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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
27/53

姉妹の温度差


「私は断固として、この婚約に反対いたしますっ。夫に暴力をふるうような方が尊い血筋に入っていいわけありませんわっ!」


 皆さんが楽しく食事をしている中で、優吾が止める間もなく園子ちゃんが雅臣さんの正面に座って、いきなり声を上げたことで、この場にいる皆さんの視線がすべて園子ちゃんへと集まった。

 楽しく飲み食いしている中での突然の出来事で、会場内は静まり返り、雅臣さんや奏さんの後ろに控えていた側近四家の当主たちまで目を丸くしている。

 そんな静かな会場内は園子ちゃんの声だけが、やたらとよく響いていた。で、その様子を私と優吾、そして櫻子ちゃんが廊下側から眺めている状態。いや、本当に止める間もなかったわ。あはは。


「あー。お父様のお顔が、青を通り越して白くなっていらっしゃるわ……春乃お姉さまも優吾お兄様もお許しになって。園子お姉さまって、ちょっと後先考えないで行動するところがあるもので」


 私の横から、櫻子ちゃんが困ったように笑ってそういった。こっちが、妹なのよね?


「優吾お兄様の妻には奏おばさまのような美しさと教養を兼ね備えた淑女がいいに決まってますっ。外で男性を誘惑しておいて、自分の思い通りにならないからと相手に暴力をふるう野蛮な人は、すぐにでも追い出すべきですわっ!」


 園子ちゃんのその言葉に、そこから見てたのか、と私は掌で自分の顔を覆った。私と優吾の話までは聞こえていなかったようで安心したが、不用心にも契約の話を外でしてしまったことに対するお叱りはあるかもしれない。

 だがどうしたものか。と、小さく息を吐き出す私よりも、会場に響いたのは大きな雅臣さんのため息だった。

 雅臣さんは持っていたグラスを置き、こちらに顔を向けると。


「春乃、優吾、説明を」


 そう、簡潔に説明を求めてくる。

 えっと、私も説明に加わらないとダメな感じか。


「春乃に了承を得ず手を出したのは僕です。結婚するまではという春乃の意思は尊重していますが、唇さえ許してもらえないのはいささか切ないものがありますし、お酒も入っていたため自分を制御できませんでした」


「そうか。春乃はどうだ」


 優吾の話に一つ頷くと、視線を私に向けて雅臣さんがそう聞いてくる。てことは、これは殴ったことの言い訳をしろってことなんだろう。

 優吾が嘘も織り交ぜていることを考えると、馬鹿正直にその場の話をしちゃダメってことでもあるんだろうな。


「突然、優吾さんに迫られて考えが追いつきませんでした。それ以上を求められる恐れもありましたので、つい」


 てことで、たぶんこれが妥当な答えだと思う。本当のことではないが、嘘も言ってない。

 てか、優吾とキスしたのがバレるってことの恥ずかしさより、家長まで巻き込んでの大事になりそうなことの方がヤバいわ。

 雅臣さんは私の言葉にも一つうなづき。


「わかった」


 と、園子ちゃんへと顔をもどすと。


「いくら夫婦といえど、妻の了承を得ずに無理強いした優吾に責任があるだろう。できれば春乃には手を出す前に言葉での解決を試みてほしいと思うが――」


 雅臣さんはそういって一拍の間を置くと、少し厳しい目つきで園子ちゃんを見下ろした。そんな雅臣さんの視線に、園子ちゃんもびくりと肩が震えたのがこちらからでもよく分かる。


「しかし園子。夫婦間のことを第三者が口を出すものではない。まして、いまだ親密な関係を持った男のいないお前には男女のそれを理解できるはずもない。しかもお前はまだ子供だ。私の決定に口をだす権利すらまだないのだ。お前はまず冷静になり、自分の父に判断を仰げ――」


 雅臣さんはさらに、園子ちゃんたちの父親である透真さんへと顔を向け。


「――それから透真、お前はいい加減に右百合家の当主として自覚を持て」


「は、はいっ」


 手痛いとばっちりを受けた透真さんは、もう顔色がヤバいことになってる。この後吐かなきゃいいけど。と、ちょっと透真さんに同情していれば。


「雅臣さん、ここで口を挟ませていただきたいのだが、いいだろうか?」


 今度は真ん中あたりの席の男性がそう声を出した。その男性の隣には、先ほど話した静馬さんと、凛々しめな女性が座っている。ってことは、あの人たちが藤神崎家の人たちで間違いないだろう。


