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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第一章 歪なつながり
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奴隷二

 しばらくそうしていて、ようやく落ち着いてきた。

 少女のおかげで体温が戻ってきたこともあって、少し余裕が出てくる。


 となると、当然の疑問が生まれた。


「……なんで君は、ここまでしてくれるの?」

「……こほっ……自分の、ためです……」


 少女は少し間を空けて、小声でゆっくりと続きを話す。


「わたし……こんな、ですから……こほっ。病気だし、醜いし……何の役にも、立ったことないんです。だから……せめて誰かの役に、立ちたい……存在意義が、欲しいんです……」


 唐突な告白だった。

 言っていることは分かるけど、でもなんとなく腑に落ちないような内容だ。

 けれどどこか必死というか、真に迫るものがあった。

 存在感の薄いこの子から初めて生を感じたような、そんな気がした。


「……存在、意義……?」


 尋ねると、一瞬少女の体にぴくりと力が入る。


「……わたし、もう、長くはありませんから……」

「えっ?」


 少女は僕から体を離し、立ち上がった。


「そろそろ危ないので、行きます……がんばってください……」

「あっ、ちょっと……」 

 

 少女は振り返らず、一瞬立ち止まった。


「ありがとう」


 伝えなきゃ。

 そう思って、一言に最大限気持ちを込めた。


 少女は振り返ることなく歩き続ける。

 けれど何となく、少女が笑い返してくれたような気がした。




 一週間が経った。

 この一週間で、檻の中のメンツも少し変わったが、依然としてカースト最下位は僕のままだ。


 僕はこの奴隷商の商品でイチオシらしい。

 男娼。あるいは僕のような男女が好みという変態性癖を持った者たちに高く売れるそうだ。

 その価値を上げるため、日中は奴隷商に躾やら戦い方などを教わったり、昼ごはんを食べさせてもらったりと、いろいろ贔屓されている。


 それでなぜカースト最下位なのかというと、単純な嫉妬だ。

 少女――ヨナを除いて、明らかに僕が一番弱いということもある。

 贔屓されてるお坊ちゃんをいじめる子供のような心境なのだろうか。


 ちなみにヨナは、全員に避けられている。

 よほど恐ろしい病気なのか、本人は感染るものではないと言っているのに、誰も聞く耳を持っていない。


「はぁ……」


 具なしスープだけを啜りながら、ため息をつく。


 パンは毎度の如く、ボスに取り上げられた。

 『日中いいもの食って来てるんだからよこせ』だそうだ。意味が分からん、ジャ〇アンかよ。


 贔屓なんて、されない方がよかった。

 日中行われているのは、躾けとは名ばかりの拷問だ。


 運動なんてほとんどしていなかった僕が、いきなり剣術やら護身術やらを一日中仕込まれるだけでも異常なのに、体罰ありの非人道的な訓練となれば、身がもつはずもない。

 たった一週間で何度も死ぬかと思ったし、何度も自殺を考えた。

 一週間経った今だからこうして落ち着いていられるけど、本当にひどい毎日だった。


 自分の顔が恨めしい。

 せめて普通の顔だったら、ここまで酷い目に遭うことなかったろうに。

 小学校のころから十年以上も顔のことでいじめられてきて、何度整形を考えたことか。


 ついと袖が引っ張られた。


「……こほ、パン、あげます……」


 振り返ると、顔を伏せたまま、彼女がパンを差し出してきた。


 この一週間、ずっとこうだ。

 なんでも、もう固形物を食べることはできないそうで、僕がパンを奪われるたびに差し出してくる。 


 彼女だけが、ずっと僕の味方だった。

 疲れ果てていれば大丈夫かと声をかけてくれ、僕が弱音を吐けばじっと聞いてくれたり、励ましてくれたりする。

 今まで生きてきて、初めて本当の仲間に出会えた気がしていた。


「……ありがとう。でも、君ももっと食べないと。代わりと言っちゃあれだけど、スープあげるよ」


 パンを受け取り、代わりにスープを差し出すと、彼女はゆっくりとした動作で、ふるふると首を振った。

 

「ありがとうございます。でも……おなかいっぱい、ですから……」


 そう言う彼女の皿には、少しスープの汁が残っていた。それ以上手を付ける気配はない。


 死んでしまうのだろうか。


 うすら寒いものが背筋を走った。

 彼女は死期が近いと言っていたし、それを受け入れているようにも見える。

 日中彼女はほとんど寝て過ごしているようだし、あれ以来、そのことについて触れようとしない。

 本当に穏やかで、何かを悟っているようでもあった。

 そして、自然な速度で、衰弱を続けていた。

 でも、いやだ。


「……ねぇ、もうちょっとだけでいいから、食べてくれないか?」

「……」


 彼女はいつも通り、ゆっくりと首を振るだけだ。


 いやだと思った。

 彼女が受け入れていても、僕が受け入れられない。


 たった一週間の付き合いだが、その意味は大きい。

 付き合いというのは、相互作用だから。いじめる側といじめられる側という関係は、作用しているようでしていない。

 相互に何も得ていないからだ。

 だから、僕が親以外の人とちゃんと付き合ったのは、これが初めてと言えるのだろう。

 こんな気持ちになるのも、当然かもしれない。 


 なんて理屈こね回しているけど、そんな理屈じゃ測れないほどに、いやだと思った。

 

