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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第一章 歪なつながり
7/80

奴隷六

 やわらかいシーツの中にいた。太陽の臭いが、やけに懐かしく思えて――

 あれ、シーツ? もしかしてここは日本!?

 がばあっと音を立てて僕は起き上がった。


「おっ!」


 隣で、元気の良さそうなはつらつとした声がして横を向くと、


「起きたね、しょーねん」


 ――赤髪の女性の顔が、ドアップで目に入ってきた。

 ち、近い。ていうか誰? うわーまつげ長いなー、というかきれいな顔してるなーでもなんか強そうだなーって、


「うわぁあああっ!!」

「お?」


 パニックになって顔を背け、思わずその女の人を手で押しのけてしまった。

 むにゅん。そんな効果音が聞こえてきそうなほどやわっこい感触が、両の手のひらから伝わってくる。温かい……? 惰性で思わず握ってしまう。指が沈み込んだところで、やさしい抵抗を感じた。

 えっ、これなに? もしかしてこれは……。

 恐る恐る、それを見た。僕の両手の指は、やわらかな球体の中に埋まっている。それは白くて薄いタンクトップに包まれているだけの、それはそれは立派な乳でした。

 

「うわああああっ!!」

「おぉっ!?」


 再び絶叫して、あわてて手を離した。


「ごごごごめんなさいっ!! わざとじゃないんですっ!!」


 いやこれホント。ラッキーとか感触確かめてやるぜぐへへとか、そんな気持ち一切わかなかったからマジで。こんなのラブコメだけかと思ってたけど、いざ起きるとほんとに頭真っ白になっちゃうからうれしくないものなんだなーうそですうれしかったです。

 頭の中は高速で回転していた。言い訳ならすぐに思いつくのがいじめられっ子の特技です。いや、僕だけか?


「あっはっはっは! 元気になったみたいだね。三日も寝たきりだったからお姉さんどうしようかと思ったよー、いや、よかったよかった」

「え?」


 ボブカットをさらに短くしたようなショート赤髪の女は快活に笑って、前傾姿勢から直立に戻った。結構背が高いから高低差が激しく、おっぱいがぶるんぶるん揺れて、思わず目が引き寄せられそうになる。いや、そんな興味ないからホント。

 女は胸を寄せるように両手で抱え、ちょっと前傾し、誘うようにウィンクしてきた。


「んー? これが気になるのかい少年?」

「ぶっ!! き、きき気になりませんよそんなものっ!!」


 どうやら手遅れだったらしい。

 女は今にもこぼれ落ちそうな胸から手を離し(またぶるんと揺れる)、むき出しになっている腰のくびれに手を当てて、引き締まったおなかを突き出すように仰け反って笑い声をあげた。


「あははははっ!! いやもーホントかわいいなー君」


 もっとも言われたくない言葉第一位だよそれ。


「……あなた誰なんですか」

「あはは、ごめんごめん、怒らないでよ。私はリュカ。冒険者だよ、よろしく」


 僕が不機嫌を隠さずに言うと、リュカさんは目じりを左手で拭いながら、右手を差し出してきた。


「煌輪です。こちらこそよろしく」


 握り返すと、その手からは細いのに力強さを感じた。 


「でさ、オーワ君のこと詳しく聞かせてくれる? なんでゲイル――盗賊たちとどんぱちやってたのかとかさ」

「あぁっ!!」

「うわっ!」


 そうだ、なんで僕はこんなところに? 


「ヨナは!? 盗賊はどうなったんです!? なんで僕はここに!?」

「お、落ち着いて落ち着いて」

「ヨナは……」

「銀髪の子なら隣の部屋で寝てるよ。私の知り合いが看てる。治癒魔法使えるから安心しな」


 寝てる……治癒魔法……よかった、生きてるみたいだ。


「よかった……」

「でも、応急処置だから油断はできないよ。あれは相当強力な呪いだから、解除には相応の光魔法が使えないと……」


 一転して、リュカさんは深刻な表情になる。ショートヘアーに包まれた美しい顔に、刃のような鋭さが仄見えた。


「えっ!? じゃあヨナはまだ……」

「あ、でも命に別状はないみたいだから大丈夫! なんかいろいろな合併症が起きてたみたいだけど、それは治ったから。呪いも、強力とはいえ、直接死に繋がるようなものじゃないらしいし」


