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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
38/80

牙を持つ少女 六

「だ、大丈夫ですか? オーワさん……」

「う、うん、なんとか……」


 心配そうな顔で尋ねてくるワユンに、ふらふらしながら答える。

 誰だよ『最高速で(キリッ)』なんて調子こいたやつ。僕に謝った方がいい。ごめんなさい。



 僕たちは、以前リュカ姉が突っ切った森の奥地にやってきていた。

 森の奥地と言っても日の光が射さないほど鬱蒼としているわけではなく、どこかでお弁当食べればおいしいだろうなって感じの場所だ。


「それじゃあ獲物を探すとするか」

 

 今回の獲物は『キラー・エイプ(十体)』。その両の掌を切り取って持っていくことが依頼内容だ。

 ギルドの情報によると、たしか紫色のゴリラみたいな見た目だったよな。


「ワユンは見たことあるか?」

「はい、何度か。ルーヘン様は、たびたびCランク冒険者様と似たような依頼を受領されていたので。確かそんなに珍しい魔物じゃなかったと思いますよ? あっ、あそこに」


 ワユンの指さす方角に、まさに紫色のゴリラがのっしのっしと歩いていた。


「どうします?」

「ワユン。君はあれと戦っても大丈夫?」

「たぶん、大丈夫です」


 そう言うワユンは、特に気後れしたふうもない。

 ワユンは必要以上に自分を卑下する傾向があるから、たぶんってことは大丈夫なんだろう。


 今日の目的は、ワユンの力量を測ること。それと依頼の受注から達成までの流れを一通りワユンに教えるということにある。

 ここは彼女に任せるべきだ。

 

「じゃあ、試しに戦ってみてくれ。無理はしないでね」

「はいっ!」


 返事をするや否や、ひゅんっと風を切る音を立てて、ワユンは駆け出して行った。

 前見た時も思ったけど、足速いな。

 感心しながら、いつでも放てるように火魔法の準備をして、僕もそのあとを追う。


 ワユンの接近に気付いたキラー・エイプは、胸をドンドンと叩いて吠え声を上げると、ドスドスとワユンに向かって突進を始めた。

 思ったよりも速い。

 あんな、明らかにバランスの悪い体形してるのに。 


 距離がみるみる縮んでいく。

 情報によると、キラー・エイプの攻撃方法はいたってシンプルだ。

 明らかに不釣り合いなほど長い腕と、太い前腕部。それをハンマーに見立てて、振り回す。

 極めて単純で原始的だが、実際に見ると半端ない力強さを感じさせる。


 果たして、キラー・エイプは右腕を振り上げ、自分の体格の半分しかないワユンに向け全力で振り下ろした。

 傍目に見れば、空恐ろしい光景だ。

 直撃すれば跡形も残らないんじゃないか。

 そんな光景が、一瞬脳裏を過る。

 自然、右腕を構え、魔法を発動しそうになる。


 しかしそれは杞憂だと、次の瞬間確信した。

 ワユンは見切っている。

 振り下ろしの瞬間には左斜め前方へと回避を始めていて、地面を叩くころにはエイプの真横にいた。


 前傾したエイプに対し、今度はワユンが右腕を振り上げる。

 陽光を受け、逆手に握られた白銀のナイフがギラリと輝く。 

 振り下ろす――同時にワユンは、すでに次のモーションへ移っている。

 突き刺すと同時に距離をとる。

 ナイフは、エイプの急所を深く抉っていた。

 どう見ても致命傷、反撃の可能性は無い。

 にもかかわらず距離をとったワユンは、日ごろの彼女からは想像もつかないほど厳しい表情で、敵を見据えていた。

 圧倒的優位に立ちつつ最後まで気を抜かないその姿勢は、ワユンが今までどれほど苦しい戦いをしてきたか、その一端を表しているようだ。


 キラー・エイプが崩れ落ちるのを確認して、ワユンは構えを解いた。

 はは、心配して損したわ。この子、マジで強い。接近戦じゃ、僕なんか相手にもならないだろう。


 とたたっと軽やかに駆け寄ってきたワユンは、おずおずと上目遣いになる。


「ど、どうでしたか?」

「いや、ちょっと僕自信無くした」

「ふぇっ!? え、えっとその、すみませんすみませんっ!!」


 落ち込んでみせると、ワユンはあたふたする。

 まったく、あんな強いのに。

 そのギャップがおかしかった。


「ぷふっ、くくくっ!」

「へっ?」

「冗談だよ。強いな、ワユンは」

「いえ、この武器がすごいんですよ……なんかスルッて感じで刺さりましたし。いつもなら何度か繰り返さなきゃならなかったはずです」


 謙虚なのか照れているのか。


「いやいや、純粋にワユンが強いんだよ。今僕、初めてワユンとパーティー組んでよかったと思ってる」

「は、初めてって……」

「それも冗談」

「ふぇっ!?」


 あたふたして落ち込んで、またあたふたする。それにつられてオーバーなくらい尻尾がばっさばっさゆれ、耳がひょこひょこ動く。


「あはは……じゃあ次、行こうか」

「あっ、で、でもその、討伐部位は……?」

「それは大丈夫。<アプサラス>、頼む」 


 仕事人アプサラス推参。

 何も言わずにテキパキ行動する彼女の姿は、まさしく仕事人。渋いぜアプさん。

 ワユンはぼけぇっとその様子を眺めている。


「フェアリーまで……」

「アプサラスならこの辺の魔物に負けることは無いから、心配しなくても大丈夫だよ?」

「いやあの、そうじゃなくて……いえっ、ああのすみません!」


 なんで謝られたの僕?

