一頁だけの君がほしい。
ぼくの書いたメモ帳は世界に一つしかない、という当たり前のことに気付いたのは中学校の頃だったけれど、たぶん、世界を見渡しても、ぼくみたいに『ページ一つ一つが世界に二つある』メモ帳を持っているのは、あんまりいないだろうな。
ぼくにはちょっとした趣味がある。それは人にメモ帳を見せてもらうこと。
主に物事を覚えるために書かれたその文。やってることは同じだけど、そのメモの字や書き方には人の個性やその時の気分、趣味嗜好の一部――まあ平たく言えば、『ひととなり』というものが出る。
それを見せてもらって、写真に撮って後で、あるいはその場で、なるたけそれを損なわないように、自分のメモ帳に移す。そして写したメモ帳を後でめくると、そこにはぼくが出会った人たちの『ひととなり』が書かれた、世界で一つだけのメモ帳がある。
なんだか凄く素敵なことだな、とそう思い立ったのは中学生のとき。今思えばまあよくある病気の一つというところだったんだろうけれど、大学生に至るまでやめられてないのだから、今やぼくの一部とも言えるだろう。作ったメモ帳だって、もう5冊以上になる。
そんなことだからぼくは仲の良い友達からは『メモ魔』なんてアダ名で呼ばれてて、それは案外嫌いじゃない。
今そんな『メモ魔』のぼくが最も写させて欲しいメモ帳。それは、この大学のミスコン一位に輝いた、あのプリンセスのメモ帳である。
かのプリンセスは大変美しく、今時珍しい黒髪はさらりと揺れ、鼻筋の通った顔立ちにアーモンド型のくりっとした瞳。なんだか蠱惑的に上がる口角はともすれば寒気すら覚える。人形のようでけれど人間味のある、変わった女性だ。
彼女は同学年で、授業が被ることが結構ある。授業内で話しかけられたこともある。見た目だけじゃなくて中身も美しかった。
だからぼくは、そんな彼女がどんな『メモ』を書くのか、知りたくってたまらない。人となりを、何を考えているのかを知りたい。
しかし、いきなり仲もよくない奴に『メモを見せてくれませんか』なんて言われたら、気持ちが悪いだけだよね。どうしたら、自然に仲良く……いや、話の流れで、メモを見せてもらえるだろうか。もういっそのこと、ノートだって良い気がしてきた。
食堂で上品に学食を食べる彼女を、遠巻きに見つめる群衆に紛れて、ぼくは一人考えこむ。
あぁそれにしても、なんて美しいひとなんだろう。彼女が書いたメモ書きも、きっと美しいに違いない。
……そうやって考えこむ自分の顔が随分と幸せそうなことにも、そして、彼女に対する気持ちがただの趣味からは外れているということにも、ぼくはまだ、気付いていない。
『写し』ではないぼくのメモ帳が、彼女のことで埋まるのは、まだまだ先の話だった。
お題「恋するメモ帳」/15m
書き下ろし(?)。即興小説ではなく、この小説用に書いた話。
この話だけはお題を自分で考えました。