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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第四章 恨みを抱く少女
80/80

 鉱山の中を<サーベル・パンサー>に乗って徘徊する。

 サーベル・パンサーはビック・パンサーより小さく、かつ戦闘能力は高いというパンサーの上位種で、適当に開放して召還した。

 歩いて回ると時間かかりすぎるしヨナの負担にもなるだろうから、それを考えれば安い出費だ。

 カオス・ドラゴンのエネルギーも得ている今、上位クラスのドラゴンだって解放できるだろうし。


 道行く雑魚どもを処理して、デーモンと戦ったところを紹介し、頂上付近まで上ってきた。

 ヨナが淡く光っている壁を指さす。


「オーワさん、これは?」

「あぁ、ちょっと見てて」


 僕はパンサーから降り、袋からつるはしを取り出して、以前リュカ姉に教わった通り、くり抜くように壁に向かって打ち込んだ。

 

「あとは……そりゃっ」


 掛け声とともに採れたのは、淡い青色の鉱石だった。


「わぁっ」

「これが鉱石だよ」

「きれい……」

「やってみる?」


 パンサーの上から鉱石を眺めるヨナにつるはしを差し出すと、顔がぱぁっと明るくなる。


「できるでしょうか?」

「簡単だから大丈夫……だと思う」


 ヨナの筋力ははっきり弱いので、五分五分といったところだと思った。

 肉体強化魔法を使うとか、そんな痛い思いはしたくないだろうし。


 パンサーを屈ませてゆっくりと降りたヨナにつるはしを渡すと、ヨナは少しよろけた。


「だ、大丈夫?」

「お、重いんですね、つるはし……あ、いえっ、大丈夫です、よ?」


 そのままよたよたと近くの光る壁へと近づく。


「えいっ!」


 そして気の抜けた掛け声とともに振り下ろすと、つるはしがほんのわずか壁に突き立った、ように見えた。

 すぐに抜けてしまったからよくわからなかったのだ。


 ヨナは一瞬惚けたけれど、すぐに気を取り直し、二打、三打と打ち込んでいく。

 二周するほどそれを繰り返し、ヨナは肩で息をしていた。

 鉱石が取れる気配はない。


「ヨナ、無理しなくても……」

「はぁっ……い、いえ……はぁっ……できっますから」

 

 ヨナは少しムキになっていた。

 少し止まり、次の瞬間振り上げると、


「たぁっ!」


 頼りない声とは裏腹に、つるはしは大きく壁を穿った。

 ……強化魔法だ。


「ヨナ、そこまでしなくても……」

「たやっ! ほぉっ!」


 制止する僕の声を無視し、削岩機のごとく打ち込み続ける。


 ヨナって、こんな負けず嫌いだったっけ?


 まったく似合わない汗水を垂らしたヨナを見て、思う。

 いや、そういうことじゃないか。

 きっと、今まで何もできなかったから、その分今は何でもできるようにありたいんだろう。

 それほどヨナは、誰かに頼るということを気に病んでいた、ってことか。


 結局鉱石を手にし笑顔で振り返ったヨナに、僕は笑顔で応じた。


「さてと、ここら辺までかな? ……?」


 日も暮れるし、そろそろ帰ろうとすると、ヨナは先のほうを見つめていた。

 一緒に見つめるけれど、先は真っ暗で何も見えない。


「何かあるの?」

「いえ……でも、なんか……」


 ヨナ自身もよく分かっていないらしく、ただ見つめるばかりだ。


「行ってみようか」


 そういうと、ヨナはぼうっと頷いた。

 まぁワユンには遅くなるかもとは言ってあるし、急ぐ必要もない。


 そう遠くなさそうだったので、そのまま歩いていく。

 登っていくほどに道幅は狭くなり、やがて行き止まりにぶつかった。


 するとヨナは、ゆらゆらと行き止まりに向かって歩き、まるで知っていたかのように左端のある一か所を叩き、いきなり火魔法を放った。

 軽めの威力だったとはいえ洞窟だから、反響がすごい。


「うわっ! 一体何を……って……」


 硝煙の先を見て、僕は言葉を失った。

 行き止まりだったはずの向こう――魔法でぶち抜いた穴の先に、空間があったのだ。

 

