きっかけは作るもの
ただ今、優吾と白熱したバトルを繰り広げている。
格闘ゲームを始めたのが朝食のあとで、今日は休みで暇だという言う優吾と遊び始めたのはいいのだが。
「あーっ!! また負けたっ!!」
「思ってたよりゲームって面白いよね」
かれこれ私は十五回ほど負け続きである。
「もうっ! 次負けたら今日はゲーム止める!」
「えー? じゃあ、春乃が勝ったらなんでも一つお願い聞いてあげるよ」
なんて優吾がにこり笑うが。
「あー、それってあんまり魅力ないよなぁ」
「え? そう?」
「うん。だって、基本的に今、物欲は満たされてて欲しいものが思いつかない」
「あーー。そう言えば、我慢させたことないもんねぇ」
そういうことだ。
なんでもというのは、普通手に入らない何かや我慢してる何かがある場合に限り、最大限の魅力を発揮すると思う。
「でも『なんでも』って言うのは、何も物だけじゃないよ? 例えば一日中『下僕』のように僕を顎で使うとか。パシらせるとか。ちょっとエッチな要求もできちゃうよ?」
と、優吾が口の端を持ち上げて見せる。
「ああ、それで得するのは私より優吾じゃないの?」
「そうとも言う」
「自分の欲望に忠実な奴め」
「そんなことないよ? 春乃が負けたら僕の言うことを聞くって条件を出さないだけ、僕って良心的じゃない?」
「鬼かお前っ」
思ってもその条件を出してこないあたり、確かに優吾は多少なりとも私の気持ちやらなんやらを優先してくれてるのだろうとは思うが、結局のところ優吾の押しの強さが弱まるわけではないだろうと思うと、自分でも意識してないのにため息が口からこぼれる。
基本的に優吾の態度は最初と大差はない。でも、時折ちょっと強引に迫ってくることが増えたし、口説かれることも増えたように思う。
それで私の心がぐらつくということでは……ないと言いたいんだが……。
「それじゃあ、次に僕に勝てなかったら服を脱がすよ?」
「嫌だよっ!? そんな条件出されるなら今すぐゲーム止めるわっ!」
「全部とは言ってないでしょ? ほら、脱衣麻雀ってのあるじゃん? あれのゲーム版みたいな? 負けたら一枚ずつ着てるものを脱いでいくっての、面白そうじゃない? 俄然、僕はやる気が出るね」
「もっと穏やかゲームを楽しもうぜ!」
脱衣麻雀なんてやったことあんのかよボンボンのくせに。私はない! せいぜいゲームで可愛いキャラクターの女の子を脱がしたくらいしかないぞ。
私の言葉に優吾は『んー』と考えるそぶりを見せると、何かを思いついたようでぱっとこちらに顔を向けてくる。
「じゃあ、僕が勝ったらキスさせて」
「はっ?」
脱げというよりはマシにはなったが、キスさせろって。それでいいのかお前は。と、言う気持ちも込めてジト目を優吾に向ける私に、優吾は何にも気にした様子もなく笑みを見せている。
「ちゃんとゲームの勝敗を反映させようか。体力が少しでも残ってたら、唇以外にする。もしも、体力がゼロになった場合は唇にする。ってことでどう?」
「いや、どう? じゃねぇしっ」
凄まじく答えにくいことを聞いてくるんじゃないっ。
「その代わり、春乃が勝ったら僕の好きなところにキスさせてあげる」
「すみません。私にデメリットしかないんですが」
ほぼお前だけが得する条件を引っ張り出されても、『うん』とは頷けんな。
「こんな美形にいやらしいことできるチャンスなのに」
「ヤバイ、ぶっ飛ばしたい。せめてデコピンとか、しっぺとか、炭酸飲料の一気飲みとか、そう言うのにしない?」
罰ゲームという意味では、このくらいが妥当だと思うんだよなぁ。
「それは僕が燃えないから嫌」
「わがままかっ!? びっくりしたわっ!?」
「そもそも春乃が僕とキスとか、それ以上とかしたいって一言くれれば、いくらでも――」
「あーーっ!! やめろ、危うく想像しかけたわっ!!」
危ないんだよマジでっ! キス以上とか、下手に経験している分、想像力だけは豊かすぎるのだ。おまけに優吾は私の好きな部類の美形だし、意外に筋肉のある引き締まった体は見ているだけでちょっとドキドキするし。
