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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
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牙を持つ少女 九

「じゃあ行こうか」

「はい。ちょっとのんびりしすぎたでしょうか」


 外で食べるマフィンは、いつもの二割増しくらいにおいしい。

 遠足のお弁当は美味しい理論だ。

 あんな冷えた冷凍食品ばっかの弁当が、なんでおいしいんだろうな。


 この地域には、季節らしい季節がない。春のようなポカポカとした陽気が、延々続いている。

 おいしいマフィンに気持ちのいい陽気。隣にはかわいい女の子。

 ついついぼんやりと長居してしまうのは、当然と言えた。


「そうだね。でもまぁ、遅い分には困らないだろうし、大丈夫だよ」

「そうですね」


 厳つい装備を着込んだ冒険者たちが忙しなく歩く早朝に比べると、街道は穏やかだ。道を歩くのは主婦か商人くらいで、時間の流れまでも緩やかになっているように感じる。

 隣を歩くワユンも、落ち着いているように見えた。


「落ち着いてる?」

「えぇ。よく考えたら、解放されようとされまいと、今の暮らしに変わりはないかなって」


 えへへ、とはにかむ。

 何を言っているのやら。生殺与奪が他人に握られてるっていうのに。


「変わるよ。他人ひとに気を遣わなくてよくなるし」  


 そう言うと、ワユンはきょとんとした後に、笑った。


「正直初めは、解放してもらえなかったらどうしようって思ってました。けど、オーワさんはそういう人じゃないって、もうわかりましたから」


 その回答は、他人=僕という真意を理解してのものだ。

 うぅむ、普段鈍くさいというか、そんな雰囲気なのに、妙なところは鋭いな。さすがに謝り歴が長いだけのことはある。

 ワユンは常に気を遣っているけど、今の言葉にはそんな雰囲気を感じなかった。

 

 いつもより幾分穏やかな雰囲気のまま、ギルドへ向かう。



「……ん?」


 しかしギルドは、予想に反して混雑しているようだった。

 中から冒険者があふれている始末。 


「な、何かあったんでしょうか?」


 ワユンの目が、不安に揺れる。

 このタイミング、何かあったのなら自分が関係しているのでは?

 ワユンの心の内が、透けて見えた。

 嫌な予感がする。


「大丈夫だよ。それより、中へ入ろう」

「は、はぃ」


 まるで根拠ない、無価値な言葉。

 けれどそれ以外、かけられる言葉がない。

 無駄な言葉は覚えてるのに、なんでこういう時にこんなのしか出てこないんだ。

 内心苛立ちを覚えて、せめてもとワユンの手を取り、雑踏をかき分ける。

 気がついたらそうしていた。


 ギルドの中へ入った。


 ――と、


「――――っっ!!」


 視線を感じた。

 悪意の視線。

 よく知る物だ。

 急に鳴り響いたアラームを無視し、視線を辿る。

 少し進むと、視界が開けた。

 

 ――ヨナ!!


 ルーヘンの隣に、並んで立っている。

 ただそれだけが、悪夢のようだった。


 ヨナは衛兵に拘束されていた。

 ただ立っているだけでも、ヨナは苦痛を感じる。

 本人から聞いたことだ。

 そんな様子はないが、苦しいに違いない。

 猿轡された口からは、一筋、血が流れていた。

 

