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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
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狡猾な冒険者 十

 朝六時。

 ピクシーに頬をぺちぺちと叩かれて起床した僕は、あくびを懸命に噛み殺した。


 眠い。

 ここへ来て疲れがどっと出たようだ。

 肉体的にじゃない。

 もちろん連日の睡眠不足による肉体の疲れもあったが、それ以上に精神がへこたれてきている。


 もうずっと寝てたい、引き籠りたい。

 なんて甘ったれた考えに、押しつぶされそうになっていた。


 思えば、こんなにも多くの人と悪意を持ってやり取りしたのは初めてだ。もう何日もずっと誰かを騙し続けてきて、その裏でばれてるんじゃないか、騙されてるんじゃないかと気を張ってきた。


 緊張の糸が、張り詰めたままさらに引っ張られ続け、今にも千切れそうになっている。

 そんなイメージが湧いた。ここで切れれば、もう持ち直すことはできないだろう。


 なけなしの気力を振り絞り、思い切ってベッドから飛び出して、部屋の外に出た。


 進まなければならない。 

 気持ちを切り替えよう。


 ワユンの調子は、どうだろうか。

 彼女の調子が良くなければ、さすがに連れて行くわけにはいかない。

 まぁ最悪、それでもいい。公然でルーヘンを扱き下ろせる快感を分かち合えないのは残念で仕方ないが、やつをボロボロにして連れてくれば、ここで彼女も憂さ晴らしできるだろう。


 なんて思いながら部屋に入ると、そこには元気そうにストレッチをするワユンの姿があった。

 目が合うと、ワユンはちょっと気まずそうに目を逸らす。きっと、気にしているんだ。


「おはよう。もう体は大丈夫?」

「お、おはようございます。その、おかげでさまで、元気です……」


 少し沈黙。

 意を決したように、ワユンは僕の目を見つめてきた。


「申し訳ございませんでした!!」


 予想通りの展開。今までで一番の勢いで土下座に移行しようとする彼女を、僕は食い止めた。


「いいんだよ。操られてたんだろ?」

「でっ、でも……」


 ぬぅ、ち、力強っ!! 両肩を掴んだ手が、小刻みに震えるのを感じた。

 カッコつけて食い止めたのはいいけど、このままじゃ負けそうだ。なにそれ超ダサい。ってか自分の腕力の無さにマジ凹む。


「げ、元気になってよかった。それが一番だ」

「ご、ご迷惑をおかけして……」 


 さらに力が強まる。

 げ、限界。


「そ、それよりもワユンにお礼言ってほしいな。できれば笑顔で!」

「へ?」


 ワユンはぽかんとして、顔を上げた。

 ようやく解放されほっとしたのもつかの間、至近距離で目が合う。

 ち、近っ!

 慌てて距離をとると、ワユンも仰け反っていた。しかもちょっと上気してる。なに、そんなにびっくりした? したよね。僕もした。


「あ!」

 

 あ?


「ありがとう、ございました……えへへ」


 言って、おずおずと、ワユンははにかんだ。



 どうやらワユンはもうすっかり元気になったようで、彼女の希望もあり、結局連れて行くことにした。

 段取りをワユンに説明し、ハンナさんとヨナを含めた四人で話し合い、調整する。


 不安だったのが、ハンナさんとワユン、二人共を連れて行かなくちゃならないことだった。ハンナさんには証人になってもらわなければならない。

 するとヨナを一人、残していくことになる。

 ハンナさんが言うには、ここは絶対安全らしいのだが、またあんなことになったらと思うと、どうしても不安に駆られる。


「心配ご無用ですよ? ここ、安全みたいですから」


 ハンナさんのよくわからない力のおかげで大丈夫。なんて信用できるはずないのに、ヨナは何も心配してないふうだった。むしろ僕たちを心配する始末。


 結局、念のためウィルムを見張りに立てて、僕たちは隠れ家を後にした。



 朝八時。

 穴倉前に町の代表三人と奴隷商が揃ったのを確認し、説明もおざなりに町を出た。


 ワイバーンなら、七人乗りで片道一時間ちょっと。

 その間に、全員へ説明をしていく。


「素晴らしい作戦だね!! 私のすべきことはよくわかった。全力でサポートしようじゃないか!! なぁに、任せておきなさい。これでも演説は得意なんだ!!」


 妙にやる気満々な町長は、今日も超舌好調。ちょうちょう、ちょうちょう、うるさい。なに、菜の葉にとまるの? それとも桜?


