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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
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牙をもつ少女 三

 昼に軽食を摂ったあと、僕はワユンと一緒に町へ出ていた。


 ワユンは軽食を僕たちと食べることをかたくなに遠慮していたけど、自分だけ食べるなんてしたくなかったので、半ば無理やり押し付けるようにして、なんとかマフィンだけでも食べてもらえた。

 マフィンはヨナへのお土産に今朝買ったものだったけれど、この際しょうがない。


『同じ釜の飯を食った仲』というのは、よく言ったものだと思う。

 食べながら好きな食べ物とか嫌いなものとか、他愛のない会話することで、だいぶワユンも僕に慣れてきてくれたような気がする。もっとも、ほとんどヨナ主導のもとでそれは行われたのだけど。


 隣を歩くワユンの横顔を、ちらと見る。


 ワユンの好きな食べ物を聞いたとき、僕は驚いた。

 この子は甘い物、と答えた。

 いや、それ自体は一見普通だ。

 だけど、背筋が凍るほど、それは異常なのだとすぐにわかった。


 具体名が上がらなかった。

 料理名をほとんど知らない。

 奴隷なら、主人の世話をしているのだからそれくらい知ってて当然なのでは?

 過去とかは、この子にとって思い出したくないことなのだろうに、思わず聞いてしまった。


 それに対する答えは『役割が違うから』だった。

 生まれた時から戦闘奴隷だったという。

 ワユンの人種は、戦闘能力が高いことで有名らしい。そのため奴隷商のもとでは物心ついた時から戦闘訓練を受け、ルーヘンの十歳の誕生祝いに他何人かと一緒に買われたそうだ。

 当時、九歳。

 家事や他の能力を一切身につけていなかった彼女は、ルーヘンの護衛以外何もさせてもらえなかった。たくさんの奴隷がいて、それぞれ役割分担があったからだ。

 あえて下手くそなやつにやらせる必要はない。それよりも護衛としての能力を伸ばす方が、ルーヘンにとって都合がいい。

 有象無象の一人。彼女はルーヘンをお世話する機械の、歯車の一つだったというわけだ。


 それは冒険者になってからも変わらなかったという。

 料理ともつかない残飯を食べ、ただ主人を守るために戦う。

 他に奴隷がいないとき、たまに雑務を押し付けられることもあっただろうが、満足にできず怒られる。

 そして、過度に定着してしまった謝り癖。それがさらに主人の怒りを増長させる。

 完全な悪循環だ。

 しかし謝る以外に他ない。他を知らないから、必然と言えた。


「まふぃん、というのですか! すごくおいしいです! ……私なんかにこんないい物、本当によかったのですか?」


 そんなことを何度も尋ねながら、それでも無心にがっつく彼女を見ていると、なんだかもやもやするというか、やるせない気持ちになった。

 奴隷じゃないと理解していても、呪いのように刻み込まれた習性は一朝一夕では取れない。謝り癖も、卑屈さも。

 

