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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第三章 狡猾な冒険者
30/80

僕は器が広い(笑)

全ての話に言えることですが、サブタイトルはてきとーです。



 さて、お昼も食べたところで午後の部開始と行きますか。と気合いを入れると、どこかで聞いたことのあるような無いような、キィキィとした耳障りな声が、背後、林の向こう側から聞こえてきた。


 振り返る――林から出てきたのは、予想通り糞貴族と奴隷の獣人娘、それからギルドでよく見る中年優男な冒険者だった。

 マルコとの決闘の時、僕を心配してくれた人で、そこそこの実力者だったはず。確かCランク、だったかな。

 すでに疲れたような顔をしているところを見ると、やっぱ貴族の相手は大変らしい。南無。


 なんて他人事のように思っていると、貴族と目が合った。あぁぁ、厄介ごとの予感。


「なんだ貴様は! この大量発生はベーゼ伯が三男ルーヘンが受けた依頼だぞ! すぐに消え失せよ!」

「はぁ?」


 いやいやちょっと意味が分かりません。大量発生は複数人が受領して当然でしょうが。初心者ガイドもう一度読んでから出直してきてくださいよロード・ジュニア。

 こっちは関わり合いたくないってのに、そんなに絡みたいの? なにそれ、僕貞操の危機?


 あまりの暴論に見かねたのか、Cランク冒険者さんが口を出す。


「ちょっ、ルーヘン様! 大量発生なんですから、みんなで協力して……」

「黙れ!! 一介の冒険者風情がこの僕ちんに指図するとは何事だ!! そんな腑抜けたことをぬかしてるからいつまでもC止まりなんだよ!! いいからお前はさっさと働け!!」

「……っ」


 ありえない言葉が炸裂し、優おっさんはちらりと僕に申し訳なさそうな視線を送り、すごすごと後ろへ引き下がってしまった。

 おいおいおいおい、ちょい待ちお前ら。糞七光りはともかくおっさん、あんたEランクの糞青二才にそんだけ言われてなんとも思わないのかよ?

 反論したっていいだろう? お坊ちゃまとはいえ同じ冒険者、しかもペーペーだぞ?


 ルーヘンは高圧的な態度のまま近づいてきた。


「さっさと消えろと言ったのが聞こえなかったのか!?」


 ……どーするかなぁ。はっきり言って全然怖くない。

 この世界の常識についてはリュカさんに聞いたり本でちょくちょく調べていたから、貴族が結構な権力を持っているということくらいは知っている。

 逆らって悲惨なことになっちゃったって事例もある。

 正直関わりたくない。場所、譲っちゃおうか。


 だけどこのもやし、全然強くないんだもの。見ただけでここまで弱いとわかる生き物もなかなかいない。なんならゴキブリの方が強そうだ。

 そんなやつ相手に、はいはい言いなりにはなりたくない。ムカつくし。進んで喧嘩ふっかけようとも思わないけどさ。


「おい聞いてるのか! 僕ちんに逆らったらパパが黙ってな……」


 キィキィ喚くお坊ちゃまが一瞬にして固まった。目線は僕の斜め後ろちょい上あたりに注がれている。

 まぁ近づいてきてくれていることはわかってたんだけどね、ワイバーンの兄貴。


「ひっ、ひぃぁあぁ……お、おいっ」

「はいぃ!!」


 呼びかけに応じたわん娘ちゃんが、ビビり主人を庇うようにして、ワイバーンを睨みつける。

 でも武器は持たされていないのか、素手だ。

 大きなたれ目いっぱいに涙を貯め、ふるふる震える様はなんとも同情を誘う。


 おいおい貴族ちゃま、お腰に着けた立派な剣は飾りですかな? 素手の女の子に庇われて、いいご身分だこと。


「あぁ、そう身構えないでください。こいつは僕の使い魔です。よく懐いてくれていますから、よほどのことが無い限り攻撃したりしませんよ」


 軽く一笑して、言い放つ。

 よほどのこと……たとえば僕を怒らせるとか。まぁ僕の器はそんな小さくないから安全だよね。


「ふっ、ふざけるな!! 貴様みたいになよなよした男女おとこおんなが、ワイバーンなんかを……」

「え?」


 何言ってやがるんでしょうかこの七三分け。今、男女おとこおんなとか聞こえた気がするんですけど気の所為ですよね? そうですよね?


 疑わしきは罰する。 

 兄貴、ここは一つ、一発カマしてやってくだせぇ。


 ワイバーンは上空へ向け炎を勢いよく放射した後、唸り声を上げてルーヘンにガンを飛ばした。

『もう一度言ってみろやコラ』とおっしゃっている。言葉通り受け取ってもう一度言ったら最後、骨も残らないだろう。 

 理不尽の塊みたいな言葉だ。


「ひぃぃっ!!」


 貴族は腰を抜かしたまま後ろへ手をつき、そのままがさがさとゴキブリ走法にて後退した。

 わん娘ちゃんは慌てて主人についていく。


 たっぷり十数メートル距離をとったところで、貴族は声を張り上げた。 


「き、貴様!! この僕ちんにこんなことして、ただでは済まさないぞ!! 父上に言いつけてやる!!」

 

 いやいやなんもしてないし。それにロード、チクリが最強なのは低学年までって小学校で習わなかったのですか?

