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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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パーティー1


 季節はあっという間に冬。もう十二月になっていた。

 私としては全くもって嬉しくない婚約パーティーが、もうすぐ開かれようとしている。打ち合わせや段取りなんかを確認し、当日のお客様の人数やら、警備のことやら、料理やなんやかんやと過ごすうちに、もういよいよ明後日と時間は迫ってきていた。十二月に入ってから時間の進みがいつも以上に速いんだから困ってしまうわ。

 秋に入ってから、私って何やってたのかと疑問にすら思うが、まあ細かいことは考えないようにしようかな、と思う。考えたところで過ぎた時間は戻りはしないからな。それに考えたところで、私の普段の生活なんて、ゲームしてることが大半だし。


「当日は本家で着替えてから車で現地に向かうんだよね? 時間は午後からで、なんか忘れてることがありそうで怖いんだけど」


 私はリビングで行ったり来たりと考えながら室内を歩き回り、いろいろと脳内で一人最終確認を何度も繰り返していた。ちょっとは落ち着けって思うだろ? 無理だから。

 そんな私の様子に、優吾はちょっと呆れた感じで笑っていて、要さんは少し心配そうに私を見つめ、聖君はおかしそうに笑い、美影さんはなんか微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。三者三様である。


「なによ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃん」


 と、優吾に顔を向ければ。


「クマみたい」


 なんて言われた。うるさいよ。


「そんなにオロオロしなくても、当日は要も美影もそばに居るんだから大丈夫だよ。春乃様」


 まあ確かに、聖君の言う通りなのだが。


「でも頼りっぱなしで楽観はできないじゃん?」


 そう私は思うのだ。まあ、こういった大きな行事ってのが初体験であるってことも大きな心配の要因でもあるんだけども。


「御心配には及びませんわ、春乃様。いざとなれば、春乃様がルールブックですもの」


 美影さんがそう言っておかしそうに『ふふっ』っと笑う、が。


「それもどうかと思うんだけどっ」


 何その恐ろしいルール。私の胃に穴が開くとか言うレベルをはるかに超えた重さじゃねぇかっ。


「春乃様、予想外の出来事と言うのは常について回る可能性の一つでございますが、予想外の可能性の全てに対応できるよう、我らが側に控えております。どうぞ、ご安心ください」


 最終的には頼れる従者の鑑、要さんの力強い言葉で私もようやく落ち着いた。さすがだぜ要さん。本当に頼りにしてますよ?

 やっと落ち着いて私がソファーに腰を下ろすと、美影さんがキッチンへと消える。きっと飲み物でも用意してくれるつもりなんだろう。


「だけど、春乃のそういうまじめなところって本当に尊敬するよ。僕なんて要たちが居るからかなり適当だもん」


「それもどうだよ」


 優吾の言葉に呆れる私だが、優吾はやはり気楽にけらけらと笑ってみせた。


「結局どれだけシュミレーションしたところで、予想外の問題が起きないとは言えないわけでさ。だったら、もっと大雑把でいいんじゃないかな? なるようにしかならないでしょ? 適当でいいんだよ」


 確かに、優吾の言葉にも一理あるとは思う。そうは思うんだけど。


「あんたは少しくらい『予定』やら『計画』ってものを重視してやりなさいよ」


 と思うのも間違いじゃないはずだ。だってせっかく考えてるんだしさ。


「いくら僕でも全部を無視はしてないよ」


 そう言ってやはり笑う優悟だが、お前のその笑顔が胡散臭いと感じるのは、もういい加減に慣れてしまったよ。まったく。

 そんなことを話していれば、美影さんもキッチンからお茶を持って戻ってきたので、そのまま休憩となった。






 そして、パーティーの当日。朝から私は優吾とともに本家に居た。

 私の周りには忙しなく動き回るお手伝いさんたちと、私の仕度を手伝いに来てくれたいろんな方面のプロの方とかにしっちゃかめっちゃかにされながら、笑顔の奏さんに固まった笑顔を返すことしかできないでいる。

 こういっては何だが、プロのネイリストさんとか、スタイリストさんとか、ヘアメイクさんとか、さすがに要らなかったんじゃないのかなぁ、と思ったけど、奏さんの笑顔を前に、さすがに口には出せなかった。

 クリーム色に近い黄色いドレスを着せられて、それに合わせて着飾られていく私を奏さんが満足そう見つめている。


「もう少し髪のボリュームを押さえてくださる? そうね。グロスも派手すぎないように。ええ、そのお色がいいですね」


 奏さんの指示で、私はどんどんどっかのご令嬢っぽく仕上がっていく。現実の私からかなりかけ離れた変身は詐欺の領域に達しそうだが、義母様おかあさまがご満足そうなら、それでいいのだ。うん。


