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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
33/80

牙をもつ少女 一

な、なんとか間に合った……。

 犬の中で一番好きなのは、断然秋田犬だ。

 丸ふわで、いっつもやる気なくゴロンと寝転がってる子犬とかサイコー。

 それに忠犬ハチ公とか純粋すぎだろ。どんだけ主人のこと大好きなんだよ。もう、なんていうか、とにかくサイコー。


 秋田犬の悪意のない純粋無垢なあの感じは、汚い社会の縮図……いや、閉鎖環境である以上さらに悪い、ホラーチックな集落の縮図である学校生活の中で、僕たちが失ってしまったものを感じさせる。

 いや、学校とかマジでヤバいよ。何ぐらしのなく頃にですか? 怪奇現象ワンチャン。


 とにかく、秋田犬を嫌いな人間など、この世に存在しない。

 あれの頼みなら何でも聞いてしまうなんてこともある。

 あれ? もしかして人間って、子犬の奴隷だったりする? もしかしてあいつら、そうなるように擬態してたり?

 なんか裏社会を垣間見た気がした。


 なんて壮絶にどうでもいいことをつらつら考えながら、冒険者ギルドの二階へ上がる。


 昨日、僕は助けた二人をギルドへ送り届けたのだが、その時ハンナさんに、明日二階の面談室へ来るよう言われていた。

 報酬とか、魔人のこととか、なんかいろいろ話があるらしい。

 まさか怒られるなんてことは無いだろうけど、二階は一階の喧騒と切り離されていて、なんかちょっと緊張してしまう。


 汗ばんだ手のひらを握り、ドアの前でノック二回。「どうぞ」と言われ、扉を開けた。


 ――秋田犬がいた。

 もちろん錯覚だ。

 小さな部屋の中には、机と、それを挟んで向かい合うように配置されたソファーしかない。そして向こう側のソファーの上に、ハンナさんと、茶髪と純白の肌が秋田犬を髣髴とさせるイヌ耳娘が座っている。


 誰だ?

 一瞬本当にわからなかったが、よくよく考えれば、いま室内にいるのは昨日の事件の関係者である、あのわん娘ちゃんしかいない。 


 でも、一晩ギルドに保護され、ハンナさんに世話してもらったらしい彼女の容姿は、完全に別人となっていた。

 切りそろえられたミドルヘアーの茶髪は、綿のようにふわふわ。頭の頂点からは、同じく茶色の三角耳がピンと生えていて、ふるふると頼りなく小刻みに震えている。

 たまに見え隠れする犬歯は、鋭そうなのにかわいい。

 無数の傷跡は、おそらくギルドの治癒師によって治されたのだろう。傷一つない肌は、とんでもなくキメが細かい。 

 ぼぉっと見ていると、一瞬、しかしばっちりと、目が合った。


「ひっ!!」


 瞬間、大きな目がほとんど円ほどにまで見開かれ、体ごと顔を逸らしてしまう。そしてすぐに少しだけ目線を流し、ちらちらとこちらを伺ってくる。

 え、なにこれ? もしかして怯えられてる? 

 僕は魔物かよ。


「どうぞ、お座りください」

「あ、はい」


 いつの間にか立ち上がっていたハンナさんに促され、僕は開きっぱなしになっていたドアと口を閉め、二人の対面に着席する。


「改めて、無事二人を救出してくださり、ありがとうございます」

「あ、いえこちらこそ……」


 こちらこそってなんだよ僕!

 深々と頭を下げるハンナさんに、意味不明な返しをしてしまう。

 いやだって、昨日散々ボーンさんとわん娘ちゃんにお礼言われたし、今更またこんなふうに恐縮されてもやりづらい。

 ていうかなんでわん娘ちゃんそんな怯えてるの? 昨日まではそんなことなかったじゃん。


 ハンナさんはクスリと笑った。

 なぜ笑うし。


「すみません、つい。それと報酬についてですが、このたびの救出はBランクパーティー任務相応であり、さらに緊急招集でもあったことから、通常の任務報奨金に多少上乗せされ、二万Gとなります」


 パーティー任務とは、大体四人パーティーを基準として考えられている。

 つまり報酬も四人分だ。

 大量虐殺によって荒稼ぎしている僕からしても、一日で二万Gはなかなかの稼ぎと言えた。相当色をつけてくれたようだ。

 ハンナさんから差し出された金貨二枚を受け取り、お礼を言った。


「いえいえ。それと今回の任務達成により、オーワさんはCランクへ昇格することになります。私が推薦状を出すので、おそらく明日明後日のうちにご連絡がいくことになるでしょう」