 何の迷いもなく、ヨナは穴を潜り抜ける。 


 従って穴をくぐると、そこには小さな空間があった。

 そこは空間というより、部屋に見えた。

 ところどころ不自然なくぼみや穴があるからだろうか。

 いや、それだけじゃなくて、なんというか、安らぐような。


 ヨナはきょろきょろと、周囲を見渡している。


「ヨナ、これは?」

「なんとなく、懐かしい感じがしたんです」

「え?」

「覚えているわけじゃないんですけど、たぶん私、以前ここに来たことがあります……いえ、来たというより、懐かしいような……」

 

 ヨナは壁伝いにゆっくりと部屋の中を一周しながら、つぶやくように言った。


 そういえば、僕はヨナの過去について何も知らないし、聞いたこともない。

 聞けば答えてくれただろうが、なにせ、出会ったのがあんな場所だったんだ。

 当然、思い出したくない過去もあるだろうし、聞くのは憚られた。


 僕だったら、過去についてあれこれ聞かれるのは嫌だ。

 ヨナやリュカ姉たちも、僕の過去に立ち入らないのはそういう理由だろう。 


 けれど、今は状況が変わった。

 覚えてないってどういうことだ? まさか。


「ヨナ、昔のことを覚えてないの?」

「私は、気が付いたらあの牢屋にいました。それ以前の記憶はないんです」


 ヨナはちょうど一周したところで僕と正対し、ですが、と続ける。


「ですが、呪いを解いていただいた時から、うっすらと、まるで霧が晴れていくように、おぼろげに記憶が浮かび上がってきてるんです。それで、オーワさんにいろいろな所へ連れて行ってもらえれば、思い出すこともあるかなぁと思いまして」

「あぁ、それであんなお願いを……」

「いえ、もちろんオーワさんのお話にあったところへ行ってみたい、という気持ちもありましたよ? オーワさんは楽しそうにお話してくださいましたし、事実、今日はすごく楽しいです! それこそ、人生最良と言えるほどにも。

 ですが、やっぱり気になるものはあるんです」

「そうだよね。

 それで、その、何か思い出せた?」


 尋ねると、ヨナはゆっくりと首を振る。


「いえ、あともう少しだとは思うんですけれど……」

「そう……」


 残念そうに首を振るヨナを見て、ある考えが浮かんだ。

 でも、これは果たして、いいことなのか? これは、ヨナの核心に土足で踏み入り、蹂躙することと同じでは?

 

「な、なんかすみませんっ。湿っぽくなっちゃいましたね。こんな話はやめに――」

「ヨナ、もしもの話なんだけどさ。もし、僕が人の記憶を思い出させる力を持っていたとしたら、ヨナは思い出させてほしい?」


 ヨナは信じられないという風に、僕を凝視する。


 完全に破棄された記憶には、僕の力は無意味だろう。

 でも、思い出せない記憶が長時間のもので、それもとりわけ記憶に残りやすい幼少期のものであった場合、話は別だ。


 基本的に思い出せないというのは、それが『全く覚えられていない』、あるいは『完全に忘れている』場合を除いて、『取り出し方が間違っている』か、あるいは『無意識に取り出すことを拒否している』のどちらかしかない。

 そして<王の力>は、そういう不随意的なことに対しても、強制的に作用することができる。


 つまり、問答無用で記憶を引っ張りだせるのだ。

 

