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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
28/53

遊びの時間


「えぇ? 春乃様ビキニ着ないの? せっかく用意したのになぁ」


 そう言うと、聖君が私の空いたカップにコーヒーを注ぐ。


「いや、お腹出すとか無理」


「どれを着ても春乃様にはよくお似合いになると思いますわ。優吾様もそう思いますわよね?」


 横に控えていた美影さんはそう言って、優吾に同意を求める。

 聞かれた優吾は口の中のスクランブルエッグをかみ砕き、コーヒーを口に含んでから飲み下すと「そうだね」と同意した。


「でも普段から機能重視の服装が多いし、たまには違うデザインのものを着てもいいとは思うけどね。というか、何より僕がただ見たいだけだけど」


「期待は裏切るものだ」


 誰が見たいというやつの言うことなど聞いてやるか。


「うん。言うと思ったよ」


 おかしそうにそう言って、優吾がふと手を伸ばし私の口の端を軽く親指で拭い、何でもないことのように自分の親指をぺろりと舐めた後、また自分の食事を続ける。たぶん私の口の端にソースかなんかが付いていたんだろう。こっちが何かを反論する余地さえ与えずナチュラルに取りやがって、なんかものすっごく悔しい気持ちになったわ。ちくしょー!

 食事会が終わった翌日の朝。

 のんびりと九時半過ぎに目を覚まして、私と優吾は美影さんが用意してくれた朝食をいただきつつ、雅臣さんや奏さんは朝から仲良くお出かけしているという報告を聖君から聞きながら、自分たちの予定を相談していた。

 それにしても、どうやら優吾は自分の気持ちに忠実に行動し言葉を吐くことにはしたようだ。

 酒が抜けて素面の状態の自分の脳みそで考えれば、わりと面倒くさいことになった。とため息の一つも吐き出してしまいたい気分にはなる。

 でも本当に、優吾はむかつく。西園君のことは好きだし、私も気になるとか、イケメンだからって二股が許されると思うなよ。

 でも、気持ちが揺れるってのわからなくないんだよな。

 好きで一緒にいるはずの恋人と喧嘩してしまったり、うまくいかなかったりと、そういうのが続けばやはりメンタル的な意味で弱くなるものだし、そういう時にやさしい言葉をかけられるとフラリとしてしまうことは多々あるものだ。

 だからと言って、そんな一時的な感情に流されてはキリがないし、そういうのは不誠実だと思う。私はそういうのは好きじゃない。それに、ふらふらするようなやつが信用できるかといえば、無理な話である。

 せめてきちんと今の状況を整理して片付けてから次に移ってもらいたいものだ……って、別に西園君と別れてほしくないし、むしろ私にそう言う感情を持ってもらわなくて結構だけどなっ!


「ただしイケメンに限るとか便利だけどむかつく言葉だよなぁ」


「まったく脈絡が掴めないけど、僕の顔が春乃の好みに合ってるようで喜んでいいのか複雑な気分になるよね、それ」


「お前の顔は好きだ。『顔』はなっ」


「それはどうもありがとう。僕は春乃の全部が大好きだよ」


「くっそっ」


「ふふっ」


 してやったり顔で笑うんじゃないっ!

 そして美影さんと聖君も微笑ましそうにニヤニヤしてるんじゃないっ! ちくしょーめっ!!






 朝食の後は、一先ずビーチへ行こうということになった。

 一応、水着に着替えてホテルが管理する整備されたビーチへ赴けば、白い砂浜と青い空、そしてキラキラ輝く海がお出迎えだ。海風も心地よく最高の気分である。

 聖君が用意してくれたVIPブースは小さな休憩所のようになっていて、一般客が入れないようにきっちり隔離され、床には小洒落た丸テーブルとそれをはさむように椅子が二つ設置されていた。

 飲み物などを用意してくれていた美影さんとボディーガードの聖君も、今は随分とラフな格好をしている。曰く、これ見よがしに黒服なんぞを着てたら、ここにターゲットが居ますと宣伝して歩ているようなものだからだそうだ。

 それはさておき、私が選んだ水着はショートパンツとタンクトップみたいなやつだった。もう、最近の水着は本当にいろいろあって、私、若干ついていけてないわぁ。

 膨らませた浮き輪を抱え、私は早速、砂浜をかけだして海にバシャバシャとつかりに行く。

 今日も快晴の空。照り付ける痛い日差しも水につかるといくらか和らぐ気がする。何も考えずクラゲのように波間に揺れていると、なんだか癒されるわぁ。

 それにしても、食事会も終わったし後はのんびり遊ぶ――約五日間も休みがあるんだけど――だけなのだが、残りの休みはどうしようかと悩んでしまう。が、そんなことをぼうっと考えていた私は、突然、両足を引っ張られて浮き輪から海へと引きずり込まれた。

 何事だっ。と、足もとに視線を向ければ何かの影が私の背後へと回り込むので、私もあわてて視線を背後へ向け……にやりと笑う優吾と目が合い、私から逃げるように海面へ泳ぐ優吾を追いかけ、私も海面へ出ると浮き輪につかまり。


「何してくれてんだお前はっ!!!!」


 と、少し離れたところでこちらを見て笑っている優吾に怒鳴る。

 本当にびっくりしたんだからなっ!? 笑ってるんじゃないよっ!


「あはははっ!! 海に来たんだから浮かんでないで泳げばいいじゃんっ。それにしても、さっきの顔ったら、本当、くっくっっ。ははははっ!!」


「うるっせぇっ! クラゲになったつもりで揺れてたんだよっ! てか、いつまでも笑ってるんじゃないっ!」


 腹立つんですけっ!

