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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第四章 恨みを抱く少女
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 土地については、運良く、と言えば不謹慎だけど、何とか見つけられた。

 というのも、今回の遠征で犠牲になった冒険者の中に家を所有している人がいて、所有者無しとなったらしい。


 家を持つ冒険者は少ない。

 それは拠点を頻繁に移動するからだけど、逆に移動する必要がない場合、持つこともある。

 それは将来、冒険者以外の職を得てここに定住することを決めている人だ。


 残された家族がいなかったことを考えるとまだ若かったのだろうし、きっと優れた冒険者だったんだろう。

 もしかしたら、将来を約束した恋人がいたのかもしれない。

 それに、冒険者以外の職で生きることも視野に入れていたということは、何らかの才能もあったに違いない。

 ……まぁ、考えてもしょうがないことか。


 家は壊した。 

 ヨナにもワユンにも理想の家があって、二人で妥協し合って作られた設計図、というか絵がある。

 せっかくだから、新しい家を建てようと思った。

 お金は腐るほどあるし、二人にとって、おそらく初めての家だ。

 妥協するわけにはいかない。


 家を建ててもらう職人さんは、ひげ面の筋肉達磨、別名武器屋のアレックスに紹介してもらい、見つけることができた。

 わざわざヨナの部屋まで来てもらい、ヨナ作の設計図(らしきもの)を見せ、いろいろ話し合って描き直した、屋根裏付きの小さな二階建ての家は、完成まで一月近くかかるそうだ。


 たった一月?

 僕は驚いたけど、この世界には魔法もあれば、スキルもあるし、人の運動能力だってはるかに優れているのだから、そんなものなのだろう。



 そして、それから日が経ち、僕たちは再び教会を訪れていた。

 

 教会は、平面の大きさはそれほど大きくはない。

 小学校の体育館の半面くらいだ。

 しかし、見上げると吸い込まれてしまうような、そんな恐怖で下腹が縮み上がるほどに高い、ステンドグラスでできた天井に、いつも僕は圧倒される。


 正面と左右には、巨大な人物像が彫り込まれていた。

 全部で五体ある。

 正面にあるのは明らかに老人の像だから、それ以外が勇者や、その御一行の像なのだろうか。



 普段は参拝者用に幾列もベンチが並べられている。

 けれど今日はそれがすっかり片付けられていて、床に半径五、六メートルほどもある、不思議な円形の模様と文字列が描かれていた。

 その中心に、ヨナは仰向けに横たえられている。 


 僕ら――リュカ姉にワユン、それからわざわざ来てくださったハンナさん――は出口側に、神父さんとシスターさんたちは反対の正面側に立ち、円を取り囲んでいた。


「な、なんか、恥ずかしいですね……」


 ヨナが少し緊張した声で呟く。


「目は閉じててください。なぁに、すぐに終わりますよ、大丈夫。落ち着いて、ゆっくりと深呼吸してください。

 皆さんも、気を楽にしてください。ただし、解呪の儀式はかなりデリケートなものなので、術中、くれぐれも声を発さないようご注意を」


 ゆったりとしたテノールで神父さんは言い、淡い赤色の液体が入った大きめの瓶をシスターさんから受け取る。

 同時に、シスターさんたち五名が神父さんを中心に円の周りへ等間隔に展開した。


「それでは、始めます。準備はいいですね?」

「……はい」


 ヨナが小さく返事をすると、神父さんは瓶を掲げ――


「ハァッ!!」


 気合とともにヨナの真上あたりへ中身を振りまいた。

 同時に、ヨナを囲むシスターさんたちが一斉に手を前方斜め上へ掲げる。

 宙に放られた液体は、わずかに落ちたところで静止し、ゆらゆらと浮いていた。


「カァッ!!」


 二度目の掛け声。

 床に描かれた模様が紫色に輝きだす。

 浮いたままの液体は細長いひも状になり、ヨナを中心にゆっくりととぐろを巻きながら降りていく。


 神父さんが振り上げた手を勢いよくおろし、ちょうどとぐろの位置で静止させた。

 それより早いか遅いか、ほぼ同時にシスターさんたちは静かに歌い始める。

 歌は、どうやら呪文のようだった。


 魔法を行使するのに呪文は必要ない。

 ただし、魔力の運用はとても精密な作業だ。

 毒によって魔力の流れを乱されただけで、全く魔法が使えなくなるくらいに。

 一人で一つの魔法を使えるようになるのだって、相当な訓練を要する。


 ましてや、他人と力を合わせて一つの魔法をつくり上げるのは、凄まじい難易度になる。

 おそらく歌は、全員の息をぴったり合わせるのと同時に、息遣いや発音が魔力の流れを操る際の道しるべになる、みたいな役割を果たしているんじゃなかろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、とぐろの回転はどんどん加速していく。