 ヨナは少し沈黙し、やがて静かに微笑した。


「いえ、やはりこれは、私が自分で思い出すべきことだと思いますし、それに思い出せないなら、それはそれで構わないとも思っています」

「……そう。わかった」


 ヨナがそういうなら、それがいいんだ。

 僕たちは連れ立って、小部屋を後にした。




 翌日、僕たちは昨日回り切れなかったところを散策するべく、今度は東の方、商業都市<ハンデル>へ来ていた。


 ヨナは別段有名人ってわけでもないから、僕だけ少し変装して来ている。

 最も、変装と言ってもローブを着てパーカーを深く被り、腰にヨナのお古の杖を装備しただけだけど。

 まぁこれでも、顔はほぼ見えないうえどっからどう見ても魔法使いなので、ばれることはないはず。

 ……たぶん。


 それよりも、問題があった。


 ヨナが目立ちすぎる。

 目の覚めるような銀髪の、人形のような美少女。

 目立たないわけがないじゃないか。


 せめて銀髪だけでも隠せないかと、適当な店に寄って魔法使い用の帽子<マジック・ハット>を買いその中にまとめた髪を入れ、ローブを着せると、多少はマシになった。

 けれど今度は別の意味で目立ってしまったらしく、視線を感じる。


 ヨナも少し居心地悪そうだ。


「ごめんね、ヨナ。まさかこんなことになるなんて」


 これくらい見越して、もう少し考えとくんだったなぁ。

 ホント、気が回らない。

 でも、もしものことを考えると、やっぱりいつも通りの格好してた方がいいだろうし……うーん。


 僕が悩んでいるのを見て、ヨナは極力気にしていないように見せるためか、すぐに微笑をつくる。


「いえ、平気ですよ。それより私、ご本をみたいです」

「あ、うん。じゃあ行こう」


 ありがたく気持ちは受け取っておこう。

 僕たちは人目を無視して歩き始めた。




 当たり前のことだけど、冒険者の町<プネウマ>にはたいした書店はない。

 学校があるわけではないので識字率も高くないからだ。

 だからしっかりした書店は、僕らからするとすごく珍しく見えた。

 それにしても着いてすぐ書店に向かうところは、ヨナらしい。


 書店で何冊か本を購入し、ちょっと普段じゃ入らないような、いかにも高級そうな店で謎の料理を食べた。

 おいしいのかよくわからなかったけど、ヨナが興味津々だったので、まぁ良かったとしよう。


 そのあと少し町を見て回り、服とかワユンたちへのお土産とかを買って都市を出た。


 本をたくさん買えたからか、ヨナは機嫌がいい。

 でも、やはり遠慮が先に出るのか、都市で何度も言ったことをまた繰り返す。


「でも、あんなにたくさん、本当にいいんでしょうか?」

「いいんだよ、だってそのために来たようなものなんだからさ。それに何度も言うけど、あれくらい大した出費じゃないし」


 本は決して安くない、というか高い。

 正直なところ、ヨナの装備と家の代金で、だいぶ懐は寂しくなってきていた。


 だから大したことなくはないけど、そんなこと言えるわけないよね。

 あぁ、男って辛いんだなぁ。

 

 それから都市でのことをぽつぽつ話していると、いつの間にか<プネウマ>を過ぎた。

 ヨナが不思議そうに声をかけてくる。


「あれ? 帰らないんですか?」

「うん。最後にとっておきの場所、案内しようと思ってさ」


 話していると、すぐに山が見えてきた。


 ワイバーンから降りて、僕たちはその山の中腹にある洞窟に入った。

 昨日のようにパンサーに乗り、妖精たちに見張りと灯りと周囲の魔物の殲滅を任せて、ゆったりと進んでいく。

 ヨナはまたぼんやりと周りを見渡して、何か考えているような雰囲気だ。


 最短距離を進んでいるため、以前のように時間もかかることなく、やがて上から風が吹いてきた。

 頂上へ。


「……うわぁ……」


 外はすっかり夜になっていて、空には満点としか形容しようがないほど、一面の星空だった。

 ヨナは声も出ないようだ。


「前にあの洞窟で訓練してた時、たまたま見つけたんだ。ここから見る空は、なんか、他よりもきれいというか、落ち着く気がする」


 本来なら空から直接ここへ降り立てばいいんだろうけど、暗い洞窟から出た瞬間にこの景色が現れるってのが一番きれいなので、あえて洞窟を経由した。


 ドリアードに頼んで草を生やしてもらい、僕はその場に横になる。

 ヨナも隣に寝転んできた。 


 しばらく、そのままぼぉっとしていた。

 優しい沈黙だと思った。

 すごく、心が落ち着いていた。


 ふと、隣を見た。


 ヨナは、泣いていた。


「ヨナ?」

「……いえ、何でも、ないんです」

「そう?」


 感動した、ってことなのかな? 

