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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
24/53

嵐の前の・・・


 飛行機に乗り、空港にたどり着くと車に乗り換え、食事会が開かれるらしい場所に移動中の車内で、私はただただ憂鬱だった。

 食事会はどっかのホテルのレストランを借り切るとか、今回の食事会に来るのが本家筋の五家だけだから、後日、分家やら遠縁の一族も含めた食事会が改めて開かれることもちらっと要さんから聞いたことも起因している。

 今回で終わりじゃないのかよ、と思ったのもついこの間のことだ。

 とにかく、真夏の沖縄の太陽は凶悪だよなぁ。






「本日の食事会は、午後十六時からの予定になっております」


 そういって、ホテルの部屋でのんびりする暇もなく要さんに伝えられ、私は優吾と奏さん、そして家長の雅臣さんとともに、ホテルの最上階にあるロビーのソファーで現実逃避一歩手前まで魂が抜けかかっていた。

 今回の滞在場所のホテルは大通りに面したでっかい場所だった。大きさもさることながら、立地が良いおかげなのか観光客の姿もかなり多い。

 だが腐っても名家である。ホテルのワンフロアを丸々貸し切り状態にしてしまって、私たちのいるフロアには観光客の『か』の字も存在しない。今さら非常識具合に突っ込むのもうんざりである。

 広いフロアロビーに備え付けられている座り心地の良いソファーに腰を下ろし、等身大の開けた窓から見える遠景には、見事なマリンとスカイブルーが広がっていた。

 移動のさなか外の熱気にうんざりはしたものの、室内に入ってしまえばかなり快適である。


「ああ、やっぱり。だから真夏の沖縄はやめておけって言ったのにね」


 要さんの言葉を聞き、雅臣さんがくすくすとおかしそうに笑って言った。


「どうせ園子あたりが我がまま言ったんでしょ? いつものことながら何も考えないで突っ走るよね」


 そのあと優吾が雅臣さんの言葉に答えると、ロビーに美影さんが飲み物を持って現れて、私たちの座っていたソファーの前にあるテーブルに飲み物を並べていく。緑のグラデーションが美しいグラスには赤い液体が入り、外から入る光にグラスの中の氷がキラキラと光っている。


透真とうまさんは少し子供を甘やかしすぎる傾向がありますからね。あれでは園子さんや櫻子さんのためにはならないでしょうに、仕方なのない人です」


 続いて奏さんがそう言葉を返してグラスに手を伸ばす。

 私もそれを見てグラスに手を伸ばし、中身を一口。甘酸っぱいさわやかな味のするジュースだ。これって……とグラスの中身を覗き込む私に。


「グァバジュースですわ。春乃様」


 と、美影さんが笑顔で教えてくれる。

 グァバってか。さっすが沖縄。南国系のフルーツジュースが普通に出やがる。しかもおいしいなぁとジュース堪能していれば、聖君と蛟さんもロビーに現れて、私たちの前で軽く頭を下げると、聖君が蛟さんより一歩だけ前に出て。


「雅臣様、警備の最終確認が終わりました。外の配備については六王家より最終確認完了の報告を受けております」


 そう報告する。


「ああ、わかった。どうせ夕方までやることないから、最小限の人員だけ残してあとは自由にしてていいよ」


 雅臣さんは優し気に微笑みながら聖君にそう言うと、聖君も綺麗に頭を下げてからすっと背筋を伸ばしてロビーを足早に去っていく。


「ご報告申し上げます。すべての手配が完了いたしました。食事会までは特に予定も入っておりませんが、いかがなさいますか?」


 聖君を見送ったあとは、蛟さんがそういって雅臣さんにお伺いを立てる。


「うーん、どうしようかな。奏」


「あなたのお好きになさったら」


「観光でもしようか? 久々にのんびりできるし」


「いいんじゃないかしら」


「水族館でも行くかい?」


「水族館?」


 なんて、笑顔で奏さんを見つめる雅臣さんと目を合わせたと思えば、奏さんはぱっと私に顔を向けて。


「春乃さんは水族館はお好き?」


 と笑顔で振られて、思わず私だけじゃなくて優吾までもが飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。今、私と優吾がほぼ同時に『ごふっ』ってなったよ。


「き、嫌いじゃないですけど……」


 奏さん。あの、雅臣さんの笑顔が固まってますけど……いいんですか?


