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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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全然似てない似た者同士


 朝、久しぶりに自分でキッチンに立って料理をしてみた。というのも、実は三日間ほど要さんがお休みなのだ。よかったわよ。普通にお休みもらってて。なんか、あまりにも毎日顔を突き合わせてるものだから、休んでないんじゃないかってちょっと心配だった。


「いくら何でも、うちってそんなブラックじゃないからね? むしろ自由だよ。休みたいときは言ってくれれば好きな時に休んでもらってもかまわないんだもん。って言っても、基本的にあの四家の当主はあまり休まないんだけどね」


 そう言うと、一緒にご飯を食べていた優吾が困ったように笑った。


「そりゃ仕方ないね」


 責任者ってことでもあるんだし、自分の家のことになれば休みなんてものはないだろうし。まあ今回休んでくれたんだからいいんじゃないかね。


「今日は美影が来るんだっけ?」


「うん。午後からくるって言ってたかな。来なくてもいいっていたんだけどさ」


 どうせ今日も私は家から出る予定がないし、出るつもりもないから別に来なくてもいいって言ったんだけど『私の仕事ですもの』と言って引いてはくれなかったので仕方ない。

 てか最近、私はますます引きこもりに拍車がかかってきてる気がする。何でもかんでも世話してもらうってのはよくないなぁ。うん、よくない。


「美影の場合は立場とか役目がねぇ」


「そう言えば、当主の妻に仕えるんだっけ?」


「そうそう。それでも、まだ結婚してないから極力張り付かないようにはしてるんじゃないかな? 本当なら美影の場合、呼べばすぐに駆け付けられる距離に居たいはずだし」


「犬かよ」


「忠犬だよ? かわいがってやってね」


「おい」


 ご飯の後、優吾と少しの雑談をして、私は優悟を見送った。今日はのんびり出勤らしい。優吾って割とまじめに仕事はしてるよなぁ。なんて、ちょっと彼の真面目さに笑える。側近四家の当主たちが真面目なのは主が真面目だからってのも理由の一つかもしれないな。

 優吾を見送った後は、珍しく自分で洗濯とか部屋の掃除をして、お昼ご飯をどうしようかな。なんて考えながら自分の部屋でパソコンを立ち上げる。

 よくお世話になってる通販サイト『ジャングル』のホームページを開きながらゲームや書籍のチェックをしつつ、読みたかった本をいくつか見つけて迷わずポチると次へ。






 なんだかんだとパソコンであちこち巡っていればあっという間に午前中も終わり、私は玄関チャイムの音で現実に引き戻されていた。


「おぉ、もう十一時過ぎてんじゃん」


 時計を確認すれば十一時半を少し回ったあたりで、来客を知らせるチャイムに私は急いで玄関へと向かう。まあ確認するまでもなく美影さんだろうけど。

 一応、のぞき穴から相手を確認して玄関を開ける。


「おはようございます。春乃様」


「おはよう、美影さん。って、もう昼ですけどね。それにしてもチャイムなんて鳴らすから珍しいと思ったら、なんですかその大荷物」


 何やら大きな段ボールを両腕に抱えて立っている美影さんにちょっと驚く私だが、一先ず美影さんが中に入れるようにと、私は玄関ドアを大きく開けて体を横にずらす。美影さんはそのまま私にお礼を言いつつ室内に入りリビングへと向かう。私はそれを見送りつつ玄関ドアを閉めて、ちゃんとカギをかけてから美影さんの後を追った。

 リビングに入れば、大きな段ボールをそっと床に降ろしている美影さんに、私は首をかしげる。割れ物でも入っているんだろうか?


「一体何を持ってきたんですか?」


 段ボールに近づいて腰を下ろす私に、美影さんが小さく笑う。


「実は、うちの小さい連中にどうしても欲しいと騒がれてしまいまして、午前中はそれの買い付けに。春乃様も確かお好きだと記憶しておりましたので、今日は癒しのお裾分けに連れてまいりましたの」


 連れてきたということは、中身は生き物なのか? と私が首をかしげるのとほぼ同時に段ボールががたりと動き、私はそれに驚いて段ボールをじっと見つめる。

 段ボールの大きさは、横幅六十センチ縦幅七十センチくらいで、特に目立った特徴のない普通の段ボールだ。私がそうやって段ボールの外装を観察していれば、また段ボールはがたりと動く。


「開けていいんですか?」


 そう美影さんに確認すれば、彼がクスクスと楽しそうに笑いつつ、どうぞと頷くので、私は折り重なるように閉じられた段ボールのふたに手を伸ばして、ゆっくりと開けた。

 すると、中にいたのは大きな子犬で、開けられたふたに喜んだのか、子犬は開けられた段ボールの縁に両腕をのせて、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら勢いをつけて私の顔辺りに飛びついてくる。

