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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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義父様(おとうさま)


 狛百合家は、代々帝に仕えた由緒あるお家柄だ。

 現在、見つかっているもっとも古い文献は鎌倉時代の物だそうで、それ以前の物は紛失、あるいは戦時中に燃えた物もあるらしい。

 現当主、狛百合雅臣さんは、様々な学者の力をかりて、狛百合家の歴史をしっかりと管理・再生させようと力を入れているようだ。

 それはさて置き、そもそも狛百合家は帝に仕えては居るものの、実際のところ名家としては、他の追従を許さないほどの権力を有しているらしく、狛百合がNOと言えば、帝でさえも従わせることができたと言うのだから、狛百合の力には恐ろしいものを感じさせられる。

 また財界・政界ともに狛百合の名前は有名なのだそうだが、有名なくせに多くは名を広めてはならないと言う難しい決まり事もあったりするので、私のような一般人が名前を知らないのは仕方ないことらしい。

 そして、狛百合は常に中立の立場を有し、内乱の際に沈黙を守る『外の敵を討つはよし。内の敵を討つは愚かなり』というご先祖様の作った家訓を、今でも忠実に実行しているのだとか。

 わりと権力があり過ぎるから、多分ご先祖様たちがその権力を乱用しないようにと考え出されたのがこの狛百合の家訓なのだろう。

 家訓と言えば、他にも結構ある。

『伴侶を愛しむべし。移ろ気たるは死を持って償うべし』とか『贅は愚行、慎ましやかこそ宝』とか『子はなによりも宝』とか、まあそんなものがいっぱい。

 狛百合家の歴代当主たちは、いっぱい考えたんだろうな。うん。


「大体は当主が覚えればいいことばっかりだし、春乃ちゃんは必要な部分だけ覚えればいいからね。お義父とうさんも全部覚えてなくて、この『家訓目録』の写しを毎回開いてるくらいだから」


 そう言うと、ハリウッドの俳優さんですか? と聞きたくなるほどの中年美形男が、私の真横で真っ黒い皮の手帳を見せてくれた。

 そこにはびっしりと『狛百合家家訓目録』の写しが書き込まれている。しかも手書きで……。


「手書きってところが恐ろしいんですが」


 と手帳をのぞき込む私に、切れ長の目をまるで孫娘を見るジジイの如く垂らし、現当主、雅臣さんが私の頭をその大きな手で撫でつける。

 これでも私はアラサー女なんっすけどね。


「これね。私が書いたんじゃないよ。玄武のところの前当主がね。学生時代、私に覚えさせるために書いてくれたんだ」


「根気の居る作業ですねこれ」


 しかも字が綺麗だ。


「玄武のところって、そう言うのを主に仕事にしてるからね。会社だと秘書的な仕事をしてくれてるし、書類整理や資料作りならあそこが一番頼れる」


 そう言って、雅臣さんは手帳を胸ポケットにしまった。

 さすが、狛百合に仕える側近四家のうちの一つ、と言えばいいのか? 錦玄武家には、そう言う役割があるのかと納得しておいた。

 現在私は、狛百合本家の雅臣さんの私室にお邪魔している。

 優吾もやっと西園君と仲直りしたようで、仲直り記念(?)ということで今日は朝から二人でお出かけのようだ。

 どこに行ったのかは知らん。興味ないし。

 でだ。私はと言うと、やっと一人になれると喜んだのも束の間、朝に突然電話で起こされ――電話に出たのは要さんだが――て、急に本家に呼び出されたの今から二時間ほど前だ。

 なんなんだよ、と思って本家の巨大な正門――雷門を見たことあればわかるかも。大きさはあれに匹敵する――をくぐり、私を出迎えてくれる本家の使用人たちを道しるべに正面玄関へ向かう。

 お出迎えが仰々しくて他人のフリして回れ右したかったが、要さんに逃亡を阻止された。くっそう。

 私が一個人の家じゃなくて、どっかの森林公園に遊びに来たんじゃないかと勘違いしそうになり始めたころ、ようやく本家の建物が見えてきて、私はあまりの大きさに「あ、蝶々が飛んでる~」と脇道にそれようとしたが、またしても要さんの妨害にあい、あえなく断念。この優秀なボディーガードが憎い。