 ルーヘンの口が、愉悦に歪む。  


「やっと来たな! この薄汚ない犯罪者が!」


 耳にうるさい金切り声が、ギルド内のざわめきをかき消した。

 握っていたワユンの手から、急激に体温が奪われていくのを感じた。


「何を、言っているんだ?」

「とぼけるな! 僕ちんを恐喝し、あまつさえ大切にしていた奴隷を奪ったのは貴様だろう! 調べはついているんだ!」


 怒声を上げる。

 周囲にざわめきが起こった。


『あいつが、そんなことを?』

『でも見ろよ、後ろにいる女の子。きれいになってるけど、あれ、確かに奴隷だぜ?』

『そうだ。俺、誘われたことあるし……』


 ルーヘンの評判は悪い。けれど目の前の光景に、違和感はある。

 冒険者たちの間に疑念が広がるのを感じた。


 見渡すと、冒険者たちは無数の衛兵によって押さえつけられていた。

 衛兵は、ルーヘンの私兵だろう。

 ならば、冒険者たちの中にサクラがいる可能性もある。いや、十中八九いるだろう。

 人は流される生き物だ。

 大勢は傾きつつある。


「待てよ! お前はワユンを手放したって聞いてるぞ! 証人だっている!」

「手放すわけないだろう!? 僕ちんの大切な物だぞ! さぁ、おとなしくお縄につけ!」


 ルーヘンは悲痛に叫ぶ。

 しかし目は、勝利の美酒に酔っていた。

 勝ちを、確信している。


 当初の目的は、ワユンじゃない。

 その目を見て、確信した。

 自分が逃げ出した案件を、Dランク程度の僕が片付けた。

 見方によっては、メンツを潰された形になる。潰れるほどのメンツなど、無いにもかかわらず。

 加えて、僕には煮え湯を飲まされていたから、その仕返しと言うわけだ。


 でも、できることなら回収したいとも思っている。

 さきほどからちらちらと、ワユンのことを見ている。

 しかも、厭らしい目つきで。

 今まで薄汚い野良犬だと思っていたものが、実は美少女だったのだ。

 棚から牡丹餅ってところだろう。


 ちらと、受付を見やる。

 ハンナさんどころか職員の姿が見当たらない。

 監禁されているのか。


 私兵の数は十分。そして今、ギルドの主要な戦力である高ランク冒険者はいない。

 観客の心も、掴みつつある。

 人質も取った。

 ――周到すぎる。

 貴族の本気が伺えた。


 快楽に貪欲。不快なモノは、どんな手を使ってでも排除する。

 世界は、自分たちを中心に回っている。

 領内の各地では、魔物が大量発生してると言うのに、こんなくだらないことに私兵を費やす男だ。

 平然とそう考える生き物なのだろう。


 ルーヘンの手が、わきわきとうごめいた。 

 場は整った。

 あとは獲物を、じわじわとなぶるのみ。

 さぞかし愉快なことだろう。自分をコケにした相手を、心ゆくまでいびり倒すのは。


 ――舐めやがって。


「う、動くな!! こいつがどうなってもいいのか?」


 殺気に反応して、ヨナの首元に指を這わせる。

 ヨナは一切、反応しない。

 口元以外髪の毛に隠れていて、何を考えているのか、僕でさえ読み取ることはできない。


「ヨナは関係ないだろう!! 離せっ!!」

「ハッ! 僕ちんだってこんな気色悪いどブス触りたくもない! でも貴様が卑劣にも薄汚い魔物なんかと手を組むから、仕方なくこうしてるんだ!」

「――っっ!! お前っ!!」

「お、お前だと!? この僕ちんに向かって不敬だろうが!!」


 喚くルーヘンの指が、さらにヨナの首へ沈み込んでいく。

 これ以上興奮させるのは危険だ。

 よもやこの状況で、人質を殺しはしないだろう。そんな常識が、果たして目の前の男に通用するのか。そこまであの男の頭が、回るだろうか。

 黙り込むしかない。


「ふ、ふんっ! ようやく立場が理解できたようだな。まったく、これだから低能は困る。まぁ魔物と手を組むくらいだ、魔物並みの頭で当然だな」


 ルーヘンはねちねちとした嫌味を吐き、見せつけるように、ヨナの髪を掻き上げた。


「うわぁっ!! こいつ、本当に人間か!? 魔人じゃあるまいな!?」


 そして大げさに叫んだ。

 それを見た者たちは、ひとり残らず息を呑む。

 一瞬、場が凍りついたようだった。


 ――こいつ、わざとだ。

 ルーヘンの顔は、周囲の反応に、満足そうに歪む。


 ただいたぶっているだけじゃない。

 ちゃんと、周囲の感情をコントロールしている。

 見せつけている。ヨナの顔を見せつけ、自分が人質に捕っているのは、決してかわいらしい女の子ではないと。

 魔人や魔物の類かもしれないと。


 その効果は、抜群だ。

 一瞬で感じた。

