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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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三ヵ月後


 私は一人っ子だった。私の両親は施設育ちで家族に恵まれず、互いに知り合ってからは幸せな家族を築いていくのが夢だったと、小さい私に話してくれたことがある。

 そんな両親も私が十八歳の時に事故で亡くなり、私は高校を卒業後、大学には行かず今の小さな会社に就職。

 愛情の深い両親に育ててもらったおかげなのか、私もいつしか幸せな家族を築けたらいいなと思うようになっていて、二十歳のころに恋人ができ、その人と結婚できれば――なんて、思っていたこともあったが。

 その時に付き合っていた恋人は上司の娘と結婚。私の夢はそこで終わった。

 別に恨む気持ちは湧いてこなかった。まあ、性格が合わない奴だったから、どこかほっとしていた自分も居たし。でも、なんとなく……その後は誰と付き合ってもうまくいかず、結局は、この歳まで独り身で過ごしてしまった。

 確かに、恋人にも結婚にも夢はない。男は浮気するものだし、口先だけの愛なら売るほど持っているのが男だ。そんな風に諦めてしまえば、なんだか楽だったんだと思う。

 どうせ私は一人きりだし守るべき家族はない。

 この先、私が死んでも困る人なんていない。

 なんとなく、この先ずっと、私は一人で年を取って死んでいくんだろうなぁ、なんて思った。

 子供でもいれば違うだろうか? とも思ったけど、子供だけ作ってシングルマザーになるのはどうにも気が引けたのだ。

 片親しかいないんじゃ、子供がかわいそうだと思ったし、私自身、いい母親になれる自信もなかったし……お金だって、そこまでたくさんないし。

 なんだかどうでもよくなった。と言うと、今は亡き両親に怒られそうだが……。

 好きなことして楽して生きられるなら、そう言う生き方に逃げても別にいいかとも思った。

 誰が困るわけでもない。




「だが、お前は愛せない」


「開口一番にちょっと傷ついたんだけど、いったい何?」


「いや、なんか今までのことをふと思い出して、少々早計だったかなぁ、と思い直してるところ」


「契約書にサインした時点で春乃には拒否権ないよ?」


「別に破棄しようと思ってるわけじゃないよ。ただ、なんかねぇ」


 三十階建ての高層マンション。その最上階の広い部屋に、荷物がせっせと運び込まれているのを眺めながら、私は缶コーヒーをちびりと飲んだ。

 自棄になるのはまだ早かったかなぁなんて、ちょっと後悔してもいいじゃないか。

 私に寄り添うように右隣に立っていた優吾は、私から飲みかけの缶コーヒーを奪い取ると、引っ越しの荷物を運び込む業者の兄ちゃんたちに指示を出す。

 大きな荷物はそれぞれ部屋に入れてもらうとして、小さな荷物はいったん広いリビングに置いてもらう感じで。

 そんな優吾の後姿を見つめつつ、空いてしまった両手がちょっと寂しいかも、なんて私は頭の片隅で思ったが、ただ単にコーヒーを優吾に取られて面白くないだけだ。


「サインはしたけどさぁ。まさか、同棲と仕事を辞めることまで契約に入っていたなんて思わなかったんだよねぇ。てかコーヒーまだ一口しか飲んでないのに……」


「契約書はサインする前にしっかり読むのが基本だよ。それをしなかった春乃が悪い。クーラーボックスに他の飲み物が入ってるから出して飲んで。コーヒーこれしかなかったんだ」


「奪ってまで飲みたかったんかい……まったく」


 私はしぶしぶ大きなクーラーボックスの前に行き、フタを開けて中身を物色。

 引っ越し業者のお兄ちゃん達のために用意した大きめのクーラーボックスには、一応好きなものを飲めるようにと、たくさんの飲み物が詰め込まれている。

 でも人気なのはお茶かコーヒーだったらしく、先ほど私が飲んでいたコーヒーがラストだった。そして、今のクーラーボックスにはジュースと炭酸が多いなぁ。後は……。


「カフェオレか……」


(なんかカフェオレにはいい思い出がないんだよなぁ)


 とは思いながらも、私はカフェオレの缶を取り出して、よく冷えたカフェオレを飲むことにした。無性にカフェインが欲しいんだよ。

 そしてちびりとカフェオレを口に含んだ私へ。


「あ、そう言えば、春乃が欲しいって言ってたから、最新のPCを三台買っておいたよ」


 なんて、優吾が笑顔で言うものだから。


「優吾愛してるっ!!」


 そう思わず叫んでしまった。


「調子いいんだから」


 優吾はそう言って苦笑いを見せたが、私は彼のそう言うところは割と好きなのだ。




 優吾と出会ってから三ヵ月が経っていた。

 いやぁ、まあ、ごらんのとおり、私は彼の提示する契約を飲んだ。

 お金は使いたい放題。好き勝手出来て男遊びも容認、というか黙認か。おまけに優吾とは友達関係を築けたらそれでOKだっていうんだから、迷うわけもない。

 実際に籍を入れるまでには多少の猶予があるらしいけど。子供を作るのは籍を入れた後でいいと言われてるし、優吾とは一緒に暮らしても肉体関係は持たなくていい。こんなに都合のいい契約があるだろうか?

