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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
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おこるうし

 少し遅めの朝食。

 ブランチとも言う。ヨナと一緒に摂ると、すごく穏やかなひとときとなる。


 今日のようにうららかな休日は、少しゆっくりと起きて、ヨナとの優雅な時間を過ごす。この後は品よくヨナと紅茶片手に読書、おしゃべりにふける予定だった。


 ――だむだむだむだむだむっ!!


 それをぶち破るようなドラミングは、おそらくやつの犯行だろう。

 もう慣れた。


「ヨナ、ちょっと借りるよ」

「あ、はい……」


 今日こそは反省させてやると思い、ヨナの枕を手に取り、構える。

 隙は一瞬だ。

 やつの反応速度は人のそれを余裕で上回る。

 まさに野生。

 開いた瞬間、ゼロコンマを超える刹那を撃ちぬかなければ勝利は無い。

 腕に力を込める――取っ手が回される――

 ――今!!


「オーワさぶぅっ!!」

「あっ……ハ、ハンナさん……?」


 バァンっとぶち抜くように扉を開けて飛び込んできたのは、茶髪の受付嬢、ハンナさんだった。

 赤髪の強襲に備えた枕は、見事その整った顔を捉え、運動エネルギーは余すことなく破壊へと費やされる。

 そして全エネルギーをハンナさんの顔へとぶつけた枕は、満足げに、悠々と、垂直に地面へ落下する。


 にこやかな顔があった。

 しかし極限まで細められたまぶたの奥は、ヒクヒクと痙攣する右頬は、表面とは別の感情を表している。


「ご、ご用件はなんでしょうか?」

「その前に言うべきことがあると思うのですけれど……」


 そりゃそうです。よく考えたらリュカ姉たちは遠征中でした。けど呆気にとられた僕の心情も察していただきたいのであります。

 溢れ出る言い訳の一切を呑み込んで、深々と頭を下げた。保身、大事。


「ご、ごめんなさい」

「いえいえ、今のは突然押しかけた私も悪いのです」


 じゃあなんで謝罪を要求したのでありますか?

 まぁそんなこと言えるはずもなく、話は進む。


 ハンナさんによると、なんでも湖畔にてアングリー・ホーン(バッファロー型の魔物。Cランク)などの魔物が異常発生したらしい。


 ついさっきルーヘンが帰ってきてそのことを伝えたそうなのだが、あの野郎、こともあろうに二人を置いて逃げ出してきたそうなのだ。

 大方、奴隷に戦わせて自分はその隙にトカゲに乗ってトンズラ。おっさんは奴隷のことを見捨てられず、その場に残ったってところだろうか。

 奴隷に対する見方は人それぞれだけど、あのおっさんならそうしても不思議じゃない。


 Cランククラスの大量発生はBランク任務だから、普通なら相応の人間に頼るべきなのだが、救助任務を出そうにも、Bランク以上の冒険者たちは地方へ遠征に行っているため、手配できないとのこと。

 そこで、先日Bランクの大量発生を解決した僕に白羽の矢が立ったというわけ。

  

 ハンナさんは、ひどく申し訳なさそうに続ける。


「本当はこんなこと間違っていると思いますが、ボーンさん、えっと被害者の一人はギルドの良心と言ってもいい、貴重な人材です。新人育成にも力を入れてくださっていて、尊敬している冒険者も多くいます。ここで彼を失うわけには……」

「わかりました。じゃあちょっと行ってきます」


 そんな顔で頼まれたら、男ならだれでもそっこーオーケーするだろう。逆に言うとそっこーオーケーした僕は立派な男。

 論理的な反論は受け付けません。

 まぁCランクの大量発生くらいなら余裕かな。でも急いだ方がいいだろう。持ちこたえてくれていればいいけど。


 なぜかハンナさんがうろたえている。


「こ、これは命令ではありませんよ!? すごく危険ですし、断ってくださっても……」

「大量発生の処理は得意ですから大丈夫ですよ。ごめんなヨナ、明日はちゃんと休むから」 


 声をかけると、ヨナはにっこりと口をほほ笑ませた。


「いえいえ。お気をつけて、行って来てください」

「あぁ」


 踵を返し扉へ向かうと、ハンナさんの声が追いかけてくる。


「あのっ、どうか無茶だけはしないようにお願いします! くれぐれもご自分の命優先で!」

「了解です!」

 

 笑って親指を立て、外へ飛び出した。




 ワイバーンに乗って約二時間。湖畔の周辺に到着した。

 ようやく飛行に慣れてきたからか、気負っているからか。特に酔うこともなく、すぐに地上の様子を伺う。


「き、きもい……」


 思わずつぶやいてしまうほど、うじゃうじゃと魔物がいた。

 まるで砂糖に群がる蟻のように、湖の周りに魔物が集まっている。あの感じだと、この広い森の中全域に魔物がいるのだろう。

 いったい、何がそんなに魅力的なんだ?

 

 と、そんなことを考えてる場合じゃない。すぐにでも二人を見つけないと。

 地上へ降りて手早く使い魔たちを召喚し、散会。ワイバーンは上空から、僕を含め残りは森の中を探すことにする。


 走り回っていると、奇妙なことが分かった。

 魔物は、どうやら湖に向かっているのではなく、湖周辺から湧いて出てきているようだ。

 この感じ、オークキングによるオークの大量召喚にそっくりだ。アングリー・ホーン他、種類が様々いることを除けば、ほとんど同じと言える。

 まさか、魔人が?

