表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
47/53

パーティー2


 会場入りしたのは午後も五時を回ったあたりだった。

 会場内に入れば、出迎えてくれたのは広いホールに高い天井と豪華なシャンデリア、それに大理石の柱にしっかり磨かれたつるつるの床。そして、床には真っ直ぐに豪華な絨毯が真っ直ぐどこかの入り口に向かって道を作っている。

 この会場に居るのは駒百合の息がかかったボディーガードたちか、駒百合家の使用人ばかりで、まだ招待客が会場入りするには、まだ時間には余裕がある。実際の開始時間は七時だ。

 とはいえ、私と優吾は今回の主役なので、時間になるまでお客様の前に出ることはないけども。

 とにかく、私と優吾は美影さんと要さんに連れられて、この会場に用意された控室へと移動する。私たちは時間になるまではその部屋で待機するらしい。

 ああ、本当に現実味がねぇな。


「春乃。顔、真っ青」


 控室に入り、室内に用意されているソファーに腰を下ろした私へ、同じように隣に座った優吾の第一声が私の耳を通り抜ける。


「あ、そう……ん? なんだって?」


 今、優吾は何て言ったんだろう? ちゃんと聞いてなかった。

 あまりの緊張から上の空になってる私に、優吾が仕方なさそうな顔で息を吐いて見せる。いや、本当にすまん、マジで聞こえてなかったんだよ。


「ほら、よく言うだろ? 観客をカボチャやジャガイモに思えって」


「ああ、どっかで聞いたことある。でも、カボチャやジャガイモはしゃべらないだろーっ」


「そうなんだけど。手の平に『人』っていう字を書いて飲み込むとか」


「子供の発表会じゃないっつーのっ。そんなので緊張が緩和できたら苦労しないんだよっ」


「それもそうなんだけど、気の持ちようって言葉もあるじゃないか。それとも、別のことで気を紛らわせてみる?」


 と言うと、優吾は両目を細めてにやりといやらしい顔で微笑んで見せる。

 絶対に碌なこと考えてねぇぞ、このやろうは。


「聞かないからな」


「えー? 聞いてくれないの? それは残念」


 残念と言うわりには、優吾の笑顔が胡散臭すぎる。


「そんなことより、私はダンスの方が心配だよ。優吾の足を踏まないように頑張るけどさぁ。緊張で体がガッチガチになるかもだし、覚悟はしておいてよ?」


「ふふっ。いざとなれば逃げるから大丈夫」


 確かに優吾なら私が足を踏んずける前に逃げられそうだよね。

 それにしても、これから招待客が集まって、挨拶があって、婚約発表でしょ。それから食事、そのあとはいよいよダンスだ。ダンスの後はお客様たちからの祝辞を聞いて。なんだろう、大まかにやることを考えたらやっぱり結構予定が詰まってやがる。

 招待客たちが来るまでの残り時間は少ない。


「うぅ、優吾。若干吐きそう」


「うん。顔色が青を通り越して白くなってきてるよ? 大丈夫? ちょっと横になって休む?」


 優吾は心配そうな顔で私の顔をのぞき込んでくるが。


「さすがにそれはなぁ。髪型も崩れちゃうし……何とかが頑張るよ」


 吐かないようにな。てか、むしろ、このまま夕食とか絶対にのどを通らないぞ。


「無理しないで。髪型の心配なら美影が居るから大丈夫だよ。ほら――」


 そう言うと、優吾は私の腕を引き、私はそのまま優吾の膝に倒れこんでしまった。


「ちょっと――」


 起き上がりながら文句でも言ってやろうとした私の頭を、優吾は優しくも少しだけ強引に抑えつけ、私は結局起き上がることもできず、優吾も抑えた私の頭を離してくれそうもないので、私は観念して力を抜いた。てか、これっていわゆる膝枕というやつじゃないか? いや、まあいいんだけど。


「要や美影もいるし、僕の両親もいる。それに僕だって一番近くに居るんだから、大丈夫だよ」


 優吾は私の頭をゆっくりと撫でながら、優しい声でそう言った。

 そういう意味での、君らのフォローは心配してないよ。私が心配なのは、自分が何かやらかさないかってことだけだ。

 きっとそれすら、みんなでフォローしてくれようとしてくれてるんでしょ?