 よくわからなかったけどワユンが動き始めたので、僕も次の獲物を探して徘徊を始めた。



 戦闘はほとんどワユンがこなし、僕はいざと言うときのために見ているだけだった。でも、特にサポートなどする必要もなくエイプは瞬殺だったから、実質僕は何もしてないに等しい。


「なんか全部やらせてるみたいで悪いな」

「いえいえ。でも、なんか今日は楽です。武器が新しいからでしょうか?」


 その理由は、僕が小遣い稼ぎにエイプ以外の邪魔者をパンサーとウィルムに狩らせているからなんだけど、教える必要もないだろう。


「防具も新しいし、ご飯とかしっかり食べたからじゃないか?」

「なるほど、そうかもしれないですね」


 事実、装備や健康状態もあるだろうしな。

 今日のワユンの動きは、以前見た時の三割増しくらいにキレている。


「それに……」


 ワユンがなにかつぶやいた。


「それに?」

「いえ、なんでもないです!」


 そう言ってワユンははにかんだ。

 

 ワユンと一緒に行動していると、時折、なんだか心が浮いているというか、よくわからない気持ちになった。

 よくわからないけど、悪くは無い感じ。

 特に、ワユンと声を掛け合っているときとかによく感じた。

 恋とかそういうんじゃなくて、もっと落ち着いた感じだ。


 そういえば、依頼中にこんな気持ちになったのは初めてだな。ピクシーたちがいるからあまり心細くはなかったけれど、それでもこうはならない。

 心強い、ってこういうことなんだろうか?

 だとしたら、他の人がいるってことは、こんなにも心強いものなのか?

 力量的な問題じゃないだろう。 

 強さならワイバーンの方が上だ。

 なら、これは心強いってことじゃないのか?

 じゃあいったい、胸が浮き上がるような、この感じはなんだ?

 ……病気とかじゃ、ないよな……?




