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序章

AREXOS[are’kso(u)s][名]〈複数形AREXOS〉

(Aux Reinforcement EXO-Skeltonの略)

(軍)装攻機兵。アレクソス。

〈賢究社 新英和大辞典 第十版より〉


アレクソス[AREXOS]

全高七メートル前後の人型の骨格に装甲・武装を施した戦闘兵器の総称。装攻機兵。

〈巌波書店 広辞林 第九版より〉




 



 冷たい汗が背筋を流れ落ちるのを、いやにはっきりと感じる。悪寒と共に忍び寄る不吉な思考を払拭しようと、俺は軽く頭を振った。

「落ち着いて。今は焦っても仕方ないですから」

 真後ろから響いてきた鈴の如き声に、俺は僅かながら冷静さを取り戻した。そう、ただの人間である俺が焦ったところで、この状況が好転するはずもない。

 事態は泣きたくなるほどに最悪だ。目の前と左右、三面のモニターに映る味方のAREXОSはたったの二機。俺を含めても三機しか残っていなかった。

「アイリス。他の連中は」

「……応答ありません。恐らくは……」

 一拍遅れて後部座席から届く相棒の声は、仲間を失った悲哀に満ちていた。それでも正確な報告を行えるのは、彼女の兵士としての能力の高さを表しているのだろう。

とはいえ、たった三機ではあまりにも非力。これがほんの十数分前までは、二十を数える大所帯だったと誰が信じるだろうか――

 それまで視界を確保することも困難だった闇が、唐突に吹き払われた。機体の足を止めずに後方確認。夜を切り裂いて、上空に煌々と照明弾が輝いていた。

 まずい――そう思う間もなく、背後から絶え間ない砲声と共に徹甲弾の嵐が吹き荒れる。反射的に地を蹴り、射線から退避。傍らにはもう一機、俺と同じく跳躍で難を逃れた機体が見えた。残る一機は?

 下だった。踏み込んだ足下が過負荷で崩壊したらしく、大きく姿勢を崩してしまっている。何とか立ち上がろうとするその背に、鋼鉄の死が殺到した。

 これまでの牽制とは違う、完全に狙って撃ち込まれる砲撃。瞬きの間に軸足を吹き飛ばされ、逃げ遅れた機体が擱座する。だが、攻撃はそこで終わらなかった。

 閃光と轟音。片膝を着いた機体の上半身が、千切られるようにして吹き飛ぶ。大口径火器による長距離射撃。パイロットは誰と誰だったか――そんなことを思い出す暇もなければ、彼らの死を悼む余裕すらない。

「ランドール……!」

「落ち着けよ。今は生き残ることを考えろ。索敵頼む」

 どうやらまだ女に見栄を張るだけの余力はあるらしい。相棒の悲痛な声に、俺は口調を無理やり落ち着かせて返してやった。

 俺の左隣を走っていたAREXОSが地を削りながら足を止める。このまま逃げ回っていてもジリ貧になるだけだ。なら、敵の尖兵を撃破して突破口を開く。それしかない。

「六時方向、距離一二〇〇。林の中に、敵主力から突出している機体がいます。数は推定二機。高速で接近中」

 先の一射から発射地点を予測。ステルス技術が発達し、各種レーダーの有効性が著しく低下している今日、敵の位置の予測ほど重要なことはない。

「後続は?」

「いません。残敵の掃討に出てきているようです。主力の方は進軍を停止」

「オーケー、五分五分だな」

 意識的に軽く答える。生死を賭けたギリギリの状況では、こんな少しの心のゆとりが勝敗を分けるからだ。

 しかし、気になる点がある。敵の数が少な過ぎるのだ。いくら敗走中の残敵とはいえ、たった二機とは余程腕に自信があるのか、それとも――

『私が前に出よう。支援を頼む』

 考えている暇はない。俺の思考を断ち切った声の主が、前方に巨大な盾を掲げ、注意深く、かなりの速さで林に駆け込んでいく。

 俺達以外に生き残ったのが彼だったのは幸運だった。ガルフ=レイダース。部隊の副隊長を務める彼のAREXОS、通称〈ファルジーク〉は、ベースこそ俺の機体と同じ〈シルガイリス〉だが、積層装甲の追加装備により、AREXОSとしては異常なほどの防御力を有する。言い方は悪いが、盾にするのには最適だった。

 およそ三〇メートルの間隔を開け、先行する〈ファルジーク〉の背後に続く。普段は頼もしく見えるその背中も、今は月光すら届かない夜闇にかき消えそうに感じた。

「気を付けて。そろそろ近いはずです」

 アイリスがそっと忠告してくる。AREXОS同士の近接格闘戦になれば、火器管制とダメージコントロールを担当するオペレーターに出来ることはほとんどなくなってしまう。彼女も不安なのだろう。人間、何も出来ずに死を待つことほど恐ろしいことはない。

「任せておけ。一対一なら、俺は負けない」

 それだけの自負はあったし、愛する女の手前、そう言う必要があった。女の前で格好つけられなくなったら、男は終わりだ。

〈ファルジーク〉が前進を止め、その巨大な腕が右方を指して振られた。

『一気に前方を薙ぎ払う。お前は側方から迂回して、敵の背後を突け』

「了解」

 夜の森は見通しが利かない。熱感知を使うにしても、奇襲された側の俺達がしていた放熱対策を、向こうがしていないとは思えない。なら、敵が「いそうな」所全てを潰す。効率は悪いが、これほど確実な戦術も他になかった。