「私、がんばるから」


 私にできることって、結局、自分なりに精一杯で頑張るしかないんだし。


「もちろん、僕たちも全力でフォローするからね」


「うん」


 膝枕なんてどれくらいぶりだろうか。

 前の恋人にしてもらったのは腕枕だが、膝枕って、わりと悪くないな。優吾が頭を撫でてくれてる効果も大きいと思う。

 こんなふうに人に甘えるのこと自体が本当に久々だなぁ。


「どう? 少しは落ち着いた?」


「おう。ありがとう」


 もう少し優吾の膝を借りたら起きようか、と思った矢先。優吾の上着の内ポケットに入っていたスマホから着信音が鳴った。


「おっと。電源切り忘れてた。誰だ――」


 上着からスマホを取り出して画面を見た優悟は、それを確認した直後、優吾の顔から笑みが消え、見る間に難しい顔になり、眉をひそめていった。

 いったい誰からだ? そう思って、私は体を起こして優吾のスマホの画面をのぞき込んだ。


「今日のことは、伝えてあるって言ってたよね?」


 画面には知っている名前が画面に浮かんでいる。


「そのはずなんだけど……」


 優吾の眉間のしわが深く刻まれていく。


「出ないの?」


「えっと……いいかな?」


「どうぞ」


 優吾はスマホをのぞき込み、通話ボタンを押した。


「もしもし――」


 まさか、連絡が来るとは。電話の相手は誰だって? 予想はつくでしょ? そう、想像通り、西園圭介君だよ。






 冬になると日の入りは早い。空にはすっかり夜のとばりが下りていて、今日はやけに寒なと思えば、外は雪が降り始めていた。

 雪が好きだという情報をぽろっと義父たちにもらしたのが、この会場を選んだ原因ではないと思いたい。

 それはさておき。

 優吾は電話での会話もそこそこに、なぜか私を連れて会場の裏手側から外に出た。

 さすがに、そろそろ招待客もちらほら会場に集まり始めているから、あまり人目の付かないところでないと、西園君とただ会うこともままならない。

 少し遠い場所で要さんがこちらの様子を見守り、美影さんが裏口の内側で人を通らないように見張ってくれている。それにしても、寒い。

 まあもろもろどうでもいいのだが、なんで私まで外に引っ張り出されたのかが謎だ。

 優吾と西園君が向かい合い、お互いに黙ってしばらく見つめあっていたが。


「えっと、おめでとうございます……が、妥当だよね。こういう場合」


 西園君がそう言って、優吾に困ったような笑みを見せた。


「ありがとう。でも、それを言うためだけにここに来たわけじゃないんだよね?」


 西園君の言葉に、優吾は優しげな微笑みを顔に浮かべていた。

 西園君はぐっと何かを決意したように優吾を見た後、私にも顔を向けた。


「僕、優吾さんだけじゃなくて、宮島さんにも聞いてもらいたくて、今日を選んでしまったのは、えっと、ちょっともうわけなかったんですけど、どうしても二人に聞いてもらいたくて」


 西園君はそう言うと、しっかりとした声で話し始めた。


「僕、実は宮島さんに会うのは今日が初めてじゃないんです。優吾さんなら、きっと知ってましたよね?」


 西園君がそう優吾を見上げれると、優吾は少しだけ困ったように笑って見せた。

 まあ、私も知らないはずはないだろうとは思ってたけどな。


「報告は来てる。二人がどんな話をしたのかまでは聞いてないけど、何度か会って話していたことは聞いてるよ」


「僕は、宮島さんと何度か話して、相談にものってもらって、やっと優吾さんの言葉に嘘がないんだって、分かったんです。だけど、宮島さんと話して、僕は気が付いたんです」


 西園君はそう言って、少しだけ寂し応な顔を見せた。


「僕は確かに優吾さんが大好きでした。だから、宮島さんに、女性に優吾さんを取られるかもしれないって不安でもあったし、どうしても認めたくなかった。焦っても居ましたし、僕と優吾さんの関係が、誰からも認めてもらえないことに、僕は一人で悩んでいたつもりになっていたんです」


「圭介」


「でも、そうじゃないんですよね。僕は優吾さんが好きだったけど、僕の欲しかった『好き』じゃないって、僕は気が付いたんです。優吾さんに僕の考えを押し付けたこと自体、ただ女性に恋人を取られたくない意地のようなもので、それは、優吾さんが欲しかったものでもない」


 西園君はしっかりと優吾を見つめて、自分の考えをきちんと伝えようとしている。きっと、優吾に会わない間、本当にたくさんのことを考えたんだろうと思う。


「宮島さんに言われたことをずっと考えてたんです。相手の全てを受け入れるのも愛情の一つだって……僕もそう思えるんです。そして僕は、僕が優吾さんの思うように優吾さんを思ってないことも、分かったんです」


 西園君は少し言い難そうに言うと、申し訳なさそうに下を向いた。


「優吾さんを好きだったのは嘘じゃないんです。本当です。それだけは信じてください。でも、僕は優吾さんをちゃんと愛せてなんていなかったっ。僕は、僕のせいで、いろんな人に迷惑をかけてしまったんですっ」


「圭介、迷惑だなんて思ってないよ」


 優吾はそう言いながら、西園君の肩に手を置いた。

 優しい優吾の声に、西園君も顔上げて優悟を見つめ、そして、両目に涙をためて。


「僕は、優吾さんに謝らないと……だって、僕……」


 西園君は言葉を詰まらせて、大粒の涙をぽろぽろとこぼしはじめる。


「僕が欲しかったのは優吾さんじゃなかったって、気が付いてしまったんですっ! ごめんなさいっ! 優吾さんは僕を大切にしてくれたのにっ。僕は優吾さんのようには愛せないんですっ!」