 本家は木造で出来た純日本家屋で、立派なお屋敷だった。一部が二階建てではあるものの、基本的にはだった広い一階のみの造りで、立派な瓦屋根はなんだか味があって私には好ましかった。

 もちろん中に入れば、昔の武家屋敷かと言いたくなるような広く高い玄関を上がり、いい色合いの廊下を進むと純和室の畳張りな部屋があり、長く広い外廊下を通って案内されるまま、中庭と言うには広すぎる森を横目に、目的地へとたどり着いた。

 そして、その部屋の中で待っていたのは、見惚れるほどに色気の半端ない美中年。雅臣さんだった。奏さんに呼び出されたものと思っていたからちょっとびっくり。

 それでだが、私はいったい何で呼び出されたのだろうか? いまだに雅臣さんからは説明を受けてないんだが? そう思って首をかしげて見せる私に、ようやく要さんから「雅臣様」と声がかかり、雅臣さんは「ああそうだった」と何かを思い出したようだった。


「ごめんね。ちょっと浮かれちゃって」


 そう言って苦笑いを見せる雅臣さんだが、私は慌てて首を横に振って見せた。滅相もございません。

 雅臣さんは決して怖い人じゃない。真剣な瞳は確かに隙がないほど鋭いのだが、普段は人のいい優しいおじさまと言っても差支えないほど、穏やかで柔らかい雰囲気を醸し出す人と言っていい。

 が、いかんせん美中年なのだ。優吾もアホほどの美形ではあるが、その親も例にもれずアホほどいい男すぎて、こっちは顔面偏差値の低さに泣きたくなってくる。

 いや、間違っても私が不細工だと言うつもりはない。

 私はいたって普通なのだ。笑えば普通にかわいいし、真面目な顔すれば年相応にしまった顔だってできる。

 だが、どうにも優吾や奏さんをはじめ、雅臣さんも要さんも顔の造りがおかしいくらいに美形すぎる。お前ら自前でキラキラするんじゃないっ! と、言えたなら、少しはスッキリするだろうか?

 短く切りそろえられた黒髪に、目は切れ長でいて黒い瞳は白目部分まで澄んでいる。我が人種にはありえないほど高い鼻としっかりした唇、肌艶は健康的で、男性特有の色っぽさに、初めて会ったときは鼻血が出るんじゃないかと思ったほどだ。

 身長は要さんより少し低いくらいだが、体格はしっかりしていて、頼りなさそうなところはどこにもない。

 そんな美形中年が将来の義父だよ。なんだろうか、もう。


「本当は奏が春乃ちゃんにいろいろ教えてあげたいとは言ってたんだけど、今月行われる海外での食事会に呼ばれちゃって、どうしても行かなきゃならなくなったから、急遽、私が奏の代理をすることにしたんだ」


「代理案が逆な気もしますけどね」


 と思わず突っ込んでしまった私は悪くないと思う。

 だって、家長が代理っておかしいでしょっ!?


