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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
37/80

牙をもつ少女 五

 防具を揃えた僕たちは、道行く人の視線を受けながら鍛冶屋へと向かっている。

 ちなみに、視線を一身に受けているのはワユンだ。当たり前だけど。

 なのに当の本人はけろりとしているというか、それに気づいてない感じ。

 何この子、大物なの? 『愚民どもなど歯牙にもかけませんわ、ふんっ!!』てことなの? 


 いやそれはない。

 だとしたら、気づいてないのだろうか、見られまくってるってことに。

 鈍感なのか? いやいや、そんなわけないでしょう。

 我慢してるだけかもしれないな。


「あのさ、ワユン」

「はい、なんでしょうか?」

「これ、羽織る?」

  

 そう言って、僕は普段着の上着を巾着袋から取り出した。

 ワユンはそれを見て、なぜか首を傾げる。


「お心遣いありがとうございます。でも、そんなに寒くありませんよ?」

「いや、恥ずかしいかな、と思って」

「恥ずかしい、ですか?」


『どうしてでしょう?』と言わんばかりに首を傾げる。

 えっ? うそ、マジで気付いてなかったの?


「いやその、その格好って、けっこう、その……露出度高いじゃない? だからさ……」


 あぁぁ、露出度高いとか何言ってんの僕マジキモいんですけど!! いや言いたかったわけじゃないんです不可抗力なんです。

 ワユンはようやく、僕の言わんとすることが理解できたようで、みるみるうちに赤くなり、慌てて上着を羽織った。


「えっとその……そんなに私の格好、え……えっちでしたか?」


 ますます赤くなりながら聞いてくる。恥ずかしいならもう少し言葉のチョイス何とかならなかったのかと問いたいけれど、さっき露出度とかほざいた僕に言われたくないだろう。

 というか、よく考えたら、以前のボロ布一枚に比べればそうでもないのかもしれない。でも、やっぱまずいよなぁ。


「うぅっ」


 答えあぐねる僕を見て察したのか、ワユンは赤くなりすぎてトマトのようになる。完熟した。


「あっ、でも別にそこまで露骨じゃないから! 僕だってそういう目で見てたわけじゃないし! それよりもワユンがかわいいからみんな見てただけだからそんな気にしなくていいと思うな、うん。僕の思い過ごしだったかもしれない、いや思い過ごしだったわごめん!」


 我ながら苦しい言い訳だ。

 けれどワユンはおずおずと顔を上げる。


「ほ、本当、ですか……?」


 え、うそ信じちゃうの? アホの子なの?


「うん、ホントホント」

「(いや、私そんな、かわいいなんて困りますぅ……)」


 小声でぶつぶつつぶやきながら、ちょっとだけぶかぶかの袖から顔を出す指同士をもじもじ絡める。

 やだ何この生物かわいい。

 ん? かわいい? さっき僕、この子にかわいいって言っちゃってた?

 

「あぁいや別に、そういう意味で言ったわけじゃなくてその……」

「? そういう意味、とは?」

  

