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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
33/53

変わるものと変わらないもの


 仕事から帰ってきた優吾がしたくを済ませると、要さんの運転する車で目的地へと向かう。なんかもう、送迎が当たり前になりつつある日常に、私はなんだかなぁと、ふと自分自身に乾いた笑いが漏れるが、まあなれってすごいと思う。

 それはさておき。そう言えば、私が仕事を辞めてから会社の人間に会うのはわりと久しぶりだ。

 半年や一年で何が分かるということもなさそうだが、それでも会社の人間とはそれなりにやってきたつもりで、みんなも元気でいるのかとちょっと気になったりはする。今日の飲み会にも、知り合いが全員参加してるわけではないだろうけど、久々に会うというのはそれなりに楽しみでもある。


「それで、結局は何人くらいが集まる感じなの?」


 後部座席の右隣に座る優吾がそう言ってこちらに顔を向けた。


「聞いた限りだと十五人くらいだと思う。まあ、個人的にはわりと多いかなとは思うけど、この間の食事会の時の方が人は多かったよね」


 会社の集まりより、家族での食事会の方が人が集まるってどういうことなの?


「でもそれって一応の決まってる参加者ってだけでしょ? あとから増えそうな予感はするよね」


 そう言って小さく笑う優吾の言葉に、私は確かにそれはありそうだなと思った。

 単純にお酒が好きでって人もいるだろうが、お酒を飲む場やその雰囲気が好きという人もいるだろうし、口実を与えられたら、基本的によほどの人間嫌いか、そういう場が嫌いな人間でもない限り参加はする方向になるものだ。まして祝いの名目があるならなおのこと参加しないというのはないだろう。

 まあ、用事があれば別だが。


「そうね。考えてみれば、私もあの会社に就職してから辞めるまでずっと居たわけだし、知り合いもそこそこ多いと思うのよね。それなりにみんなとは仲良くやってきたつもりでもあるし、これで参加者が思った以上に少なかったら、ある意味ちょっと切ないものがあるわ」


 私がそう言って息を吐けば、優吾も要さんもおかしそうに笑った。


「大丈夫だよ。知り合いの人は来てくれるって。そのために土曜日に飲み会を開こうってことになってるんだと思うよ? 普通の会社員なら日曜日はお休みなんだし」


「だよね」


 そうだよね。うん。

 なんか知り合いばかりの集まりだというのに、私は少し緊張しているんだろうか。直接顔を見て合うのは本当に久々だし無理もないかも。

 でもだよ。逆に今日初対面しかいないだろう優吾の方が落ち付いてるってのはどういうことなの?


「むしろ優吾は緊張とかしないわけ?」


 疑問に思って聞く私に。


「僕の場合は慣れてるかじゃないかな?」


 そう言って少しだけ肩をすぼめて見せる。


「慣れって、接待とか? 営業とかで?」


「ん? 僕は基本的に接待される側でしたことはあんまりないけど……ほら。立場上、国内、海外問わず何かしらパーティーに出ないといけないことはわり多いんだよ。で、そう言う集まりっていうのは知り合いばかりが集まるわけじゃないだろ? むしろ知らない人の方が多い時だってあるからね」


「そう言うことね。ん? ちょっと待てよ。それって、今後、私もかかわってくる話じゃない?」


「うん。頑張ってっ」


 非常に頑張りたくないっ! なんだよ、ぱーてぃーって!

 社交ダンスとか、もう婚約のあれが終わったら練習も終わりだと思ってたのにっ! 結局は続けなきゃダメな奴じゃないですかぁやだーっ!!

 そんな感じで優吾と話しながら目的地に到着するころには、飲み会の開始時間が十分ほど過ぎていた。とはいえ、こっちも仕事終わりかつ時間的に道路事情によるところも大きので、まあこのくらいの遅刻なら許容範囲だろう……と思いたい。






