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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第四章 恨みを抱く少女
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いじめ 五

 当然のことですが、本文中に出てくる思想は、現時点での主人公の持っているものですので、ご了承ください。(これはどの話にも言えます)

 同じく当たり前のことですが、この話はフィクションです。

 ゲイルの右手が、振り下ろされる。

 その光景は、まるでスローモーションのように映った。

 ゆっくりと、しかし確実に下ろされていく。


 止めろ!! なんとしても止めに行くんだ!!


 幾度も命じるが、体はピクリとも動かない。まるで重力が何十倍にもなったかのような、まるで体が鉛になってしまったかのような感覚。

 今まで幾度か感じた走馬灯だが、今回は圧倒的な長さに時間を引き延ばしている。


 これが本当の走馬灯、なのか?

 なら、果てにある結末は!


 一瞬、底冷えのする思考が沸く。

 

 だめだ!!


 今までにない、強い否定があった。

 いや、密度が違うだけで、これは今までにもあった。

 密度が違う? いや、そうじゃない。

 根本的に、本質的に違う。


 僕の中の何かが、変わっていく。

 いや、すでに変わっていた。

 進化とか、そういうものじゃない。

 手の届かない、完全に定められた刹那先の結末を否定すべく、全く異質なモノが体内で鎌首を擡げるのを、はっきりと感じた。

 あの時の、昨日目を覚ました時に感じた違和の正体が、『みえた』。




 強烈なイメージが沸き上がる。

 脳の中で、何か細くて、それでいて恐ろしい密度をもった何かが、幾本も蠢いている。うじゃうじゃと絡み合い、足を延ばす。


 同時に、『世界』が広がるのを感じた――


 ――個の世界とは、知覚できる範囲を意味する。 

 触覚、嗅覚、味覚、聴覚、そして視覚的に認められる範囲だ。また、実際に『ふれず』とも、伝え聞き、想像した範囲も加わるだろう。


 しかし、近づくほどに確かになる、という点において、それは平等ではない。薄い世界と濃い世界があり、濃さ、密度を増すほどに、世界は固有のものになる。

 固有、すなわち恣意。

 究極に自分に近い、濃い世界は、思うがままに変えることができ、他者の誰にも介入の余地を与えない。


 今広がった世界は、まさに究極に濃い世界、すなわち自分自身だった。

 周りの大気の一部に、自分の一部が溶け込むのを感じる。

 まるで自分の手のように操れる。手を動かす時に発せられる神経刺激、神経伝達物質による微弱な電気刺激を無意識に操っているように、ほぼ自動的に、『波』をつくれた。

 そして、『波』を受け取る機能は、すべての生物に備わっている。

 すべてが、支配される側なのだ。

 いや、違う。

 すべてが、自身だ。刺激を介して操るという点において、四肢も他人も違いはない。

 あとは、こちらの能力次第。


 当たり前のことだと、確信があった。

『波』を中枢に、複数生物の脳に送ることができる。

『波』を末端に送り、直接刺激することができる。

 それにより分泌される神経伝達物質によって、あるいは内分泌によって、結果どのようなことが起こるかまで、息をするようにごく自然に感じ取れる。


 思い通りになる――。




 思考は刹那にも満たない時間の中で、イメージとして為された。

 確信をもって、命ずる。


『止まれ』


 波動はコンマ数秒のラグすら許さず、一瞬で伝播した。

 振り下ろされたナイフは、精密機械のように制止した。

 続けて命令――リタさん含む五人の人質の治療を、十人に命じた。

 多すぎれば邪魔になる。最高効率で動くよう、ある程度の自由も許可する。

 ゲイルの目は、瞬きすらも許されない中で、困惑に揺れているようだ。


「僕は確かに、お前らのように苦痛を知らないかもしれない。お前らのほうがよっぽど努力しているだろうし、考えている。

 僕よりはるかに立派なんだろうな。

 でも、関係ないんだ。

 大方ルーヘンの時のことを聞いて、僕が仲間を見捨てられない甘ちゃんだと、敵に対してできうる限り強引な方法を取れない『綺麗好き』な子供だと思ったんだろうけど、勘違いするなよ。

 お前らは、僕を支配できない」


 なんとなく、こんなことを感じた。

 支配、被支配の関係は、時に、努力とか、工夫とか、そんなもの届かない位置に、理不尽にある。

 それは本能だから。

 生物は須らく、本能に支配、被支配の構造が刻み込まれている。学習による環境要因もあるだろうが、それ以上に、遺伝子的にそれはある。そして、本能的に支配者の側へ立つことを求める。

