口実でもめでたいはめでたい。
夏もそろそろ終わりそうな八月下旬、久々に前の職場の先輩から連絡があった。
なんでも、慌ただしく会社を辞めてしまった私の退職と婚約の祝いをしたいということで、前の職場の同僚や後輩、それに上司までもが集まってくれるとかなんとか。
辞めてから大分経ちますが? という突っ込みは一度飲み込んで、一先ず先輩にはお礼を言っておいた……けど、まあどうするかな。
「もちろん、私どもは春乃様のご意思に従いますが、やはり春乃様おひとりで行かれますのは承服いたしかねます」
「うん、知ってた」
先輩の話を要さんに確認したところ、まあ予想通りの返事だった。
でも祝いとはいえ、ただの飲み会といえばそうなのだ。
会社の人間たちはただ飲む口実が欲しいだけじゃないかとも思う。でも祝ってくれようという気持ちは純粋にうれしいとも思うから、断るって選択はできない。
だがそこで問題になってくるのが今の私の生活だ。
何しろ会社の人間たちには、ちょっと特殊な家に嫁ぐことになったから、くらいしか説明していないのだ。まさかボディーガードが常につくような生活をしているなどとは思ってもいないだろう。そこ持ってきて側近四家の誰かが付いてきてみろ、私の婚約者だと思われかねないうえに、常に私に付き従って睨みを効かせるてるとなれば、どんなうわさが会社で流れることか。
「あれですよ。要さん」
「はい?」
「行くのは昔からの知り合いばかりの飲み会ですし」
そう私がちらりと要さんを盗み見れば、ふっと鼻で笑われた。ニヒルな笑みがかっこよすぎてちょっとドキッとしたわっ!? 腹立たしいなこの野郎っ!!
「アルコールが入ればどんな場合であれ羽目を外し、どのような失態を犯すとも限らないのが人間でございます。春乃様の身の安全のため、本来であれば。私と聖で春乃様の警護をするのが当然の選択でございます……が、春乃様のお立場というものも理解しているつもりでございますので、今回は妥協案として、優吾様と一緒に行かれるというのであれば、私どもは外で待機させていただきたく思いますが、いかがでございますか?」
「妥協案が出せる従者の鑑ですね」
「春乃様のためでしたらいくらでも」
「嫌味ですが」
「存じ上げてございます」
涼しい顔でしれっと言いやがって、くそっ。
おかげで私はその日のうちに先輩へメールをする羽目になった。まあ、向こうさんは私の婚約者が常々気になっていたらしく、一緒に連れて行ってもいいかと聞いたら、二つ返事で了承してくれたので助かったが、帰ってきたら優吾にも聞かなきゃいけない。
ということで、その日の夜。
優吾が帰ってきてから夕飯を済ませ寝る準備も終わらせた後、今日の先輩からの連絡から要さんとのやり取りも含めて優吾に説明すれば、風呂上がりに冷たい飲み物を飲んでいた優吾がおかしそうに笑いながらうなづいて見せて。
「最近はますますうちの四家と容赦なくやり取りするようになったね」
そう言うと、リビングのソファーに腰を下ろした。って、頷いたのはそっちにかよ。
「いや、容赦ないのは要さんと聖君だから」
と、私も優吾の隣に腰を下ろし飲み物の入ったコップに口をつけようとすると。
「今、私のことを褒めてくださいましたか?」
と言いながら、要さんがモモのシャーベットを私の前に差し出した。と思えば、すすすっと私の視線から遠ざけるようにシャーベットの入ったグラスを離していく。
おういっ! 待って私のシャーベット!!
要さんが選んだ最高のモモから、要さんの手によって作られた最高のシャーベットぉ!!
「要さんは世界一の執事さんですっ!!」
私がそう答えれば、要さんはにこりと微笑み私の前にシャーベットの入ったグラスを置いた。
「正確には執事ではございませんが、世界一とお褒めいただけるとは、従者として感無量でございます」
要さんはそう言うと、深く頭を下げてソファーから三歩ほど距離を置くように後ろへ下がった。
「すっかり餌付けされちゃってまぁ」
なんて、おかしそうに優吾は笑うが、仕方ないだろ。
「要さんが私の胃袋をつかんで離してくれないのだよ、優吾」
「うちの従者は世界一だからね」
「認めざるを得ない。モモうまーーっ」
執事だろうと従者だろうと、私は要さんたちしか見たことないから誰かと比べようもないけどねぇ~。
「で? 飲み会だっけ?」
「なんだ。ちゃんと聞いてたか」
話が流されたかと思ったわ。
「いつなの?」
「えっと、確か……来週の土曜日の夜だったかな?」
私がそう言って部屋にの壁に掛けられているのカレンダーに目をやると、優吾も確認するようにカレンダーを見て。
「来週ね。大丈夫だよ」
そう言うと、私の手を使って一口分のシャーベットをスプーンですくって食べる。もう慣れたし突っ込まないからな?