 受け止めたまではいいのだが、この子犬。かなり人懐っこい。


「お、落ち着きなってっ。ぅわっぷっ!」


 子犬の柔らかい舌が私の顔中を舐めまわす。この狭い段ボールから出られたのがうれしいのか、かなり子犬は興奮気味だった。おまけに子犬は『彼』だった。

 とにかく、私は子犬を落ち着かせるために、彼をしっかり抱きなおして背中から尻尾までをゆっくりとなでおろす。なんどもそうやって彼を撫で続ければ、何とか最初の興奮は落ち着いてきたようだった。ふぅ。さすがに子供はパワフルだぜ。

 落ち着てきた――それでも隙あらば人の顔を舐めようとするが――子犬を改めてぎゅっと優しく抱きしめれば、子供特有のミルクのにおいが鼻孔をくすぐる。

 ふかふかのやわらかい毛に、まだ柔らかい肉球。甘噛みされるとちょっと痛い小さな歯にくすぐったささえ感じて、私の顔はみっともなく緩んでしまう。


「子犬めっちゃ可愛いっっ」


 なんてやっていたら、パシャっという音が私の耳に届き美影さんのほうに顔を向けると、彼は自分のスマホをこちらに向けてもう一枚、パシャっと私と子犬を撮っていた。


「って、なに撮ってるんですかっ!?」


「え? 優吾様に送って差し上げようと」


「そんなことしないでいいですからっ! ってか、私にもその写メくださいっ!」


 この可愛い子犬を私のスマホの待ち受けにしたい。――って、そうじゃなくてっ。


「もちろんですわ。ちゃんとお二人に送りましたわよ」


 美影さんはそう言って満面の笑みを見せると、自分のスマホを上着の内ポケットへとしまう。


「優吾にまで送らなくても……もういいんですけど」


 送ってしまったあとではどうしようもない。


「いいものが撮れましたよ?」


「人の気が緩んでいるときに写メるとか鬼畜ですからね? せめて言ってから撮ってほしかったですよ」


 なぁ、わんこもそう思うだろう? なんて子犬の背中に頬を摺り寄せていれば、美影さんは楽しそうにくすくすと笑っていた。


「意識しない自然なままのほうが、人はいい顔で笑うんですよ。春乃様」


 そういうものなんだろうか?


「あ、要たちにも送っておきましたけど、いいですよね?」


「事後報告じゃ断りようもないですからねっ!」


 絶対にさっき私や優吾に送るとき一括送信してるよこの人。


「ところで、春乃様は飼われようとは思われないのですか?」


「んーー。今のところは」


「このマンションはペットも平気ですよ?」


「まあ、平気じゃなくても了承させるんですよね?」


「もちろんです」


 いい笑顔で肯定された。


「犬や猫は好きですけどね。今は、飼っても責任持ってあげられないと思うんですよ」


 生き物を飼うってのは、簡単じゃない。その子の一生に責任を持つことでもあるのだ。少なくとも、私はそう思う。


「今は、自分のことで手一杯なんで、まだ飼えないですね……」


 でもいつかは飼いたいと思う。

 私がそう言って子犬の頭を撫でれば、子犬は言葉の意味など理解はしていないだろうが、私を慰めるように頬をまた舐めた。


「ふふっ。なんだか、優吾様の子供の時のことを思い出しましたわ」


 美影さんが不意にそう言って笑う。

 そんな美影さんに顔を向けて首を傾げて見せれば、美影さんはどこか懐かしそうに両眼を細め。


「優吾様も、今の自分では幸せにしてあげられる自信がないからと、動物を飼ったことがないのを思い出しまして」


「子供とは思えない言葉ですね。しっかりしてるというか何というか、まあ優吾らしいって言われればそう思えますけど」


「そうですね。昔から親族の誰かがねだって動物を飼っていたのを何度も見ているから、かもしれませんわ。そのたびに、結局は飽きて自分で世話をしなくなることの無責任さや愛情をもって育てても自分よりも先に逝ってしまう悲しさ。そういうものを見てきて、きっと優吾様なりに思う所があったのだと思います」


「そういうのを知っていて、幸せにしてあげられる自信がないって言葉が出ちゃう辺り、優吾も器用なんだか不器用なんだか」


 なんて苦笑いを見せる私に。


「だからこそ、おそばにいて差し上げたくなるのですわ」


 と、美影さんは柔らかく目を細める。


「確かに。そういう子供がいたらそばに居てあげたくなっちゃうかもしれませんね」


 小さかった彼は、どれだけ我慢してきたのかと思うとちょっとだけ切なくなる。きっと小さかった優吾は今と違ってずっと不器用だったんだろう。と思う反面、人間変われば変わるものだとも思う。今の彼からはまるで想像できない純粋で繊細な子供時代が彼にもあったのかとちょっと驚きである。


「そうですわっ! 明日、本家に行きませんか?」


 突然、美影さんが手のひらを胸の前で一つ打ち付けると笑顔でそう言ったから、私は子犬とともに首をかしげてしまう。


「本家に?」


 なんでまた。と、さらに首を横に倒す私に、美影さんが嬉しそうに笑みを深めて見せた。


「優吾様のことを知りたいとおっしゃられていましたでしょう? 黄龍家の使用人には私どもよりも高齢の者がたくさんおりますから、もっと様々な話が聞けますわ。それに、幼少時代のお写真などもみながらでしたらなお面白いかと」