 人間は、見たことのないものを恐怖し、嫌悪する。ましてや、魔人や魔物が住む世界だ。

 無意識かもしれない。

 けれど確実に、ヨナへの視線は変わった。


 初めて、ヨナがかすかに反応した。

 頭の奥で、何かが切れる音を聞いた。


「貴様ぁああっ!!」

「う、動くなって言ってるだろうが!!」

「――ぐぇっ!!」

「――っ!! ヨナッ!!」


 踏み出した瞬間、ルーヘンの手がヨナの細首を握った。

 いかに非力とは言え、一応は冒険者だ。

 一瞬、ヨナが潰れたような声を発し、僕は踏みとどまった。

 ルーヘンは再び、勝ち誇ったように笑う。


『いつでも殺せる』


 三日月型に歪んだ目が、そう語っている。


 思わず逸らすと、ヨナと目が合ったような気がした。


 ――危険だ。

 恐ろしさに、身が竦んだ。

 ルーヘンの嘲笑など聞こえなくなった。


 幸い、抵抗するだけの力をヨナは持っていない。

 予想と反して、ルーヘンは狡猾だった。人質である以上、抵抗しなければむやみに命をとられることは無いはず。


 けれど、安心できない。

 何より怖いのは、ヨナによる自害の可能性。

 ヨナにとっての禁忌は、僕の足かせとなること。そうなるくらいなら死んだ方がマシと、本心からそう思っている。

 

 おそらく猿轡は、自害を防ぐための物だろう。

 血が流れているのは、舌を噛み切ろうとしたためだ。


 今ヨナが考えていることは、いかにして自害するか。 

 タイムリミットが近い。 


「あ……うぁ……」


 ワユンの怯えた声が、耳に届いた。 

 震えが手を介して伝わってくる。

 ちらと見ると、可哀そうなくらい真っ青になっていた。

 再び迫る悪夢に囚われつつある。


 周囲は再び混乱しているようだった。いくら彼我の差が大きいとはいえ、ルーヘンの卑劣な行動に疑問を抱いた人もいるようだ。

 でも、衛兵を押しのけて助けに来るような者はいない。

 ヨナの顔が普通と異なってるのも大きい。

 ルーヘンの狡猾な一手が効いていた。


 けれど、こんな状態にあるワユンのことは、誰も気にかけない。

 こんなにも怯えているのに。

 奴隷って聞いただけでこの扱いかよ。


 中には優おっさんのように、気の毒に思う人もいるだろう。

 けれど犯罪者を庇おうと思うには至らない。

 大勢は変わらない。

 この大人数の中、僕らは孤立していた。


 だが、切り札はある。

 大勢を覆していない今の状況で使えば、さらに悪い方向へ進んでしまうだろう。少なくとも犯罪者のレッテルは免れない。下手すれば、魔人とみなされる可能性もある。


 けれど、打開策はこれ以外になかった。

 握った手を、きゅっと握る。


「大丈夫だよ、ワユン」

「え……?」


 できうる限り落ち着いた声でワユンにそうささやき、正面、ルーヘンを見据える。

 ――王の力、発――


 発動の瞬間、何かが飛来した。


「――っ!?」 


 恐ろしい速度だ。

 それが何か確認することすらできない。

 かろうじて躱すも、右頬が裂けた。


 追撃はすぐにやってきた。

 地を這うような突進。

 体勢を立て直す暇もない。

 まるで地面を抉るかのように接近してくる。

 銀色の槍が閃いた。


 ――エーミールさん!?


 硬直。

 信じがたい光景に、一瞬戸惑いが生じた。


 それは刹那。

 けれど致命的と言えた。

 ――右胸を、槍が貫いた。


「うごはぁっ!?」


 鉄の臭いが鼻を衝き、視界が赤に塗りつぶされる。

 僕は吐血した。

 そのまま背中から押し倒され、馬乗りに拘束される。


 激痛で霞む視界。

 かろうじて捉えたのは、氷を思わせるほど冷たい目。

 鮮血に濡れても、エーミールさんは無表情だった。


「よくやったぞエーミール!!」


 遠くに歓声を聞いた。

 その後、僕がいま何かしようとしたなどと、説明口調に喚き散らす。

 冒険者たちの中には、一瞬の殺気に気付いた者がいるだろうか。それとも、サクラによる工作か。

 興奮した声に、反論は起こらない。


 弱者を嬲る、愚者の快哉。

 乾いた怒りが沸き起こる。

 

 けれど、体が死んだように動かない。

 息が、苦しい。

 力が抜けていくのを感じた。


 魔力と体力――スキルはリンクしている。

 一方が極度に減少すれば、もう片方も影響を受ける。

 致命傷。

 魔法も、王の力も発動しないのは、つまりそういうことだ。

 

「(な、んで……?)」


 痛みからか、ダメージからか。声はかすれ、ただの音と化していた。


「すまない」


 それでもニュアンスは伝わるのか、エーミールは小さく言う。


 なんでだ?