 この機会を逃したら、この先、絶対にこれ以上にいい契約は望めない。

 だったら、私は自分の利益を優先するっ。優吾だってそれで幸せなんだから、お互いに得するだけ何にも悪いことはないじゃない。

 私ももう、夢見る少女じゃないんだし。

 午前中には引っ越しの荷物が全部運び込まれ、業者の人たちにお昼を食べてもらい、やっと引っ越しが終わりだ。あとは荷解きしなきゃなんないけど、ベッドは使えるからゆっくりやればいいや。

 そういうわけで、業者をお見送りした後は、優吾と二人でこれからのことを話し合わねばならない。


「ところで、気になってたんだけどさ」


 大量の開き缶をゴミ袋に入れて、私はそれをいったんキッチンの隅に置くと、食後にのんびりしている優吾へと顔を向けた。

 ちなみに今日のお昼は特上寿司だよ。私の好物の一つだよ。優吾が知ってるはずはないけど。

 私の好きなお寿司を、優吾は「お昼は軽くすませようか」と言いながら、業者さんたちの分も合わせて電話一本で迷いなく注文してやがり……してくれて、私は電話片手に注文してる優吾にときめいたさっ!

 なんかあらためて優吾と契約してよかったかも、なんて思ってしまった。どうせチョロイよ。いいじゃんか。

 あ、ちなみにときめいたと言っても、恋やなんかじゃないのであしからず。

 どんなに顔がよかろうと、ホモのイケメンに興味はゼロだ。むしろマイナスか? いや、寿司でプラマイゼロだな。うん。


「なに?」


 今日も無駄に麗しい我が婚約者殿は、かすかな微笑みを浮かべて返事をした。その姿は本当に絵になるから、なんか微かにイラッとする。

 まあ、それはさておき。


「優吾の彼氏、私と優吾のこと知ってるの?」


 私がそう言って首を傾げれば、優吾はちびりと缶のお茶を飲みながら頷いて見せる。


「知ってるよ。説明したし。まあ、快くってわけじゃないけど、僕の事情も理解してくれてる。と、僕は信じてるんだけどねぇ」


 優吾はそう言って、どこか疲れたように笑った。


「ああ、まあ。恋人がどこの馬の骨とも知れない女と結婚すると聞いて、心穏やかでいられる人は稀だろうね。私に出来ることはないから頑張れとしか言えないけど、必要なら彼氏の家に優吾だけ引っ越しても私は全然かまわないからね」


 私がそう言って笑って見せれば、優吾も同じように、これでもかと言うほどのさわやかな笑顔で返してきた。


「そう言って僕を追い出しにかかるのやめてくれない? この家には男も女も連れ込ませないし、家訓通り、僕もフィアンセを一人で置いていくなんで絶対しないからね?」


 本当に面倒臭い家訓だな。


「チッ……でも連休とか重なれば、一緒に旅行とか行ってかまわないからね。恋人にしっかりサービスしてあげないと」


「期待してくれてるところ悪いけど、出張以外でこの家を空けたりは絶対にしないからね。日帰り旅行くらいは行くだろうけど。それから、舌打ちもしっかり聞こえてるよ」


 終始笑顔で話しているはずなのに、私と優吾の間には見えないブリザードが吹き荒れていただろう。

 まったく、融通の利かない男だ。

 別に私はこの家に男を連れ込む気なんて全くない。何しろ優吾の実家がこのマンションのすぐそばにある。てか、実はこのマンションの窓からは、どこの森林公園ですか? と聞きたくなるような巨大な優吾の実家が見えるんだから、ここに男をわざわざ連れ込もうなんて思うわけないだろうが。

 義母様おかあさまである奏さんがすぐ目の前に居るのに、どうやってここで浮気しろってんだか。いつでも奏さんはここに顔を出せるんだからさぁ。

 いくら浮気が黙認されていますと言ってもだよ、大っぴらにするようなことじゃないじゃない。それこそ世間様から白い目で見られるわ。

 それに、今のところ恋人がほしいという願望がない。

 逆に自分の趣味に走りまくっても文句を言われない今の状況が、私にとって最大の喜びになっている。

 本を読みまくってゲームしまくってやる!


