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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
36/53

翌日


 飲み会の翌日、酔った勢いで優吾と一緒にベッドへ……なんてこともなく、私も優吾も自分の部屋で目を覚ました。もちろん、夕べのことは全部覚えている。


「それにしても、昨日はちょっと飲みすぎたな」


 迎えに来てくれた要さんたちの車に乗って、優吾と仲良くそのまま寝てしまったようで、起こされたときには家だった。

 家に入ってからも、そのまま寝てしまったようで、私は朝起きてすぐにシャワーを浴びて、着替えを済ませて要さんの用意してくれた朝食をとる。ちなみに、優吾はまだ起きていないらしい。


「お二方とも帰ってきてすぐに寝てしまわれましたものね。夕べは楽しまれましたか?」


 そう言って、珍しく朝からうちにいる美影さんが、お味噌汁――具はシジミ――を私の前に置いてにこりと笑って見せる。


「楽しかったですよ。久々に前の会社の人たちとも会えましたし、みんなからプレゼントまでもらっちゃって、なんかあんなに『おめでとう』を言われるのって人生でもそうあるもんじゃないなぁ、なんてしみじみ思っちゃいましたよ」


 私がそう言ってお椀に口をつけると、キッチンにいた要さんも冷たい飲み物を持ってリビングに戻ってきた。


「次に祝辞をいただく機会があるとすれば、出産でございましょうね」


 要さんはそう言いながら私の前に冷たいウーロン茶の入ったグラスを置く。


「ああ、そう言えばありましたねぇ。そう言うイベントが……」


 言われてそのことがあったのを思い出した。


「優吾様と一晩を共に過ごすときのご注意などは必要でございますか?」


「ごふっ!!」


 要さんにいきなりそう聞かれて、思わず飲もうとしていたお味噌汁を盛大に吹き出してしまう私に、動じることなく従者二人はてきぱきと私の口元をふき、汚れたテーブルを拭き、お味噌汁と新しく入れ替えて、何事もなかったかのように二人はテーブルの横に着く。

 顔の表情さえ普段どおりなのだから、なんかもう、さすがとしか言えない。

 それはさておき。


「いや、優吾とは一晩過ごしませんから」


 だって、初めからそう言う契約だったじゃない? なんて、へらりと笑って見せる私に、要さんと美影さんが互いに顔を見合せたと思えば。


「いやですわ。春乃様ったら、契約当初とは違い明らかに優吾様のお気持ちに変化がありますでしょう?」


 そう言って美影さんがコロコロと笑う。


「優吾がどう思うかなんて知りませんけど、私は嫌ですよっ。想像できないしっ!」


 優吾と一晩過ごすって、つまり『いたす』わけだろ? そりゃ無理だって。まったく全然考えたこともないってのっ。


「ですが、接吻はお許しになられたご様子ですが?」


「言い回しが古っ! 普通にキスでいいでしょっ。せめて口付けくらいにしておいてくださいよっ。てか、一度も許してませんからねっ!?」


 マジで、いつそんな話が出たんだよっ。


「そうでございましたか。夕べのお二人の雰囲気から、何かあったのではと邪推してしまいました。申し訳ございません」


 そう言って軽く頭をさて見せる要さんに、本当にこの従者、侮れねぇな。なんて痛感する。どっかで見てたかのような勘の良さだわ。


「まあ、それはともかく、優吾様が春乃様に心が傾いているのは確かですわっ! このまま結婚なされば優吾様が放っておくはずありませんよっ。女は愛するより愛された方が幸せになるとも聞きますわっ。このまま春乃様と相思相愛に。そしてご結婚、出産と、素晴らしい未来が――」