「そうだわ。そう言えば春乃さん。先月お誕生日だったそうですね」


「あ、はい」


「もっと早く言ってくだされば、本家こちらでささやかですが内輪でパーティーを開きましたのに。残念だわ」


「お気持ちだけでっ。はい、ありがとうございますっ」


 内輪だけのパーティーとか本当に勘弁してほしいです。


「そう? でも次は必ず家族で誕生日を祝いましょうね」


 勘弁してほしいのだが……そう言われてしまうと。


「はい……楽しみです」


 義理とはいえ、これから母親になる人に『家族でお祝いをしよう』なんて言われてしまうと、心になんだかあったかいものを感じてしまって、素直にうれしいと思ってしまっている自分も居たりして。ちょっと恥ずかしい。


「私も楽しみですよ。誕生日と言えば、優吾さんからは何かありましたか?」


「あ、はい。優吾からは誕生石のネックレスをもらいました。自分でデザインして作ってくれたんですよ」


 と、私が笑顔で答えれば、奏さんは顔に笑みを張り付けて口元を押さえたと思えば、顔を私から背けて両肩を揺らして必死に耐えながらも笑いだした。


「優吾さんが、手作り……ぷふっ。それは、とても印象的な贈り物、ですねっ」


 どうやら義母様のツボに来たらしい。まあ、つぶれたカエルだもんなぁ。てか、さすがに母親が優吾のアレを知らないわけないものなぁ。

 ひとしきり笑ったあと、奏さんは涙目を軽く指でこすりつつ――実母は容赦ねぇな――息を整えて改めて私に向き直る。


「優吾さんは昔からどうも、ええ、ちょっとデザインが斬新過ぎますの。一生懸命作っているのは分かっているのですけど、小学生のころに図工で作った木彫りの白鳥を私と雅臣さんがヒキガエルと間違うほどには、ええ」


 だから私のもらったネックレスのあれもつぶれたカエルなのかと納得してしまった。


「なるほど」


「図面や地図などの直線的なものは綺麗に描けるのですけど、主に想像力を使った絵や工作などはダメなようですね。プラモデルやパズルなどは得意な方なのよ? おかしいでしょ?」


 なんて、奏さんは優し気な母親の顔で笑う。ああ、この人はいいお母さんなんだなぁって、何となく思ったと同時に、自分の母親を不意に思い出させる人でもあるなぁと。


「でも完璧じゃないところが余計に好感持てていいですよね」


「ふふっ。でしょ?」


 奏さんにとって、優吾はきっと自慢の息子なんだろう。なんだか、こういう母親がそばに居てくれた優吾を少しうらやましくも思う。そう頭の片隅に浮かんで視線が下がる私に。


「ですからね。優吾さんが選んだお嫁さんを、私たちは快く向かい入れる準備がもうすっかりできていますよ? 春乃さんは何も心配せずに、駒百合家うちにいらっしゃい」


 奏さんが私の左手をそっとつかんだと思えば、そう言って私の視線に合わせるように腰を曲げ、笑顔でそう言った。化粧をしたばかりだというのに、ぎゅっと鼻の奥が痛む。目頭も少し熱い。

 だから、こういうのに弱いんだってばっ。だが、さすがに泣かないっ!


「はい」


 でも何か話し出せば思わずぽろっと行きそうで、私は返事をするだけで精一杯だった。

 なんか色々あったけど、こうしてみると悪い話ではなかったのかもしれないと何となく思った。

 子供の時に夢見た『結婚』ではないけど、それでも、私の両親が渋い顔をしないで済む結婚はできそうだな。それなりに幸せにもなれるだろう。普通とは違うけど、それでも、私は『家族』が持てるのだ。

 様々な思いが頭を駆け巡る中、ふいに閉まっているふすまの向こうから雅臣さんの声が聞こえた。


「どう? そろそろ支度はできた?」


 そんな正臣さんの言葉に、奏さんは少し呆れたような顔を見せ。


「あなた、女性の仕度は時間がかかるものですよ」


 そう返すと、声の方へと近づいていく。


「優吾さんの方は済んだのですか?」


 奏さんがそうい聞きながらふすまを開けて廊下側へと出る間際、しっかりとスーツを着た雅臣さんがちらりと見えた。


「優吾のほうはもうすぐ終わりそうだよ。そう言えばお昼はどうするの?」


「あら? 会場近くのレストランを予約しているはずですけど? 要はどこです?」


 そんな夫婦の会話が聞こえてきたと思えば、奏さんがふすまを閉めたことですぐに聞こえなくなった。

 その後は支度で忙しなく、やはり時間は過ぎていった。本当に女の仕度ってのは時間がかかるものだよなぁ。






 やっと私の支度が終わり、若干疲れつつも美影さんに案内されるまま、勝手知ったる本家の玄関へと向かう。

 広い玄関までくると、そこで待っていたのは淡いベージュのスーツに身を包む優吾と、落ち着いた藍色のドレスに身を包む奏さんと、奏さんのドレスに合わせた濃い紺色のスーツを身にまとった雅臣さん。要さんと聖君、そして蛟さんが居た。