 とにかくそんなわけだから、ワユンの自活能力はほとんどゼロに等しい。

 たまにお遣いをさせられることはあったようだが、自分が生きるために必要なものとか知らないようだし、彼女の生活用品は一緒に買うことにしたというわけ。 



 土下座注意報を定期的に発しながら、なんとか細々したものを揃えた。


「次は……服かな。とりあえずこれで適当に三、四着、それから……その、下着も適当に買ってきて」


 そう言って銀貨五枚、五千G渡すと、ワユンはおずおずと見てくる。まるで叱られるのを怖がる子供のようだ。


「え、えっと……私、ご主、オーワさんの服のサイズがわからないんですけど……」

「へ?」

「もっ申し訳ございません!!」

「いや、怒ってないから。それに僕のじゃなくて君の服だよ」


 ていうか、今までの流れ的に、いきなり僕の服を買ってこいとかありえないだろうに。


「へっ? わ、私なんかの服にこんな大金……」

「いいから、そこの店で買ってきな? 僕はここで待ってるから」


 女の子の下着選びにまでついていきたくはない。

 しかしワユンは、僕の指さす方向を見たあと、再び恐々として僕の顔を見る。殴ったりしないから、怒ってないから、そんな目で見ないでくれ。

 なんか悪いことしてる気分になるし、周りの視線が痛い。


「そ、その店、中古店じゃないですよ?」

「知ってるよ」

「い、いいんですか?」

「いいから。それ全部使い切るようなつもりで、欲しいもの全部買ってきな」


 途中何度もちらちらと見てきたワユンを店まで送り届けて、僕は大きくため息をついた。 


 待つこと五分。ワユンがおずおずと店から出てきた。

 いやに早いな? あれ、何も持ってない……。


「どうしたの?」

「あの、その、ほ、欲しいものはたくさんあるのですが、あんなにいい物、買っていいものかどうか……」


 ん? この店、結構リーズナブルなところだったはずだけどな。


「そんな無茶に高くなきゃいいと思うけど、一応見てみようか」

「御足労おかけしてしまいすみません……」

「いいよ」


 今考えるとついて行かなかった僕のミスだと思うし。なんて思いながら、ワユンと連れ立って店へ入った。 


 ついて行った先にあったのは、何の変哲もない半袖の上着。お値段も手ごろだ。


「えっと……どれがその欲しいやつ?」

「こ、これです、けど……」


 お手頃な服をおそるおそる手に取り、震える。

 買えばいいじゃん。

 と思っていると、何を勘違いしたのか、ワユンは僕の顔を見て慌てて服を元に戻す。


「すみませんっ私なんかがこんなっ分不相応ですよねすみませんっ」

「土下座禁止。それ、いいと思うよ?」

 

 土下座に移ろうとするのを寸でのところで食い止めることに成功した。土下座ブロッカーの称号を得た。カッコいくないので破棄した。

 ワユンは信じられないと言った表情で、顔を上げる。


「い、いい、ですか……?」

「うん、似合うと思うし」


 静止。はっ!? しまった何言ってんの僕!? 女の子にその服似合うねとかどこのリア充だよ恥ずかしい!!

 キモくないよねそうだよね? 『マジありえなーい(笑)』とか言い出さないよね?

 こわごわ見ると、目が合った。

 え? なにこれ?


「に、似合い、ますか……? 似合う、似合う……」


 目が合った状態での疑問形なのに、質問されているわけではないとわかった。その証拠に、ワユンはすぐ目を伏せ、ぶつぶつと呪いのように連呼している。


 何か声をかけようとしたその時、ワユンは急に顔を上げた。


「『似合う』ってあの『似合う』ですか!?」


 どの似合うでしょうか?


「えっと、うん、たぶんそう」

「私に、この服似合いますか……?」


 ごめんなさい適当に言いました。

 でも、何の変哲もない半袖シャツだけど、ボタン式だから二つ三つ外せばその大きな胸が強調出来て大変すばらしいんじゃないでしょうかどうでしょうか? 

 けれど、じっと見つめられると、改めて言うのが恥ずかしくなってくる。

 近い近い。

 ワユンさん、そういうこと同世代男子にしちゃいけないよ? 思わず勘違いして告白までいっちゃうから。その次の日からクラスの女子に後ろ指さされて心の傷深くして一週間不登校までがデフォ。 

 

 過去に制裁を受けたおかげで耐性のついた僕は、勘違いすることなく目を逸らす。顔が熱い。落ち着け、落ち着け。


「だ、だから似合うって言ってるじゃん」

「……ありがとうございます。似合うなんて言われたの初めてだったもので、つい感激して……」


 え? ちょっと待ってなんで涙声? あぁ、ちょっとそっけなく言っちゃったからか? 

 慌てて目線を戻すと、しかしそこには明るい顔があった。 


「ありがとうございます!」

「っっ!?」


 急に、あたりが明るくなったような気がした。

 か、かわいい……。

 一瞬空っぽになった頭に浮かんだのは、その一言だった。

 なんていい笑顔だ、破壊力ありすぎる。危うく告白しそうになったじゃないか。

 そういえば、この子の笑顔を見たのはこれが初めてだな。ずっと謝ってるか、うなだれてるかのどっちかだったし。

 この笑顔は、服三、四着の対価にしては貰いすぎだ。

 

 僕を見て、何を勘違いしたのか、ワユンはあたふたする。

 あっまずい。初動が遅れた。


「あぁあの申し訳ございません!!」


 あぁぁ、服持ったまま土下座しちゃった。買取確定だな……わざとじゃないんだよね?

 

 女性服売り場だっただけに、集まる人々は女性で、それはそれは苛烈な視線を浴びせられました。





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