 うっとりと自分の妄想に、恋する乙女のように頬をほんのりと赤らめながら、美影さんが一人で暴走してる。が放っとこう。


「夕べは確かにいろいろあって、優吾に助けられたっていうか。それでお酒も入って、まあ、なんかお互いの心の距離が縮まったみたいな?」


「さようでございましたか。何があったのかお聞きしても?」


「ん? ああ、別に大丈夫――」


 ってことで、私は要さんに夕べの桃里と優吾の話を聞かせた。






「――そのようなことが、春乃様を守れず優吾様のお手を煩わせてしまうとは、ボディーガードとしての役目を果たせず大変申し訳ございません」


 そう要さんに頭を下げられて、私のほうがちょっと慌ててしまった。


「いや、それは別に気にしないでくださいっ。私にも優吾にも怪我はありませんし、てか優吾って護身術習ってたんですね」


「はい。優吾様は幼少の頃より様々な武術を習ておいでです。今では数を減らしておいでですが、いまだにいくつかの武術は続けておられます」


「全然気づかなかった」


「優吾様の帰宅が遅い日などの半分は道場へ赴かれているはずです」


「へぇ。だからあんな簡単に人を投げ飛ばせたのか」


 確かに優吾はいい体してるもんなぁ。海に入った時のことを思い出せば、あの引き締まった体に納得の理由である。


「春乃様もどうですか?」


 なんて、やっと現実に戻ってきた美影さんに聞かれるが、どう? とは何のことだい?


「私、インドアなんで」


「護身術を身に着けて損はございませんわよ?」


 と笑う美影さんに。


「いや~、ボディーガードを信用してますんで」


 私がそう答えたら。


「では、常に我々をおそばに控えさせていただきたく思うのですが。いかがでございましょうか?」


 なんて、要さんにすっと両目を細められて言われてしまった。藪蛇だったかっ。


「えーっと。優吾、遅いね?」


 なんて、明らかな私の苦しい話題転換にも、嫌な顔一つせずに要さんと美影さんはおかしそうに笑って私の話に乗ってくれた。


「珍しく大分お飲みになっておいででしたからね。昼近くまで起きないかもしれませんよ? 起こしますか?」


 そう言ってくれる美影さんに、私は首を横に振って見せる。

 別に優吾を起こしたいわけでも、用事があるわけでもないからね。


「付き合わせちゃったのは私だし、出来れば寝かせておいてあげてほしいかな」


「はい」


 美影さんの返事を聞き、私もご飯の続きに手を伸ばす。

 それにしても、美影さんが『珍しく』と言ってたくらいだ、本当に優吾は普段からあまりお酒を口にしないのだろう。

 それに、彼が護身術、しかも多数も習っていたってのは初めて知った。

 よく考えれば、私って優吾のこと何にもしらないんだなぁって思う。優吾の方はそれこそ、駒百合の力を使って、私が生まれた病院から私の祖母や両親、通っていた学校、夕べの桃里のこともそうだけど、付き合っていた男のことまで全部知ってるんだろうと思うと、仕方ないとはわかっているけど、なんだかズルい気がした。

 だって、私のことは知られてるのに、私は優吾のことを何も知らなさすぎるというか。

 あーちがうな。今まで私が優吾に興味を持ってなかっただけかもしれない。

 そう思ったら、なんだか急に恥ずかしい気もしてきた。

 優吾はまあ、家の事情もあるんだろうけど、少なくとも私に興味を持ってくれて、私のことを知ろうとしてくれてるのに、私は家族になろうって人のことをあまりにも知らなさすぎる。


「――春乃様? どうかなさいましたか? まさか、要の料理に失敗がっ!?」


「俺の料理は完璧だ。張り倒すぞ美影。春乃様、先ほどから何やら考えごとをなさっておいでのようですが、いかがされましたか?」


「え。てか、要さんも『俺』って使うんですね。じゃなくて、あの、よく考えたらですね。私、優吾のことほとんど知らないなって思って……」


 と、私が要さんを見れば。


「優吾様のことでございますか? では、初代様のお話から――」


「Stop! 要、そこはいらないからっ!!」


「何を言う美影。優吾様のことを知りたいとおおせの次期奥様に、まずは駒百合家の歴史から語らなくてどうする」


「馬鹿じゃないのっ!? あんたのそういう所は本当に馬鹿っ!! 春乃様が知りたいのは歴史じゃなくて優吾様ご本人のことなのっ! 幼少期のことや、優吾様の学生時代の話とか、そう言うことよっ! もうっ!」


「それでしたら、優吾様ご本人に聞くのが一番早いかと存じますが」


 なんて、目を丸くして私を見る要さんに、私と美影さんはそろって大きなため息を吐き出していた。

 そう言うことでもないんだっての。


「あー、ですからね。優吾の話じゃなくて、要さんや美影さんから見た優悟のことを聞きたいんですよ」


 優吾のことを知るならもちろん本人に聞くのが一番早い。好きな食べ物や飲み物、色、好きな音楽、服とか、友人との思い出やら。でも、私が聞きたいのはそう言うんじゃない。他人から見た彼が知りたいのだ。