 そうか……あれは呪いとは別の病気だったのか。まぁとりあえずはよかった。

 ほっとして、あははと気を遣うように笑うリュカさんを見る。


 白のタンクトップに、ぴちぴちのデニムホットパンツ。ちっちゃすぎて、いろいろヤバいことになってる。しかも薄いしへそ丸出しだしちょっと動いただけで見えそうだし……ってそうじゃない。

 どうやら、この人が助けてくれたようだ。僕たちをここまで運んでくれて、しかもヨナの病気を治してくれてその上看病まで……。

 正座した。


「リュカさん、いろいろよくしてくださり、ありがとうございました」


 そして頭を下げた。今までなんどもやってきた土下座だけど、こんなふうに心を込めたのは初めてだった。


「いやいやいいよそんなの、頭上げな?」


 慌てたように言ってくる。でも、まだ頭は上げられない。

  

「申し訳ないんですが、僕は文無しです。だから今は返せませんが、このご恩はいつか必ずお返しします」

「あぁ、そのことなんだけど、オーワ君は文無しじゃないよ?」

「え?」


 言われたことがよくわからなくて、思わず顔を上げた。リュカさんは巾着袋を取り出して、僕の前に置いた。


「実はさ、お姉さんたち盗賊団の討伐を依頼されてたんだ。まぁゲイルは逃がしちゃったけど、君がほとんど壊滅させてくれたからね。んで、これがその報酬の分け前ってわけ」

「報酬……」


 袋を開けると、中には一掴み程度の銀貨と銅貨が入っていた。


「占めて六千八百G! これで君もちょっとした小金モチだ!」

「で、でも僕が受けた依頼じゃ……それに僕たちのせいでゲイルを逃がしちゃったんでしょう?」


 親指立てて弾むように言ってくるリュカさんは少し役者じみていて、軽く遠慮してしまう。


「いいんだよ。君のおかげでサクサク依頼が済んだし、どうせゲイルはもうおしまいだろうしね」


 なんでもないというふうに手を振って、言葉をほうってくる。


「じゃあ、お礼は……」

「いいよ、そんなの」

「でもっ……」

「それよりもあの子の呪いを解く方が先だろう?」


 いいように話題を逸らされたとわかったけど、その言葉には食いつかずにいられなかった。


「解けるんですか?」

「もちろん。この町に教会があるだろう?」

「……すみません、この町初めてなもので……」


 正直、ここが町の中だということも初めて知った。

 リュカさんはちょっと驚いたふうに、赤い瞳の目をさらに大きく開く。


「あぁそうなの? まいいや、この町には教会があるんだけどさ、そこの神父さんは高レベルの光魔法を使えるらしいんだ」

「じゃあっ今すぐにでも……」

「でもお金がかかるんだよ。すっごく」

「え?」


 教会なのに? 迷える子羊からお金をせびろうってか?


「それは、どれくらい……?」

「……たぶんあのレベルの呪いだと、十万Gはくだらないと思う」


 少しためらって、真面目な口調でリュカさんは宣告してきた。

 十万……多いのだろうけど、それがどの程度多いのかいまいちわからない。


「十万……て、どれくらいですか?」

「へ? まさか君、お金のこともわからないの?」

「……はい。正直なところ、たぶんなにもわからないです」


 隠しても無駄だろうし、この人には打ち明けても大丈夫だろうと、正直に言った。

 すると何を思ったかリュカさんは顎に手を当て、なにか考えた後に悲しそうな顔をする。


「そうか……その服、まさかとは思ったけど……」


 言いながら前傾姿勢になり、僕の頭に手を伸ばしてきた。

 何をするつもりだ? と身構えていたら頭を引っ張られて、

 

「え?」


 気が付いたら、胸に顔をうずめていた。いや、頭を抱かれているのか? 

 なんか不思議な感触だ。やわらかいんだけど不思議な弾力があって、いい匂いがして、温かくて……。じゃなくて、え? どういうことこれ? 


「あの……」

「大変だったろう……よく、逃げてこれた……」


 声が震えていた。

 泣いている? なんで?


