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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
21/53

休日の過ごし方2


 朝食後、私と優吾はひとまず着替えてから出かけることにした。

 時間はまだ午前九時を過ぎたばかりで、要さんの運転する車で都内の映画館まで向かうことに……。


「――って、デートとか言いながら要さんに運転させるってのはどうなんですかねっ!?」


 後部座席の私の隣で映画の雑誌――要さんが用意しておいてくれた模様――を開きながら、優吾は私の突っ込みに『あははっ』と笑ったものの、それ以外の反応はせずに雑誌のページをめくっていた。

 おいっ。突っ込みに対するリアクションはナシかっ!


「そんなことより、おすすめの映画って割と多いよね。春乃はどれが見たい?」


「突っ込んだら負けなのか……まあいいや。私的にはアクションものがいいかなぁ」


 と答えてはみるが、私は優吾が見ている雑誌をのぞき込み、軽く特集記事を流し見て『今注目の新作映画』と書かれている説明部分に視線を走らせる。

 今現在の話題作はどうやら恋愛ものが多いようだった。最近やけに恋愛もののストーリーがよく目につく気がする。まあラブストーリーは確立されたジャンルだから嫌いな人も少ないといえるし、私だって嫌いではないけど、正直そればかりでは飽きてしまう。


「乙女ゲーム好きなのに映画はアクションを選ぶんだ」


 なんて優吾が少し首をかしげるが、それとこれは別の話だ。


「そもそも映画は好きだから、話題になるものは大体見てる方だよ。ただ、最近恋愛ジャンルの映画が多すぎて、ちょっとねぇ。それに、無理にでも泣かせにかかる感じの話も多くない? 私そう言うの苦手なんだよなぁ」


「ああ、確かに。文句なしのハッピーエンド・ラブストーリーが少ない気もするね」


「現実の方が厳しいのに、物語の世界でまでそんな悲しい話はいらないんだよね、私は。どうせ泣くならうれし泣きとか、幸せな涙を流したい。その方が心もあったかくなるし」


「ふふっ。そっか」


 優吾はそう頷くと、雑誌のページをめくり別の特集記事を読み始める。

 一応、雑誌の中身はジャンルごとにきちんと特集が組まれ、どれを選んでも大きく外れることはないだろうという予想ができるラインナップだった。はまり込むほどの中毒性は期待できないだろうが、万人受けするってのも大事だことだと思う。映画ってのは作るのに時間もお金もかかるものだし、やはりそういう現実問題からは逃げられないしな。


「逆に優吾はどんなのが見たいの?」


 と聞き返せば、優吾は「うーん」と少しうなりながら雑誌を閉じる。


「実は僕も恋愛映画はダメなんだよね。開始十五分で寝ちゃう自信あるよ」


「でも十五分は頑張るんだ」


「一応ね。昔付き合った彼女にはそのせいで何度も怒られた経験があるんだけど、僕は恋愛って自分でするから面白いと思っててね。あまり物語の恋愛に共感とかできないんだ。最後まで見れた恋愛映画って、三本くらいしかないよ」


「ああ、それでも三本も見れたんだ。すごいじゃん」


「うん。でしょ?」


 優吾は何度も頷きながら「僕なりに頑張ったよね」と自分を褒めていた。

 だけど、苦手なジャンルというのは誰もが持っているものだと思うと、昔、優吾を怒ったという彼女に私はちょっとだけ苦笑いが浮かんだ。好きなことを共有したいと思う気持ちもわかってしまうし、恋愛映画も面白いものは男女問わず面白いと思えるだろうけど、苦手意識というのは無理にどう来出来るものでもない。

 私もスプラッターなものはそれほど得意ではないし、視覚的に痛いサイコホラーは苦手なジャンルに入る。そういう苦手なものは、本人が『よし、見よう』と思わない限り、無理に見せるべきではない。とは思う。