「あははっ! そうなんだけど。実はね、私はあの補佐の人があんまり好きじゃないんだ」


「どこの誰ですって?」


「ん? ○国の大統領補佐官のひと。知ってる? 彼ってペドだって噂なんだよ」


「なんか聞いちゃいけないことを聞いた気がするんですけどっ!? 向こうのMIB的な組織に狙われたりしませんよね私っ!?」


「そう言った組織は宇宙人と忙しくしてるはずだからこないよ」


 なんて何でもないような顔で笑うが。


「どっからどこまでが冗談かわかんねぇっすっ!!」


 私の返事に、雅臣さんはますますおかしそうに笑うばかりだった。


「冗談はまたあとで楽しむとして、今日春乃ちゃんに来てもらったのは、婚約パーティーのことや食事会のことを話し合おうと思ってね」


 ひとしきり笑って満足したらしい雅臣さんは、そう言って話を本題へと戻した。

 冗談か、冗談なのかっ! ペドあたりも冗談であってほしい。


「はい。一応、希望としては欠席したいんですが」


 と、私がにへらと冗談交じりに笑えば、雅臣さんもにこりと人のよさそうな笑みを見せてくれたのだが。


「欠席したいの? じゃあ大怪我するか病気になるしかないね。両足をボッキリやっとく? 要――」


「はい」


「ちょ、『はい』じゃない『はい』じゃっ!! そんなことくらいで足折られてたら体が持たないからっ!!」


 慌てて要さんから離れるように後ずされば、そんな私の行動に、やはりおかしそうに大笑いをする雅臣さん。


「あはははっ!! 冗談だよ、冗談。さすがにそんな酷いことはしないよ。要に骨折られると痛いなんてものじゃないからね。やるなら病院に連れて行ってあげるから安心して。綺麗に切断して綺麗に治してくれるから」


「――――冗談ですよね?」


「そう言うことにしておいてもいいよ」


 変わらず穏やかな笑みを見せる雅臣さんだが、言うことがいちいち怖んだよ。冗談かも疑わしいし。もう。


「私の行きたくないも冗談です。行きたくない気持ちは本当ですけど、パーティーとかの出席も義務なんですよね? だったら契約上、自分の義務を放棄するわけにはいきませんから」


 そう私が言うと、雅臣さんは打って変わって苦笑いになった。


「そう言うものでもあるんだけど、私としては、行くからにはぜひ楽しんでほしいと思ってるんだよね」


 そうは言ってくれるが、私にそれだけの余裕があればなっ! って感じだ。絶対に当日になったら、余裕の『よ』の字もない状態だよ。絶対にテンパってアホやらかしそうで怖いよっ。


「でも私、パーティーとか行ったことないですから、しっかりマナーとか覚えて、当日は間違えないように気を張ってないとやばい気がします。今でさえ、言葉遣いが微妙ですし」


 私がそう言って肩を落として見せれば、雅臣さんはまた私の頭を撫でつけて、優しく微笑んで見せた。どうにも、この美中年は人を子供扱いするのが好きらしい。

 まあ、拒否する気もないから放置だが。


「場の雰囲気でどうにでもなるさ。基本的に優吾に丸投げしてて大丈夫だよ。あいつの我がままでこうなってしまったのは事実だし、最悪ただニコニコして優吾の隣りで笑ってるだけで終わっちゃうさ」


「メチャクチャお飾りって感じですね」


「私はそれでもかまわないと思っているよ。面倒なことを春乃ちゃんが覚えたり、やる必要もないと思う。そこは君の自由意思」


 そう言って笑みを崩さない雅臣さんが、何を考えてるかなんて早速こっちにはわかるはずもない。

 この人と腹の探り合いは私には無理だ。ぶっちゃけレベルが違いすぎる。

 契約上の結婚なんだから、お前は出しゃばるな、と思われてるかもしれないし、最低限のことも出来ないなら、飾りとしての役目くらいこなして見せろ、と思われてるのかもしれない。

 実際どう思われてるのかは図りようがないが、だがひとつ言わせてもらうなら。


「優吾や皆さんに恥をかかせないようには頑張りたいと思います。自分にできる範囲でですけど」


 胸を張って「お任せください!」などと言えるはずもなく、そもそもそこまでのやる気が私にもないんだから、任せてもらっても困るのだ。

 ただ、はじめから『できない』とか『やりたくない』とか『わからない』とかは言いたくない。これは私の性格の問題なんだからしょうがないんだけど。

 今の環境を維持するための努力は、しなきゃいかんだろう。


「もちろん春乃ちゃんが頑張るって言うなら喜んで手伝うけどね」


 雅臣さんはそう言うと、テーブルに頬杖をついて私の顔を面白そうに眺めていた。

 なんだかなぁ。雅臣さんを見ていると、まるで金持ちの道楽に付き合わされてる気分になる。なんでかなぁ?


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