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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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ショコラミルクフロート・オレ


 運がよかった――いや、最悪に悪かった、ともいう。


「あ、あのっ。す、すみませんっ!!」


 私は自分の目の前に立つ男に、これでもかと言うほど頭を下げていた。


「いえ、ワザとではないのですから、お気になさらずにどうぞ、頭を上げてください」


 男の優しく響くテノールは少々困惑気味だ。それでも私を許してくれる言葉を吐き出すあたり、彼の性格の良さがうかがえる。

 だが、これが気にせずにいられようかっ!


「そういうわけには――」


 とは言え、人通りの多いオフィス街の一角で、深々と頭を下げたままでは確かに目だってしょうがない。先ほどから道行くリーマンやOLたちが、ちらっちらとこっちを見ている。

 さすがにこのままでは相手にも悪いと思い、私はひとまず下げた頭だけは男へと向け直した。


「嫌味に取らないでくださいね。多分、クリーニングに出してもこのシミは落ちないと思いますので」


 男は困ったような笑みを見せると、私のせいで甘い香りが漂う上着を脱いで左腕にかけた。

 だけど男が上着を脱いでみて初めて分かったが、彼のまぶしいほど白く磨かれたワイシャツも、趣味のいい濃い青色のネクタイもグレーのスーツも、無残にカフェオレ色に染まっているし、ところどころにベットリした紫色のシロップやら白いクリーム、茶色のチョコなど、もう直視できないあり様だ。

 私はせめてと、彼の髪から滴るカフェオレをぬぐうためにハンカチを取り出して彼に差し出すが、汚れるからと、男は自分のハンカチを取り出す。

 だけども、彼の取りだしたハンカチは胸ポケットに入れていたせいでやっぱりカフェオレに侵されていた。


(うぅ。もう、本当に死にたい)


 本気で死のうとは思っていなが、そう言う気分になるほど辛い。申し訳なさでアスファルトの路面にうずくまって泣きたい気分なのだ。


「これ、使ってくださいっ」


 再度、私がハンカチを差し出せば、彼はやはり困った顔はしていたが、今度は受け取ってくれた。


「すみません。お借りしますね」


 男はそう言うと申し訳なさそうに私の差し出したハンカチを使いだすが、元はと言えば私が悪いんだよ。あなたがすまそうな顔することはないんですよっ。

 全面的に私が加害者んだからっ! くっそうっ!




 とにかくだ。私がこんなオフィス街を歩いていたのは、彼に被害を及ぼしてしまったカフェオレが原因だった。

 チョコレートの入った甘い濃厚なカフェオレは、トッピングにソフトクリームが乗り、ベリーシロップとチョコシロップがたっぷりかかっていたのだ。

 この辺りのオフィス街でOLに人気のカフェ、ショコラーテ。そこの人気商品である『ショコラミルクフロート・オレ』という、なんとも甘いにおいが漂いそうな飲み物だかスイーツだか分からないものを、私は会社の同僚にすすめられ買いに来たのだが。

 お持ち帰りできると言うので、近場の公園でのんびり休憩でもしながらそのカフェオレを食べよう――飲もう?――と思い、ホクホクと道を歩き公園を探したけど、腐ってもオフィス街。公園らしい公園も見つからず――奥まで探せばあったかもね――、ちょっと途方に暮れてしまう私。

 ソフトクリームも乗ってるから溶けたらどうしようと気になりだせば、それは焦りに変わっていく。何しろ今日の天気と言えば、春らしい陽気でぽかぽかと心地よすぎる。

 そして、何を考えていたのか私は「もうソフトクリームが溶ける前に食べたいっ!」と、そんなことが頭をもたげ、気が付けば、私はカフェオレを茶色の紙袋から出していた。

 透明なプラスチック容器にソフトクリームを覆うようなフタが付いていて、溺れないようになってはいるものの、このフタを開けなければ当然ソフトクリームは食べられない。

 しかもやはり陽気のせいなのか、ソフトクリームの角が溶けはじめ丸みが出ていて、このまま放置すればただの甘い液状の泡と化してしまうと思い、私は慌ててフタを開けようと腕に力を込めた。

 ところがどういうわけか、フタは頑なに開こうとせず、私はこれでもかと言うほどに力を込めてフタを引っ張った。と言うか、ちょっと冷静になれば、回して開けると言う考えに至っていただろうに、この時の私はとにかく必死で。