 お化け屋敷や絶叫マシーンの嫌いな人に、無理にすすめるのは、かわいそうなのでやめてさしあげて。


「僕もアクションものは嫌いじゃないよ。それにドキュメンタリーとかわりと好きだから、実話をもとに作られた映画ってのも好きだね」


「なるほどねぇ。確かに、実話原作の映画ってハズレはほぼないよね。私も大好きな映画のトップには実話原作の映画がランクインしてるわ」


 現実の話の方がドラマチックであることだって少なくはないと、私は思う。


「そうそう。動物とか海洋生物とかの生態なんかも面白いよ」


「ドキュメンタリー番組じゃねぇか。ナショジオ見てんだろ」


「考古学や物理学の特集やってたりもするから見応えるよね」


 なんて笑顔で答える優吾に、私はあいまいに笑って見せるに止めておいた。

 百歩譲って考古学は歴史的な面白さもあるから許容範囲ではあるが、物理学って……全く私的には萌えないジャンルだわ。

 それはさておき。

 車が目的地に着くころには時間も十時になるちょっと前あたりで、何となく面白そうなアクション映画を見ることに決めた私たちは、チケットやパンフレットを買い開演時間までをのんびり過ごした。

 ちなみに、要さんも私たちとは少し離れた場所で映画を見ていたらしい。そこは別にそばで見ててくれてもよかったんですけどね。

 まあとにかく、私たちが選んだ映画はなかなか面白いものだった。






 映画を見終わった後は、映画館を出て近くのカフェに入り軽くお昼をすませると、優吾が散歩がてら近場の公園にでも行こうというので、私たちはカフェを出て歩きながら優吾の言う公園を目指した。

 要さんには目的地を伝えて、車で先に向かってもらうことにはなったのだが、だからと言ってこれで二人きりになったということではなく、私や優吾の視界には見えないが、きちんと護衛が張り付いている状態らしい。


「気になったんだけどさぁ」


 優吾と腕を組みながら、人通りの多い歩道をゆっくり歩きつつ、ふと疑問に思う。


「ん?」


「私たちの視界に入らないってことは、すっごい距離が離れてるってことでしょ? いざと言うときどうするの? 襲われてからじゃな間に合わなくない?」


 と首をかしげつつ、私が優吾を見上げると。


「ああ、大丈夫だよ。うちのボディーガードってね。武器の所持や使用を認められてるんだよ」


 なんて、笑顔で私を見下ろしていた。

 暴漢ども全力で逃げろっ。間違いなくやられるぞっ!

 カフェを出てから五分で徒歩を選んだことをちょっとだけ後悔したくなった。

 そんな茶番はひとまず置いといて、道に並ぶ様々な店のウインドウに時折足を止めながら、私と優吾は傍から見れば普通のカップルのように歩いていた。他愛ない話で笑ったりしながら、普通のデートと言うものをしている。

 こうして二人で出かけるの――優秀なボディーガードたちの存在を今は忘れる方向で――は初めてで、前の時は要さんも一緒だったし、デートと言う感じでもなかった。何しろ、あの時がゲームを買うことで私の頭もいっぱいだったしな。

 西園君と優吾が距離を置く前は、優吾は西園君のところにいることが多かったし、私もそれを気にしたこともなかったから、今の方がなんだかくすぐったいような違和感を覚える。

 優吾と出かけるのが嫌なわけじゃないし――いや、正直に言うと優吾を連れて歩いてるとまわりの視線が突き刺さるようで痛いけども。優吾と一緒にいることが嫌ということではない。

 近い将来優吾と結婚して私は本家に入ることになり、そうなれば優吾と一緒にいる時間は増えることになるわけだし、恋人ごっこや夫婦ごっこに嫌だという感覚も特にないし、私的には何の問題もない……けど。

 こういうのも、マリッジブルーって言うんだろうか。それとも、西園君のことが気になってるだけなのかな? だって、このまま優吾が西園君と離れることになれば、この契約自体がどうなるかわからない……だから、不安になってるのかな?