 やった! Cランクになればもうどこへ行っても舐められることは無いはず。

 ありがとうございますと言うと、ハンナさんは微笑みながらいえいえと返し、少し間をおいて真剣な表情になる。 


「次に、昨日説明していただいた魔人についてですが、似たようなことが領内で起こっているのです」

「というと?」

「大量発生している場所に、魔人がしばしば現れているんです。その中にはオーワさんの報告にもあったように、高ランク冒険者をおびき寄せている、そんな雰囲気の者も多いようです」


 釣れた。

 やつはそう言っていた。

 魔人がこちら側に来るのは、人間を害するためだと聞いてる。魔人の習性がどうとかはいまいちわからないけど、オークキングのときのことや資料によれば、それは正しいと思われる。

 

「おびき寄せる、ですか。じゃあ港町<ミスナー>の時と同様のことが起こると?」

「可能性でしかありませんが。

 一応ギルドの上層部には掛け合ってあるので、間もなくこの町の警備体制は強化されます。今年に入ってから魔物が活発になってきているので、ある程度予想はしていましたから、王都からの派遣も迅速に行われることでしょう」


 ハンナさんの目が一層鋭くなる。


「それよりも冒険者たちの被害の方が、無視できない状況になってきています。

 ここのギルドだけでなく、各地のギルドから集まった多くの高ランク冒険者が犠牲になっているため、敵がどの町を狙っているのかすら把握できていません。

 もしかしたら、敵の狙いは町ではなく、力を持った人間そのものにあるのかもしれないと、私たちは見ています」


 確かに、無差別に人間を狙うなら、戦力を一つに集中すればいい。そうしないということは、魔人側にもなんらかの狙いがあるということだ。 


「これからの活動は、より一層用心するよう、お願いします。オーワさんは強いですが、抜けているところも多い。知識や経験的にはまだ駆け出しであるということを、重々承知しておいてください」

「わかりました」


 返事をするとハンナさんの目から険がとれ、僕は肩の力を抜く。


「次に、この子の所有権についてなんですが」 


 はい? 所有? 

 肩の力を抜いたついでに心まで抜けてしまったようで、一瞬頭が真っ白になる。

 あぁ、所有、ね……奴隷だから、所有、と……。


「今現在、オーワさんにあります」

「はい?」


 えっと、なに?

 ぽかんとした僕の顔を見て、ハンナさんは口を開く。


「ルーヘン様は、自領にお戻りになられました。このたびのことが相当堪えたようでして、おそらく二度と冒険者に戻ることは無いと思われます。

 助かった場合の奴隷の所有権につきまして尋ねたところ、大変大げさにヒステリックをお起こしになられまして、『ろくに主人も守れぬ物に興味はない。新しいのを買う』とお喚きになられました。あんな男女おとこおんなにうんたらかんたらとも。

 そこまで頭がお回りにはならなかったでしょうが、助けた場合のあなたへの報奨金も、貴族であられる以上それなりのものを用意する必要があるでしょうから、合理的と言えばその通りの判断だと思われます」


 ハンナさんは明らかに皮肉めいた文法ガン無視敬語で、ルーヘンを貶しつつ説明する。あぁ、この人も相当鬱憤がたまっているんだろうな。


「というわけで、現在の所有者はオーワさんということになります」


 え? ちょっと待って話が見えない。

 

「それでも持ち主に返すのが筋では?」

「ひぃっ!!」


 言った瞬間、悲鳴が鼓膜を貫いた。

 反射的にハンナさんの腕に縋り付いた少女の目には涙が溜まり、溢れそう。

 

「ルーヘン様のご実家であるベーゼ伯爵家は、大変に階級を重んじています。特に貴族主義者で有名なご当主は、奴隷、平民の扱いも相当なものと聞き及びます」


 あぁ、なるほど。ハンナさんはこの子をルーヘンのとこに返したくないんだ。いや僕だって、可哀そうだとは思う。

 でも、だからって……。


 目が合うと、少女はすぐに震えあがって目を逸らし、ちらちら見てくる。

 奴隷? こんな女の子を?

