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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
29/53

使用人の正しい使用法


 まだまだ暑さが和らぐ気配を感じられない日々が過ぎる中、食事会も終わり優吾も夏休みを満喫したようで、今日も元気に会社でお仕事中だ。

 私はというと、暑さとは無縁の室内で相変わらずゲーム三昧である。

 乙女ゲームの隠しキャラを引っ張り出せなくて悪戦苦闘中なのだ。くっそう、条件は満たしてるはずなのに、どのフラグが足りないのかわからん。攻略サイトみちゃうぞっ。こいつめっ。なんて、お気に入りの抱き枕を足で挟んで遊んでいたら。


「春乃様、少々お行儀が悪いですよ」


 と、注意されて慌てて起き上がった。


「うおっ! 要さんっ!? いつからそこにっ!?」


 まあ、大きなクッションに乗っかって、うつ伏せでテレビを見ながら足の間に抱き枕を挟んで足をぶらぶらさせてたから、行儀が悪いと注意されても仕方ないけど、さすがに急に入ってこられたら驚きますって。


「申し訳ございません。一応、ノックはしたのですが」


「ですよねぇ。すみません、ヘッドホンしてて気が付きませんでした」


 優吾の時も同じ事したぞ私。外の音が聞こえるように少し音量を小さくするべきだろうか? それはさておき。私はヘッドホンを耳から外し、きちんと座りなおすと要さんを見上げた。


「どうかしたんですか?」


「先日、春乃様が優吾様にお話しいただいた仕事の件でございます。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 そう聞かれて、そう言えば優吾と出かけたときにその話をしたんだったなぁ、ってことを思い出した。優吾の奴、もう話をしてくれたてのか。


「はい、もちろんです」


「ではリビングの方へお越しいただけますでしょうか? 紅茶とお菓子を用意してございますので」


「はいっ」


 よし行こうっ! すぐ行こうっ!






 リビングへ移動して要さんが用意してくれる紅茶とお菓子を待っていれば、すぐに用意されて私の前に置かれる。相変わらず要さんが入れてくれる紅茶はおいしいし、要さんが用意してくれるおやつはどれもこれも絶品だ。

 ちなみに、今日のおやつは有名洋菓子店のマカロンだった。カラフルなマカロンがかわいくもおいしくて病み付きになってしまいそうです。

 そして、私がお菓子や紅茶を一通り楽しむのを待ち、要さんが口を開いた。


「仕事の件ですが、雅臣様がいくつかご用意されましたので、今日はご説明をさせていただきたく思います」


 そう言って、軽く頭を下げる要さんに、私はどうぞと返えしてマカロンにかじりつく。


「まずは、奏奥様が経営されている雑貨店がございます。こちらはアルバイトを中心に女性の多い職場でございますので、春乃様にも働きやすい環境ではないかと思われます。毎週火曜日に奏様と蛟が店の様子を見に向かいますので、移動の際は奥様と共にということになります」


「雑貨店かぁ」


 奏さんが行く時に一緒に行けよということか。でも蛟さんのことは、まあ優吾からも聞いていたから、行き帰りで一緒に行動しないといけないだろうことは予想の範囲だ。それに、雑貨店っていうのもまあ興味はそそられる。

 今まで自分ではやったことのない仕事でもあるしな。


「次は雅臣様の秘書を蛟と共にやっていただく仕事でございます。こちらは常に蛟がそばにおりますので何の心配もございません。雅臣様の一押しがこちらになります」


「雅臣さんの一押しって……」


 今、非常に微妙な気分になったぞ。ただ私にかまいたいだけじゃないだろうな義父様おとうさま

 でもよく考えると、それってボディーガード的な意味で蛟さんの負担が増えるんじゃないの?


「次に、本家での仕事でございます。黄龍家の指示に従っていただくことになりますが、花嫁修業も同時にこなせますので、奏奥様はこちらを一押ししていらっしゃいます」


「うん。それ仕事っていうか、もう花嫁修業がメインになってる気がしますね」


 作法とか礼儀とか、そういうのを習うのは決して悪いことじゃないと思うけど、奏さんがさせようとしてる花嫁修業の中には、きっと茶道やら花道も入ってそうで怖い。


「次は優吾様の職場での仕事でございます」


「優吾のって、ナショコーのですか?」


「さようでございます。こちらは事務の仕事になります。春乃様がお勤めでございました以前のご職業も事務であったと伺っておりますので、こちらの仕事であれば春乃様も、他の仕事よりも苦労なくできるのではないか、とおっしゃられております」