 前に住んでいたアパートはすでに契約が切れてるし、会社も辞めてしまって今では無職だ。一応、貯金はあるもの、せめて住む場所と働き口を見つけないことには、今の家を追い出されると辛いものがある。だからだろうか……。


「あのさ、聞いてもいい?」


「どうしたの?」


「えっと……」


 本当は、西園君といつよりを戻すのかとか、別れないで欲しいとか、そんな余計なことを言いたくなるけど、そこは私が首突っ込んじゃダメなところだし、聞くのもなんか、私が嫌な奴みたいで気分が悪い。


「あのさ。アルバイトとか、しちゃダメかな?」


 だから、私が次にできることは、なにがあってもいいように少しでも貯金を殖やすことだと思う。そうすれば、今のようなわけのわからない気持ちになることも無くなるんじゃないだろうか。


「アルバイトって、コンビニとか?」


「まあ、仕分けでも工場でもスーパーのレジ打ちでも何でもいいんだけど」


 私がそう言って優吾を見上げると、優吾は難しい顔で「うーん」と唸ったあとに私に視線を向けて困ったような顔をした。


「僕としては許可してあげたいんだけど、さすがにアルバイトやパートは本家が許してくれないよ。ごめんね」


「あ、そうなんだ……ダメかぁ」


「急にどうしたの? 金銭面での不自由はさせるつもりないんだから、欲しいものとかあるなら言っていいんだよ?」


「ううん。そう言うんじゃないから、気にしないで……でも、内職とかもダメかな?」


「内職は、母さんが嫌がると思う」


「そっか」


 そりゃそうだ。優吾との婚約が決まった時点で仕事を辞めるのことも契約の中に入ってたんだから、仕事なんてさせてもらえるはずがない。


「そんなに仕事がしたいの?」


 不思議そうな表情で私の顔をのぞき込んでくる優吾に、私は曖昧に返事をするしかなかった。


「まあ、したいと言えばね」


 将来が不安だから、なんてさすがに言えないし。


「じゃあ父さんにでも話しておいてあげようか? その辺の店でアルバイトとかは無理だけど、うちの経営する店だったら大丈夫なはずだから」


「え? マジでっ!」


「ただし、みずちの言うことはきちんと聞いてもらわないとダメだけど」


「そんなの全然OK!」


 仕事ができるなら何でもいい!


「でもたぶん、よくて週一か、下手すると隔週になるかもしれないよ?」


「働けるだけでもう半分以上満足です! 優吾さん大好き!!」


「はいはい、ありがとうね」


 ちりも積もればという言葉もあるくらいだ。どれだけ働く時間が少なくとも、今の私は自分の貯金を切り崩す必要がない生活をしているんだから、ちゃんと貯めいけるはずなのだ。

 おかげでちょっと希望も見えてきた。と思ったとたんに胸の中のもやっとした何かは少し消えたけど、結局のところ、全部は消えてくれなかった。

 私の中に残ってしまっているこの変な感覚は、いったい何なのだろうか?






 優吾が目指していた公園は二十分かからないくらいで辿り着いた。

 程よく広い森林公園で、季節的に木々はすでに青々と茂り夏の本番を思わせた。優吾と出会ってから考えたらもう半年以上が経つ。


「時間が過ぎるのってあっという間だよねぇ」


 公園の舗装された散歩道をゆっくり歩きながらしみじみという私に、優吾はおかしそうにくすくすと笑った。


「確かにね。でも不思議と春乃とはもう何年も一緒にいる感覚がするよ」


「あー、何となくそれわかる。色んなイベントが起きすぎ」


 優吾と初めて会ったあの時から、いきなり婚約者になったり、ボディーガードができて、社交ダンスやって、西園君が現れて……とにかく毎回、何かしら起きるものだから毎日が濃いんだよなぁ。


「これからもまだまだ起きるけどね」


「そうでした。まだ一族の食事会も残ってるし、婚約パーティーもこれからだしね」


 その間に何も起こらい保証は全くないわけで。


「そう言えば、食事会については日取りが決まったんだよね。言うの忘れてたけど」


「明日とか言われても驚かねぇよ」


「さすがにそこまで急じゃないよ。決まったのがつい一昨日で、集まる日は八月十日になったから、僕たちは前日に現地へ行って、のんびりしてから帰ってこようね」


 なんて、優吾が笑顔でそう言うか。


「現地ってどこ?」


 まずそこからして私は突っ込みたい。家族が集まるただの食事会だろ? 人数が多いことは予想済みだが、近所の料亭とかじゃないのかよ。どこに集まる気だよ駒百合一族。


「なんか右百合家うゆりけ左百合家さゆりけが沖縄がいいっていうから、向こうでホテル借り切ってやることになったみたいだね」


「ごめん……突っ込み放棄していい?」


「突っ込むところあったんだ。大体うちは集まるときに、どっかが我がまま言い出して集まる場所が決まったりするんだよね。今までで一番遠かったのはオランダだったかな? 国内ならまだマシな方だよ」