「おけ、おけ。仕事は何時くらいに終わりそう?」
「んー。予定通りだと思うから、たぶん家に帰ってくるのが七時前だと思うよ。飲み会は何時からなの?」
「八時からだったかな。余裕で着替えて行けるよ」
「だね。まあ、別に会社から直接行ってもいいけど……一緒に行くんだよね?」
「そこで行かないという選択はないと思うが? 何、一人でさっそうと登場したい?」
「イヤだよ。何そのイジメ」
「えー。絶対登場と同時にその場の女性陣の視線と心をキャッチしちゃえると思うんですけど?」
なんてにやにやしながら言えば、優吾に心底呆れた視線を向けられ。
「婚約者が目の前で女の子に囲まれてる姿を見たいんですかね?」
と、私の鼻をぎゅっとつまんだ。何すんだよ。
「見たいか見たくないかで言えば、面白そうだから見たい。が、婚約者という立場から言うと、そうなったら少しは拗ねて見せないとまわりに怪しまれますよねぇ~って話」
「複雑だよね。僕としては」
「鼻を離してくれたら、ちゃんとラブラブをアピールする……ように努力はする!」
「春乃にしては前向きな意見が聞けてよかったよ」
優吾はそう言って乾いたように笑うと私の鼻から指を離してくれた。
さっきから『はな』を連発してるが決してサブいギャグを連呼してるわけではない。
「とにかく、当日は普通に過ごせばいいよ。別に向こうも飲む口実が欲しいだけだろうしさ」
それでもお祝いしてくれるっていうんだから、会社の人間関係をきちんと気にしていてよかったと思う。まあ、どう頑張ってもそりの合わない人もいたけども、それはそれだ。
「婚約だの結婚だのはめでたい行事だからね。口実としては理想的なんだよ、たぶん。でも、そういう時に限って『無礼講』とか称して余計なことを言うやつが一人はいそうだよね」
なんて楽しそうに笑う優吾。もしかして、そういうのは経験済みなんだろうか?
「余計なことって――実はうちの上司はズラなんですっ! 的な?」
「それは無礼講でも言っちゃだめだから。そこは黙って見守ってあげてっ」
個人的にはズラ、不倫、二股、等々、飲み会でこっそりばらすやつはいたという記憶がある。まあそのこっそりが、全然こっそりしてないんだけども。
お酒の力って恐ろしい。
「お酒って気を大きくしちゃうからねぇ。つい余計なことを口走るのもの、ある意味飲み会での愛嬌ってことで笑って許してやろうぜ」
「いや、まあそういうものなんだけどさ。前に、会社の同僚がさぁ。寿退社するっていう女の子に、飲み会でうっかり告白しちゃったことがあってね。あれはわりと修羅場で面白かった」
「性格悪いなっ! おいっ!」
面白がるなっ。そして思い出し笑いもするなっ。
「いや、何が面白かったって、結婚を決めた女の子の方もうっかり告白した男がずっと好きだったらしくてさ、おまけに女の子が結婚する予定だった男も同じ会社にいて、もちろん飲み会にも参加してて、女の子がずっと思っていた相手も知ってたわけだ」
「ドラマかと思ったわ。え、でっ結局どうなっちゃったわけ?」
「結果的に女の子は寿退社したんだけど、結婚相手はうっかり飲み会で告白した男の方なんだよ。フラれた方はもう立つ瀬ないよね。おかげで海外勤務に自ら名乗り出て、今現在はメキシコに居るよ」
「遠くまで逃避したな」
そりゃ逃げたくもなるか。
「でもこれはオチが最高でね」
「まだあんの!?」
「うん。結婚した女の子の方なんだけど、結婚三ヶ月目でいきなりの浮気発覚。そのまま浮気相手と逃げちゃって離婚したっていうね」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
かわいそうすぎるだろっ!! 主に女の子に振り回された男二人が哀れすぎるっ!!