 こてんと首を傾げる。

 うわぁ墓穴。アホの子とは紛れもなく僕だった。アホの子の人気は高い。つまり僕は人気者。なわけがない。

 でもまぁ、勘違いされてるわけじゃなくてよかった。

 勘違いされると『なにそういうのマジ困るんだけど』とか言われて、告ってもないのに振られるまである。


「いや、なんでもないよ」

「はぁ……」


 ワユンはほけぇと声を漏らしたが、


「ありがとうございます」


 やがてはにかんだように笑って、お礼を言ってきた。


「……ど、どういたしまして」


 返事をするのにタイムラグが発生してしまうほど、その笑顔はかわいかった。



 道中の高級魔法道具店で二百キロまで収納可能な巾着袋を十五万Gで買い、渋るワユンに余っていた巾着袋(十キロ用)を渡して、鍛冶屋に到着。

 欲を言えばもっと高性能なものが欲しかったが、この町の最高級がそれだったので、文句は言うまい。

 十五万は手痛い出費だが、どれだけ大量の荷物を持ち運べるかと言うのは、錬金術系統の魔術の効果に大きく関わってくるのだから、そこに投資は惜しまないつもりだ。


「ごめんくださーい」


 レンガ造りの、いかにも頑強そうな店に入ると、奥からイエティのような髭もじゃのおっさん――アレックスがぬぉっと現れた。

 決して腕っぷしが強そうな家名をもってはいない。少佐でもなければ錬金術師でもない。


 ワユンが後ろで「ひぇっ!」と小さく悲鳴を漏らす。

 あれは半分モンスターだからな、気持ちはわからないでもない。


「おう、なんだ坊主か。剣ならまだできてないぞ」

「いえ、今日はこの子の防具を作ってもらいたくて来たんです」


 さっと横にスライドすることで、後ろに隠れていたワユンをイエティにお披露目する。


「え、えぇと、ワユンと申します。どうぞよろしくお願いします」

「アレックスだ。ほぅ……しかしまたずいぶんな別嬪さんじゃないか。坊主のこれか?」

「ふぇっ!? め、めめ滅相もございませぬ!!」


 マッシヴのクセして、どうやらこのおっさんは乙女脳をしているらしい。ちなみに乙女脳とは、なんでもすぐに恋愛と結び付けたがる、なんともウザめんどくさい考え方を指す。

 おい、だれかあの指へし折ってくれ。

 ていうかワユン、滅相もないって……。 

 即否定されると軽く傷つく。まぁ実際その通りなんだけど。


「ワユンはパーティーメンバーですよ。しかもまだ知り合ったばかりです。それよりも、今ワユンが着てるものよりもいいものを依頼したいのですが、この素材で作るとしたらいくらくらいになりますか?」


 余っていた素材をカウンターにぶちまけると、おっさんは真剣な表情で吟味し始めた。


「うぅ~む。お前の短剣に使った材料の余りも使っていいなら、それなりの物は作れるぞ? 値段は、そうだな、これだけ素材があれば三万ってところか」

「三万!? い、いいんですか……?」


 三万て、中古武具の半額じゃねえか。しかも性能はずっといいだろうし。

 ワユンも口を開けて驚いている。


「まぁほとんど材料はそろってるしな。それにお前の短剣と防具でえらく稼がせてもらったから、これくらいはサービスだ」

「「ありがとうございます」」 


 二人でお礼を言うと、照れくさそうにアレックスは作業に取り掛かった。


 

 サイズを測り終わり、一週間後に取りに来ることを約束して、僕たちは店を後にした。

 ったくおっさんめ。奥さんが出かけてるのをいいことに、ワユンのスリーサイズまで測りやがって。絶対役得とか思ってやがるよな。


 けれど、イエティからセクハラまがいの精神攻撃を受けたにもかかわらず、なんだかワユンの機嫌はいいように見える。

 というか、昨日に比べて、明るくなってきたような気がする。


「どうしたんだ?」

「えっ? す、すみません。ただちょっと、いつもと違うところにいるような気がして、胸がポカポカするんです」


 胸がポカポカ? どういうことだ?


「優しい街、だったんですね。知りませんでした」

「優しい街、ねぇ……」


 それはどうだろうか。

 僕も含めこの町の人々は、今までワユンを見捨ててきた。日本だったらまず考えられないことだろう。

 そんなこと、当の本人が一番わかってるはずなのに。僕もこの町も、決して優しくないということくらい。 

  

 複雑な気持ちを振り払い、巾着袋からクスリ専用袋を取り出した。


「ワユン、これから魔物の討伐に行くわけだけど、もしもの時のために薬を渡しとくね」

「お薬、ですか?」

「そう。えっとこれが止血用の塗り薬で、これが痛みを抑える塗り薬。あとこれがおなか痛くなったときにとりあえず飲んでおけばよくて、これがヘビ型の魔物に噛まれたとき用の飲み薬。それから……」

  

 左から『止血、鎮痛……』などと蓋に書かれている小瓶をいくつか取り出して、ワユンに渡す。昨日のうちにわけておいたのだ。

 