 あまりの悔しさに、どうにか仕返ししてやろうと、私は浮き輪にしっかりつかまりつつ、珍しく大笑いしている優吾の顔に思い切り海水をかけてやった。すると、これまた珍しく優吾の顔面にまともに水が当たり、優吾は『ゴホゴホッ』とせき込んだ。


「ちょっ、海水飲んじゃった……ケホッ」


「人のこと笑ってるからバーカっ!」


「ああ、いいね。ちょっと本気出して遊んじゃおうか?」


 優吾はそういうと、にやりと笑い私に海水をかけてくるが、そんなの予想してないと思ったかっ! 私はとっさに浮き輪を盾にして逃げた。もちろん、優吾の攻撃は浮き輪にあたり効果をなくす。


「へっへーん!」


 ざまーみろっ! と優吾に顔を向ければ、視線の先には優吾の姿がなくて、一瞬、どこに行ったのかと首を傾げそうになるが、海中に潜った以外ないと私が気が付いた時には遅く、私はまたしても足を引っ張られて海中へと引きずり込まれた。

 いいだろう。貴様がその気なら受けて立つっ!






 でだ、結局。


「遊んでしまった……」


「こんなにはしゃいだのって、いつぶりだろう? 僕」


 海水をかけ合って、足を引っ張り合いながらキャッキャしてしまった。海って恐ろしい。


「春乃、いい加減に自分で泳がない?」


「楽ちんですなぁ~」


 私は片手で浮き輪を持ちながら、優吾の背中から腕を首辺りに回して彼が泳いでくれるのに任せている状態だった。つまり親亀の上の子亀状態といえばわかりやすいか。いやはや、疲れたんだよね。


「亀の子よりラッコの方がかわいくない?」


「ああ、背面泳ぎで腹の上ね。絶対いやだわ」


 かわいい言い方したって、やることはリアルに考えるとかなり嫌な状態だよ。


「下から見上げるって割と好きなんだけどなぁ」


「お前の好みはどうでもいいし、私にはその良さがわからん」


「小高い二つの山を見上げるって、わりと絶景――」


「おいっ。下ネタぶっこんでくんなっ」


 位置的には私が腹の上にいるって状態じゃねぇか。やめろ。マジで。


「それにしても、なんか小腹すかない?」


「あー、ちょっと」


 優吾が器用に私を運びながら他愛ない話でそうこうしているうちに砂浜まで帰り着き、私たちは美影さんたちの待つ休憩所へと向かう。

 聖君からタオルを受け取って濡れた体をふきながら、美影さんの用意してくれたジュースを飲みつつ、私たちは小腹を満たすを話しをして椅子に座る。小腹が満たせれば正直なんでもいいし、美影さんに全部任せてもいいかもしれない。

 小腹を満たした後は、夕方くらいまで海で遊び尽くて心地よい疲労感に私は満足していた。

 優吾も終始笑っていたので、まあきっと楽しんでいたんだろうとは思う。






 部屋でシャワーを浴びて、着替えると今日は疲れたからと夕食は部屋で食べることにして、のんびりと明日の予定を話し合うけど、休みは五日もある。いろいろ考えるけど……。


「どこを見てどう回るかよね?」


「確かにね。観光地だけあっていろいろあるだろうし」


 柔らかく煮込まれた角煮を食べながら優吾が唸ると、先ほどからスマホをいじっていた聖君も同意するようにうなずいて。


「ちょっと調べただけでもすごい出ましたよ。美ら海水族館とか首里城なんて有名どころはもちろん、ハブ博物公園とか、熱帯地方の動物を飼育してるような動物園までと、なんかいっぱい」


 そう言うと、スマホをポケットにしまう。


「そうよねぇ。後は圧倒的にビーチが多いと思うわ。それ以外なら離島の石垣や西表にも観光できる場所はあるでしょうし、ダイビングスポットもいくつかあるみたいよ」


 聖君の言葉に、美影さんもそう言いながら冷たいお茶を私のカップに注いだ。


「そう言えば、世界遺産登録された場所とか、パワースポットもあったよね?」


 優吾にそう言われて私もスマホで少し調べようかと思ったけど、ご飯の後でもいいか。


「とりあえずさ、どこに行きたいか絞って回る順番決めない? あれもこれもってやってたら、時間なんていくらあっても足りないでしょ?」


 私だってできるなら有名どころの観光地は押さえたいが、さすがに全部は回れない。それならきっちり予定を組んで回った方が、大きく予定が壊れることもないだろうし。


「それがいいかな。それにお土産を買うことも考えると、遊べる時間なんて正味四日間くらいしかないよね? 会社の同僚や上司にも買っていかないと」


 お土産かぁ。優吾が言う通り、私もそれなりに渡さないといけない人はいるしなぁ。いくらぽっちとは言え、知り合いがゼロってことはないんだから仕方ない。


「あ、いつもお世話になってる本家の皆さんにも買っていかないと」


「黄龍家の人たち? 春乃は律儀だね」


「優吾は買うつもりないの?」


「いや、留守番組へのお土産は買っていくつもりだよ。というか、その辺は全部、蛟と要が用意してはくれるんだけど、どんなものを買っていくかくらいは僕らで選ばないとね。お土産を買う意味なくなっちゃうでしょ?」


「それは言える。でも雅臣さんや奏さんも買うんじゃないの?」


「まあ用意するだろうけど、僕たちとは別扱いでいいんじゃない?」


「用意するならそれでもいいかもね」


 そんなこんなでちょっと面倒だった連休は過ぎていった。


ゆっくり遊んだよ。という話。


ちょい短めになりました。

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