「母さん、せっかくの夫婦水入らずなんだから、父さんとデートしてくればいいじゃないか」


 さすがに父親が哀れに思ったのか、優吾もそうフォローするが。


「あら、あまり一緒に出掛けられないといえば、春乃さんとお出かけする方が少ないのですよ? たまには一緒に出掛けてもいいと思わない?」


 奏さんはそういうと、にこりと私たちを見つめた。

 うん。奏さんの言いたいことはわかるんだけども。さすがに今のは雅臣さんがちょっとかわいそうです、はい。でも、ここで私が雅臣さんのフォローを入れるべきかどうか非常に悩むところだ。

 奏さんを取れば雅臣さんが落ち込んじゃうかもしれないし、かと言って雅臣さんをかばうと奏さんをがっかりさせてしまいそうだし、どうすれば……。


「奏が娘を好きすぎるのが切ないっ。私も娘はかわいいと思うけどっ」


 雅臣さん、独り言がデカいですよ。全部聞こえちゃってますからね。

 私だって義理のお母さんとお父さんに嫌われていないのはうれしいと思うけども、今は非常に困る。奏さんと二人で出かけるは却下だが、だからと言って、夫婦の間にちゃっかりお邪魔するのは個人的に非常に嫌だ。くっそう、どうすれば丸く収まるだろうか? なんて、私が頭を悩ませていると。


「母さん。さすがに僕も自分の婚約者と絆を深めるチャンスを逃がしたくないんだけど、譲ってはくれないの?」


 優吾がそういって困ったような顔で奏さんを見つめると、奏さんは目を丸くしたと思えば小さくおかしそうに笑った。


「まぁまぁ、私ったら気が利かなくてごめんなさいね。ふふふっ」


 ってことで、何とか丸く収まってくれたようだ。






 私は優吾とともに奏さんと雅臣さんが出かけて行くのを見送ると、やっとホテルの部屋に入りベッドに倒れるように飛び込んでいた。


「でもさぁ、どうにもならないとはわかっているけどさぁ」


「わかってるなら、もういいんじゃない?」


「いや、でもやっぱり言いたいよ。優吾と部屋が一緒なんだよ? ないわぁ」


 婚約者なうえに今は同棲中でもあるんだから傍から見ればまったくおかしくないんだけども。


「ベッドが一つじゃないだけましでしょ?」


 うん。セミダブルが二つだけどさ。


「最初はスイートで予約入れられそうだったんだよね。でもそうなると、ベッドはキングサイズ一つだからね? それを今の形にしてもらっただけでも僕はかなり頑張ったんだからね?」


「ありがとう優吾さん、めちゃくちゃ感謝しております」


「わかればいいよ」


 広い部屋には四つも部屋がある。リビングとベッドルームにバスルーム、それと多目的ルームだ。なんだ多目的ルームって。なにすんだよ。まあいいけど。

 室内は白とベージュが基調のシンプルではあるけど、隅々まで掃除が行き届いている綺麗な部屋で、かすかな芳香剤のフローラスが香っている。

 ベッドもソファーもふっかふかで、心地よくて。横になっているとまったりしてしまう。


「そういえば、リビングに置いてあったあの大荷物は何なの?」


 部屋に入ると真っ先に私の目に飛び込んできた大量の荷物に、私はちょっと驚いたのだがまずは疲れていたので真っ先にベッドルームに来て私はベッドに横になってましったが、のんびりして落ち着けばやっぱり気になるあの大荷物。

 普通にトランク一つ分はまあ理解できるとしてだ。残りの大きなトランク三つ分のあれはなんぞ? ちなみに、私と優吾の分を合わせると合計でトランクが六つだ。多すぎだろ。


「何って、着替えでしょ。あと必要なものがちょこっと」


「あれのどこがちょこっとの量なんだよ」


「食事会で着るドレスと着物の両方を持ってきてるらしいよ。それに、どんな服を着るかは気分によるだろうから、いろいろ持ってきてるんでしょ」


「何を然も当たり前でしょ? みたいな顔してんだお前っ。普通は着ない服まで持ってこないからねっ? 大荷物になって大変でしょうかっ!」


「うん。大荷物だろうね。僕たちが運ぶんじゃないけど」


「そうだけどっ! でもそういうことでもないんですけどっ! 少しは荷物を運ぶ人の苦労ってものをわかってやってもよかないですかねっ!」


「そういう仕事をしてお金をもらっているってことは、需要と供給が成り立ってる証拠ではないでしょうかね」


「あーくっそう! そうですねっ!」


 まさしくそうだよ。仕事としてお金をもらっているなら文句を言うことも筋違いだよっ。でも常識的に考えて、荷物運びを雇う一般人なんていないんじゃボケっ!

 正論かまされると突っ込みができんだろうがっ!