 気合を入れて「ふんっ!!」とフタを引っ張ったところ、水滴の付いた容器は私の手から滑り、フタを開けた瞬間に容器ごと中身が空中へと飛び出した。

 私が「あ」と、思ったときにはすでに遅く、私のすぐ目の前にスーツ姿の男が一人、私が手放してしまったカフェオレを、頭からかぶって両目を見開き放心していたと言う。

 そして今に至る。

 カフェオレは一口も食べることなく消え去るし、目の前にはアホほど高そうなスーツが見るも無残に茶色に着色されてるし、これ、どう責任取ればいいですかねぇ。

 普段やらないことをやるからこうなるっていう、もう、本当にどうしよう。なんて、溜め息を吐き出したい気分をぐっと押さえ、あらためて顔や髪を拭う男を見つめれば。

 これまたアホほど美形な男だった。


(お願いやめて。私のライフはもうゼロよ)


 イケメンと言うには、その表現が軽すぎて彼には足りないと思うほどの美形だ。

 美の髄を集めたような美しさで、美の女神あたりが本気で作り上げたのではないかと思うほどの美青年。

 女性的な線の細さがあり色白。おまけにまつ毛はマッチ棒なら五本は乗りそうなほどに長い。でも大きすぎない目はとても綺麗で強い意志を宿し、色素が薄いのか、瞳は金色に見えそうなほどに薄い茶色だ。

 まるでその性格の良さを表しているかのように髪は癖なく真っ直ぐで、彼が動くたびにシルクですか? と聞きたくなるほど黒く艶やかな上にサラサラと揺れる。

 長い手足に大きく少し骨ばった手は男性的で、身長だって五センチの上げ底を履いてる私より頭一つ半は高い。これ絶対にモテるだろうなぁ。なんて感想を持ってしまった。

 おかげで私への精神的ダメージはオーバーキル状態だ。どっかでコンテニュー出来ないかしら。

 もうほんっとうにすみません。こんな平凡を絵にかいたような私が粗相をしでかしてしまって申し訳ない。世界中に向けて土下座します。心の中で。


「ハンカチありがとうございます。でも汚れてしまいましたし、新しい物を買ってお返ししますね」


 あらかた拭き終わったらしい男はそう言うと、笑顔で私の渡したハンカチを自分の上着の上に乗せる。が、ちょっと待とうかそこの兄ちゃん。


「おかしいですからねその反応。そもそも私がこんな道のど真ん中でカフェオレぶちまけたのが悪いのであって、あなたは被害者ですよ? 私に責任取れと詰め寄るのが本来の対処ではないかと思いますが?」


 さすがに私が言うことでもない気がするが、言わずにはいられなかった。

 こっちからすれば責任取れと責められないのはラッキーなことではあるが、それって人としてどうよ? とも思う。

 この兄ちゃんがお人好しすぎるのか? それとも世間知らずなのか? はたまた博愛主義者か、フェミニスト? いずれにしろ、貸したハンカチを新しく買うとかおかしすぎるでしょ。と、眉間にしわを寄せて彼を見上げる私に、男はくすくすと笑って見せる。


「実はこのスーツ、少々お値段が張るんです。買って返してもらうと、ひと月分のお給料が消えちゃいますよ?」


「はあっ!? それ何十万もするのっ!?」


 驚きに思わず素が出ちゃったじゃねぇかっ! 確かに高そうだなとは思ったけどさっ。それ、私の想像よりはるかに高いのかよっ。


「しちゃいますねぇ」


 男はそう言うと困ったような笑顔を見せる。またその笑顔ったら憎らしいほどに美しい。先ほどからすれ違う人たちが振り返ってまで彼を見る理由も納得だ。私だって遠目に見ているだけならば、思わず目を奪われて見惚れて居たに違いない。

 しかも嫌味な感じがしないのが余計に悔しい。当事者でなければ、目の保養をしたとホクホク帰宅していることだろうさ。

 だけども悲しいかな、当事者の私は逃げるに逃げられない。それにしても、一級品の美形男は着ているものも一級品ときた。もう、私にどうしろと言うんだよ。


「せ、せめてクリーニングに出してみませんか」


 所詮、私はしがない事務員だ。責任を取るって言ったところで、出来ることはたかが知れている。

 でもたかが知れているとは言え、彼のお人好しっぽい言動に甘えてはいかんだろうと、やるだけのことはやろうぜ的な意味で提案する私に、彼は少しだけ考えるようなそぶりを見せた後。