 いじめもそれに似る。

 いじめがいけないことだと知っていようが、起きるときには起きる。相手より優位に立ちたいという欲求、あるいはそう思い込みたいという欲求が、刻み込まれているから。誰も不思議に思わない、それほどに自然に起きるのだ。


 汚い。

 だからこそ僕は、はっきり汚いと思った。

 後天的に克服しようのない、絶対的な格差――種差。これは直接的に、絶対的な上下を定めてしまっている。どうしようもなく、支配――被支配の関係に縛り付けている。この壁がある以上は、決して対等性は得られない。純粋な、透明な関係はない。


 そして僕の世界は、変わっていた。

 目の前にいるこいつらが、まるで、人形か何かくらいにしか思えない。

 ルーヘンでさえ、まだ、同種であることに疑いはなかった。

 あれよりはよっぽどマシな人間のはずなのに、今はもう、無価値なモノに思える。 


 まったく、同じ人間とは思えなくなっていた。

 同種とは、思えなくなっていた。


 ゲイルの目から、憤怒が伝わってきた。

 怒りは至極まっとうなものだとは思うし、あいつにはその資格がある。

 けど、知ったことじゃないし、この状況を逆転させるつもりもない。


「見聞きした通りやったつもりだろうけど、お粗末だったんだ。人目のない場所はお前らの都合だろうけど、見誤ったな。

 ここなら、僕は自由に振る舞える。

 これならお坊ちゃまルーヘンのほうがまだ、幾らか脅威だった」


 支配――被支配。

 この構造が逆転することは、あるだろう。

 そしてそれは、支配者の破滅を意味する。

 支配者は、力を失えば手痛いしっぺ返しを食らうものだ。怒り、そしてそこにカタルシスが上乗せされ、暴走する。

 たとえ、今まで関わりのなかった者からでさえ、攻撃を受ける。次なる支配者となるために、ある者は手のひらを返し、またある者は復讐と称し、徹底的に攻撃する。

 それがただ繰り返すだけだ。


 けれど逆転は、力の差が歴然であるほど、種に隔たりがあるほど、起こり得ない。


「あと、もう一つ」


 命じる。

 瞬間、背後で固まっていた兵士が、唐突に『爆ぜた』。

 骨格筋の筋繊維を、普段はあり得ない百パーセント稼働させ、同時に血管平滑筋の異常収縮による血管収縮効果、および心筋の異常収縮による心拍出量の爆発的な増幅、局所における血液凝固系の異常活性による血栓形成などなど、通常起こり得ない生理反応を強制し、肉体の数か所に急激な血流増およびうっ滞を引き起こし、実現した。

 誰一人動かない中、空気だけが変わるのを感じる。


「僕は甘ちゃんだけど、別に殺しに対して忌避感とかはないんだ。ルーヘンのときとかいろいろと見逃してたのは、周りの目があったから。

 だから、殺されない、とか思ってるんだったら、今すぐ訂正したほうがいい。

 なんだって、あるんだ」


 さらに命令――周囲にあった三桁にも上る生命が爆ぜ、一度に消えるのを感じた。 

 ゲイルの目は、動かないままに『僕』を『とらえていた』

 口だけを自由にしてやると、震えながら、かろうじてゲイルは、


「ばっ化け物が……」


 とつぶやいた。

 的確な表現だと思った。僕の力は、果たして単なる理不尽な才能なのだろうか。人間の範疇にいるのだろうか。


 命令し、ゲイルを含む生き残りの八人のうち、マルコの後ろに立つ兵士らを、ゲイルの目の前に移動させた。

 兵士らに、表情だけは自由にしてもよいと、許可した。


「今からいくつか質問する。僕にとって納得のいく答えがなければ、目の前にいるそいつらが凄惨なことになるから、よく注意して口を開け」

 

 質問に意味はない。

 やろうと思えば、強制的に白状させることもできた。

 これはちょっとしたお遊びでしかない。

 ただの憂さ晴らしでしかない。みんながひどい目にあったから、その仕返し……というわけでもない。そんな高尚な感情じゃなかった。

 

 まるで、小学生のころ、弱虫となじられた時のような、そんな低俗な怒り。

 なぜ、こんなにイラついているんだ?