「どうして……」

「……」


 片手が外れた。涙をぬぐっているのだろうか。

 少しそのまま抱かれていて、僕の頭は解放された。


「ごめんごめん、今のは忘れて」


 さっき起きたことが嘘のように、快活に言った。


「はぁ……」

「十万Gって言ったら、初級の冒険者が必死こいて三か月働けばなんとか稼げるかもってくらいかな?」


 露骨に話題を逸らされたが、何も言わなかった。触れられたくないことには触れるべきじゃない。よほどのことが無い限りは。

 それよりも、三か月って……。


「そんなに……」


 リーマンの初任給がたぶん二十万ぐらいだから、十万G=六十万円弱って考えればいいのか? いや、初級冒険者の基準がわからん。

 とにかく、めちゃくちゃ金がかかるということだけは分かった。つーか教会、ふざけんなよマジで。


「まぁそれはおいおい考えよう。それよりも、ヨナちゃんだったっけ、あの子に会いたいだろう? 動ける?」

「あっはい、平気です」


 僕はベッドから這い出し、よろよろと立ち上がった。



 隣の部屋も先ほどの部屋と同様に、ベッド以外にほとんど物が置いていないような殺風景な部屋だった。けれど窓から入ってくる西日のせいか、優しい雰囲気がする。

 リュカさんの話によると安い宿らしいが、木造の建物独特の臭いと言うか、なんかそういうのが心地よい。

 いい宿だ。

 ちなみに宿代は払ってくれたらしい。


 なんでここまでよくしてくれるのだろうか? 何か裏があるのでは? 

 そんなことを考えてしまうが、それは命の恩人に対してあまりにも失礼というものだろう。


 ベッドには、安らかに寝息を立てるヨナの姿があった。

 隣では、いかにも寡黙そうな紺色の髪の青年が座って、長大な銀色の槍を磨いている。


「やーやー、エーミール。その子の様子はどう?」


 リュカさんは男に近づいて、陽気に小さく声をかけた。


「……変わりない」

「そっかそっか、それはよかった」

「あぁ」


 男は顔を上げ、眉一つ動かさず答えた。

 目つきが鋭くて、なんか怖そうな人だな。なんて思っていたら、男が機械のように無表情のままこちらを向いてきた。


「……」

「ど、どうも……」

「……大事、ないか?」

「はい、もう平気みたいです」

「そうか」

「……」 

「……」


 うぅぅ、息が詰まる……限界だ。

 見かねたのか、リュカさんが口出ししてきた。


「あぁ、そっか、言うの忘れてた。オーワ君の体も彼が治したんだよ」

「えっそうなんですか?」

「……」


 肯定も否定もしてくれない。でも、まぁそうなんだろうな。


「僕の名前は煌輪です。エーミールさん、助けて下さり、ありがとうございました。おかげさまで、すっかりよくなりました」

「そうか」


 無愛想の極地だと思った。でも、不思議と嫌な感じはしない。きっと、この人はこれが素なんだろうな、たぶん。


「それで、ヨナは……?」

「……今は、寝ている」


 いや、わかるけど。

 ごく自然に、リュカさんが補足するように口を開けた。


「ヨナちゃんの意識は昨日戻ってね、それからは安定してる。まぁほとんど寝たきりだけどさ、少しは物も食べられるようになったし、ほんのちょっと話もしてくれた」


 リュカさんがちょっといたずらっぽい目で見てくる。


「いやぁ青春だねぇ~」

「……何が言いたいんですか?」

「別にぃ~」


 くそ、からかいやがって。けれど不思議と嫌な感じはしない。もしかしたら僕はMなのかもしれないな。いややっぱそれは無い。


 そんなやりとりを小声でしていると、


「ん」


 ヨナの口から、ほんの少し声が漏れた。


「ヨナっ?」 

「……オーワ、さん……?」


 顔がこちらを向いた。そしていつも通り髪の毛で顔を隠す。

 僕がベッドによろうとすると、自然にエーミールさんは椅子から立ち上がり、席を譲ってくれた。そして僕が席に着くと、興味津々そうなリュカさんを引きずるようにして、部屋から出て行ってくれる。


 エーミールさんに感謝して、僕はヨナに話しかけた。


「大丈夫? 苦しいところとかない?」

「……なんで……」


 久しぶりに聞いたヨナの声は、以前より震えていた。


「え?」

「なんで……わたしを置いて行かなかったのですか? ……わたしがいなかったら、もっと簡単に出られたはずです」


 それは初めて聞く、ヨナの怒った声だった。


「わたしは、死ぬ覚悟があったんです。……最後に、オーワさんに会えて……受け入れてもらえた気がして……あんな獄中でも、幸せだった。……醜くて、なんの役にも立てないわたしには……十分すぎるほどでした……」