「ふふっ。そうブリブリしないで、ほら、これおいしそうじゃない?」


 優吾はそういうと、私が寝ているベッドまで来て腰を下ろすし、今読んでいた雑誌のページを私に見えるように置いて指をさす。そこに確かにはおいしそうな郷土料理の紹介記事が載っていた。


「あ、本当だ。やっぱり沖縄料理といえば『そーきそば』とか『チャンプルー』?」


「だね。それにしても言い回しが独特だよね。『タコライス』とか『ラフテー』も有名?」


「それは私も思う。面白いけど覚えにくい」


「でも『ちんすこう』とか『サーターアンダギー』はお土産の定番なおかげかすぐ覚えられるし、僕は個人的にちんすこうって好きなんだ」


「確かに定番の土産はすぐに覚えられるね。私はサーターアンダギーがかなり好き。あのどシンプルさがたまらない。そういえば、夜はいいとしてお昼はどうするんの? 奏さんたち出かけちゃってるけど」


 私がそう首をかしげて見せれば、優吾は室内にある壁掛け時計に目を向けて時間確認していた。まだ十時半を回ったばかりだ。


「何も言わなければ聖か蛟が運んでくると思うけど……せっかくだし、このホテルのレストランでも行ってみる?」


「それは、なかなか魅力的な提案!」


「じゃあ決まり。ちょっと待ってて」


 優吾はそういって立ち上がると、電話に近づいて受話器を耳に当てボタンを押す。しばらくして、相手が出たようで優吾が「もしもし」と声を出した。


「僕だけど――昼はここのレストランに食べに行こうと思うんだけど……うん。そう? じゃあ頼むよ」


 優吾は簡単に会話を終わらせると受話器を電話に置いた。


「レストランの様子を見てきてくれるって」


「あ、そういえば予約とか大丈夫かな?」


「そういうのも確認してくれるでしょ」


 それからしばらくして、蛟さんから連絡をもらい私と優吾はホテルのレストランで料理をいただいた。

 やはりいいホテルだけあって料理もおいしかったが、何よりも私が感動したはレストランの窓から見える美しい覚めるような青い海と空だった。

 そういえば、疲れたからと部屋ではすぐにベッドへ寝転んでしまったから、窓からの景色を全く見ていなかったことに気づき、私はちょっと反省した。きっと部屋からの景色だってきれいに決まってる。戻ったら今度はきちんと見よう。

 てなわけで、お昼を食べた後、部屋に戻って私と優吾は食事会までの暇をどうつぶすかを話し合ったのだが、まあ時間がない。

 食事会に間に合うようにと観光に出ても時間が気になってそれどころではなくなりそうだし、こんな観光地に来てまでいつものように、ゲームだ、本だ、をやるのも見るのも味気ないし。

 こう中途半端に余る時間一番厄介だ。


「食事会のあとはこっちでゆっくりできるから観光は明日以降にしようか」


 優吾はそういうと、ソファーに深く腰を沈めた。


「まあ観光もいいけど、海にも行きたい」


 私がそういうと、優吾は目を丸くして見せた後、おかしそうに小さく笑う。


「いいよ。水着の用意もあるだろうしね」


 は? 水着の用意?


「誰が水着なんて着るって言った?」


「ん? 海に入りたいんじゃないの?」


 海に入るイコールで水着を着るなんて、だれが決めたというんだ。


「入りたいよ。足だけ」


「足だけって……足湯じゃないんだから」


 なんて優吾はあきれたような顔を見せた。いいじゃん足だけでも。


「水着なんていったい何年着てないと思ってるのよ。絶対いや」


「せっかくきれいな海が目の前にあるんだから、頭の先までつかればいいじゃないか」


「それも一理ある。が、難しい問題だ」


「いや、全然難しくないからね? バカンスを楽しもうってだけの話だから」


「シャツとジーンズで入っては行かんのか?」


「ああ、でも持ってきてないよ。たぶん」


「なんで水着は用意するのに、部屋着は用意してくれないのかっ」


 優秀すぎるが故の穴なのかっ。要さん!?


「だんだんうちの常識に染まってきてるよねぇ」


「はっ! そうだ、自分で用意するという選択肢を忘れていたっ!! 要さんが全部ご用意いしましたのでとか事後報告っぽいものしてくるからっっ!!」


「いっそ清々ほどの責任転嫁だよ。どちらにしても、水着だっていろいろ用意されてるはずだから、一応ひととおり見てから決めてもいいじゃない? せっかく美影と要が用意してくれたんだし」


 そういわれてしまうと、私は絶対いや! とわがままをいうのも気が引ける。

 だって、結局自分で用意しないで全部任せっきりだったんだから、そりゃ自分のわがままを押し通すのはいかんだろう。


「うーむ。まあ一応は見てみるけど」


「うん。じゃあ、ちょっとトランク開けて中身を見てみようか」


 優吾はそういうと、ソファーから腰を上げてリビングルームへと向かう。私もそれを追いかけながら、ビキニ以外の水着があればいいなぁ、と今は雅臣さんたちと一緒に出掛けている要さんと美影さんに、心の中で祈りをささげた。

 まあ聞こえるはずもないんだけどね。


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