 よく風景を見て感動すると涙が出る、とか聞くけれど、人がそうやって涙を流すところを、テレビ以外で僕は見たことがなかった。

 だから実際に今、ヨナが感動して泣いているのか、そうでないのかはよくわからない。


「オーワさん」

「ん?」

「私、この景色をオーワさんと見れて、よかったです」

「……」


 なんて返せばわからなかったけど、なんか照れくさい。


「ありがとうございました」 

「え? あぁ、今日は僕も楽しかったよ。だから僕のほうこそありがとう」

「いえ、今日のこともですけど、今までのことすべて含めて……私、本当にオーワさんと出会えてよかったです」


 出会ってくれてありがとう、か。

 でも、それは違うよ、ヨナ。

 感謝するのは、僕の方なんだ。

 それがなければ、僕はあそこでまた死んでいただろう。

 決してがんばることはできなかった。

 

 以前ワユンに諭され、考えたことがある。


 人は利己的な生物だ。


 他のどんな動物よりも利己的であったから、あそこまで繁栄できた。

 楽をしたいから文明が発展した。


 そもそも、利他的なんてものはないと思う。

 相手のことを思い協力するのも、無意識のうちに、その先の、あるいはその時の自分の益を勘定している。

 利他も、翻れば利己だ。

 高度な利己的考察ができるからこそ、利他による自己利益を予想できた。

 その結果として他の動物をはるかに超えたコミュニケーション能力と、それを生かした連携が可能となる。


 利己的だからこそ、他を置いて発展した。


 それは事実なんだと思う。

 特にワユンは、貴族のそういうところを間近で見せられ、またそういうことに利用されてきたであろうから、その考えに至るのも当然だ。


 けれど利己的、というのは、全部が全部汚かったり、卑しかったりするわけでもないんじゃないか?

 そんなことを感じた。

 

 動物は、身内以外のためにがんばることはできない。

 できても、そのがんばりは人に遠く及ばない。


 たとえ利己的だとしても、人は自分のために、他人を想ってがんばることができる。


 例えば道具。

 素晴らしいものをつくる目的は自分の名声や得られる対価だろうが、つくる際には知らない誰かが使いやすいようにと想う。

 例えば人助け。

 その相手からの好意が、あるいは他からの称賛が期待できるからこそ、さらに身が入るだろう。


 僕は利己的だった。

 だからこそ、あの時、ヨナを助けるためにがんばれたんだ。

 それまでの僕があんな風にがんばることなんて、絶対にありえなかった。


「僕のほうこそ、ありがとう」


 言って、気づいた。


 このありがとうは、そしてヨナのありがとうは、たぶん別の意味も持つ。


 僕とヨナのつながりは、他に輪をかけて歪で、不健全だった。

 共依存、そして偏依存。


 でも、それが変わったんだと感じた。

 ヨナは僕の保護を必要とせず、他の仲間を得た僕も、ヨナから癒してもらう必要性がなくなった。


 だから、これからの付き合いは、僕の求めていたものになるんじゃないだろうか。


 あの世界ではついに見つからなかった。

 他の人が当然のように持っていた、純粋で透明な、きれいな物。

 それがなんなのか、答えが見つかるのでは? 


「これからきっと、もっとずっと良くなっていくよ。

 そしたらまた、ここに来よう。みんなと、笑って」

「…………」


 ヨナは、少し沈黙した。

 何を考えているのかは、やっぱり僕にはわからなかった。


「……はい」


 返事はうれしそうで、でも、何かを押し殺しているようにも聞こえた。  


 




 翌日、ヨナがいなくなった。




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