「それはかまいませんが、落ちませんよ?」


 と言って、今日の日差しに負けないくらいのさわやかな顔で笑う。

 うっ。だ、だがやる前からあきらめちゃダメなんだぞっ。


「お、落ちなかったら、きちんとスーツを弁償しますっ」


 ン十万もするようなスーツなんて自分で買ったことすらねぇよっ! そもそもスーツさえ着たことねぇよっ! うちの会社って事務服支給してくれてるし。

 だけど逆に言えば、そんな高いスーツをダメにしてしまった責任は取らねばなるまいっ! とにかく私が悪いのだ。彼は気にしないでいいと言ってくれたが、だからこそ余計に責任を取らざるを得ない。そうでしょ?

 私はしっかり彼に顔を向けて、何があっても責任は取りますと、彼にしっかり自分の気持ちを伝えれば、彼はじっと私の瞳を見つめて、そしてにっこりと笑ったと思えば。


「あなた、いい人ですね」


 なんて、いきなりそう言った。


「はい?」


 突然なにを言い出すのかと思えば、私が『いい人』だと? どういう意味だそりゃ。なんていぶかる私に。


「性格がよさそうです。責任感もありそうですね。実は僕、人を見抜く力はずば抜けてよいのです」


 彼はそう言うと笑みを深めてみせた。なんだか今……。


(すっげー嫌な予感がした……)


「僕より少し年上ですかね? 三十前後ですか? 僕が二十七なのでちょうどいいですね」


「なにが?」


 てか、どうして私がアラサーと分かった。確かにもう三十越えてるけども。


「責任を取りたいというのであれば、僕に協力していただけませんか?」


「だから、なにを?」


 困惑する私が聞き返すと、彼の笑みはどこまでも清々しいほどに煌めいていて、こっちがドン引くほどにさわやかだった。


「実は今から母に会いに行く予定だったんですが、この状態ではすぐに行けません。本当なら午後から会社にも行かなければいけなかったのですが」


 彼はそう言うと困った顔でしょぼんとして見せる。例えるなら、母犬に置いて行かれてしまった子犬のような……。

 そんなかわいそうな顔をされると、私の心のやわらかーいところがキシキシと痛むじゃないか。


「ほ、本当にすみません……」


「責めているわけではないのですが、過ぎた時間は戻せませんからね」


「うぐっ」


 その表情はいたって困ったような。ちょっと憂いが混ざった色気さえ感じるほどの悩ましげな顔だと言うのに、何気に彼の言葉はトゲだらけだ。実は怒ってるんじゃないか?


「これでは時間を繰り下げるよりほかにないでしょう。大事な会議があったのですが、仕方ありませんね。これで契約が決まらなければ数千万、もしかすると数億の損をしたかもしれません。会社には大きな打撃です」


(ぐはっ)


 あぁ、どうしよう。さわやかな笑顔で彼が私を殺しにかかってくるよぅ。私の良心がぐっさぐっさと刺されてるようぅっ。

 お願い、そんな甘い顔で鋭く尖った言葉のトゲをさしに来ないでください。もうこれ以上ライフを赤字にしないでぇ。

 泣きそうになりながらも、胸を押さえて彼をがんばって見上げる私に、彼は笑顔を崩すことなく。


「というわけでして、どうしましょうか? 協力してくれますか?」


 と首をかしげて見せるが、それ、すでに脅しの域ですよ兄ちゃん。


「わ、私にできることでしたら、喜んでご協力いたしますです。はい」


 それ以外の返事なんてないじゃねぇかっ!!


「よかったっ! では早速行きましょう。説明は移動中にしますので、一緒に来てください」


 そう言うが早いか、彼はさっさと歩き出し、私も慌ててそのあとを追った。




新しく始めました。

前回のは、あらすじに書いた通りです。


前回のもちゃんと書いて終わらせる気ではありますので、どこかで見かけた際にはまた読んでいただけると幸いです。一時停止って感じですね。


今回のは現代が舞台のラブコメを目指してみました。


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