 理解できなかった。

 僕はまだしも、あれだけかわいがっていたヨナまで巻き込むなんて、何を考えているんだ?


「(ヨナ、まで……)」


 ヨナと言う単語。

 急所だった。終始無表情だった顔が、かすかに歪む。


「あぁあああっ!!」


 ――ワユン!?

 咆哮。

 それは突然起こった。

 ワユンがエーミールに飛びかかったのだ。


 純粋な戦闘能力は、エーミールの方が上だ。

 さっきの一突きは次元が違った。普通ならいかにワユンと言えど、軽くあしらわれるだろう。

 

 けれど明らかな隙があった。

 ワユンは槍に組み付き、それを封じた。


 そして、エーミールの腕に噛みついた。


 衝撃に、エーミールの目が見開かれた。

 霞んでいて確かではないが、ワユンの牙は、やつの腕を噛み千切ろうとしているように見える。


 さっきまでの、恐怖に震えていた少女の姿はすでにない。

 猛獣。

 そんなイメージが、小さな少女から発せられている。

 理性ある人間には持ちえない、野生の殺気がそこにあった。


 しかし、そこで進撃は終わる。

 彼はAランク冒険者だ。それの対処法には精通している。


 エーミールはすぐに立ち上がり、ワユンごと腕を振り上げ、地面へ振り下ろした。

 ワユンは後頭部から石造りの床へ叩きつけられる。


「があっ!!」


 一瞬悲鳴が木霊し、ワユンは動かなくなった。


「お、おいっ、エーミール!! よもや殺してなどいないだろうな!?」

「……問題ありません」


 意識が途切れそうになる。

 ――だめだ。ここで閉じたら、すべてが終わる。


 一度体験したから、わかった。

 死が、近い。


 ――せめて――せめて二人だけでも……。

 視界の端で、何かが光った。


 治癒の腕輪――あの時買ったやつだ。

 これしかない。

 いや、これがある。

 あらん限りを振り絞り、腕輪に一滴、魔力を注ぐ――


 ――ほんのわずか、力が戻った。

 刹那、召喚魔法と王の力を天秤にかける。

 王の力はだめだ。

 僕の意識がもたない。


 腕輪の治癒能力は弱い。

 とても貫かれた右肺をふさぐには至らない。

 表面だけ塞がっているだけだ。

 じきに意識は無くなるだろう。


 決断する。


『<ワイ、バーン>』

 

 発動。

 目の前に魔方陣が現れた。

 エーミールがこちらを向く。


「召喚魔法か」 


 エーミールは小さくつぶやいた。


 看過されている。

 これは賭けだ。

 ワイバーンとエーミール。おそらくまともにやり合えば、エーミールに軍配が上がるだろう。

 けれど、ワイバーンには飛行能力がある。

 目的が戦いではなく逃亡なら、十分に分がある。


 しかし、エーミールは冷静だった。

 いや、それとも、良心の呵責によるものか。

 エーミールはワユンの前に立った。


 ――ワイバーンが召喚される。

 

「ド、ドラゴン!?」

「違うワイバーンだ!!」

「同じことだろうが!! 逃げろ!!」


 周囲、悲鳴が沸き起こる。

 薄れていく意識の中、非情な選択を迫られた。


 エーミールがワイバーンを標的にするなら、こちらに分があった。

 上手く躱して、二人を救出する予定だったのだ。


 だけど、やつはワユンの確保に動いた。

 ルーヘンの目的はワユンで、ヨナは殺しても構わない。

 それを考えれば、これは当然の動きとも言える。


 けれど僕にはその行動が、ヨナを助けさせようとしているように見えた。

 何考えてるんだ。やつのせいでこの状況があるようなものだというのに。


 どうする!?

 死のきわ、時間が引き伸ばされたようだった。

 ワユンを引き渡すのか? 

 いやだ! できない。

 じゃあ一か八か、ワイバーンにエーミールと戦わせる? 僕自身がこんな状態なのに?

 それも無理だ。

 エーミール一人相手でも厳しいのに、敵は大勢いる。


 決断が迫られた。

 ワユンを見捨てるか。ほんのわずか、あるかないかの奇跡にかけるか。

 どうする!?

 他に手は!?

 引き伸ばされた時間の中、延々思考が空転し、物理的な時間に届き得るところまで来た。


 僕は――。


『ヨナを、頼む』

 

 ――最低だ。 





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