナウンサーさんだわ。
「交友関係の広さがつかめねぇよ駒百合」
「うーん。土木建築から政府高官やら王族やら、まあ広すぎるとは思うなぁ」
「ああ、そう言えば外国のパーティーにもお呼ばれされるんでしたっけ?」
「そうそう。あ、ほら。あそこの外人さんは、よくテレビでも顔が出るでしょ?」
優吾の指す会場の中央付近に視線を飛ばせば、確かに見覚えのある外人さんが複数人と固まって談笑している姿が見える。
「ああ、どっかの国防省の長官様でしたっけ? てか、あの人の横に居るの、どっかの大統領にそっくりなんですが……」
「ああ、うん。お忍びだから。その辺はスルーで」
「本人かよっ!?」
「よく見るとすごい顔ぶれだよ? あっちには王子様居るし、あっちは不動産王、あっちには我が国の総理大臣、あそこの女性は有名なオペラ歌手、こんなに豪華な集まりは本当に滅多にないよ? あとでサインほしかったら言ってよ。もらってきてあげる」
「わーいっ。て、喜べるかっ! 駒百合家ってなんなのっ! お前らって何者なのよっ!?」
今、凄まじくこいつと結婚することに恐怖と後悔しか湧いてこないんですけどっ!?
「うーん。うちって何なんだろう?」
「いや、そこはちゃんと把握しとこうよ。次期ご当主様よぅ」
本気で悩みだす優吾に、私はあきれるばかりである。
だけどそういう系の質問なら、要さんに聞くのが一番早いだろう。きっと嬉々としてクッソ長い説明をしてくれるにちがいない。
そうして優吾と雑談をしていれば、パーティーは優秀な司会の進行でプログラムが順調に消化されていた。
見回した視界の片隅に、優吾の友人トリオの姿を見かけたときのほっこり感は半端じゃないかったとだけは記しておこう。本当、知り合いの存在ってデカいわぁ。
その後は予定通り挨拶だとか、ダンスだとか、祝辞をいただいたり、お土産もらったり、友人トリオに癒されたりしながらダンスも無事に終わり、私と優吾はやっとつかの間の自由時間を与えられた。
自由時間と言っても、会場内に用意されてるお料理をつまみつつ、やはり会場を回って集まってくださった皆さんに今日のお礼を言うというお仕事アあるのだけども。
本当に申し訳ないが、私は笑顔を張り付け優吾の横で頭を下げたり、挨拶をしたり、しかやってない。ほぼほぼ会話は優悟任せで、時折される質問にちょこちょこと答える程度である。
何この緊張感。ハッキリ言って、前の会社で役員連中を前にプレゼンした時の方がまだマシだ。
正直に言えば、私は『駒百合家』を舐めていたと思う。まさかここまで著名人が集まるとは思っていなかったのだ。警備の厳重さも納得である。
契約があるからこそ、これは耐えられたことなんじゃないだろうかとしみじみ思ってしまったのだ。
だって、私は自分の身の危険を常に意識ないといけない環境で暮らしたことなど一度としてなかったのだから。
まだ優吾や彼の側近連中、それにご両親だけとしか会ってなかった時はいい。だってそういう意味での現実感なんて、せいぜい有名人の金持ち程度の認識だった。まあ、多少のぶっ飛び具合は目をつぶるとしてもだ。
でも、これは。あまりにも、私の現実からかけ離れ過ぎている。
優吾と出会わなければ、たぶん死んでも会うことがなかった人たちばかりが会場内に居るのだ。
私の中に芽生える疎外感は、例えるなら、真っ白い羊たちの中に居る真っ黒のヤギだ。どれだけ似ているように見えても、一目で『違う』と分かってしまうもの。
どれだけ頑張って白い羊たちの仲間なろうとしても、真っ黒いヤギは白くもなれないし、羊にもなれないのだ。
生まれ持った『自分』は変えようがないのだから。
だから『契約』に縛られるというのは、ある種の私の逃げ道、免罪符であったのだ。どれだけ大変だろうと、どれだけ現実味がなかろうと、自分自身の気持ちを偽ろうと、『契約があるから仕方ない』と、自分を許してこれたのだ。
だけど。じゃあ。それがなくなったら、どうなる?