迫られたり口説かれたりすれば、私だって動揺してしまう、しドキドキしてしまうのだ。それを悟られないように努力する私の苦労を少しは分かれっ! と言いたくとも言えないこの辛さっ。
これが契約のうちで、優吾と西園君のこともまだ終わってなくて、そこに『愛』はないとずっと自分に言い聞かせては来たが、結局、桃里のせいで私は優悟に『愛情』を持ち始めていることを自覚させられてしまったからには、もう自分をごまかしきることは難しい。
これが恋なのかと言われると、それは違うと言えるのだけど、優吾に愛情を持っているかと聞かれてしまうと、首を縦に振ってしまうだろう。
「えー? 想像しちゃったの? 僕と、肌を合わせて激しく求めあうの?」
「そこまで想像してないわボケっ!!」
なんて慌てて反論する私に、優吾はすっと目を細めて無駄な色気を振りまきながら、私に近づいてきたと思えば。
「じゃあ、何を想像しちゃったの? もっとスゴイことかな? 激しいのが好き? それとも、焦らされるほうが好み?」
なんて、私の耳元で囁いてくる。
耳にかかる優吾の熱い息が、私の耳をくすぐり、私の全身がぞくりと粟立った。
ああ、くやしいっ! なんか知らないが悔しいっ!
「くっつくんじゃねぇっ! スケベ大魔王っ!! エクスカリバーの錆にすんぞこらっ!!」
悔しさのあまりアホなことを叫びながら、私は壁際まで一気に距離を取っていた。
そもそも、何を耳元で囁いてくれてんだこのやろうがっ!
「あははっ! 顔が真っ赤だよ春乃。でも、春乃が言葉攻めに弱いことが分かったのは大収穫だね」
「今すぐその脳内メモを物理で消去してやろうかっ!!」
「まぁまぁ、ほら? 勝負しないの?」
優吾がそう言ってゲームのコントローラーを私に見えるように振って見せる。
「罰ゲーム」
「はいはい。じゃあ、春乃が勝ったら今日の夕飯はお寿司にしてあげるよ」
「マジでっ!!」
「食いつきが違うんだよなぁ。でも僕が勝ったら僕の気が済むまで春乃の唇をもらうからね」
そういうと、優吾は不敵に笑う。負ければ私の唇が奪われて、勝てば大好きなお寿司……。
「ここは勝負を受けてこそ女ってものだっ! よっしゃ来いっ!!」
「僕もやる気出てきたよ」
「それで、今日の夕食はお寿司になったてことなんだ。春乃様が勝ったってことだよね? よかったじゃん」
お昼ご飯を食べながら、部屋での出来事をふまえて今日の夕飯を要さんに伝えれば、要さんと一緒に来ていた聖君がそう言って笑顔でカレーライスを口に突っ込んでいた。
「まぁね」
今日の野菜ゴロゴロカレーは夏野菜中心のちょっとだけスパイスが効いているものだ。聖君のリクエストでもあるらしい。確かに今日の昼は私も優吾も何でもいいと要さんに伝えてあったし、私もカレーは大好きだ。
「でもさぁ。負けたわりには、優吾様もご機嫌だね?」
そんな聖君の指摘に、口の中に入れたカボチャをかみ砕きながら、優吾が小さく笑って見せる。その顔に、私は思わずカレーのせいではない汗が頬を伝うのだが。
「負けたところで僕に被害はないからね。それに、勝った、負けたと、コロコロ表情を変える春乃がかわいかったから、僕が勝とうが負けようがどうでもいいんだよ。まあ勝てればラッキー程度だよね」
口の中のものを飲み込んでから、優吾はそう言って聖君に微笑みを向ける。そんな優吾の表情に、要さんはふっと訳知り顔で笑い、聖君もにやにやと笑いだして……って、もう本当に、この従者どもは主の機微に敏感すぎでしょうっ!?
困ったように苦笑いを浮かべながらカレーの続き食べ始める優吾だが、私は聖君の視線にいたたまれず、カレーを食べるどころではない。
ああ、もう、こっちみんなっ!
「もうっ! わかったわよっ! 勝負は私が負けました!! かわいそうだからって、優吾が夕飯はお寿司にしてくれましたっ!!」
これで満足かよちくしょー!