 すると――。


「いやぁ、どこのプリンセスが迷い込んできたのかと思ったよ。とてもよく似合っているよ、春乃」


 と、雅臣さんが私に最高の笑顔付きでリップサービスをしてくれるが。


「あなた、それは優悟さんが最初に言うセリフでしてよ」


 と奏さんがあきれ半分で雅臣さんを横目でちらりと睨む。まあその通りなんで、私は苦笑いを返すよりないが。


「ありがとうございます。でもさすがに優吾の完成度の高さには勝てませんよ。本当に王子様みたいだわ」


 実際こうして着飾ってみてわかるのは、優吾の完璧度だ。マジでお前何なの? 同じ民族とは思えない顔立ちとその足の長さはいっそ清々しいまでに現実味がない。

 こいつと本気でこれから結婚するんだと思うと、さらに非現実感が増すばかりだが。


「うん。ありがとう。でも、なんで今日に限って僕はこうもタイミング的に間が悪いんだろうか?」


 なんて、優吾は渇いた笑いを顔に浮かべながら私に右手を差し出してくる。

 私は差し出された優吾の手を取り、玄関に用意されている白いハイヒール……ハイヒールっ!? ダンスあるって言ってたから低めでってお願いしたのにっ。ま、まあそれはいいや。とにかく、優吾の手につかまってヒールを履き彼の隣に立てば。


「だけど、本当に今日はいつも以上に綺麗だよ。珍しくあの要が見惚れて小さくため息を吐いていたからね」


 そう小さく私に耳打ちをした。何言ってんだか。


「それなら、今日は大いに私を侍らせるといいぞ?」


 と、私もこっそり優吾に耳打ちで返しておいた。

 そんな私に、優吾はおかしそうにくすくすと笑いながら、玄関の外へと私を促しつつ歩きだす。

 ああ、どうしよう。本当に緊張してきた。

 これから車で空港に行き、そこから自家用ジェットで現地へ移動。そこからさらに車で会場に入ることになっている。時間にしたら移動だけで三時間とちょっとだ。これ、もう現地に着くころには疲れがピークになってるんじゃないだろうか私。肉体的な意味ではなく、精神的な意味合いで。

 こんな生活をずっとこの一族は続けてるんでしょ? ものすごい精神力と体力じゃね? と思ってしまう。てか、その一族の一因にこれからなるんだろ私。大丈夫だろうか?

 ついさっき奏さんの言葉に感動してたことさえすっかり忘れそうな勢いだ。ああ、うん、大丈夫。何とかなる、そう前向きに行かねばなるまい。

 生活環境が本格的に変わるのは、むしろこっから先になるんじゃないだろうかという予感もある。

 奏さんや雅臣さんが乗った車に私と優吾も乗り込み、最後に要さんと美影さんが同じ車に乗り込むと、車はほどなく走り出す。

 ああ、もう逃げ場はない。覚悟はすでに決めたはずだ。女は度胸だぞ。

 あとは会場のことや、ダンスのことを考えよう。

 そう言えば、お昼って結局は何を食べるんだろうか?


「緊張してる?」


 なんて、私の横に居る優吾が私の顔をのぞき込む。


「まあ。いや、でも。今はお昼は何食べるのかなって考えてた」


 そう私が答えれば、車内にはおかしそうに笑う親子と従者たちの姿があった。


「そうっ。それでいいよ。そうだね、私も気になってたんだ」


 そう笑いながら言ったのは雅臣さんで、雅臣さんの言葉に要さんが「はい」と返事をしてみせる。


「会場側のレストランを予約しております。メインは魚と肉から選べるそうです。お望みでしたら、現地でシェフから今日のお勧めを聞いておきますが?」


 やばい、要さんの説明がドレスコードありきの店にしか思えない。


「だったら僕は、今日は肉の気分かも。春乃は魚ばっかりなんだから、たまには肉も食べなよ」


 と優吾に言われて、私は一瞬考えるが。


「魚が私の好きなものなら魚一択しかない」


 仕方ないだろ。魚好きなんだもん。


「そうですね。私も白身魚があればそちらがいいかしら」


 と奏さん。


「お魚美味しいですよね」


 と私が奏さんと魚料理の話を始めれば。


「それならこうしない? それぞれ食べたい料理を交換して食べてみるのはどう? お互いの好みがわかるし、自分では選ばない料理だから楽しみが増えそうじゃないか?」


 そう雅臣さんが提案すると、奏さんも優吾も「面白うそうと」笑った。


「ね? 春乃はどう思う?」


 そして雅臣さんが私にそう聞いてきて、みんなの視線が集まって。


「そうですね。面白そうです」


 そう答えれば、みんなはやはり笑顔で返してくれた。

 ああ、この居心地の良さは……私がずっとほしかったものだ。


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