 と、優吾が軽く笑い飛ばしているが……まずもって私が突っ込みを放棄したらダメだということが身にしみてわかった。


「国内ならマシとかそういう問題じゃないからねっ!? 家族での食事会に海外とかありえないからっ! みんな国内に住んでるんでしょうがっ! だったら国内で間を取ればいいだけだしっ! なんだよ海外って、我がままの域を軽く超えてるからっ!?」


「あははっ。そっかぁ」


「あははっ、じゃねぇっ!」


 駒百合の常識なんぞスペースシャトルにのせて月まで飛ばしてしまへっ!!

 しばらく歩いてちょうどいいベンチを見つけたので、休憩がてら私と優吾は腰を下ろしたが、精神的に私がぐったりした。もう帰りたい。


「普通って難しいよねぇ」


 ベンチに腰を下ろして早々、優吾にそうつぶやかれて私の方が『常識って何でしょうね?』という気分にさせれる。


「普通を定義するのは難しいけど、一般的というのはちゃんと駒百合家の人たちに認識してほしいよね」


 個人的には切実に思う。


「一般的かぁ。ニュースでやってるようなことでしょ? それくらいの常識は一応あるつもりだけどなぁ」


「へぇそうですか。一般的に海外旅行はちょっとしたイベント事なんですけどねぇ」


 国内旅行だってわりとちょっとしたイベントでもあると思うけど。私は長期の休みが取れて、それなりの旅費を持たないといけないのが旅行であるという認識ですけどね。


「親戚の誰かが我がまま言って、海外で食事会開こうなんて一般的ではないと思うけど、そのへんどうよ?」


「うん。一般的ではないと思う」


「よかった。そういう認識はしてた」


「でもハネムーンは海外に行きたくない?」


「それは……行けるものなら行きたいけど……」


 それとこれとは別問題だろうが。

 ハネムーンって基本的には一生に一度の思い出なんだから、そりゃより良いものを目指して当然ではないのかね?


「春乃が望むなら好きなところに行けるよ? どこがいい? アメリカでもイギリスでもドイツでもどこでも行きたいところに連れて行ってあげるよ。せっかくのハネムーンなんだから、オーロラでも見に行ってみる?」


「いや、そんな急に聞かれても分かんないよ。海外旅行なんて行ったことないんだから」


 そもそも契約結婚の中に、ハネムーンも入ってるのが驚きですよ私は。


「春乃が行きたいなら別に海外じゃなくてもいいよ? 北海道とか、沖縄――は今回行くからあれだけど、京都とか、学生時代に行った?」


「いや、だからちょっと待ていっ。まだ式どころか籍すら入れてないっつうのっ。ハネムーンも追々考えないといけないだろうけど、今は目先の結婚式のことを考えなきゃダメでしょうがっ」


 それでなくても披露宴やらなんやらこっちに全部丸投げされてんだから。


「確かにね。春乃はさ、実際どんな結婚式が理想?」


「どんなって……」


 私には家族がいない。友人や知り合いだって数える程度だ。だからあまり派手な結婚式というのは考えたことはなかった。むしろ人数合わせで相手とバランスを取れるだけ知り合いが呼べるか謎でもあったし。


「出来るかどうかじゃなくてさ、どういうのがやってみたかった、みたいなさ」


「いや、笑うだろ」


「笑わないから」


「うーん。正直言うと、静かなものが理想ではあったかなぁ。相手と二人きりで教会で誓い合うみたいな……」


 互いに誓いあえるなら、それだけで……って、わりと照れ臭い。そう思ったけど。


「ロマンチックでいいと思うよ」


 なんて、優吾が笑うから。私は恥ずかしくて、ちょっと居た堪れない気分になった。

ふと、この話の中ではまだ夏ぐらいだったことを今さら思い出しました。

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