 質問までのわずかな間に、ゲイルから反抗的な声が上がった。


「だ、誰がてめぇなんかの……!!」

「おごぉぉぃぉお」


 瞬間、兵士らは自分の指先から上腕までを口の中に突っ込み、消化器官を引きずり出した。

 あらゆる生体反射を抑え、百パーセント稼働させた骨格筋による異常なバカ力によって、兵士らは自らの命を、ゲイルの印象に残りやすい形で、引きずり出したのだ。

 引きずり出す際に持ちやすいよう、食道に大穴をあけたため、大出血を起こしていた。 

 しかし臓物は、いまだ活動を続けている。


 まだ、兵士たちは生きている。


「質問だ。この件の首謀者は誰だ?」

「……」


 回答がない、二秒。

 兵士たちは、自ら引きずり出した臓物を自ら踏みつぶし、頽れた。


「――!!!!」

「もう一度聞く。首謀者はアドラー伯、だな?」


 次の組を移動させ、質問を繰り返す。 

 こちらからは見えないが、兵士たちの恐怖は、表情に強く表れて、ゲイルを凝視しているだろう。


「……あぁ」 

「次。協力者はベーゼ伯のほかに、誰がいる」

「っ!!」


 回答がない。

 今度は兵士たちの四肢が爆ぜ、達磨のように地面に転げた。


「早く答えろ」 

「……」 

   

 回答がない。

 兵士の胴体が弾け、次の組を呼びだす。

 ゲイルの表情が変わった。

 青い顔をしていながら、諦めたように、けれどどこか僕を蔑むように、ニタニタと笑みを浮かべている。

 ゲイルの中で、決着がついたのだと分かった。


「答えは?」

「死ね、化け物が」


 どうやら答える気はないようだった。

 瞬時に兵を爆破し、ゲイルへと歩み寄る。

 数百人いた兵士は消え、残るは人質とそれを救護する者、そして僕とゲイルだけになった。

 

「最後はお前だ。で、答えは?」

「くはははっ」 


 ゲイルは、吠えるように笑った。

 恐怖がないわけじゃないだろう。ただ、僕への憎しみが上回っているんだ。

 大したモノだと思った。これほどの憎悪は、特異だ。

 死に対する恐怖は、動物である以上すべてに勝るはずだ。それを上回れる感情は、なんであれ、動物を超えたモノ、つまりは人間そのものなんじゃないだろうか。

 とすれば、こいつは肉食獣でもなんでもなく、真に人間なのでは?

 ……。

 ゲイルの右腕が弾ける。

 ゲイルはうめき声一つ上げない。


「答えは?」

「死ね、化け物め」


 左腕、そして両足が弾ける。

 胴体だけになったゲイルは、さすがに息を切らしているが、同時に嘲笑を浮かべていた。

 僕じゃなく、自分を嘲っていた。


「答えは?」


 ゲイルは、精一杯僕を目で呪っている。


「……一つ、間違いがあった。てめぇは人間じゃねぇ。比喩でもなんでもなく、化け物だ。根本から違う。俺はどうやら、とんだ無駄をしてきたらしい」

「答える気は、ないんだな?」

「あぁ」


 ゲイルは満足そうに笑う。

 命令した。

 ゲイルは、機械のようにしゃべり始めた。


「協力者はベーゼ伯、それからこの国の王だ」


 まったくの無表情の中、ゲイルの目は確かに揺れていた。


「アドラー伯の居場所は?」

「途中まで俺たちとともに移動して、今は王都へ向かっている」

「ベーゼ伯は?」

「ハンデルだ」

「それぞれの目的は?」

「アドラー伯は王へ取り入ろうとしている。

 王たちは王国の利益のため、そして北方前線の戦況打開のためにドラゴンの素材を独占しようとしている。

 ベーゼ伯はお前への制裁と、アドラー伯のおこぼれを得るため」


 なるほど、状況は何となく把握した。

 

「じゃあ次だ。今、僕が魔法を使えないのは?」

「魔力の流れを乱す効果がある、毒入りの湯を浴びたからだ」

「解除するには?」

「数日経てば、成分は完全に抜ける。あるいは薬がある。作り方は知らない」


 なるほど、薬があるのか。

 辞典を開いてみると確かにあったので、<薬物調合>と<錬薬術>のスキルを五まで一気に上昇させ、今まで集めてきた材料から即席で薬つくり上げ、服薬した。

 スキルのおかげか、効き目はすぐに表れ、ピクシーをティターニアヘ進化させてリュカ姉たちの治療を任せた。


 そして、生き残りを処理した。




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