 それに呼応するように、シスターさんたちの歌声もどんどん大きくなっていた。

 呪文はとてつもなく複雑で、何を発音しているのかさえ聞き取れない。


 ヨナの体の周りが、少し黒ずみ始めたのを見る。

 それは靄のようだ。

   

 とぐろの回転はいよいよ速くなり、いまや竜巻と見紛うほどになっていた。

 歌声は絶叫に近くなり、びりびりと教会の床や壁と反響している。


 ふと、その甲高い歌声の中に、不気味な深いバスが聞こえ始めた。

 それは怒声のようにも、断末魔のようにも聞こえる。

 数秒経って、ヨナから立ち上る黒い靄が消えた。


 ――成功、したのか?


 一瞬そんなことを思ったけど、とぐろも歌声も消えていなかった。

 むしろこれからが本番なのだと、神父さんの顔を見て悟る。


 とぐろが一瞬撓み、次の瞬間、まるでドラゴンのように天へ向かって飛び出し、反転してヨナに飛び込んだ。


 すさまじい勢いだった。

 液体なのだから、ぶつかればそれ相応の衝撃があるはずだ。

 しかしヨナは、まるで強い風に吹かれた程度にしか反応を示さなかった。

 飛び込んだ液体はすべてヨナに吸収されたように消えてなくなる。 


 シスターさんたちがゆっくりと踊り始めた。

 やがて再び、ヨナの体から靄が立ち上る。


 けれど今度は、黒くなかった。

 白、いや、銀色に光る靄。

 まるでヨナを守るように周りをゆっくり旋回し、徐々にその形を崩していく。


 明らかに、一度目の靄とは違った。

 一度目のは、怨念とかそういった、まさに『負』の塊のような、そんな嫌な感じがしたのだけれど、あの靄は違う。

 優しいような、温かいような、それでいてどこか悲し気な、そんな感じだ。


 ――守っている?


 そんなイメージが浮かんだ。


 瞬間。


 銀の靄が一気に立ち上り、ヨナの周りをカーテンのように覆った。

 同時に、美しいソプラノが響いた。


「っっ!?」


 視界がかすんだ。

 頬の上を、何かが滑り落ちるのを感じた。

 僕は、涙を流していた。


 ソプラノは歌声のようにも、悲鳴のようにも聞こえる。

 祈りと、悲哀。

 そして、純粋な愛。

 はっきりとはしないけれど、そのような感情が伝わってきた。


 あまりにも美しい声に、しかしまるで機械のように神父さんもシスターさんも、儀式を辞めない。

 それは途中で儀式を中断することの危険性を知っているからだろうか? やり遂げなければならないという使命感からだろうか? 


 それとも――?


 この儀式が正しいことなのかどうか、一瞬疑念が生まれた。

 明らかにこれはヨナを呪うものではない、そんな確信があった。


 けれど、呪いによってヨナが苦しんでいたのも事実だ。

 ならばこれは、解呪者の術を続けようとする気持ちを削ぐための仕掛け、という可能性もある。 


 呪いがよほど強力なものなのか、すでに数分経ったが、未だに靄は消えない。


 ある種の執念すら感じた。  

 それはまるで、子を守ろうとする母のような、そんなものだ。

 やはり、止めるべきでは――?