「ああ、優吾の一押しってやつですね」


「はい」


 うーむ。結局、なんだかんだとみんなして、私に仕事させるなら誰かのそばに、ってか、自分の見える範囲に私を置きたいってのだけはよくわかる。

 心配されてるって思えばいいのか、下手なことできないように監視されてると言えばいいのか、非常に微妙だわ。まあもともと、一人で出歩くなっていうのはいつも言われていることなんだけど。

 仕事一つするにしても、本当に一人で行動しずらい状態なんだぁ、なんて改めて思う。


「そして、こちらが最後のご提案になりますが、こちらは雅臣様と奏様、そして私たち側近を含めた全員が一番にお勧めしたいものになります」


「そりゃ、なんかすごそうですね」


「いいえ。たいして難しいものではないのです。家長代理というだけで――」


「はいストップしてください。家長代理?」


 なんだそのあんまり喜ばしくないフレーズ。

 そもそもそれって、仕事として成り立つものなのか? いや、むしろ今まで説明してもらった仕事とはまるっきり違くね? おまけに、みんなのお勧めっていうことは、つまりは最もやってほしいことって言えるんじゃないの?


「――それにしても、代理ってどんな仕事なのか全く想像もできないんですけど」


 私は思い浮かんだ疑問のまま首をかしげつつ要さんを見上げた。

 ここまでの説明で、代理以外の仕事は想像しやすいから何の問題もないが、最後のはどう考えても、普通では想像などできるはずもない。


「難しいことではございません。本来は奏様や雅臣様がお決めになる本家での全ての事柄を代わりに決めていただくだけのお仕事でございます。これは、春乃様にも慣れてただくよい機会でもあると、ご提案させていただいた次第でございます」


「ということは、要さんのお勧め的な感じですか?」


「そう捉えていただいて構いません。今後、雅臣様や奏奥様がお出かけの際には、優吾様や春乃様に家長の代理を務めていただくことになりますが、優吾様が代理として立つ場合はどうしても仕事を休まなければならない時も出てきてしまいます。また、これは優吾様だけではなく、その奥方になられます春乃様にもぜひ覚えていただきたいことであり、そうすることで、より春乃様に様々な事柄に慣れていただける良い方法でもあると思っております」


 要さんの説明は、まあわからなくはない。

 たぶん、今後の私に必要なものではあるんだろうけど、いかんせん全く予想できない仕事なもんで、どうにも首をかしげてしまう。

 本来家長が決める事柄を代わりに決めるって、どっからどこまで? という疑問も出るし、そもそもまだ結婚もしてない私がその代理の仕事をしていいのかも疑問だ。

 大体、代理ってなに? まあ、あれだ。ここは無難にわかりやすい仕事を選んだ方がいい気もするんだけど。

 要さんの説明を聞き、結局いろんな意味で悩みだす私に、要さんが紅茶のおかわりを持ってきてくれた後。


「春乃様、これは第一提案にすぎません。春乃様が気に入ったものを見つけるまで、いくつでもご用意いたしますので、あまり難しくお考えになられずに、春乃様のお気持ちでお決めいただきたく思います」


 そう言って、空っぽのカップにまた紅茶を注いだ。

 気分で決めろと言われてもなぁ。


「実際、代理ってどんなことをするんですか?」


 何をするという具体的な例えがないので、決める以前の問題でもある。

 じゃあ他のを選べばいいじゃないかと言われればそうなんだけど、でも明らかに代理の仕事はほかのと毛色が違いすぎるから、あからさまに、代理の仕事をめっちゃ薦められてる感は否めないと思うのだ。


「代理の主な仕事は、先にも述べさせていただいた通り、家長の代わりに本家で起こる事柄の判断です。具体例を挙げるのでしたら、例えば来客がお越しの際、本家でもてなすのか、それとも日を改めていただくのかを決めたり、分家などからくる連絡などを管理したり、必要な書類の分類やその指示など、そう言ったものでございます」


「わりとやることありますね」


 そういうことの代理なのか。

 わりと側近四家とか黄龍家が自己判断でしてそうなのに。


「そうですね。私どもがお薦めしたい理由もそこにありまして、覚えていただきたい事柄も多くございますし、何よりも春乃様はまだ使用人われわれの使い方に遠慮や気遣いがあり過ぎます。もちろん、使用人として主に大切に思われ扱われるのは幸いでございますが、使用人としては主に重宝されることもまた、幸いでございます」


 そう言うと、要さんはかすかに笑って見せる。

 でも確かに、要さんの言う通りかもしれない。私は誰かを使うというが苦手だ。

 仕事の上下関係はわかるけど、使用人と主人という意味では、私はきっちり把握しているとは思えないし、できるかも謎ではあるけど、使用人に気を使いすぎてるなんて、使用人本人に言われてしまうとこれまた複雑な気分にさせられる。