 大きくなったらバックの強さよりも地力の方が大切。だってチクる前に殺されちゃったら、ねぇ? 

 死人に口は無いのです。


 わん娘はどうしていいか困っているようだったが、


「ボケッとしてるんじゃない!! さっさと行くぞ!!」


 怒れるお坊ちゃまにお尻を蹴飛ばされて、小さく悲鳴を上げると、短剣を受け取り向こうへ行ってしまった。

 おっさんはもう一度僕へ申し訳なさそうに頭を下げ、つき従っていく。


 ……これ、ヤバいのかな、どうなんだろう。

 でも別に攻撃したわけじゃないし、傷どころか指一本触れてないわけだし、たぶん大丈夫。ギリギリセーフ、滑り込みで。

 ってか被害者はどう考えたって僕だよな?




 そのあとはとくに貴族がこちらへ干渉してくることは無かったので、ピクシーやアプサラスといちゃいちゃしながら、平和に草花をいじくっていた。


 ……ついでに、ちょくちょくやつの動向を伺っている。

 いやだって、やっぱ権力怖いじゃん? 

 なので狩りもそこそこに、使い魔ーズたちは自由に遊ばせることにした。

 

 予想通り貴族は何もせず、前線で戦う奴隷にひたすら暴言を吐くか、冒険者にいちゃもんつけるだけだった。

 あれは邪魔しかしてないよな。しかも報酬はむしろ貴族の方が多い気がするし。あんなの、器の大きい僕をして発狂するレベル。よくおっさん耐えられるもんだ。

 その忍耐強さに敬礼。


 おっさんが強いのは当然として、それよりも目に付いたのは奴隷の動きだった。

 すごくしなやかで、機敏だ。まるで野生のネコのように無駄なく柔軟に体を動かしているのに、それでいてオオカミみたいな鋭さも持っている。

 そん所そこらの魔物より身体能力高いんじゃないか?

 

 この世界には獣人と呼ばれる人種が存在する。

 ほとんど人間に近い種からほとんど魔物に近い種まで様々いるけれど、それぞれ得意分野が異なっていて、差別とかはない。

 むしろ、ほとんど特徴のない人間のほうが劣っているんじゃないかと思うくらい。


 そういえば、魔物に近い見た目の獣人と魔人の違いは何だろうか?

 魔大陸に住んでるか人間領に住んでるか、ってことだけじゃないだろうし、なんか魔人は悪い奴みたいな感じで言われてるけど、人間の敵かそうでないか、ってことなのか?


 まぁいいや、なんかそんなこと言ったら大顰蹙買いそうだし。

 

 とにかく、この世界の差別は平等にカースト制だ。

 ……やっぱお貴族様にはゴマすっといたほうがよかったか? 



 

 日が傾いてきたころ、ルーヘン様御一行は湖畔の近くでテント造りを始めた。

 僕は泊りがけで魔物退治することなんてほとんどないけど、こんなところまでわざわざやってきたんだ、普通は何泊かするんだろう。


 狩りはともかく、訓練状況はまずまずだ。

 シャドウに取ってこさせた薬草はすべて図鑑で調べ終えたし、レベル二に上げた調薬術でいくつか基本的な薬も作れた。

 効果があるかはわからないけど、本に書かれてる通りに魔術発動したし、治癒魔法の時みたいにたぶん大丈夫って感覚もある。だからたぶんオッケー。

 ……動物実験ならぬ魔物実験、しといたほうがいいかなぁ。でも既存の薬品だし……いやあとでやっとこう。ウィルムあたりで。あいつ何食べても平気そうだし。ってそれ意味なくね?


 やっぱ、地球の化学的な知識があるってのが大きい。

 成分の名前は全く聞き慣れない物ばかりだけど、イメージが違う。

 この世界の人たちが思ってる漠然としたものじゃなくて、ちゃんと原子だとか化学結合だとかがイメージできてるぶん、早くコツがつかめるんだろう。

 魔術の利便性と、それが無いところで創られた偉大な知識の合わせ技、加えて解放なんていう常識はずれのスキル……ズルすぎるけど、自分が使うんだからオッケー。

 罪の意識? あるわけない。


「さて、それじゃあ兄貴、帰りも……」

「きゃあああっ!!」


 背中に乗って兄貴ワイバーンに声をかけようとしたら、悲鳴にかき消された。

 なんだ!? 