私は何を頼りに頑張ればいい? 何をごまかせばいい? 契約がなくなったら私の存在価値はどこいある? 何も知らない私を一から育てるよりも、もともと持ってる人の方がはるかに楽だし、本当の意味で奏さんや雅臣さんが望む人も探せる。
優吾にとっても、もっと相応しい人がいるんじゃないだろうか?
私と彼らの関係なんて、紙一枚分の関係でしかない。
「春乃?」
優吾に呼ばれて、私はふと顔を上げた。
どうやら自分の思考に入り込みすぎていたらしい。
「なに?」
「いや、ぼうっとしてたから。大丈夫? 疲れた?」
そう言って私の顔をのぞき込む優吾に、私は笑って返した。
「大丈夫よ。ちょっと気疲れしちゃっただけ、慣れないことはするもんじゃないな」
すでにすべてのプログラムも終了し、私たちは会場に集まった皆さんを見送り、最後のお客様の一群が車に乗り込んだところで私はぐっと伸びをした。
何も問題なくパーティーは無事に終了。本当に一安心だ。奏さんも雅臣さんも満足そうにしていたところを見ると、おおむねパーティーは成功だったと言える。義母様たちが満足してくださったならそれだけで私も満足でございます、ええ。
「まあ、一先ずこれで大きな行事はいったん終了だよ。お疲れ様」
優吾はそう言うと、優しく微笑み私の頭を労わるに撫でた。その心地よさに、私はそっと目を閉じる。自分で思っているより疲れているらしい。
「もっと褒めてくれてもいいのよ」
「うん、偉い偉い」
優吾の穏やかな声や、その暖かな手のぬくもりから、優しさが伝わってくる。彼は随分と私に気をまわしてくれてるようだ。それを感じると、ここまで来て何を考えてるのかと思う。結婚までもう秒読みだろうに。
そして、それと同時に思う。
「あー。お腹減った」
婚約はあくまで予定である。つまり、それは絶対じゃないのだと。
「会場ではほとんど料理に手を出す暇もなかったもんね。僕もお腹減った。着替えたら何か食べに行く?」
「いや、会場に戻って残ったお料理を詰めてもらうのはダメですかね? なんかいっぱい残っててもったいないんですけど」
「え? 何か食べたいものがあるならシェフに言って新しく作ってもらえば? きっとあったかい方がおいしいよ?」
「そうなんだけどさっ! 今『もったいない』って言ったの聞こえてたっ!? 温めなおしてもらえばいいだけじゃんっ!」
「ああ、それもそうか。待つ手間は省けるね。そうだ、会場に戻るなら、もう一回ダンスでもする? こんなに広い会場でダンスする機会なんて国内ではほぼないし」
なんて優吾私の手を取り、会場になっていたホールへと歩き出す。
「いや、もういいよっ。踊りたくないよっ」
「まあまあ」
そう言って腕を引かれて戻った会場内には、本当に身内しか残ってはいない。
「音楽はないけど気分でね」
そう言うと、優吾が私の手と腰を取りいきなり踊りだすものだから、私はたたらを踏んで、慌てて優吾にしがみつく羽目になった。このやろう。
それでも優吾はダンスがうまいと従者たちが言うだけあって、音もないのにうまい具合にリードされてしまう私。優吾が口でリズムをとってくれてるおかげでだいぶ踊りやすい。
「だけどすごいよね。この短期間でよく着いてこれるだけ覚えたと思うよ」
「死に物狂いだったとしか言えねぇなぁ」
人間やろうと思えば年齢などに関係なくできるものだと実感した、貴重なダンス体験だったわ。でもね、ちょっと待ってくれるかい?
「そんなことより優吾さん、私お腹減ったんですけど」
「多分、蛟と美影が準備してくれてると思うから用意できるまで待ってればいいよ」
「本当に優秀だなぁ! もうっ!」
指示すらまだしてないのにっ!