 しどろもどろな告白だ。けど、口をはさむべきではないと、僕でさえわかった。


「……生きるのは……辛いです……地獄があるとしたら、わたしにとっては生こそが、それです。……あの幸せの中で死ねたら、どんなによかったか……」


 きっと、それは本音なんだろう。

 なぜ、男の奴隷の中で、一人だけ女がいたか。女の奴隷はそれ専用の檻があるにも関わらず。それを考えれば、この子の過去がいかに壮絶だったのか、その断片を窺い知ることが出来る。


「オーワさんの背中で、何度死のうと思ったか。……あなたに、わたしを受け入れてくれた、たった一人の人に迷惑をかけることが……どれだけ辛かったか。……あんなに辛いことは、ないです……」


 鼻をすする音が、普通とは違った。それすらも、彼女の苦しみを表しているように思えた。


「殺してください」

「――っ」


 放たれた声はごく平坦で、しかし言葉は恐ろしく尖っていた。息を呑む僕の返答を待たずして、ヨナは言葉をつなげる。


「オーワさんはきっと、これからも、わたしのことを気にかけてくれるでしょう。……わたしは、その度に辛い思いをします……その果てには、オーワさんの苦しみが……そして、わたしがあなたに見捨てられる結果しか、ありません……」

「……」


 言うべき言葉が見つからない。とても小さな少女の言葉とは思えなかった。


「地獄です……ならせめて、まだ幸せを感じられる今……オーワさんの手で、殺してください……」


 それは心からの懇願だった。けれど――

 ――それは、できない。

 できないと思った。

 思えば、彼女と僕の関係は、ひどく歪なものだった。僕は彼女に優しくされることで、彼女は僕に優しくすることで、互いに自分の傷を癒していた。

 共依存だ。

 たぶん、普通の仲間っていうのは、依存なんかないんだろう。


 でも、それしかなかった。必然だったと思う。

 程度の差はもちろんある。しかしお互いに、心をはぐくみ損ねている。

 僕には交友関係がなかった。彼女にも何かが無かったんだろう。だから、依存するしかなかった。

 そして彼女は、あの獄中から抜け出せた代わりに、依存する場が消失したのだと理解している。

 これからは、僕に優しくすることはできない。いや、優しくしても、それ以上に優しくされてしまう。

 だから彼女は、傷を広げていくしかない。それは紛れもなく、地獄なのだろう。


 だけど僕はまだ、彼女に依存していたかった。だからこれから言うことは、百パーセント自己中な言葉になる。

 知っていて、僕は言うんだ。


 身を乗り出すと、ヨナの体が硬直するのがわかった。けれど僕は、彼女へと腕を伸ばして、


「……っっ!?」


 その小さな頭を、そっと胸に抱いた。そしてできる限り慎重になでつける。

 考えうる限りの、やさしい接し方だった。

 それが彼女を苦しめると知っていながら、そうした。

 銀色の髪は、信じられないくらいに滑らかで、いい匂いがした。


「たった一つだけ、頼みごとがあるんだ……」

「……」

「……生きて、ください」


 彼女の体が、びくりと震える。 


「……嫌、です……」

「……君のためじゃない。……君が苦しもうと、知ったことじゃないんだ……僕のために、生きて」


 震えが伝わってきた。

 彼女は何も言わない。僕も、何も言わなかった。

 あとには、沈黙が残った。


 つくづく、ひどい男だと思う。

『いじめは死ね』が信条なのに、僕は今、まぎれもなく彼女をいじめているんだ。殺されても、文句は言えないな。

 沈黙の中、小さな頭を撫でながら、死を覚悟した。


 しばらくそうしていて、やがて口を開いたのは、ヨナだった。


「……オーワさんは、ひどい人ですね」


 何かをあきらめたような声だ。


「あぁ、そうだよ。僕は最低だ」

「……見捨てる前には、殺してくれますか?」

「うん、約束する。それがせめてもの償いだ」


 ヨナは、僕の胸の中でふぅっと息を吐いた。


「……なら、もう少しだけ微睡まどろませてください。地獄の中で……」


 やがて彼女は、すぅすぅと寝息を立てはじめた。





読んで下さりありがとうございます。


これで第一章おしまいです。次章からは一転、明るい雰囲気になっていくので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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