 無理だ。

 かわいい女の子の奴隷とかよく妄想するけど、実際に持つとなると、絶対に無理だと思った。

 だって、すごく怖い。

 ヨナどころか自分の面倒すら見きれてない僕に、そんなことできるわけがない。

 僕にそんな甲斐性があるわけなかった。


「所有権を放棄した場合は?」

「その場合は、奴隷商のもとへ返品されることになるでしょう」

「でも、そんなの……」


 僕やヨナは逃げ出してそのままじゃないか。

 続く言葉は、ハンナさんによって遮られる。


「この子は、合法的に売買されています。非合法であり、よほど力ある人の保護下にある場合とは異なりますので。特にこの領内は、奴隷の扱いに厳しいのです」


 ハッとした。

 そうか。今まで奴隷商から何のアクションもなかったのは、リュカ姉たちのおかげでもあったのか。いや、ハンナさんも知ってるってことは、ギルドにも保護してもらってる可能性がある。

 そんなことも知らず、のうのうと僕は……。


「……解放するには、何か手続きのようなものが必要になったり?」


 尋ねると、ハンナさんは満足そうにうなずく。


「オーワさんならそうおっしゃると思っていました。

 奴隷には、奴隷契約をするとき、奴隷印というある種の呪いが刻まれます。主人の寝首をかかないようにはめる、首輪代わりのものです。

 解呪するには特別な装置が必要ですが、王都から取り寄せられますので、大体二週間ほどお時間いただければ用意できます」

「費用はどれくらいでしょうか?」

「普通なら多少費用が掛かりますが、今回は当ギルドから支援させていただきますので、ご心配はいりません」


 まぁ少しくらい費用が掛かっても問題は無いけど。

 少女は戸惑っているのか、ポカンとした表情で僕とハンナさんの様子を伺っている。話についてこれているのか? 大丈夫か?


「えっと、じゃあそういうことで、君はいい?」

「ひぇっ!? あっ、え、えっとその……ど、奴隷の私に拒否権などございませんので……」


 話しかけると飛び上がらんばかりに驚き、どもりにどもって返事をしてきた。

 そ、そんなに僕が怖いのか? ちょっと傷つく。


「いや、そんな畏まられても……」

「もっ! もも申し訳ございませんっ!!」


 今度こそ飛び上がって、机の上に正座。そして土下座までもっていった。

 一連の動作は川を思わせるほど流麗。これぞジャンピング土下座。僕でさえやったことのない高難度の土下座を、完璧に披露して見せた。

 というかなぜ机の上?

 バカにしてるのだろうか。

 いや違うだろう。きっと慌てすぎただけだ、たぶん。

 ていうか、えっ、なにこれ?

 

「な、何やって……?」

「申し訳ございません!!」


 混乱して尋ねると、さらに謝られた。

 助けを求めると、ハンナさんは額に手をやり、はぁ、とため息をついて少女を宥める。

 

 しばらくして。

 再びソファーに座り直した少女に、恐る恐る話しかける。


「え、えっと、僕の名前はオーワ。君は?」


 無難なところで、とりあえず自己紹介から入ればいいと考えた。おそらくこれが最善手、のはず。たぶん。


「わ、ワユン、です」


 おそるおそる、少女は返してくる。

 ワユン。変わった名前だな。そういえばリュカ姉やヨナもだけど、ちょっと不思議な響きに思える。地域差、なのだろうか。


「ワユンさん、だね。……よ、よろしく」 


 よし、言えた! 

 しかしワユンは、返してくるどころか、ぽかんと口を開けていた。

 やばい! よろしく、なんて爽やかイケメンチックな挨拶がキモかったのか!? それとも無理に笑顔つくろうとしたから引き攣っててキモい!? 


 脳裏に一年前の情景が思い浮かぶ。

 高校デビューを果たすべく女子にいきなり自己紹介したあの春。背後からの急襲がよくなかったのか、驚かせた挙句に微妙な空気になったな。

 あれはいたたまれない。

 あまりにいたたまれなくて、空気読めすぎる僕は一目散に逃げ出したくらいだ。

 次の日から、僕のあだ名は『ヒット&アウェイ』になった。ちょっとカッコよくて、高校デビュー成功と勘違いしたのが絶望の始まりだった。


「よ!」


 震えた、けれど鬼気迫ったような鋭い声が、現実逃避していた僕の心を呼び戻した。


「よろしくお願いしまぅ!!」


 あ、噛んだ。

 ぴったり直角になるまでお辞儀をしたワユンは、十秒近くもして顔を上げる。

 それを見計らって、


「契約成立ですね。それから一つ、ご提案があるのですが」

 

 ハンナさんはにっこりと笑い、


「この子とパーティーを組んでみてはいかがでしょうか?」


 そう言った。





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