表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第四章 恨みを抱く少女
72/80

いじめ 四

 湯あたりは酷くなると、存外に長引くらしい。

 なんでも、湯あたりは熱いお湯に心臓がびっくりして強い負担がかかる事によって起こる、立派な病気なのだ。

 つまり、僕のように繊細な、ガラスハートの持ち主にはダメージがでかい。


 吐き気を忘れるため、お医者さん顔負けの理論を打ち立てながら、必死に現実逃避している。

 湯あたり用の薬なんてものは、あいにく持ってなかった。一応、作り溜めしておいた在庫から酔い止めの薬を服薬してはいたが、あまり効果はなかったみたいだ。

 う、マジで気持ち悪い……。


 今朝僕は、リタさんに起こされて朝食を食べつつ予定を聞き、伯爵達と合流して商業都市を後にした。

 伯爵と僕がそれぞれ別のトカゲ馬車に、ほかの兵士たちはトカゲに乗って移動している。

 ドラゴンはとても運べるような大きさではないため、鱗の一部、角、爪、肝など、価値の高い部位のみ解体し、それぞれ魔法の巾着袋に入れられていた。

 

 いやぁしかし、馬車ってすっっごく……


「き、気持ち悪い……」


 上ってきたモノを無理やり飲み込み、下を向いて静止する。隣に座るリタさんが背中をさすってくれていなければ、とっくの昔にリバースしていただろう。

 これ、ほんとに乗り心地悪いんだな。いや、慣れてる人にとってはそうでもないんだろうけど、自動車に乗り慣れた絶賛湯あたり中の現代もやしっ子にとってはキツすぎる。


 すでに移動を始めてから三時間経つ。

 今日は曇り。

 くそっ、湯あたりさえなければ、僕もトカゲに乗って気持ちよくとばしていたというのに。

 あまり晴れすぎていても眩しいだけなので、むしろ曇りのほうがトカゲ日和なのだ。


 ちなみに、ドラゴンの召喚は止められてしまった。

 なんでも、王都の周りは警備が厳重で、ドラゴン発見となれば無用の混乱を引き起こすそうだ。

 ただでさえ魔物の大量発生にドラゴン来襲による一大都市の壊滅が起きている。きっと相当過敏になっているんだろう。

 これからは注意しないとな。


「うぅ……」

「大丈夫ですか? 横になられますか?」


 呻くと、僕の背中をリタさんが勢いよくさすり、心配そうに尋ねてくれる。


「申し訳ないけど、そうさせてください」


 横になれば少しはよくなるだろうか。

 リタさんがずれることで場所を空けてくれ、僕は体を倒した。


「私の膝をお使いください」

「えっ、いやそれは……」


 いいのか? いや、病気にかこつけてそんなこと……。


「私の仕事は、オーワ様のお世話です。出来る限りあなた様に尽くすことを命じられておりますので」


 無表情だけど、若干優し気な声色で、そんなことを言う。

 女神かこの人!?

 でも、その優しさにつけ込むのは……。


 


 ……………………。


「お加減はどうですか?」

「気もちい……だいぶ楽になりました」

「それはよかったです」


 誘惑には抗えませんでした。

 あったかくてほどよく張りがあり、その上いい匂いがする膝の上はまさに天国。広大な砂漠の中に見つけたオアシスだ。

 膝を差し出しながら背中をさすってくれるリタさんのおかげで、幾分持ち直している。


 しっかし危なかった。危うく気持ちいいなんて言いそうになった。もしそんなこと言えば、後でメイ友(メイド友達)に愚痴られてしまう。

 女子の連絡網を甘くみてはならない。一日あれば拡散終了、周囲すべての女子の周知するところとなる。


 ちらと、リタさんの顔を見る。

 相変わらずの無表情だ。こう言っちゃあれだけど、まるでロボットに見える。

 今も嫌なことしてるだろうに、全く顔に出ていない。

 余裕が出てきたからか、不意に気になった。


「嫌じゃないんですか?」

「はい?」

「いや、今もそうですし、昨日の風呂でも……」


 あの感じだと、性奴隷と大して変わらないようなこともやらされてるはずだ。

 リタさんは、まるで何を言われてるかわからないといった顔をしている。


「何が嫌なのか、理解しかねます。私の仕事は、ご主人様に仕えること。ご主人様の言いつけに、最善を尽くすことです。その対価として、私は十分なものを得ています。不満など――」


 顔色一つ変えずに淡々と応じてくる――


 ――急に馬車が止まった。


「なんだ――?」


 声を発した瞬間見えたのは、リタさんの困惑した表情。

 視界がはじけ飛んだ。

 

 


「……っ!!」


 気が付くと地面の上に叩きつけられた。

 相当な勢いだったらしく、息が詰まる。


「――――かはぁっ」


 ようやく息を吸い込むと、体中あちこちがヒリヒリと痛んだ。

 どうやらあちこち、火傷しているらしい。


 くそっ、何がどうなってるんだ。

 痛みをこらえ、かろうじて体を起こすと、車輪だけ残して無残に吹き飛ばされた馬車の残骸が目に入ってくる。まるで、大砲でもぶち込まれたみたいだ。


「うぅ……」


 すぐ脇でかすかなうめき声が聞こえた。 

 それは、至る所の皮膚が焼け爛れ、ぐったりと横たわるリタさんのものだった。


「リタさんっ!?」


 慌てて叫ぶも、返事が無い。

 そんな余裕あるわけがない。

 最高クラスの防具を着込んだ僕でさえ、これだけのダメージを負っているんだ。ただの服しか着ていないリタさんは、いったいどれほどの―――?