「こ、こんなにたくさん……あのその、こんなお高い物……」


 個々はそれほど高くないが、中には珍しい薬もある。合計すればそれなりの値段になることは、仮にも冒険者であるワユンにはわかるのだろう。

 

「いや、それ全部手作りだから、タダだよ」

「手作り!? ……お薬って、自分で作れるものなんですか?」

「……作れないこともない、とは思うけど……」


 どうなんだろうか。

 勉強して実践して、<調薬術>のスキルさえ身につければ作れるって言うのは、この場合の作れるとは意味が違うような気もする。


「結構頑張らなきゃいけないだろうね」

「はぁ」

「それよりもこっち来て」


 ちょうどよく町の外に出たので、はぐらかすついでに街道から逸れて、町の塀の陰にワユンを連れてきた。


「えぇと、オーワさん? 私、その……」

「出でよ、<ワイバーン>」


 ワイバーンを召喚する声が、ワユンの話を遮ってしまった。

 魔方陣が現れる瞬間、ワユンが赤くなっているのを確認する。

 ――ワイバーン登場。 


「ふぇえっ!? あぁ、そうか……」


 ワユンは悲鳴を上げるも、すぐに状況を理解したようだ。呆けた顔でワイバーンを見上げている。


「ドラゴン・サマナー……初めてみました……」

「そんなたいそうなものじゃないよ」


 僕自身の力って言うより、ただ与えられただけだから。


「それより、話遮っちゃってごめん。さっきなんて言おうとしてたの?」

「へっ? あっ、すみませんすみませんなんでもございませぬただの勘違いでしたので申し訳ございません!!」

「そ、そう……」


 なんかすごいまくしたてられた。

 ま、いっか。

 ワイバーン兄貴に頼んで、頭を下げてもらう。


「この辺りに乗って」

「は、はい……」


 僕が指し示すところへ、ワユンはおそるおそる近づいていく。

 そして一拍置いて、「えいっ」というかわいらしい掛け声とともに、ワユンはその首に跨った。


「……の、乗れた!! 私、ドラゴンに乗っちゃってます!!」


 きゅぅっと閉じられた目をゆっくりと開いた瞬間、ワユンは歓声を上げる。

 すごいはしゃぎっぷりだ。

 一応湖から帰ってきたときも、意識が無かったとはいえ乗ってたんだけどな。 


 まぁ、子供のようにはしゃぐワユンにそんな無粋なこと言えるはずもなく、僕は苦笑してその後ろに飛び乗った。


「じゃあワユン、準備はいい?」

「はい!! きゃあっ!!」


 ワユンの弾むような返事と同時に、ワイバーンは首を持ち上げる。

 そして―― 


「きゃああああっ!!」


 ――勢いよく空へと舞いあがった。

 ワユンの悲鳴は、恐怖と歓喜が半々に入り混じっていて、なんか遊園地のジェットコースターを思い出させられた。

 空を飛ぶなんて初めてだろうに、妙なところで勇敢だな。


 飛び上がった後、ワイバーンにいったん滞空してもらい、ワユンに尋ねる。


「どう? 大丈夫?」

「最高です!! 空を飛べるなんて夢みたい!!」

「まだ浮いてるだけだけどね。飛ぶのはこれからだよ」


 どうやらワユンは、こういったアトラクションが好きらしい。なんかキャラに似合わない気もするけど、それならばやることは一つだ。


『兄貴、最高速で滑空してください。楽しさ重視で』


 命令すると同時にワイバーンの体が撓み、次の瞬間、僕は調子に乗ったことを後悔した。


「――――っっ!?」

「きゃあああああっ!!」


 速い速い速い!! お腹がふわってなるなんてもんじゃない!!

 ジェットコースターなど所詮は道楽なのだと、はっきりとわかった。あんなの絶叫系じゃなくて失笑系だよ。ジェットコースター(笑)だよ。


 そんなふざけた感想を胸に抱いて、ワユンの歓声を子守唄に僕の意識は薄れていった。





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