「そういうさ、いくら『無礼講』って言っても、言っちゃダメなこともあるよねって話だよ」
「それな。でも私の場合はそう言うのはないと思うから大丈夫よ」
私に恋心抱いて拗らせてるやつはまずいないだろう。
「わからないよぅ? もしかしたら、入社当時から一目惚れしてる誰かや、元カレとかかがしゃしゃり出て来ちゃったり?」
優吾はにやりと意味ありげに笑って言うが、それ出てきてもらっちゃ困るのは主にお前だろうに、と私はあきれた視線を優吾に向けた。
「実際そんなのが出てきて、私がそっちにグラっと気持ちが傾いたらどうすんだよ」
そう私が聞けば、優吾は心底おかしいと言いたげに笑いながら、私の肩に手をまわしてきた。
「不思議とね、僕はそんなのが出てきても一向に心配な気持ちにはならないんだよ。なぜだと思う?」
優吾はそう言うと、綺麗な微笑みを顔に浮かべて首を軽く横に倒して見せる。そしてうっすらと細められた涼やかな目元から熱を帯びた視線を向けられ、私の胸が一瞬とくりと脈打った。
いやいや、落ち着けよ私。
とにかく、なぜだと聞かれてもわかるわけがない。
「自分以上のイケメンが出てこないと思ってるとか?」
「それじゃあ僕がナルシストみたいなんだけど」
ちがうのか? 苦笑いを見せる優吾さんの顔は違うとおっしゃっているな。じゃあ――。
「自分以上の金持ちが出てこないからとか?」
「僕はそう言う現実的な春乃が大好きだよ」
今の生活を捨てるほどの男は、いまだに出会えないといっても過言ではない。お金の魅力は馬鹿にはできんのだ。だがどうやら、この答えも違うらしい。
「わからない?」
優吾はそう言うと私の手を取って、手の甲にキスを落として私を上目で怪しく見つめてくる。
だから、そういう顔はやめなさいっ。そうじゃなくとも、お前の顔は色気が半端ないんだからっ。無駄に反応するでしょうがっ! 私の心臓がっ!
「わ、わからないからもういいですっ。あっ。もう寝る時間ですよ優吾さんっ!」
と、立ち上がろうとする私を、優吾は許さないとばかりに持っていた手を引き、私をまたソファーに座らせたと思えば、今度は背もたれと自分の間に私を閉じ込めるようにしてきた。いわゆる壁ドンである。いや、この場合はソファードン? 言いにくい。
「そうやって逃げる春乃を追い詰めるのが、実は楽しいと最近、思い始めてるんだけど?」
「黙れドSっ!」
かろうじて優吾の胸を両手で押し返すけど、力の差は歴然だった。こいつ見た目の細さが嘘のように力が強いからやはりムカつくのだが……半面、私の心臓は私の頭で考えていることとは違う反応をしてくれちゃって困るのだ。
頼むよ。お前は私の一部だろうが、心臓ちゃんっ。
「ねえ、春乃。一目惚れしたくせに結局は君に告白できない意気地なしも、中途半端に君を手に入れた気になって途中で投げ出すようなクズにも、負ける気なんてするはずないだろ?」
優吾はそう言うと、私に顔を近づけてきた。
「春乃が認めちゃえば、わりと君がほしいものをあげられる場所に、僕はいるんだよ? 気付いてるでしょ?」
そう言って耳元でささやくと、わざとリップ音を残して私の頬にキスをする。
背筋から私の首元までが粟立つのが分かった。
なんて、卑怯な奴だろうかこいつ。
「離れろっ」
「了解」
言うだけ言って満足したのか、優吾はあっさり私を解放した。
「卑怯者っ!」
というので私は精いっぱいだ。今、自分の顔を鏡で見れない。絶対に赤くなってるっ。
「ありがとう」
優吾はそう言って最高の誉め言葉を言われたかのように笑って見せた。
「仲睦まじいのは良いことですが、明日に響きますので、そろそろご就寝を」
という要さんの声に、必要以上に驚いたのは私だけだった。てか、そうだった。いたんだよ要さんがっ! なんでもっと早く声かけてくれなかったんですかっ!
ちょっと泣きそう。
だから私は急いで要さんと優吾にお休みを言い、逃げるように自分の寝室に飛び込んでベッドに潜るしかない。
あーあーあー。もういやだ。何がって、自分も女らしい反応をしてしまう所が嫌だ。
気持ちを切り替えろよ。そう言うの得意だったじゃないかっ。
あいつと別れた時だって……そこまで思い出して、ふと、就職してまだそれほど日がたっていないころのことを思い出した。
あいつとは別れた後も結局、職場が同じままだった。あいつが上司の娘と結婚しても、まあ別にあまり気にもしてなかったけど。
今度の飲み会には、さすがに来ないよな?
まあ、うん。先輩に確認取るまでもない、よな?