 これは、瀕死の重傷だと、素人目にもわかった。

  

「今治療します!」


 反射的に治癒魔法を発動する。

 数秒。

 しかし、発動する気配が感じられない。

 

「っ!? なんで!?」

「動くな!!」


 怒声が響いた。

 顔を上げると、硝煙が晴れた先に、整然と配列された部隊があった。

 その中から感じたのは、刺すような視線だ。

 僕は反射的に、視線をたどった。


「――!!」


 みんな!!

 捕虜と兵士。

 悪夢のような光景があった。

 部隊の前に、それらは二列に並んでいた。

 広めの間隔を取り、捕虜の四人は体を縛られ、膝をつき、その後ろにそれぞれ二人ずつ兵士が配置されている。

 拘束された四人は、意識を失っているようで、まるで動かない。

 マルコとカリファ、そしてリュカ姉は、数日前の傷がまだ癒えていないらしく、あちこちに傷の跡が見える。ワユンに傷はない様だが、同様に膝をついて頭を垂れていた。

 列の後ろには、部隊が配列されていた。遠巻きに、僕たちを囲むように移動している。


 中心から発せられていた殺気が、膨れ上がるのを感じた。

 視線が、交差した。


「――!?」


 息をのんだ。

 忘れていた、最も見たくない顔の一つ。 

 目の前に『置かれた』ワユンの頭に左の手のひらを乗せ、厳めしいひげ面が、にやりと歪む。

 意識のないワユンが、かすかに呻く。


「久しぶりだな、ガキ」


 一声で、完全に僕の焦点が固定された。

 声が出なかった。

 男は、目で殺気を放ちながら、笑っている。

 僕はただ、見ている。

 つい最近あった光景が、より悪性度を増し、再び現れていた。


 声は、異世界にきて最初に聞いたもの、もっとも印象に残っているものだった。

 世界に来た直後、僕を捕えた盗賊団の頭、ゲイルだ。

 忘れもしない、悪夢として繰り返し見た、歯をむき出しにするような獰猛な笑み。笑顔の中で唯一笑っていない、ハイエナのような目。

 肉食獣――あの時感じたイメージが、鮮明に浮かぶ。

 心が凍りついていくようだった。

 手足が痺れ、心臓が警鐘を鳴らすように拍動する。


 でも、なんでだ? 

 数舜前の不吉なイメージを追い出すように、疑問が浮かんだ。

 やつの部下たちは、盗賊団はリュカ姉とエーミールが壊滅させたはず。

 じゃあ、この大部隊は、なんだ?

 ゲイルはこちらの疑問を見透かしたように続ける。


「そうだ。俺たちは一度壊滅した。俺はあの日、すべてを失った。……地獄だった、地獄だったぜ、それからのはよぉ。

 アジトは抑えられていた。行く当てもなく、傷を癒す場所もねぇ。夜にはあいつらの声が聞こえてきやがる」


 喜悦に口を歪ませたまま、しかし目には異様な光、憎悪を灯らせたまま語る奴の姿は、狂気をそのまま表しているようだ。


「何度も死を覚悟した……が、死ねなかった。

 そして気づいた、気づいちまったのさ……あぁそうか、これは義務なんだとな。てめぇに復讐しないと、死んでも死にきれねぇんだ。あいつらの無念は、俺が果たさねぇとな。

 それからの俺は、覚醒した。プライドも何もかなぐり捨て、貴族どもにしっぽ振って、いくつもザコ仕事をこなして、ようやくここまで来た」


 ゲイルがワユンの頭から手を放し、両手を広げた。


「見ろ。今や俺は、大貴族様お抱えの騎士だ! すべてを犠牲に、これだけのちからを得た……果たすためにだ」


 貴族お抱え?

 これは、アドラー伯の差し金ということか? じゃあこの大部隊は、アドラー伯の?

 でも、おかしいだろ?

 元盗賊が、それも大した力も持たない盗賊の頭ごときが、この国でも有数の貴族に取り入ったなんて、あり得るか?

 手を下ろし、再びワユンの頭を押さえつけたゲイルは、続ける。


「納得できねぇって面だな。あぁぁ、イラつくぜ。てめぇみたいのが、才能だかわけのわからん物だけで、ぬくぬく生きている。大した困難も、苦痛も知らねえガキが、倍も生き、必死で生きたあいつらを踏み台にしてな……それだけで、俺は死ぬ気になれた」


 大した苦痛も知らない? 