私が負けた瞬間、まるでクマのように優吾に襲われたよっ! それこそ、要さんにお昼を呼ばれるまでやられたよっ!
あーくっそうっ! カレーがうめぇなっ!! もうっ!!
「まあキスだけでよかったじゃん? これで要が呼びに行かなかったら、春乃様が美味しく頂かれてる可能性大だもんね?」
なんてけらけら笑う聖君の言葉に、私がギラリと優吾を睨めば、優吾はさっと私の視線から顔を背けてお茶を飲んでいた。
「あれ以上はないよね?」
と、さらに優吾の顔をじっと睨み続ける私に、優吾はちらりと視線だけをこちらに寄こし、口元をくいっと釣り上げた。
「もちろん。僕が満足するまでするだけで、それ以上なんて……ねぇ? 春乃からお願いされたら、その限りじゃないけどね」
そう言うと、優吾は胡散臭い顔で笑みを作って見せる。いや、この顔は、さすがに私でもわかるぞ。
「あんた、絶対にあのまま雰囲気で流そうとか考えてたでしょっ!」
「ん? さぁ。最後まで流しきる自信はあったけど、さすがにそこまで鬼畜ではないよ?」
「言いやがったこの野郎! 絶対に流されてなんかやらないからなっ!」
本気でふざけんなっ! そういうのは、何となくでやっていいことじゃないんだぞっ!
「いや、正直に言うと、確かにヤバいなぁとは思ったんだけどね。あそこで半ば無理やりそんなことをしたら、せっかく今まで春乃と作ってきた色んなものがなくなってしまうでしょ?」
優吾は怒って頬を膨らませる私に、そう言って、今度はいつものように優しそうな顔で笑みを作って見せ。
「そんな目先の欲望を満たして春乃に嫌われるなんて、そんな馬鹿なことできるわけないよ」
なんて、私の頭を軽く撫でた。
優吾のこういう所が、私は弱いのだ。
わがままで、強引で、人の気持ちを振り回して、それなのに、いつでも私の本当の気持ちを優先してくれる。急かしたりあおったりしない。
本当に、今まで出会ったことのない男だ。それは認める。惹かれているのも認めよう。愛情を感じているのもちゃんと自覚してる。
だがしかし。
「結婚してもお前と交尾はせんからな」
「もっと可愛いい言い方ってものがあると思うんだけどっ!? それより、もう病院で処置させる気はないからねっ」
「契約違反だぞお前っ!」
「契約内容にその手のことは書いてないんだよっ。書いてあるのは肉体関係を無理矢理強要しないってことだけですぅ!」
「マジで!?」
しっかり読んでいたつもりだが、契約書はどこにしまったのやらっ。
「契約に関しましては間違いなく。互いに肉体関係を強要しないというのが契約項目にあります」
契約書を確認するまでもなく、要さんがきっちり内容を教えてくれる。まあ、この優秀な従者に間違いはないだろう。
「って、それは実際やるからやらないかはこっちの気持ち次第ってことでしょっ!」
だったら、子供を作るってことは契約書にあるんだから、どういう方法でもいいじゃんかっ!
「それはそうだけどね。でも子供を作るって契約があるんだから、それこそ自然な手順を踏んだ方が僕の両親が喜ぶっ!」
「汚ねぇっ! 両親出すのは汚ねぇよっ! 優吾っ!」
「何とでも言えっ。僕は春乃が全部手に入るならどんな手段もいとわないからねっ!」
とまぁ、そんな不毛な言い争いは続く。
「ねぇ要」
「なんだ」
「あの二人、なんですぐに結婚しないのかね?」
「西園圭介のことがあるからだろ」
「ああ、いや、そうじゃなくてさ」
「優吾様は、まず春乃様にご自分を思っていただきたいからだろ」
「似た者同士なのに。相性もよさそうだし」
「こうしてお二人を眺めていられるのも、我らの特権だぞ。聖」
「見てる分には楽しいけど、いい加減にくっ付けって美影がぼやいてんだよなぁ」
「分からなくはないがな」
私と優吾が言い合いをしてる間、従者二人がそんな会話をしていた、らしいけど。
優吾と言い合いをしていた私には、知る由もない話である。