聡介そうすけか。かまわない」


 雅臣さん了承を得た聡介さんは、一つうなづき返して透真さんへと視線を向ける。

 ちなみに、聡介さんもかなり真面目そうでイケメンだった。もう、駒百合の血統ってそういうもんなんだろう。うん。


「再三再四、提案してきたが、これを機に雅臣さんが決定を下してはくれないだろうか」


 何の話というのは省いての言葉ではあるが、雅臣さんも聡介さんの言いたいことはわかっているのか「うむ」と一つ返事をして考えるぞぶりを見せた後。


「わかった。園子、お前は来月から藤神崎で必要なことを学んできなさい」


 という雅臣さんの言葉に、園子さんの方がわけがわからないという顔をしていた。そりゃそうだ。私だって訳が分からない。


「お、おじ様、なぜ突然そのようなお話に……」


「お前がそれを理解できないから藤神崎に預けるのだよ。透真もいいな」


 いいなと聞くわりに、雅臣さんの言葉には『いいえ』とは言わせない迫力があった。てか、たぶん家長の命令なら、ここで『NO』は絶対に通らないんだろうなぁ。

 だからこそ、透真さんはうなだれるように両肩を落とし。


「はい。よろしくお願いいたします」


 そういって深く頭を下げるしかなくなったのだろう。






 それでも食事会はまだ続くらしい。


「園子お姉さまにはいい薬だと思います。優吾お兄様がいつまでも恋人をおつくりにならないから、園子お姉さまったら、すっかりその気になっていたんですもの」


 そういって、なぜか私の前で櫻子ちゃんが私のグラスにお酒を注ぎ入れてくれる。かわいい女の子にお酌してもらうってのは悪い気はしないのだが、君のお父さんとお姉さんがずいぶん暗い顔なさっているけど、それは放置でいいのかしら?


「そうなんだ」


「ふふっ。春乃お姉さまは外から来られたから知らないでしょうけど、駒百合家の当主が三十までに結婚できなかった場合は、右百合家か左百合家の女子が、駒百合家の当主の子供を産むという決まりがあったりするんですよ」


「マジか……」


「はい。でも、右百合には私と姉さま、左百合には、去年生まれたばかりの女子しかいないので、必然的にに園子お姉さまがお相手ということになってしまうのです」


「なるほどねぇ」


 櫻子ちゃんの言葉にうなずきつつ、私はグラスを小さく傾ける。


「そうは言っても、園子にその役目を押し付ける気はなかったけどねぇ」


 雅臣さんは先ほどの厳しめな雰囲気を消し、いつも通りの優し気な声と口調で櫻子ちゃんの言葉を否定してこちらに顔を向けていた。


「そうなんですか?」


「だって今時そういうのって古臭いでしょ? 確かに血を絶やさないための最終手段ではあるけど、それはあくまで『どうにもならない時の方法』でしかないからね。個人的には血縁の中から相手は選びたくないんだ。それに血を絶やさない方法っていうだけで結婚させてはあげられないから」


 そういって雅臣さんが苦笑して見せた。

 血の薄いいとこなら確か結婚はできたと思うけど、雅臣さんが言いたいのはそういう法律的、あるいは医学的な話じゃないんだろうな。

 家長の言葉の大きさは、先ほどの園子ちゃんと雅臣さんのやり取りを見てればなんとなくわかるし、そういう意味での力関係的なラインのことを言いたいんだろうとは想像できるけど。


「でも当人同士が望む場合も結婚はダメってことなんですか?」


 ちょっとした疑問だ。


「当人が望んでも、血縁はどれだけ血が薄かろうと結婚はよほどじゃない限り許されてないんだよ。駒百合家の歴代当主では一組しか居なかったはずだけど」


 それにこたえてくれたのは私の隣に座る優吾だった。

 一組って、それほぼ無理ゲーじゃん。その許されたいとこ同士の結婚って、実際どんな理由があったんだか謎だ。


「とにかく、僕は妹同然の従妹となんて子供は作りたくないけどね」


「だろうね」


 そういうのを気にしないようなやつだったら、まず私が今ここにはいないだろうし。


「でも、私は優吾お兄さまと春乃お姉さまのご婚約はすごくうれしいですよっ。赤ちゃんができたらぜひ抱っこさせてくださいねっ」


 そう言うと、頬を桜色に染めながら、櫻子ちゃんが純粋な笑顔を浮かべて見せた。そんな笑顔に私の良心がちょっとだけチクリと痛む。うぅ、私は汚い大人です。すみませんっ。

 その後は、時折園子ちゃんから鋭い視線を投げかけられながらも、特に大きな騒ぎもなく食事会は終わりを迎える。

 帰り際、親族の方々にいろいろ楽しみにしてるとか、おめでとうとか、なんか色々言葉をかけられつつ、会場を後にする人たちを見送っていた私に、園子ちゃんや櫻子ちゃんとその父親である透真さんが来て、ほかの人たち同様にあいさつをされるのだが。


「――私は、あなたのことを認めたわけではありませんから。あなたなんて、お兄様に相応しくないですっ」


 私を上目でにらみながら、恨めしそうに言う園子ちゃんに私の口元が少しひきつる。雅臣さんに私の失態をチクったら藪蛇になったことも、私が嫌われる要因の一つでもあるだろうな。