 でもこの辺に人の集落は無いし、だとしたら召喚する意味が分からない。



 捜索は難航していた。

 使い魔たちには捜索第一に行動させ、魔物は極力無視させているが、なにしろこの広さだ。あの二人のことはよく知らないから、シャドウの索敵能力も働かない。

 二人も魔物から逃げ隠れしてるんだからすぐに見つからないのは当然だけど、これじゃあ上空から無差別に爆撃することも、『ヒート・マーシュ』で一気に殲滅することもできない。


 もう脱出したのだろうか。

 あの二人はどちらもCランクの魔物に後れを取るような実力じゃない。これだけの数になると厳しいだろうが、十分考えられることだ。

 でも、その証拠がない。思った以上に面倒だな。


「お――――いっ!! どこにいますか――――っ!? 冒険者ギルドの者ですけど――――っ!!」


 僕の声程度じゃ、大量にいる魔物の声にかき消されてあまり響かない。

 あぁ、くそっ。何か手がかりでもあれば……。


「そうだっ」


 テントだ。

 あいつらテントを張っていたから、そこに彼らの荷物があるはず。それについた痕跡をシャドウに認識させればいい。なんで気づかなかったんだ僕!


 鉄塊を錬金術で変化させた棘で魔物を蹴散らし、湖の方へと向かった。



 湖に近づくにつれ魔物の密度が濃くなり、森を抜けた先は、文字通り足の踏み場も無い状況だった。

 瞬間、無数の魔物が一斉にこちらを向く。

 その速さは、一週間学校を休んだ後に教室へ入ったときの、クラスメートの反応を思わせた。あれは人間の反応速度の限界に近い。

 お前ら絶対狙ってやってただろ。ってか限界に挑戦してまで僕の顔を見たかったのか。なにそれ僕超人気者じゃん。


 と、余裕ぶっていたが、すぐにそれが間違いだったと気づく。

 アングリー・ホーンは、その名の通り攻撃的な魔物だ。

 異物があれば、まず何を置いても排除しようとする。たとえはるか格上相手でもだ。

 大量発生において、これほど厄介な相手もいない。


 目の前で膨れ上がる剥き身の殺気に、反射的に使い魔を呼び出そうと体が動く。

 一匹ではなんら脅威にならない。十でも、二十でもそうだ。森の中なら、木々のおかげで一斉に襲い掛かられることは無かった。

 けれど、この数で、しかも開けた場所だ。

 単騎はまずい。    

 魔物に対する余裕は、一瞬で霧散した。


 バッファローが動く。ちょうど、ワイバーンとパンサーの召喚を解いたところだ。

 ここに召喚するためには、いったん召喚魔法を解除する必要がある。

 解除からの再召喚。

 考えうるかぎり最速の対応であり、何度も召喚魔法を使ってきた今なら、数秒程度で発動可能なものだ。


 けれど、間に合わない。   

 荒い鼻息と咆哮は大気を揺らし、足踏みは地面を揺らす。繰り出される突進の威力は、地鳴りする地面が雄弁に物語っている――

 ――錬金術発動。

 その変更は、反射的だった。

 手持ちの鉄塊を素早くバリケードに変える。

 ただのバリケードじゃない。

 表面には無数の棘をつけている。頭からぶつかれば、致命傷は免れないだろう。


 直後、轟音と断末魔が響いた。

 ――まずい!

 第一波によって、バリケードがところどころ凹んでいる。

 焦りが浮かんだ直後、第二波に襲われる。


「……っ!!」


 凹みはさらに大きくなる。

 地面とバリケードの継ぎ目が、ぐらぐらと頼りなく揺れるのを見た。


 手持ちの鉄塊は、たかだか五十キロ余りだ。当然、耐久度についての懸念はあった。

 けど、これしかなかったということもある。

 地中から金属を取り出して形成するのと、手持ちの金属を操作するのとでは発動速度に雲泥の差がある。

 地中からでも大して時間はかからない。

 数秒だ。

 でもその数秒が命取りになるということは、すでに嫌と言うほど学んできている。 

 魔法、魔術発動までの、わずかなタイムラグ。

 これは、魔法使いや魔術師にとって避けては通れない、決定的な弱点だ。

 

 ――バリケードの補強!

 ――いやだめだ!


 一瞬脳裏に浮かんだ考えを、すぐに打ち消す。

 すぐ守りに入るのは悪い癖だ。

 ここで補強に入るなら、召喚魔法を発動した方がいい。

 すでに待機済みのワイバーンとパンサーを召喚するなら、そのほうが早く済む。二人に攻撃してもらえば敵の攻撃力も落ちるだろう――

  

 ――召喚魔法発動。


 発動までの時間。

 いつもなら一瞬で過ぎ去る魔方陣の輝きが、異常に長く感じる。

 バリケードが大きく揺れる――

 ――倒れる!!


「うわぁあああっ!! あっ!?」


 瞬間、ワイバーンが姿を現し、僕を足で掴むと一気に上空へ飛び上がり、地面へ向けて火を噴いた。その行く先を目で追うと、地上ではパンサーが軽やかにバッファローの突進を躱し、反撃に出ているのが見える。

 

 あ、危なかった。最近ちょっと余裕出てきてたから油断してたみたいだ。


「ありがとう二人とも」


 こんなところからじゃ聞こえないだろうけどお礼を言って、火魔法を放つ。

 錬金術のもう一つの弱点は、地面に手を付けないと発動できないということだ。

 正確に言うと、対象に触れていないとダメ。

 手持ちの金属から錬成するときは、それに手を触れていないと発動しないし、地中から取り出す時は地面に手を触れていないとダメだ。

 しかも、地中から取り出す時には、対象の距離が遠い金属ほど操作に時間がかかってしまう。

 

「はぁ……」


 宙ぶらりんでため息をついてる様は、さぞ情けなくみえるだろうなぁ。

 想像すると、またため息つきたくなって――。


「――っ!?」


 一瞬、斜め前方、地上に異質な魔物を捉える――同時に、視界が闇に染まった。





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