「主が腹減ったぁって、騒いでたからね」
「それは申し訳ないっ!」
なんて優吾と踊っていれば、どこからか音楽まで流れ始めた。なんて優秀な従者たちなんだ。まったく。
「貸し切りにするには会場が豪華すぎだよなぁ」
「だから、動物園でも貸し切ってあげるのに」
「止めてください。あ、でも映画館の貸し切りはちょっと魅力的」
「それは贅沢でいいね」
他愛ない話で私たちは小さく笑いあう。
私たちの周りには信頼できる身内しかいなくて、会場内の隅の方で優吾の両親がまったりをお酒を飲んでいる。夢だと言われれば納得してしまいそうなほどに、綺麗で優しく、そして柔らかな時間がここには流れていた。
「雪、本格的に降ってるねぇ」
会場の大きな窓から見える景色がすっかり好き景色に変わっている。辺りを白く染めてとても寒そうに見えた。きっと明日は雪が積もって大変なことになっていそうだ。
「飛行機大丈夫かなぁ。まあ、僕は仕事を休む口実になるなら大雪万歳なんだけどね」
「ゲームのできない部屋で箱詰めなんて、それなんて苦行?」
「このゲーマーめ。恋人とのひと時を楽しんだらいいんじゃないの?」
「馬鹿やろう。お前、この前買った乙女ゲーがもう少しでコンプできるというのに、お預け食らうゲーマーの気持ちを察してください。残りはレオンとシュナイザーだけなんだ」
どっちもカッコいんだぞ! 軍人キャラで。
「僕はゲームのキャラに嫉妬したらいいのかな? それとも、人気声優さんたちに嫉妬したらいいのかな?」
「製作者一同に嫉妬したらいいんじゃない? あんなステキなゲームを作るのが悪い」
「僕のことしか考えられないように出来ないこともないんだけどねぇ」
「いやだ、ちゃんとあなたのことも考えてるわよ。だーりん」
「どの口がほざくかなぁ」
この口ですが。
一曲踊り終わり、私と優吾は奏さんたちの居る席へと向かった。それと同時に美影さんたちが食事をもって現れて、椅子も用意してもらうと私たちはみんなで軽めの夕食をいただく。
奏さんも雅臣さんも、もちろん優吾だってこういうふうに夕飯を食べたことがないからと、好奇心あるれるキラキラした目で楽しそうにしていた。それがなんだか微笑ましい。
家族ってのはいいものだ。ずっと望んでいた。
私の両親のように、何はなくとも家族で居られる幸せを分け合える存在。たくさんのお金も、贅沢なものも、大きな家もいらない。ただ、一緒に幸せを作っていける家族が欲しかった。本当にそれだけ。
多分、ここに居れば、このまま流されれば、私の望むものを手に入れることはできるだろう。
だけど、そうじゃない。そこに私の望む本当の『愛』があるかどうかあ分からないのだ。
縛られなくなるということは、他の、もっと違う何かが求められるわけで、優吾が、奏さんや雅臣さんが、契約以外で何を望むのか、私には全く想像もできない。
このまま流されていいように使われる人形になる可能性もゼロじゃない。まあ、そんなことを望むような人たちではないだろうが。
逆に言えば、私はこの家に必要な能力を何一つ持っていないように思う。唯一、社会に出た経験上の社交性程度はあるもの、一般家庭で普通に育った私に、桁外れの名家に嫁げる能力など皆無だ。
要さんたちだって私を『主』として扱ってくれるけど、私には『主』になれるだけの度量さえない。
ゆっくり覚えればいいなんて言ってくれるが、今日のパーティーで私が感じたのはのんきな答えじゃなかった。
だって、私はこんな生活に耐えられない。耐える理由がない。そして、気付いてしまったのだ。耐える必要さえないのだと。
もともと住む世界の違う人たちだ。契約が切れた今、私に無駄な時間を割く必要さえない。
そう、もうすでに、私と彼らの唯一のつながりなど、とっくに切れてしまったのだということにも。