 地面に突き刺した大型防護盾を銃架代りに、〈ファルジーク〉が威力だけが取り柄の五八ミリ重機関砲を構える。

『カウントゼロで行動開始。三』

 有無を言わさない上官の命令。ただ、与えられた仕事を全うするために動くのが俺達の仕事。

『二』

 機体の腰を落とし、次の瞬間の爆発に備えて力を溜めこむ。

『一』

〈ファルジーク〉の指先が引き金にかけられる。後は大尉が手元のスイッチを軽く押せば、大粒の死が夜の森中を席捲するだろう。俺もスロットルに手を置いた。

「ゼロ――」

 だが、聞こえたのは、砲声ではなく金属音。見えたのは、銃火ではなく白銀の閃き。

 予想外の光景が、眼前で展開されていた。純然たる陸戦兵器として設計されたAREXОSが、何の補助もなしに空から降ってくると、誰が想像するだろう。木々を圧し折りつつ〈ファルジーク〉の真上に現れた黒い機体。その手にした無骨な高周波振動刃(ヴァイブロ・ブレード)が、月光を照り返して映える。

 刃部に微細な振動を与えることで対象との摩擦を最大限に高め、削りとるように物質を切り裂くその刃を受け止められる装甲は、存在しないと言っていい。刹那の停滞もなく、切り飛ばされた長大な機関砲の砲身が宙を舞う。

 鉄屑と化した得物を手放し、格闘戦に難がある〈ファルジーク〉が敵機と距離を取ろうと大きくバックステップするが、瞬きの間に黒影はその距離を詰めてしまう。

 援護を――咄嗟に両機の間に割って入ろうとしたその時、背筋にぞくりと悪寒を感じた。そこからの行動は、反射的なものだった。

 走り出そうとした機体に急制動をかける。踏み出した巨大な足が大地を掴む前に、さらに上体を左に旋回。左腕に装着していた小型防護盾を掲げ、バイタルエリアを守る。

 はたして、それはやってきた。機体を突き抜けるような、重い衝撃がコクピットを揺さぶる。後部座席から悲鳴が聞こえたが、今は無視。ついでに、今頃響く役立たずの接敵警報も意識の外に出す。

 モニターに映る左腕は、唐突に現れた二機目のAREXОSの三本の爪に貫かれていた。それも、複合装甲製の盾ごと、だ。思考が加速する。左腕を失ったに近い状況、〈ファルジーク〉の援護は期待できない。なら、現状で最良の動きは――

 敵に追撃の暇は与えない。俺は迷わず、高周波振動爪が刺さったままの左腕を力任せに振り回した。当然、ただでは済まない。左の肘から先は、制御系統が破損したらしく、完全に機能を停止する。だが、ダメージを受けたのは敵も同じだ。

 高周波振動兵器の攻撃力は確かに高いが、武器としての堅牢さはさほどでもない。むしろ、構造が複雑な分通常の剣より脆いとすら言える。そんなデリケートな代物に、AREXОSの腕が引き千切れる程の負荷をかけたのだ。予想通り、三本の爪はあっさりと根元から圧し折れた。

「さ、左腕損傷! 駆動系統から切り離し――」

 アイリスの損傷報告を聞く余裕はなかった。三条の閃光が奔ると同時に、頭部カメラからの映像が途切れる。翻った残り三本の敵の爪が、俺の機体の首から上を刎ね飛ばしたことに気付いた瞬間に、勝機を見る。

 この一瞬が勝負。機体各部に分散して仕込まれたサブカメラによる視覚補整を待たずに、右腕のブレードを展開。これまでの実戦で培った勘を頼りに一閃。操縦桿越しに伝わる筈のない手応えを、俺は確かに感じた。

 アイリスが視覚系統の切り替えを済ませたらしく、モニターが生き返る。著しく乱れた画面に映し出されたのは、右の爪に加えて左腕までも根元から失い、大きくバランスを崩す機影だった。

「もらった!」

 焦りは冷静な判断力を奪い、慢心は油断を生む。その一瞬の気の緩みが、命取りだった。

 右から突き飛ばされるような衝撃。同時に、突っ込もうとしていた機体の姿勢が左に流される。

(狙撃――! まだ隠れていたのか!)

 警告灯に灯が入り、コンソールの照り返しだけが光源だったコクピットが赤く染まる。損傷率、危険域に突入。

 右の肘から先をブレードごと失ったことを頭の片隅が捉えた時、今度は正面から来た。隻腕のAREXОSの強烈な蹴りが、これまでにない激震を生む。幾つかの計器が弾け、同時に額に熱。一瞬意識が飛びそうになる。

「っ! 正面です!」

 後ろから悲鳴ともとれる声。遠のく感覚に鞭打って意識を現実に引き戻すが、この一瞬は致命的だった。

 モニターに映ったその姿は、月の逆光のせいでよく見えない。だが、その妙に人間臭い一対のカメラアイと、手にした細身のナイフだけがはっきりと確認できた。

 案外呆気ないものだ。あいつらも、こんな風に死んでいったのか――?

 何故か落ち着いてそんなことを考えた刹那、光が視界を埋める。続いたのは衝撃、それに闇、左腕の違和感、そして何かが砕ける致命的な音。

 俺の意識は、そこで途切れた。

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