「いや、黄龍家の人たちはお仕事中だからね。邪魔しちゃ悪いよ」


「主のために使う時間は何よりも優先されるべきことですわっ。邪魔だなんてとんでもないっ!」


 とんでもないのは美影さんの思い付きだと思うが。


「明日は雅臣様も奏様もいらっしゃるはずですから、お二人からもお話が聞けるかと思いますわっ」


「一番とんでもないことが発覚したっ!? 聞けねぇよっ! 一番聞きにくいところだよそこはっ!!」


「きっと喜んで教えてくれますわよ!」


「いや、だからねっ。聞いてるっ!?」


「早速、本家に連絡を入れておきませんとっ!」


 美影さんはそう言うと、急いでスマホを取り出し電話をかけ始める。

 お願い、私の話を聞いてっ――と美影さんを止めようと中腰になった私だが、なぜかこのタイミングで私のスマホも急に鳴り出して、私は子犬を片腕に抱きなおし急いでスマホを取りだす。

 画面を確認すれば優吾からで――。


「なんてタイミングで電話してくるかなっ!」


 と、つい声を荒げてしまう私だが、何のことか知らない優吾は電話の向こうで『なんのこと?』と不思議そうな声を出していた。

 だから、美影さんが暴走してるんだってっ。という話を優吾にすれば『明日、本家に行くんだ。気を付けてね。って気を付ける程遠くないかっ。あははっ』と笑い、そんなことよりと別の話をこっちに振り始める。

 おたくの従者が人の話を聞かないのは絶対に主のせいだっ。そうに違いない!


『美影から写メもらったけど、秋田犬でしょ、その子。飼うの?』


「いや、なんで? 飼わないよ」


 飼う飼わないの話なら前にしただろうに。


『そうなの? 美影から写メはもらったけど、何にもメッセージとか寄こさないからさ、てっきり春乃が飼いたいのかと思って』


「違うよ。かわいい癒しのお裾分けだって」


『ああ、そっちか。ってことは、朱雀院のおチビさんたちが、ついに美影を落としたわけだ』


 そう言って優吾が納得しているようだったから、きっと朱雀院の子供たちが前からねだっていたものなんだろうと私も納得である。


「今日の午前中に買って来たらしいよ」


『二年越しだからねぇ。きっとおチビちゃんたち喜ぶだろうな。でも、春乃が欲しいならうちでも飼っていいんだよ? 広い敷地なら本家に腐るほどあるし、散歩には困らないからね』


「余裕がないって。優吾だって嫌いじゃないでしょ? 優吾が飼いたいなら私は反対しないけど?」


 なんて私が口の端を釣り上げて言えば、優吾も電話の向こうでくすくすと笑っていた。


『もう、そういう所は僕たちそっくりだね。本当にお互い擦り付け合うのはやめようよ。僕もまだ時期じゃないと思うし』


「本当に、変なところが似てる。じゃあ、とりあえず保留だね」


『そうだね』


 お互いに、飼いたい気持ちがないわけじゃない。でも、まだお互いに覚悟が出来てない。だから、相手に判断を任せて自分は言い訳できるようにしておきたい。そして、その間に自分は覚悟を決められる。でもそれは、ズルいやり方だ。


『いい加減に、お互い達観したふりで我慢するのはやめないとね』


「年齢や性別に逃げることもね」


 だって、結婚するんだからさ。そうお互いに口には出さなかったけど、たぶん優吾だって同じことを考えてくれてるはずだ。結局のところ、人生がどう転ぼうが、人間にとっての最後の砦は、たぶん『家族』の元なんだと、そうであればいいと思うから。

 自分も相手にとっての『家族』と言う名の砦になれるように、ちょっとだけ強くなろう。なれるように努力しよう。

 そして優吾と電話を切り、私は子犬の頭を優しくなでた。


「春乃様っ! 明日は雅臣様も奏様も楽しみにお待ちくださるそうですわっ! お土産は何をご用意いたしましょうか?」


 そんな明るい声で私に笑顔を見せる美影さんを見て、そう言えばそっちの問題が残っていたっ!? ということを思い出した。

 ああ、止めるどころか、結局は明日、本家に行くことは決定かよ。のんびり優吾と雑談してる場合じゃなかったよっ。

 とはいえ、今から私が連絡してやっぱりやめますなんて言おうものなら、義父様おとうさま義母様おかあさまも心底残念がられるだろうな。そう考えると、結局は断るなんて選択はできっこない。


「巣鴨の塩大福でも買いに行きますか」


 個人的には好きだ。でも塩大福だけじゃ寂しいので、他にも面白そうな大福をいっぱい買おうか。なんてことを考えつつ、今日は一日、子犬と遊んですごした。


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