 そのとき、靄が強烈な光を放った。


「「「っっ!!」」」


 僕を含む周りすべてが、息を呑むのを感じた。 

 網膜に投射されたのは、美しい女の像。


 手を広げ、ヨナをかばっていた。


『どうか慈悲を――』


 脳内に直接響くような声は、何度も反芻され、強烈に刻み込まれた。


 光が消える。 

 音も消える。

 誰一人声を発さない、完全な静寂。


 数秒間、強烈な光によって視力が失われていた。


 やがて目が慣れると、光を発していた靄も、床に描かれた円形の模様も、赤い液体も、何もかも跡形もなくなっていて、ただ、何事もなかったかのようにヨナが仰臥している光景が見えた。


 周囲のシスターさんたちは、糸が切れたようにへたり込み、同時に大きく息をつく。

 神父さんも幾分疲れたような顔をしていた。


 僕たちはヨナのところへ駆け寄った。


 これで本当に良かったのか、という不安があった。

 ヨナがゆっくりと体を起こし、こちらを向いた。


 ――誰だ?

 思わず、立ち止まってしまう。


 まるで湧き水のように一切の不純物を排した、透き通るような美少女がそこにいた。


「オーワさん?」  


 細い首を傾け、声をかけてくるその女の子の声は、まぎれもなくヨナのものだ。

 首にかけられているネックレスは、僕が上げた物だし、服も同じ。 


 けれど、声が出なかった。


 肌は新雪のように白く、白銀の髪はそれ自身が光を放っているかのような光沢をもち、滑らかに流れる。

 ある種の恐ろしさを感じるほどに整った顔立ち。


 けれどそれはまだ途上なのだとはっきりわかる。

 確かに美しいが、はっきりと幼さを残していた。

 それはきっと、耳や鼻といったパーツが目に比べて小さいからだろう。


 その中でも一際目立つのは、やはり目だ。

 一切の濁りのない白の中で、まるでルビーのように赤く輝く瞳は、儚げな見た目と反して力強さを感じさせる。


 出会ったときは枯れ木の枝のように細く頼りなげだった手足には、未だ細めであるとはいえ、しっかりと肉がついている。

 頬などは、血色の良さを表すようにうっすら桃に色づいていた。


 この世のものとは思えないほど美しい。

 そんな表現があるけれど、まさにそんな表現がしっくりくるような美少女が座っていた。  


 ヨナは少し不安げな表情になる。


「な、なにか、失敗でも……?」

「い、いや、成功だと思うんだけど……?」


 僕にも判断がつかないので、神父さんに助けを求めた。

 神父さんは額の汗をぬぐい、優しく笑う。


「術は成功ですよ? 二つもの呪いがかかっていたのは驚きでしたが、いずれも問題なく解呪できました。もう何も、心配はいりません」


 神父さんの声は、一言で僕の不安を拭い去ったようで、急に体の力が抜けた。

 同じように安心したらしいヨナのそばに膝をつく。


「具合、どこか悪くない?」

「いえ、びっくりするぐらい、体が軽いです」

「痛いところとか?」

「ありません」

「どこか変に感じたりは……うぐっ!?」


 後頭部を叩かれた。


「ったくオーワは心配し過ぎだって! ヨナちゃんがまた不安がっちゃうじゃんか」

「叩くことないだろ!」


 振り返ると、満面の笑みを浮かべたリュカ姉がいた。

 リュカ姉は僕の抗議をスルーしてヨナの顔を覗き込む。


 ヨナは思い出したようにハッとして、顔を隠そうとしたけれど、それをリュカ姉が制した。


「えっ?」

「もう隠さなくていいんだよ? すごくきれいな顔だ。リュカ姉、嫉妬しちゃうくらい」


 言われて、恐る恐るヨナは自分の顔に触れ、驚いたように目を丸くし、ペタペタとくまなく触る。

 そして僕たちのほうを見た。


「これ……」


 僕たちは無言でうなずく。

 ヨナのきれいな瞳に、透明な涙があふれて、零れた。


「あ……ぅあ…ぁ……」

「つらかったね、ヨナちゃん」


 リュカ姉がそっと頭を抱えてあげた。


「よかったですね、ヨナさん」


 ワユンもヨナに寄り添った。

 僕の後ろで、鼻をすする音がした。

 振り返ると、ハンナさんが涙を流していた。


 いつの間に、ハンナさんはヨナとこんなにも親しくなったのだろうか?


 ふと、場違いなことを思う。

 バカ貴族とドンパチやってた時、ヨナの面倒を見てもらってたから、その時かな? 


 って、こんなときに、なんて馬鹿なことを。

 頭を振って、余計な思考を振り払う。

 残ったのは、

 

 ――よかった。


 純粋な喜びだけだった。




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