「よ、よろしくお願いします」


 引き攣らないよう注意しつつ、愛想笑い。


「私も、承知しました。それで、その、約束の方は……?」


 警備ギルドのギルド長は、よっぽど今までの悪事を晒されるのが怖いのか、ずっとそればかり言っている。冒険者ギルドの方も、似たり寄ったりだ。

 いやまぁ、普通そうなんだろうけどね。

 昨日の茶番であそこまで人を信用する町長もどうかと思う。人がいい、と言えば聞こえはいいけど、見方を変えればただのバカだ。


「えぇもちろん。僕としては罪を撤回してもらえればそれで十分なので、協力してさえくれれば、悪いようにはしませんよ」


 好印象を持ってもらえるよう、笑顔は絶やさない。

 その笑みを見て一層震えるやつもいるけど。

 失礼な。奴隷商は礼儀というものをもっとわきまえた方がいい。


「あ、あの……本当にこれで最後で……?」

「えぇ。『勝てれば』、あなたも自由ですよ?」


 本当にしつこいやっちゃな。でもこれくらいでないと、裏ではやっていけないのかもしれないな。



 商業都市<ハンデル>の近くに再び即席の穴倉をノームに造らせて、みんなにはいったん待機してもらうことにした。

 他の都市でがんばってくれてる人たちも、連れてこなければならないからだ。集合時間に合わせて、貿易都市、王都の順に、迎えに行く。


 穴倉には、見張りとして迫力十分のパンサー君を配置し、ハンナさんにも気を付けるよう頼み、ワイバーンに乗って飛び立った。

 ワユンには僕の脇差を渡してあるし、パンサーもいれば大丈夫だろう。

 三人には、外敵はもちろん、そこにいる四人にも注意してもらっている。何より怖いのは、四人が結託して裏切ってくることだ。絶対にそれだけは阻止しなければならない。



 午前十一時半。

 奴隷三人を除く全員を集合させると、ハンナさんに作戦の説明をお願いした。正直、僕がやるより彼女にやってもらった方が、何倍もわかりやすくて説得力がある。

 というか人の前で話とか超苦手だし。


 隣でちょくちょく補足を加えながら 作戦説明を終えると、各自休憩タイムとする。

 

 作戦説明とはいえ、正直元奴隷の十七人は大してやることが無い。ただ見物客を集めたり、その中に混ざってサクラになってもらうだけだ。


 おそらくルーヘンも、ただ無策で飛び込んでは来ないだろう。さすがに僕がここまでやってるとは思わないだろうが、私兵くらいは準備してくるはず。半々くらいの確率で、口論を予想してサクラも用意してるってところか。

 商業都市に潜伏してもらっていた六人の話だと、一応不穏な動きは無いらしいが、常に最悪の状況を想定しておかなければならない。


 証拠はすべてそろえた。証人も。それにルーヘンの評判も落としたし、濡れ衣疑惑も浮上させている。今回はサクラもいる。


 大丈夫、大丈夫。


 言い聞かせていると、白い手が、僕の手に添えられた。

 それがワユンのものだと気が付くのに、時間は要らなかった。


「ワユン?」


 問いかける声が、驚くくらい頼りなくて、自分がかたかたと震えていることに気付く。

 歯の根が合っていない。


「きっと、大丈夫ですよ。オーワさんは無実ですし、何より必死に頑張ってきた。絶対に、伝わるはずです」


 根拠も何もない言葉だ。ワユンは、僕がどれだけ小賢しく汚いことをしてきたか知らない。

 けれど、震えが収まっていくのを感じた。


 怖いに決まってる。

 今まで、人の前に立って演説することなんて、無かったんだから。しかもカンペなんて作っていない。ましてや、疲労で頭がうまく働かないのに加え、練習すらまともにできていないのだ。

 そして何より、今回のこれは、僕だけじゃなく、ヨナとワユンの今後にも関わってくる、絶対に失敗の許されないものだ。

 吐き気すら感じるほどに、怖い。

 

 でも、こうして彼女の手を握っていると、なんとなく大丈夫だと思った。なんて非合理的なんだと、あきれるけど。

 きっと、大丈夫だ。 



 開始一分前。

 十七人のサクラを紛れ込ませた僕は、主要なメンツを連れてワイバーンに乗り、上空から中心街を見下ろしていた。


 人は多い。

 けれど見物客ではない。立ち止まっている人は少ないし、その数少ない人たちの大半も、ルーヘンが私兵を二十人も連れているから、それを見ているだけといったところだ。

 道行く人がいつもより多いのは、何かあるかもしれないから一応通ってはみる。そんな感じだろう。


 でもそれは、予定していた通りだった。ただの噂だけじゃ、仕事中の商人たちの足を引き留めるには至らない。

 

 だから、これから注目を集める。

 仕事を中断してでも見逃せない、あるいは、オーワって冒険者はすごい力を持っている。そう思わせるような、派手なパフォーマンスを披露するのだ。


「みなさん、しっかり掴まっててください」


 さぁ、のろしを上げよう。


「グォオオオッ!!」


 ワイバーンの咆哮が大気を揺らす――そのまま一気に急降下し、途中で方向転換。町に被害が及ばないよう注意しながら炎を撒き散らし、上空に橙色のベールを作り上げた。


 まだだ。

 さらにピクシーがいくつも雷を落とし、アプサラスが気温の上がった空間へ向け大量に噴霧する。細かい水滴のカーテンは炎と日光を複雑に乱反射、屈折させ、キラキラと輝く。


 最後にゆっくりと降下していくと、自然と人が掃け、ワイバーンは堂々と地面へ降りたった。


「「「――――っっ」」」


 一瞬の静寂。

 僕は立ち上がり、お辞儀をした。

 息を吸って、ワユンの手をきゅっと握る。

 ――やるんだ。


「僕の名前はオーワです。今日はわが身に着せられた汚名を灌ぐべく、参上した次第であります。皆様には多大なご迷惑をおかけしたこと、まずは心よりお詫び申し上げます」


 声がどこか遠くに聞こえる。

 完全な静寂の中、不自然なくらい、響いているのを感じた。 

 大丈夫、ちゃんと声は出ている。


「僕は、皆様に証人となってもらいたいと思っております。誠に勝手なことを申していると、重々承知しておりますが、裁判もしてもらえず、身に覚えのない罪で刑に処されるのは、我慢ならないのですっ」


 顔を上げ、愕然とするルーヘンを見据える。

 ようやくここまで来た。

 ――さぁ、覚悟しやがれ。


 



長らくお待たせしました。


皆様のご期待に添えるかどうかはわかりませんが、開幕です。

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