ディア・マイ・プリンセス。
きらきら光る素敵なティアラ。まばゆいまばゆい調度品。天蓋のあるベッドの上で、シルクの布を手に持って、俺の姫君はどうやら、何か不満があるらしい。
「なぁ、どうしたんだよ。いい加減機嫌治してくれって、な?」
「……やだ」
ぷい、とそっぽを向く、可愛らしい顔。丸っこくて柔らかそうな、愛しい愛しい俺の姫君。小さな手も足も、そして身体も、全部が全部愛おしい。何よりもいつも俺に向けてくれるその無垢な笑顔は、見ているだけで浄化されるような気がする。けれど今は不機嫌そうにほっぺたを膨らませて、ぶすーっとしている。――それもかわいいのだけど。
ここ数時間ほど、こんな調子だ。理由も何も話してくれないけれど、姫は大層不機嫌であらせられる。同じ空間に要るだけでもありがたくて幸せになるけれど、それとこれとは話が別。姫に嫌われては俺は生きていけない。くるりと回りこんで見るけれど、姫はまたそっぽを向いてしまう。そろそろ俺は泣きそうだ。
一体何が原因だろうか? 食後のデザートは変わっていないし、三時のおやつも工夫されてる。姫が好きないちごのケーキで、とても美味しそうに食べていると聞かされている。プレゼントだって持ってきた。特注のくまのぬいぐるみ。この間欲しいと言っていたから、ひどく金をかけて作らせたものだ。その他のことだって抜かりはないし、姫に苦労はさせてないはずだ。そうでなければ姫は、きっとここじゃあなくて、どこかへ行ってしまうだろう。――なにせ、相当なおてんばだから。脱走はお手の物なのだ。
しかしそうなると、見えてこない。脱走せずにここにいる、ということは、この生活に満足してるということだろう。しかし姫は不満気だ。一体何が気に入らない?
思いつく限り挙げ連ねても、姫は『ちがう』と首をふるだけ。生活に不満がなくて、けど今不機嫌だってことは……もうこれしかないのだろうか。姫の後ろ姿に声をかける。
「なぁ、ひめ……もしかして、俺のこと、嫌いになったか……?」
だとしたら、機嫌が悪いのも当然だ。なんてったって、嫌いな奴と一緒にいるのだ。それでご機嫌になる方がおかしい。情けないことに涙が滲み、うつむきがちになってしまう。
姫がばっと振り向いた。
「ちがうもん! すきだからだもん!」
俺は勢い良く顔をあげた。そこには頬を紅潮させ、俺と同じように目に涙を浮かべる姫がいた。ふるふると震えながら、言葉を続ける。
「まえは、いっぱいきてくれたのに、いままで、ぜんぜんきてくれなくて、ひめ、さみしくて、おにいちゃん、ひめのこと、きらいになった、のかと、思っ……」
雫が一粒流れ落ちると共に、堰を切ったように姫は泣き出した。あぁ、姫、姫。俺の可愛い妹。そんな想いをさせてしまっていたなんて。
ニ年前の冬。大企業の社長だった父は急逝し、俺は父の会社を継いだ。それと同時に、父が作っていた隠し子、それも、小学生にもなってないような幼い子供が、遠く離れたところに居るのを知った。
やっと見つけた、母親も亡くなって親戚をたらいまわしにされていたその子――姫乃を引き取って、館の一室をあげたのが一年前のこと。
それから俺は姫に骨抜きにされた。とんでもなく可愛くって、父から引き継いだ仕事なんて忘れて、溺愛した。あの頃プレッシャーに負けずにいられたのも、姫のおかげだ。
今、やっと必死だった引き継ぎ作業が終わり、会社が、事業が持ち直し、新しい分野へ開拓を進めていた所。忙殺されていた間、姫に逢うことはできなかった。姫は、それでも待ってたんだ。
「そっか……ごめんな、さびしかったんだな」
俺は優しく、姫を抱きしめた。嫌いに何かなるもんか。
あぁ、愛しい愛しい俺の姫君。これからは、もっと、会いに来てやるからな。
お題「子供の姫君」/15+30mぐらい
シスコンなお兄ちゃんの話。健全な兄妹愛です。
なんとか間に合った。毎日更新確保できてよかった。