「圭介……いいんだよ」


 優吾は優しく何度も「いいんだよ」と繰り返しながら、何度も「ごめんなさい」と謝る西園君をそっと抱きしめた。






 しばらく泣いていた西園君だったが。


「すみません。僕ったら、もっとちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃいけないのに」


 そう言うと、そっと優吾から離れて赤く泣きはらした目で優吾を見上げて笑って見せた。


「大丈夫、圭介の気持ちはちゃんと伝わってる」


 優吾がそう言って笑い返すと、西園君はしっかりと背筋を伸ばして優吾と私を見つめた。


「ありがとうございます。これで最後ですから、ちゃんと自分の気持ちを伝えます」


 西園君がそう言って優吾を見つめれば、優吾も西園君を真っ直ぐに見つめて姿勢を正した。


「優吾さん。僕はずっとあなたに憧れていました。仕事ができて、優しくて、頭が良くて、僕もそんな人になりたくて、でも僕は、それを愛情と勘違いしてました。それに気が付いてしまったから、もう僕は優吾さんとは付き合えません」


 西園君はそう言って深く頭を下げて見せ。


「今まで、本当にありがとうございました」


 そう言うと顔を上げて優吾に笑みを向け。


「僕は、僕の欲しかった本物の愛を探そうと思います」


 満足そうにそう言った。


「そうだね。お互いにすれ違いも多かったけど、圭介と居られて、僕は幸せだったよ。ありがとう」


 優吾も西園君の言葉に納得したのか、どこか憑き物が落ちたような顔で笑い返していた。

 優吾と西園君はそれ以上何も言葉を交わしはしなかったが、二人はほぼ同時に互いに背を向けるとそれぞれの向かうべき場所へと歩き始める。

 ここでこの場を濁すのは野暮ってものだろう。だが、私はあえて濁すぞこの野郎どもっ!

 自分たちだけでスッキリして結局、私は置いてけぼりじゃねぇかっ!

 私は急いで西園君を追いかけると、その肩をつかんで私へと振り向かせた。私の行動に驚いた声を上げたのは優吾で、西園君も驚いた顔で私を見下ろしていた。


「私は気持ちを育てろって意味で君の相談に乗ったんだっ。二人の邪魔をしたかったわけでも、まして別れさせたかったわけでもないっ。西園君はこれで本当にいいの?」


 私の方が別れ話をしていた二人よりも必死になってしまってる。そんな私の言葉か行動か、それが西園君いはおかしかったのか、彼の肩をつかんでいた私の手をやんわりとどかして、そのまま私の手を握り。


「宮島さんがお人好しだってのは知ってますよ。僕みたいな他人のために、そんな泣きそうな顔してる人を嫌な女だなんて思えませんから。それに、僕はあなたが嫌いじゃないですから。あなたが気にすることはないんですよ? 結局、遅かれ早かれ結果は同じだったはずですから」


 そう言って、西園君がくすくすと笑う。


「わ、笑ってる場合じゃないって! そりゃ必死にだってなるでしょっ!? だって――」


「宮島さん。僕は今まで自分の気持ちをごまかしてきたんです。でも、もうそれを止めようと思ったんですよ。これからは、僕の望む最高の恋愛をして見せますよ。宮島さんもうらやましいって思うようないい男を捕まえて、本物の愛を探して出して見せますからねっ」


 西園君はそう言うと、私と握手をして、清々しい顔でその場を立ち去って行った。

 いや、いやいやいやっ! なんだこれっ!?


「春乃。ほら、中に入ろう?」


 優吾の声が聞こえるが、今はそれどころじゃないっ!


 違うんだよっ。確かに、優吾にも西園君にも自分の気持ちに正直になってほしかったし、お互いの幸せを考えてほしかったとも思う。でもそれは青くまで君たち『二人』のことを応援してたって意味なんだよっ。

 確かに今の私の気持ちの変化は認める。認めるけど、そうじゃないんだっ。

 だって、私と優吾の関係は、あくまで『契約上』の関係でしかないんだよ?

 西園君と優吾が別れたら、契約自体が無意味になるじゃないかっ。

 私がこだわりすぎ? そうだろうとも、だって、私が唯一、後ろめたさや妥協やらを言い訳にできた根本がなくなろうとしてるんだぞ?

 結婚も、出産や育児、駒百合に従うことも、恋人の居る男に嫁ぐことも、全部の順序を吹っ飛ばしても、都合のいいい『契約』があったから……。

 それがなくなったら、もう、私は用済みってことじゃないか。

 だって、障害がないなら駒百合家に相応しい人をいくらでも選べるってことなんだぞ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