 そんな園子ちゃんの態度や言葉に、やはり顔色の悪い透真さんが「園子っ」と慌ててなだめようとするが、園子ちゃんは透真さんの制止など聞こえてはいない様子だ。

 でも園子ちゃんの態度とは逆に、櫻子ちゃんは呆れたような顔で自分の姉に冷めた視線を繰りつつ。


「姉さまって本当に懲りないよね? 子供みたいよ?」


 そういって、わざとらしい溜息を吐き出して見せた。


「わ、私のどこが子供っぽいというのっ」


「ムキになって妹に反論してるところ」


「うっ。うるさいわよっ!」


「大体、園子姉さまがどうわがままを言おうと、雅臣伯父様がお決めになったことを覆せるはずないじゃない」


「うるさい! 大体、あなたは妹のくせに生意気なのよっ! 姉である私を少しは尊敬して敬ったらどうなのっ!」


「尊敬して敬ってほしいなら、それらしい振る舞いが必要なんじゃないかしら? ねえ、お姉さま?」


 櫻子ちゃんの言葉に頬を膨らませる園子ちゃん。まあ確かに、二人のやり取りを見てるとどっちが姉だがわからないな。とはちょっと思ってしまったが、一先ず喧嘩すんなよ。


「まあまあ園子ちゃんも櫻子ちゃんも抑えてね?」


 なんて、私が二人をなだめようと声をかけるが、櫻子ちゃんに向けていた視線を私に戻した園子ちゃんはますます不機嫌そうに眉を寄せると。


「あなたに言われる筋合いはありませんわっ! 不愉快よっ!」


 そう言って園子ちゃんはぷいっとそっぽを向き、どこかに歩いて行ってしまう。

 父親が動かない櫻子ちゃんの様子を気にしつつも、慌てて私や雅臣さんたちに頭を下げると園子ちゃんを追いかけて消える。

 そんな二人をただ見送っていた櫻子ちゃんは、また大きくため息を吐き出して見せた。なんか、大変だな、櫻子ちゃん。


「ああいう所が子供っぽいって気が付かないのがダメなのよ」


 櫻子ちゃんの方がめちゃくちゃ大人っぽいって私も思います。はい。


「春乃お姉さま、園子姉さまのことは気にしないでくださいね。私は春乃お姉さまと家族になれることをうれしく思ってますから」


 櫻子ちゃんはそういうと、言葉通りの嬉しそうな笑みで私たちにしっかり挨拶をして、その場を後にした。

 姉妹、兄弟とはいえ、性格が全く同じになることはないんだなぁ。と、当たり前なのだが、改めそう思った出来事だった。

 それにしても、食事会はなんか慌ただしかった印象だ。






 食事会場になった場所から、泊まっているホテルへの帰り道。

 ある程度の量のお酒を飲んだせいなのか、優吾と散歩した時よりも体がふわふわとした心地よさを私は感じていた。

 車内の後部座席は向かい合う形で席が取り付けられていて、私の正面には聖君と優吾、そして私の隣には美影さんがいる。ちなみに要さんと蛟さんは雅臣さんや奏さんと一緒にもう一台の車で移動中だ。

 私はひじ掛けに頬杖をつきながら何を話すでもなく外を眺めていた。観光地から離れてしまえば人通りもほとんどなく、ただ静かな街並みが右から左へと流れていく。


「――まだ怒ってる?」


 ふいに、優吾がそういった。

 怒ってるっていうか……。


「なんか色々ありすぎて……お酒もわりと回ってるし、考えるのが面倒くさいかな。今のところ」


「お酒のせいってことにして、忘れてもいいよ」


 優吾のその言葉に私が顔を向ければ、バカバカしいほど綺麗な顔をした男が、私をじっと見つめていた。

 何か言いたげな瞳には迷いがなく、それでも形のよい唇がかすかに言葉を出すのをためらっている。


「どうしてほしいんだよ。マジで……」


 私に何を期待してるんだよ。何してほしいんだよ。どうしたんだよ、お前は。


「さぁ。正直、自分でもわからないんだ。言ったろ? 僕も戸惑ってるって」


 そう言うと、優吾は憂い顔で薄く微笑んで見せた。

 でもそれは卑怯だろ。


「酔っぱらってんじゃないの」


「かもね――でも」


 優吾はそう言って少し切なげに両眼を細めると、私にその視線を投げかける。

 そういう視線を向けないでほしい。胸のあたりがすごくざわつく。


「僕が欲しいものを、春乃は持ちすぎてるんだよ」


「なによ、それ」


 意味が分からない。


「言葉や仕草や、君の声、におい、それに――」


 優吾はそう言うと、自分の右手を胸に当てる。


「僕のここに簡単に入ってしまうから……。僕のここは君でいっぱいになってしまうんだ」


 そう笑う優吾の顔は、幸せそうに綻んだ。

 くらくらする。

 ああ、きっとお酒のせいだ。そうに決まってる。


更新日を月曜日に設定しているのですが、よく考えてみたら金曜日か土曜日の方がいいのではないかと思い始めている今日この頃。

友人に指摘されて気が付いたというダメっぷりに、どうしたものかと悩んでおります。


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