 慌てて振り向くと、水を汲んでいたのだろうか、湖に体を乗り出していたわん娘ちゃんの目の前に、巨大なウツボのような魔物が顔を出していた。


 マド・モーレイ。Bランク上位の魔物がなぜこんな湖畔に? 主か?

 そのくちばしのような口が、次の瞬間信じられないほど大きく開かれる――

 ――食われる!!

 と思った瞬間、おっさんが横からわん娘に抱きつき、なんとかウツボから逃れた。


 しかしウツボの猛攻は止まらない。

 再び顔を上げると、ぎょろりとした目で地面に転がる二人を捉える。

 

『兄貴!!』


 伝達と同時に力強く兄貴は羽ばたき、矢のようにウツボめがけて飛んでいく。


「うわぁあああっ!!」


 怖い怖い怖い!! いや速すぎるちょっとタンマでもわん娘ちゃんが危ないからやっぱ行ってほしいけどこのままじゃ僕が逝く!!


 そんな葛藤を兄貴は無視する。

 僕は兄貴のペタッとした背中にヤモリのごとくへばりつき、目をぎゅっとつぶった。


 衝撃、そして耳をつんざく巨大な悲鳴が木霊して、ようやく安定した。

 恐る恐る目を開けると、兄貴はウツボの頭を踏みつけ、魔石がどこにあるか探るようにその体を抉っていた。

 グロ注意。


「お、お怪我はありませんか?」


 倒れながらも呆然とこちらを見上げる二人の方を向いて声をかけた。でもまだ震えが止まっていなかったらしく、よろよろとした声が出てしまう。

 それでようやく気を取り直したのか、おっさんは頭を下げてきた。

 つられるように我に返ったわん娘も頭を下げる。


「ありがとう。助かったよ」 

「ありがとうございます」


 ぐっちゃぐっちゃと生々しい音が湧く中、お礼の言葉はかろうじて届いた。

 あぁ、いいことするって素晴らしいなぁ。まぁやったの全部兄貴だけど。


 背中から飛び降り(ちょっとよろけた)、二人のもとへ寄る。

 たぶん二人とも擦り傷くらいはしてるだろうから、治癒魔法でもかけてやろう。

 とその時、二人の前にルーヘンが。なにやら怒ってるような感じだ。

 なぜに?


「おい貴様!! 人の獲物を横取りするとは何事だ!!」

「はい?」

「ちょ、ちょっとルーヘン様!!」

「貴様は黙ってろ!!」


 すごすごと退き下がるおっさん、いと弱し。


「こんな魚ごとき、我が愛剣にかかれば一刀両断だったのだ。それを貴様、横取りしやがって。これは重大な違反だぞ!! 覚悟はできているんだろうな?」


 んん? 何をおっしゃってるのかよくわかりませんルー変様。もう変様でいいや。

 愛犬? あぁ、このわん娘ちゃんのことか。えぇと、このわん娘ちゃんが倒せたって言うのに僕がしゃしゃったから違反だと? 

 まぁ確かに犬は魚類に対して圧倒的に優位だけど……。

 いまだ震えの止まらない、大きな目に涙をいっぱいためている少女をちらと見やる。


「……それはちょっと無理じゃありませんか?」

「なんだと貴様!! 僕ちんを愚弄するというのか!!」


 おおう、すげえ剣幕だ。意外と奴隷のこと大切にしてるのか? 

 いや、それは無いな。

 だとしたら奴隷=自分の所有物、つまり奴隷の強さを疑えば自分の強さを疑われたと同じってことか?

 何その理論、天動説もびっくりだよ。こじつけすぎです変様。

 それでもなんとかいら立ちを抑えて、へいこらする。 


「いえいえ、滅相もございません。ただこのウツボはBランクの魔物の中でも強い方です。状況的には助けに入った方がよろしいかと思いまして……」

「ふん、Bランクなら僕ちん一人でも十分だったのだ。数々の無礼と言い、此度のことと言い、貴様は立派に犯罪者だ。覚悟しておくがいい」


 あぁ~もうめんどくさいや。

 さすがにこのことで犯罪者になるわけないだろうし、そろそろ帰らないとヨナに怒られちゃうし、さっさとおさらばしよう。


「申し訳ございませんでした。ではこのウツボはルー変様が倒したということで。魔石も素材も私は一切手を付けません。それでどうでしょう?」

「そんなの当たり前だろう!! 貴様は我のプライドを……」

「グォオオオッ!!」

「ヒィエッ!!」


 ナイスです兄貴。

 泣く子も黙らせる威嚇。理不尽には圧倒的な武力を以って立ち向かおう。

 内心褒めながら、兄貴の頭を撫で、宥める。


「すみませんでした。戦闘の後でこいつも気が立ってるんです。それで、さっきの件ですが、よろしいでしょうか?」

「ま、まぁいいだろう」


 言質はとった。さてと、帰るとしようか。

 はぁ、まったく散々な一日だったなぁ。 





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