「そうですね。私たちが初めて会ったとき、優吾様のことを女の子じゃないかと勘違いしてしまいそうなほど、とても愛らしい少年でしたわ」


 そうやら私の知りたい発言を正しく受け取ってくれたらしい美影さんがそう話し始めると、要さんも当時を思い出すようにふっと口元を緩めた。


「私もそうですね。生まれたばかりの将来の主があまりにも愛らしくて、大人になったらきっと様々な男に言い寄られるんじゃないかと、気が気じゃありませんでした。まあ、男と知ってからも、結局そう言う心配は消えなかったのですが……」


 要さんがそう言って遠い目をする。きっと私の知らない苦労をしてきたんだろう。頑張れ要さんっ。


「まあ、今でもあの見た目ですからね」


「そうですね。ですが、まわりには見目の麗しい人間も少なくはなかったですので、優吾様が人の内面と外見が必ずしも一致しないことに、幼少期にはだいぶ悩まれていたご様子でございました。優吾様の一風変わった性癖、とでも申しましょうか。今のようになってしまわれたのは、我らの目が行き届かなかったことも原因のひとつではないかとも思っております」


 要さんはそう言うと、口の端を少しだけ笑みの形に歪めた。


「そうそう、原因の一つと言えば。ホラっ、ご友人の皐月様」


 そう美影さんが言うと、要さんが盛大な溜息を一つ。

 ああ、やっぱりそれがきっかけかぁ。なんて、私もちょっと納得しちゃったが。


「それは私もちょっと聞きましたよ。皐月さんに彼女を寝取られたって事件」


「それですね。あれがきっかけだったのは間違いありませんわ。それから、優吾様は男性と付き合うことも多くなりましたの。最初はショックでしたけど、主がそうと決めたのならばと」


 従者的にも戸惑う大事件だよなぁ。何しろ主がホモ……優吾の場合はバイセクシャルなのか? まあどっちでもいいけど。


「ですが、一番驚いたのはあなた様です」


 そう言うと、要さんは打って変わっておかしそうに笑い、美影さんも同じように「確かにね」と笑う。


「契約結婚の話は我ら四家の当主全員に優吾様が直々にご説明くださいました。ですが、優吾様の言う『契約結婚』は、こういっては何ですが、絶対にうまくいかないと思っておりました」


「そうそうっ。聖なんて、珍しく優吾様に食って掛かってたものね」


「まあ、そりゃ私が聞いても『馬鹿じゃね?』って思うような契約ですもんね。受けちゃったわけですけど」


 今考えても、私は思い切った決断をしたと思うよ。マジで。


「そうですね。確かに無茶な話でした。だからこそ、我ら四家は決めたことがございました」


「決めたこと?」


「はい。優吾様がお決めになったこんな無茶な契約を受けてくださる女性がどういう方であろうとも、我らは誠心誠意お仕えしよう。と」


 そう言うと、要さんは優し気に微笑んで、改めて私に顔を向けると胸に手を当てて、恭しくしっかりと頭を下げて見せた。


「そして、優吾様は我らに素晴らしい主を与えてくださいました。春乃様、我ら四家は心よりあなた様を敬愛しております。春乃様が望むすべてを我らは叶えると誓いましょう」


 急にそう言われて、私の方が驚いた。

 いや、全てって……。


「じゃあ雪を降らせてっていったら、降らしてくれます?」


 そう冗談交じりで言う私に、要さんと美影さんは自信満々の顔でにやりと笑い。


「仰せのままに」


「我が主」


 と、頭を下げる。

 うん、きっとやる。この人たちなら、きっと雪でも雹でも、私が望めば槍でも鉄砲でも降らせる。絶対にできる。


「冗談ですけどねっ!」


「存じ上げております」


 いつものようにニヒルに笑う要さんに間髪入れずに返された。くっそう。


「でも、優吾の子供時代の話はちょっと聞きたいです。教えてくれますか?」


「もちろん。喜んで」


「あ、今思い出したのですけど、私が一番印象に残ってることと言えば、優吾様が小学生の時の初恋が新任の女教師だったのですけど、あの時はもう、おかしいったら」


「なんですかそれっ?」


「ああ、私も覚えてますよ。あの時の優吾様は今と違い、好きな相手に話しかけることもできずにですね――」


 そのあとは優吾の子供時代の話をたくさん聞かせてもらった。

 どれもこれも面白くて、私の知らない彼の話はとても新鮮で、結局、私たちの話は優吾が眠そうに眼をこすりながら現れるまで続いたよ。


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