 大体、どういうのが『主人らしい』ってのか、よくわかっていないところもあると自分でもわかっているけど、難しいよね。そういうの。

 だからこそ、要さんたちが『慣れてほしい』と思ってるんだろうし、今後、駒百合で生活していくなら慣れていかないといけないことでもあるだろうし、これは……非常に悩む。

 私は一先ず紅茶を一口含んでから、小さくうなる。

 わかってはいるのだ。だけど、仕事をしたいと思った理由が理由なだけに、ここで素直に皆さんの提案を聞いてしまうのもなぁ。


「春乃様は、本当に優しい方でございますね」


 悩んでいる私に対して、珍しく要さんが困ったように笑ってそう言った。

 何を言ってるんだ要さん? 私は別に優しくなんてないけど……と、要さんの言葉に首をかしげる私に。


「私の出過ぎた提案に真剣に悩んでくださるのですから。そこは私を黙らせてもいい場面ですよ」


 なんて、本当に珍しいくらい、要さんが笑顔を見せていた。

 これか、こういう所が主人らしくないってことなのかっ。ってか、そりゃ無理だろっ! まったくわからんっ。使用人と主の正しい距離ってものがあるなら、もう一から十まで誰か教えてくださいっ。






 まあ、仕事のことはまた考えるとして。

 おやつタイムも終わり、要さんに今日の夕食は何がいいかの話を振られたので、今度はそっちに頭を悩ませる。前に美影さんがいつも魚ばかりを最初に提案すといわれたことがあったし、今回は違うものでも考えてみるか。

 あれ? でも要さんって、いつも私に夕飯は何がいいか聞いてくるけど、優吾には聞いてるんだろうか? 私が見てる限りではそういうそぶりはないんだけど。


「要さん。あの、優吾には聞かないんですか?」


「優吾様の場合はこちらが伺う前に食べたいものを事前に言われますので、優吾様のご希望を伺いました際には、春乃様にご報告申し上げるようになっております」


「ああ、そういう感じで」


 納得しました。


「でも夕飯はいつも迷いますよね」


 何より要さんの作るごはんが美味しすぎるのだ。だからいろいろ食べたくなってしまう。


「お任せいただけるのであれば、本日は私が献立を考えさせていただきますが」


 そう要さんに言われて、それも悪くない気がした。

 いつも何が食べたいかすぐに決まる人はそれでいいだろうが、私みたいに優柔不断なうえに子供のようにあれもこれもと目移りが激しい私にとっては、非常に助かる提案だ。


「できればお願いしたいです。もうなんも思いつかなくて」


「承りました。では、私は一度夕飯の買い出しへ出かけてまいります」


 要さんはそう言って優雅かつ綺麗に頭を下げて見せた。

 うん。これで夕飯はもう決まったも同然だ。あとは全部要さんに任せて、私はゲームの続きでもやりますか。

 要さんがリビングのテーブルを片付けたのを見届けて、私もソファーから立ち上がると、自分の部屋に戻るためにリビングを出た。

 要さんも私のすぐ後からリビングを出ると。


「では、行ってまいります」


 と軽く私に頭を下げて見せる。


「いってらっしゃい」


 そう私も要さんに言うと、彼に背を向けて廊下を進む――。


「そうでした、春乃様」


 つもりだったのだけど、要さんに呼び止められて私はまた要さんの方へと振り返った。


「はい?」


「婚約パーティーの日取りが十二月に決まりましたのでご報告も仕上げます。では、買い出しに出掛けます」


 要さんはそう言うと、また頭を下げて見せる。

 気を付けてくださいねぇ。と、また要さんに背を向けて廊下を進もうとしたが、私は今の要さんの言葉に慌てて振り返った。


「ちょっ!? それっ。パーティーの話は軽く流しちゃダメなやつっ!」


 今、軽く言われたぞ、おいっ。


「そうですね。さすが我が主。正しいお叱りでございました」


 要さんはそう言うと、してやったり顔で口の端を持ち上げて見せた。

 あーこの。そういうことかよ。


「帰ってきたら、きちんとパーティーの方の説明もよろしくお願いしますよ。要さん」


 私がそう言って呆れた顔を見せれば、要さんはどこか楽し気に深々と頭を下げて見せた。


「はい。我が主」


 そう言って玄関を出ていく要さんを見送りながら、私はあのできる使用人には、結局は勝てそうにもないなぁ、なんてちょっと自分でもおかしく思った。


敵とお友達になれるRPGなんてやってない。

みんなが幸せで私も幸せだなんて、ちっとも思ってない。

公式の日本語化が楽しみすぎる、なんて絶対思ってない。

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