 指定された飲み会の会場は、私が勤めていた会社から徒歩十分少々の場所にある居酒屋の二階だ。

 まだ会社にいたころは、年末年始から送別会やら歓迎会やらでもしょっちゅうお世話になっていた場所である。

 二階建てのそこそこ大きな建物を見上げて、この居酒屋に来るのも久々だなぁ。なんて少し懐かしくも思ったり。まあとりあえず。


「入っちゃおうか」


「そうだね」


 優吾の返事を聞いてから、私は店の入り口を開けた。

 店内に入れば、元気のいい店員の声が「いらっしゃいませ!」と私たちに投げかけられる。


「あっ! 宮島さんっ! お久しぶりっす!」


 そう言って声をかけてきたのは、店の古株アルバイトの北原君だった。いや、でも、本当に彼もこのバイト長いな。彼がここでバイト始めてからもう四年以上が経つか。


「お久。どう、最近は?」


 今風な感じといえば、そんな感じではある北原君。

 私より頭一つ分背が高く、髪は茶髪でピアスもあけている。一見チャラくは見えるのだが、外見とは違い彼はかなり真面目でいい青年なのだ。


「ボチボチっすね」


「大学卒業?」


「今年っす」


「マジで? おめでとうっ。就職は?」


「ここで修業中っす。俺、将来は自分の店を持ちたいんで」


「やべっ。北原君が立派な青年に成長してる」


「あざーっす! あ、でも宮島さん旦那できたんすよねっ! そちらの方が旦那さんでしょ? マジで行き遅れなくてよかったじゃないっすかっ! 店長とちょっと心配してたんっすよっ」


「よく言ったクソガキ。店長ともども私の拳で沈めてくれる」


「わーっ! 暴力反対っ! そだっもう皆さん何人か上に来てますよっ! 主役が遅れたらカッコ付かないっすよ!」


「調子のいい奴め。ボトル一本で手を打ってやろう」


 と、私が言えば、北原君は満面の笑みでカウンターから何やら持ってきて、私に差し出した。

 それは私の好きな焼酎のボトルであり、首元にピンクのリボンまでついている。これは、わざわざ用意してたんだろうな。


「じゃあ店長と俺らからのお祝いってことで! おめでとうございます!」


「もう、本当にさ。泣かせにかかるのやめてくんない?」


 今、マジで心にぐっと来た。目頭がちょっと熱くなったじゃないか。なんてちょっとしんみりして口を閉じてしまった私に代わり。


「わざわざありがとうね。よかったね春乃」


 なんて、優吾が私の背中を優しくなでた。

 お前もお前で、こういう時にやさしくするんじゃない。うっかり涙腺が崩壊したらどうしてくれるっ。

 だが泣かんぞっ。

 でも、こんなふうに誰かに祝ってもらうってのは、自分で思った以上にうれしい物なんだと実感した。

 確かに私と優吾はちょっと人さまには言えない事情で結婚するんだけども、それ以上に、私が結婚するってことを喜んでくれる人が居るということが、私には衝撃的でもあった。

 顔見知りのアルバイトの子たちや店長にもきちんとお礼を伝えた後、私と優吾は店の二階へと上がる。

 その途中――。


「ねぇ春乃」


「ん?」


「僕はちゃんと最後まで責任を取るつもりだから、春乃は自分の幸せを一番に考えて僕のところに来てくれればいいんだからね」


 優吾がそう言って私の頭を撫でてほほ笑んだ。


「ああ、うん。ごめんちょっと……」


 ふすまで仕切られた室内に入る前に、私はいったん廊下の隅へ移動して、眉間をぐっと抑え込む。

 マジで今、泣くかと思った……。不意打ちはやめろ。本当に。

 そんなこんなで一応自分を落ち着かせてから、私は優吾とともにふすまを開けて宴会場のふすまを開けた。

 そこには、少なくとも十五人以上の知り合い連中が。


「やっと来たなっ! 春っ!」


「おー! 春ちゃんっ! 元気っ?」


「宮島遅いぞっ!」


「春乃ちゃん、こっち来て早く座ってっ!」


 なんて、私の登場に気が付いて、笑顔で思い思いに私に声をかけてきてくれた。


「ども。遅くなりまして」


 そう私が軽く頭を下げると、私に連絡をくれた先輩が私に手招きしていた。


「春はこっち、私の隣ねっ! 今日の主役なんだから旦那ちゃんとこっち来て座りなよっ!」


 私と優吾は先輩である、川茂かわも 美沙みささんの言葉に甘えて彼女の隣に座る。美沙先輩の左隣に私、優吾の順で座り、優吾のさらに隣が私が辞める一年前に入った鈴崎君だ。