 混乱で停止していた脳が動き出す。


「お前が、僕の何を知っているんだ? お前らを踏み台にしなければ、僕が踏み台になっていただろ? どう違うんだ?」

「違うねぇ!!」


 目が合う。ゲイルの目は、興奮で瞳孔が開いていた。


「何を知っているかだと? わかるさ、てめぇは大して苦しんじゃいねぇ」

「何を根拠に――」


 突如、弾けるようにゲイルは笑った。


「くはははははっ!! 根拠だと? これが、こいつらが根拠だ!! 

 失う怖さを知らねぇから、覚悟がないからこの状況だ!! あれば、敵陣で味方の安否を確認しないなどあり得ねぇ、敵の奴隷とともに一つ車になど乗らねぇ、こうして俺に悠々、会話なんてさせねぇ。

 常に失うものと、代わりに守れるものを意識するもんだ。誰を犠牲に誰を確保するかすぐに見極め、一番のタイミングで飛び出すだろう。

 少なくとも、惚けたりはしねぇ。一瞬が破滅に繋がることを知ってればな。

 それに、だ。

 本物を知ってるやつからすれば、ゼロからここまでのし上がるくらい、何でもないんだぜ? なぜなら、何でもアリだからだ。何でも、あり得るんだよ。

 理解できねえのは、本物の苦痛を知らねえからだ。

 さて」


 ゲイルがナイフを取り出すと、周りも取り出した。

 そして一糸乱れぬ統率でもって、人質の首にそれを突き付け、同時に、いつの間にか移動を終え、完全に僕とゲイルたちを囲んだ部隊が、その円を縮める。


「さて、そんな坊ちゃんに、俺たちが教えてやろうじゃないか。

 まずは優先順位をつけないとな」


 ゲイルたちの右手に握られたナイフの、鋭利な切っ先が、ワユンたちの白い首にわずかにめり込むのを見た。


「やめろ!!」

「動くな!!」


 駆けだそうとした瞬間、ゲイルの大声で、制される。

 僕を囲む部隊の円が縮まり、僕の首にもいつの間にか槍が添えられていた。

 ゲイルが粘着いた笑みを浮かべた。


「どうやらこの嬢ちゃんが一番らしいな。次いで巨乳、金髪、最後に野郎か。まぁ、想像通りだ」

「!?」

  

 僕が息をのむと、ゲイルは再び笑う。


「くはははっ!! 目の動きを見れば、そんぐらい分かるんだよ!! ……本当にイラつくぜ、こんなのが、俺たちをツブしたとか考えるとなぁ……」

 

 ゲイルの、ナイフを持つ手に、力が入った。

 見えないはずの微妙な動きを、たしかに感じた。   

 斬られる!!


「やめっ!!」

「いいぜ、いいぜその顔!! もっと叫べ、喚け!! そうすれば、もしかしたら生かしてもらえるかもしれねぇぞ!?」

「頼む!! やめてくれ!!」


 僕は間髪入れず叫び、頭を垂れた。

 

 どうする!? 考えろ!!

 何とか落ち着かせ、考えようとするが、思考が空回りしていく。

 落ち着け!! 一つずつ確実に、素早く考えろ!!

 

 こいつらは一体? 

 アドラー伯の手のモノだ。こいつは、アドラー伯が僕をどうにかしようとしていると聞き、何らかの手を使って取り入ったんだ。あるいはもともと取り入っていて、この時とばかりに名乗りを上げたのか。

 それからこのやり方は、ルーヘンの時と同じだ。ルーヘンと奴隷商の口は完全に封じているはずだから、ベーゼ伯が協力関係にあるのか?

 

 なら、目的は?

 アドラー伯の目的は、おそらくドラゴン討伐の手柄の横取り。あわよくば僕を従えること。

 ゲイルの目的は、僕を苦しめることだ。


 つまり、この場にアドラー伯がいないとなると、どう転んでもワユンたちは殺されてしまうだろう。

 二つの目的の妥協点は、僕の仲間の全滅と、僕の苦痛、あるいは死にある。


 何か手は!? なぜ魔法が使えない!?

 体調が悪いこと――昨日の温泉と、何か関係があるのか。あるいは、気絶している間に、何かされたか。


 使える手は何か――。


「気持ちがこもってねぇなぁ……まさか、殺しはしねぇとか、思ってんじゃねぇだろうな」

「――!!!!」


 宣告が降ってきた。

 大気が熱を失ったようだった。

 僕は即座に顔を上げた。

 ゲイルの顔が、頃合いだと言わんばかりに、いよいよ喜色に染まる。


「才能なんてのは、楽できるためのものでしかねぇんだよ。所詮は同じ『人間』だ……やりようですぐに逆転する。

 あるんだぜ、やりようは、いくらでも、何でもな。

 自分だけは大丈夫、だとか、自分だけは特別だ、とか……そういうのがムカつくんだよ!!」


 ナイフが天を衝く――曇天の中、それでも銀色のナイフはギラリと光った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