「まあいいわ。とにかく、これからのことなんだけど、優吾が婚約したってのは、狛百合の分家やら各著名人に知らされてるんでしょ? それに関して何か私が知っておかなきゃいけないことはないの?」


 腐っても婚約者だ。将来優吾と結婚しなくてはいけないのだから、嫁になった最低限の責任は果たさなければならない。

 だからこその自由なのだ。

 私の言葉に優吾は一瞬目を丸くして見せるが、すぐに笑顔を返して頷いて見せる。


「人の顔や名前はそのうち嫌でも覚えられると思うから、無理に詰め込まなくてもいいよ。ただ、母さんが礼儀作法のほうを心配してるから、そっちのレッスンはしてもらうことになりそう」


「うへぇ。礼儀作法とかマジ勘弁。そもそも私が柄悪いってとっくに気づいてるんじゃないの? 奏さんの場合」


「多分ね。でも春乃が切り替えの得意な人間だってことも分かってるからね。技術と知識さえ詰め込めば大丈夫だって思ってるよ」


「信用されてんだか、都合よく使いたいんだか、わかんないわね」


 私がそう言って首を横に振って見せれば、優吾はおかしそうに笑い。


「春乃を信用してるんだよ」


 そう言うと顔に微笑みを浮かべた。

 信用ねぇ。なんていぶかる私に、優吾はくすくすと笑いながら、ふと「あ」と声を発し、私がそれにつられるように顔を向ければ。


「大事なことを忘れてた。婚約パーティー」


 とか言いやがった。


「欠席を希望します」


「無理」


 だろうとは思ったけど、そんなノーウエイトで返さなくてもいいじゃないか。


「だって書類だか知らせだかは送ってるんでしょ? もうそれでいいじゃん」


 そう言う集まりとか本気で行きたくないんだよ私は。

 うんざりする気持ちで腕を組む私に、優吾も同じようにめんどくさそうな顔を見せる。


「僕だって行きたくないけど、僕たちの婚約パーティーなんだから、当事者が欠席できるはずないでしょ?」


「まったくもってその通り。愛想笑いとか顔が引きつるんだよなぁ……」


 私は大きなため息を吐き出しながら、キッチンカウンターにうなだれた。

 これだから『旧家』と言うやつは面倒くさくて嫌なのだ。


「大きなパーティー以外にも、一族の集まる会食もあったりするよ」


「何それ。本家と分家筋がみんな集まるの? パーティーだけじゃ足らんのか?」


「これも習わしだからねぇ。本家に近い分家が十家、遠縁が十五家、遠縁の親戚筋が二十家以上。その他、親戚、血縁集めたら、そりゃ壮観な眺めだよ」


 優吾はどこか呆れたような顔で苦笑いを見せるが、どことなく疲れたような表情はきっと気のせいじゃないだろう。

 てか一族多すぎ。でも、その一族の中の本家が狛百合家。つまり頂点に立っているのは優吾の家なんだから、いくら自由を貰っても、私に回る苦労やなんやらは想像するのさえ嫌になりそうだ。


「それだけの大所帯をどこに集める気だよ。国技館か? ドームか?」


「いやいや、いくらなんでもそこまで大所帯じゃないよ。どっかの料亭を貸し切るくらいで足りるはずだし、それで足りるくらいしか呼ばないよ」


「料亭を貸し切るって言葉が出る時点で、私は自分が異世界に迷い込んだ気分になるんですけどねぇ」


 会社の飲み会なんてかわいいものだ。


「そう? 頻繁にはしてあげられないけど、春乃の誕生日にどっかの動物園や遊園地を貸し切ってもかまわないよ?」


「私の一人占めね! って、誰が喜ぶかそんなのっ!!」


 何が嬉しくて一人で遊園地を貸し切らなけりゃならないんだよっ。テーマパークやアミューズメントパークってのは、たくさんの人でにぎわうから楽しいんじゃないかっ!

 普段からボッチなのに、これ以上私のボッチに拍車をかけるなっ。


「あははっ。冗談だよ。でも、春乃の誕生日には、何かおいしいものでも食べに行こうね」


「ご機嫌取りのつもり?」


「そうじゃなくて、家族の誕生日は祝いたいだけだよ」


 優吾はそう言うと、明るい笑顔を見せた。


「ま、覚えてたらね」


 誕生日を祝ってもらっても、嬉しいと素直に喜べる歳じゃない。

 だけど、まあ――覚えてたら、ね。


本日より、毎週月曜日の0時に投稿する予定です。

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