「みんなぁ! ちゅうもーくっ!」


 私と優吾が席について、それぞれお酒を手渡される――ちなみに生中だ――と、美沙先輩がそう言ってグラスを持って立ちあがり、宴会場内の視線は先輩に集まった。


「えー、こうして主役が到着しましたので、ここで改めて乾杯したいと思います!」


 美沙先輩がそう言ってグラスを掲げると、会場内のみんなもそれぞれこちらに冷やかしのような言葉を飛ばしつつグラスを高く掲げる。

 もちろん私も、そして優吾もそれに合わせて。


「え。てか、代表のあいさつって私のでいいの?」


 なんて先輩が一瞬戸惑って上司たちに顔を向けるが。


「美沙ちゃんが一番仲良かったんだからいいじゃね?」


 と、課長の加藤さんが笑って見せれば、美沙先輩も嬉しそうに「了解で~す!」と笑う。


「え~。まあ急な婚約で私より先に寿退社決め込んだ春には、あとで惚気話を強要するとしてだ」


「いや、先輩それ拷問……」


 知ってて言ってますよね。それ。


「何よりも私はこれだけは言いたいっ! おめでとう春っ! 絶対に幸せになるんだぞっ!! ってことで、カンパ~イッ!!」


 という先輩の掛け声で、会場内から一斉に『乾杯っ!』やら『おめでとうっ!』やらが飛び出した。

 ああ、もう。本当にどうしよう。さっき閉じたはずの涙腺がまた緩みそうで、私は慌ててグラスの中身を一気に喉の奥へと流し込む。


「よかったね。春乃」


 そっと優吾が私の耳元で優しく囁く。

 だから、本当にやめろってば。


「うぅ。ありがとうございます。皆さん、本当に……」


 お礼を言うまでなくわけにはいかない。てか、なんとしても泣くものかと、私が精いっぱいで感謝を口にすれば。


「大丈夫よ、春。アンタにとどめを刺すために、みんなでサプライズのプレゼントまで用意しておいたからね!」


 と、美沙先輩が満面の笑みで私の肩を叩く。おいぃっ!?


「何その畳みかけ!? なんでみんなして人を泣かしにかかってくるのっ!?」


 北原君と優吾だけじゃなく、あんたもかよっ! 先輩っ!


「だって、春って涙もろいから、もうかわいくってっ!」


「いじめっ子的発想ですよそれっ!」


 そう先輩に突っ込む私の横で、優吾もおかしそうに。


「春乃はみんなに愛されてるんだねぇ。僕もうれしい限りだよ」


 そう言って笑う。


「黙れいじめっ子第二号っ!」


「あらっ! やだぁっ。旦那ちゃん分かってるぅ!」


 なんて、美沙先輩が右手を優吾に差し出せば、優吾と美沙先輩が満面の笑みで互いに熱い握手を交わす。


「はいっ! そこっ! 結託すしようとするんじゃないっ!」


 誰か突っ込み代わってくれよっ!! 私ひとりじゃ捌ききれねぇよっ!!


「相変わらず仲いいなお前らぁ」


「てか、つまみまだー?」


「あれ? グラス足りてる?」


 って、みんな他人事でそれどれ、もう飲む方に気持ちが向いてしまっている。ちくしょうっ!






 だけど不思議だ。

 こんなに忙しないのに、私の気持ちはどこか嬉しさや、ワクワクと浮かれるような、期待感のようなものがある。

 今、私はすごく楽しいと思ってる。


「春乃がそう言う顔で笑うの、初めて見たよ」


「え?」


 隣の優吾に顔を向ければ、優吾だって、今までに見たこともないような優しげな瞳で笑っている。


「今日は来てよかったね」


 優吾はそう言うと、そっと他の人に見えないように私の手の甲を撫でて、その言葉と顔が、本当にそのままの意味で私に伝わるものだから、私も優吾の手をそっと握り返してから、すぐに離した。


「うん」


 今日、来てよかったって、本当に思う。

 一緒に来てくれた優吾にもすごく感謝してる。

 ああ、今。私って。わりと幸せだ。

 なんて、幸せな自分を噛みしめておかわりのお酒に口をつけていると、隣にいた先輩がそっと私の耳元で。


「ところでさ。あいつ、来てるんだよね。気付いてた?」


 と囁かれ、私は室内に改めて視線を向け直し、部屋の隅からこちら見ている『奴』と目が合い、慌ててそらして先輩へと顔を向けた。


「マジで?」


 先輩は本当に申し訳なさそうに両手を合わせて私を拝むように頭を下げ。


「本当にごめんっ。私は教える気なんてまったくなかったんだけどさぁ。私じゃなくて別の誰かがしゃべっちゃったみたいで、来ちゃったんだよねぇ」


「まあ、先輩のせいじゃないですよ。それにしてもなぁ……」


 まさか、ここでフラグ回収かよ。

 なんで来たんだよ。元カレ君よ……。

 きちんとお祝いしてくれる気で来たんだよな? なぁ?


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