 一時間ほどでノルマを達成し、僕たちは森の外の平原で軽食を食べていた。


「こんな早く達成できちゃうなんて、初めてです……あんなにいろいろ召喚できるなんて……」


 ワユンがお茶を飲みながら、呆けたようにそう漏らす。


 普通ならいくら戦闘が早く終わっても、獲物を探す時間が必要だからここまで早く終えることはできないらしい。

 討伐部位を回収する作業も、なかなかに大変だ。それに目的の魔物以外との戦闘も避けられない。


 でもシャドーがいれば最初の一匹から先はすぐに見つけられるし、召喚獣たちが何匹かいれば他の問題も解決する。

 きっと以前は、お荷物を抱えた上、全部一人でやっていたであろうワユンからしてみれば、あまりに楽で驚くのも無理はない。


「僕からしたらワユンの運動能力の方がよっぽどすごいと思うけどな」


 隣の芝は青い。

 あんなふうに動けたら、さぞ気持ちいいだろう。何より、モテるだろうし。


「そんなっ、私なんて全然です! それよりもドラゴンもフェアリーも召喚できるオーワさんの方が億倍もすごいです!」


 億倍は言い過ぎだろう。それもはや人間じゃないし。魔王の域まで達する気がする。


「僕はワユンに魔王だと思われてるのか……」

「へ? そっそんな滅相もないです!」


 あぁ、声に出てたのか。くだらないこと考え過ぎだな。


「いやごめん、冗談だよ。それよりもこの後なんだけど、ワユン、まだ大丈夫?」

「はい。むしろ有り余りすぎてるくらいです!」


『やる気満々ですぅ!』と言わんばかりにぶんぶん動く尻尾を見る限り、気を遣って嘘ついてるわけじゃないらしい。


「ならこの後、ちょっと大量発生してる魔物を駆除してから帰ろう」

「はい?」


 ワユンは凍りついた。


「はい、お茶」

「へ? あ、ありがとうございます」


 あいにく氷治しの薬は調合してないので、火魔法で温めたお茶を薦めることで解凍する。


「大量発生って言っても無理しないから大丈夫だよ。半日しかないし、今日はとりあえず、様子見に上空から爆撃するだけにしとくから」

「は、はぁ……」


 それでもなお、ワユンは困惑した表情を崩さない。


「場所はウィヴァン荒野。山の向こう側、西にある<ジラーニィ>って町のさらにずっと北西にあるらしいから、それ飲んだら……」

「あ、あのその、すみませんちょっといいですか? <ジラーニィ>って、確かダッシュ・リザードに乗っても半日近くかかるところですよね……?」


 いかにも申し訳なさそうに、ワユンが口を挟んでくる。


「行ったことあるのか?」

「はい。護衛依頼で一度……」


 言いながら、目に見えて落ち込んでいくのがわかった。

 何か嫌なことを思い出したんだろう。まぁあのルーヘンが、まともに商人の護衛なんてするとは思えないしな。


「大丈夫か?」

「あっ、すすすみません!」

「まぁワイバーンが急いでくれれば二時間ちょっとで着くと思うし、それ飲んだら出発しよう」

「はっはいっ! 熱っ!!」

「いや、ゆっくり飲んでていいから」


 急いでアツアツのお茶を飲み干そうとするワユンを宥め、ワイバーンの鼻頭を撫でる。


 ワイバーンの兄貴がいれば、心配するほど時間はかからないだろう。

 速度ももちろん速いけど、加えて空を飛べるということは、地形に左右されないという利点がある。

 <ジラーニィ>まで行くには、この森の向こうの山を含めていくつかの山を迂回する必要があるため、直線距離以上に時間がかかってしまうのだ。

 もっとも、リュカ姉みたいに力技で突っ切るという方法もあるけど。

 

 ワユンがお茶を飲み干したところで、僕たちはワイバーンに飛び乗った。

 



「うわぁ、めっちゃいるな……」


 空を飛ぶこと約二時間。

 僕たちの眼下に広がる荒野の一角は、黄色の気持ち悪い生物によって埋め尽くされていた。 


「ファ、<ファットテール・スコーピオン>ですよね?」

「知ってるのか?」

「えぇと、毒に注意しなきゃいけない魔物だと……」


 戦闘奴隷には必須知識のようだ。

 蠢く生物の正体は、一メートルはある巨大なサソリだ。あれを見てると、人間は本能的にあぁいう毒虫を嫌うようにできているんだと実感する。

 

 黄色のボディと大きなハサミを持つそれは、僕の知るザ・サソリって感じのフォルムだが、一点、どうしても看過できない部分がある。

 尻尾の先端、針だ。

 確かに普通のサソリも、その部分は太く大きくなっている。

 けど眼下にいるそれは、さらに異様なほど太く歪な形をしていて、針は自身の体長と同じくらい長い。


「……接近戦は嫌だよね?」

「すみません。あっでもやれとおっしゃるなら……」

「いや、いいよ別に」


 嫌に決まってる、人間だもの(おうわ)。

 正直魔人よりも怖いっす。

 モンスターっていうのはあぁいうのを指すんだと思いました(こなみかん)。


「ちょっと揺れるよ?」

「へ?」


 ピクシーとアプサラスを召喚し、爆撃開始。

 害虫は駆除しなければならない。

 なんだかんだ言って、人間は自己中なのだ。環境保護(笑)とかのたまって動物を保護するなど、欺瞞でしかない。保護するなら害虫も含めて全部保護しろよ。

 まぁとにかく、人類繁栄のため、潔く絶滅してください。


 実をいうと、スコーピオン自体はそれほど強い魔物じゃない。

 せいぜいDランクの上位程度の強さだ。けれどやつらの持つ強力な毒が危険であるため、Bランク相当の危険種として知られている。

 つまり遠距離から攻撃すれば、それほど手間なく駆除できるというわけ。逆に魔石と尻尾が残るように手加減しなければならないくらいだ。

 ちなみに尻尾は、あとで<毒薬調合>の材料として利用するつもり。


 三十分後。


「……ありえない、です……」


 黒こげになった魔物の死骸が散乱する戦争跡地を見て、ワユンが小さくつぶやいた。

 動いているのは、戦後処理を任された使い魔たちだけだ。ちょっと数が多いから、消費の少ない適当な使い魔も<解放>して処理に当たらせている。


「まぁ、所詮虫だし」

「はぁ、そうなんですかね……ってそんなわけないですよね!? あんなにたくさん魔法使って、こんなにたくさん召喚して……」


 ぶつぶつと何かつぶやいている。


 怪しまれてるのか? 

 こんな力を持ってるのは異常だなんて思われたら、まずいだろうか。たとえばこの子が貴族のスパイだとか? それで危険分子は排除、みたいな?

 いやいやまさか。ワユンにそんな高度な駆け引きできるとは思えない。

 それに、それならもうとっくに排除されてるような気がする。

 僕が異常なほど魔物を狩ってるなんてこと、ギルドの人たちはみんな知ってるし、魔人を二体も倒した時点で隠しようもない。


 なら、怖がらせちゃったか?

 つい最近知り合ったばかりの相手が目の前で異常な力を使ったら、怖がるのも無理はないと思う。ってか僕だったら即逃げる。  

 

 まずいか?


「わ、ワユン……」

「オーワさん!」


 突如顔を上げたワユンは、目を輝かせていた。 

 え? なんでそんなうれしそうなの? てかなんでそんなキラキラしてるの? 少女マンガなの?


「すごいです!!」


 飛び出したのは、小学生並の感想。

 なんてことは無い、ワユンはアホの子でした。





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