「君の病気、治す方法はないの?」

「……」


 彼女は、静かに首を振って、横たわってしまった。



 何か方法はないのだろうか。


 もらったパンを、大切に食べながら考えていた。

 壁際でこの子の隣に座っている限り、誰からも邪魔されることはない。

 サンドバック・タイム(僕がサンドバックになる時間)は夕食前に済んでいるし、ここにいれば誰も寄ってこない。

 彼女を利用しているようで気が引けるが、それよりもここにいたかったので動くつもりはない。


 ほんのかすかに、すぅすぅと寝息を立てる彼女を見る。

 相変わらず顔を隠してしまっているが、銀色の髪は手入れ無しでも、なお美しい。 


「……そうだよ」


 思わずつぶやいた。


 そうだ、ここは異世界なんだ。

 別に日本のラノベとかゲームとかと同じだとは思っちゃいない。だけど、日本での常識は捨てるべきだ。

 スキル、あるいは魔法。

 そういったものが無いとは言い切れない。

 いや、オークなんてのもいたんだ。

 可能性は十二分にある。


 オークは地球の住人が勝手に作った架空の化け物だ。

 けれど、それが創られたのには、やはり何らかの因果が作用していると僕は思っている。

 火のないところに煙は立たないと言うわけじゃないけれど、例えば平行世界だとかがあって、そこの人たちが常に考えていることととか、形而上的な何かが偶々交叉して閃きが生まれるとか、そういうことがあるのでは。


 まぁなんの根拠もない中二病な発想には違いないけれど、とにかく、試せることは何でも試そう。



 

 今日、僕はいじめられ、怒鳴られまくりながらいろいろ聞いて回った。

 しかしその甲斐あって、大きな収穫を得た。

 拷問にサンドバック・タイムを済ませた僕は夕食後、昨日と同じように、安らかな寝息を立てるヨナの隣で情報整理している。


 まずはゲームと同じように、ステータスがあるかどうか。

 しかし、そんなものは誰に聞いてもないと言われてしまった。


 だけど、スキルと魔法は確かに存在していた。

『ステータス・オープン』と念じることで、情報が頭の中に流れ込んでくる。



 スキル


・王の力

・解放



 さらに詳細を知ろうとすれば、それぞれについての情報が流れ込んでくる。



・王の力……行使者の能力以下の生物単体を支配下に置くことが可能


・解放……倒した生物のエネルギーを吸収する。一定のエネルギーが貯まると、それを消費することで、その量に応じたスキルを解放することが可能。また、エネルギーは鍛えることでも貯めることができる。




「くくっ……」


 思わず笑みがこぼれてしまう。

 やった! 

 これは明らかにボーナススキルとかそういう類のやつだ。ていうか『王の力』って……絶対強いだろ!


 ようやく僕にもツキが回ってきたようだ。

 思えば生まれてからこの方、何もいいことがなかったんだ。常に理不尽のオンパレードでひきこもりオタクまっしぐら。


 だがもう、そうは行かない。

 力があるなら、最大限それを活かしてやろうじゃないか。

 理不尽もいじめもすべて殺してくれる。


「ふぅ……」


 一呼吸おいて、気持ちを落ち着かせた。


 とはいえ、現状僕は戦闘用スキルを持っていないに等しい。

 これではここから脱出することはできないだろう。


 それに、ほかの人が普通、どんなスキルを持っているのかがわからない。

 この子はスキルを持たないと言ってたけど、みんなそうとは限らないからだ。

 ちなみに持ってるスキルは誰も教えてくれなかった。最重要機密の一つらしい。

 さすがに、誰も彼も『王の力』や『解放』みたいなのを持っているとは思えないけど、念には念をだ。

  

「さて、と……」


『王の力』は、たぶんモンスターテイマーとかの上位互換だろう。魔物がいない今、試すことはできないな。


 とりあえず『解放』だけでも確認しておくか。

 念じることで『解放』を発動すると、解放できるスキルの一覧情報が頭に入ってくる。



『水魔法LV1』『風魔法LV1』『召喚魔法<スライム>』『召喚魔法<ハム>』



 え、うそ……これだけ?

 思わず舌打ちしそうになって、あわててやめた。

 そんなことしたらバカ類人猿どもが騒ぎ出してしまう。 


 でも、これは困ったことになった。

 一週間死ぬ思いしてたまったエネルギーがたったのこれだけとは。これじゃあここから逃げ出すことはできない。


 もっと貯めないとだめか。

 でも、あとどれくらいしたら逃げ出せるようなスキルを手に入れられるんだ?


 この一週間を、あと何度繰り返せばいいか考えたら、めまいがした。

 いや、そんなの無理だって……。

  

「ん……」


 ヨナがかすかに呻いた。

 少し苦しそうな声だ。


 そうだ、僕だけのためじゃない。この子の命がかかってるんだ。

 この子の病気を治すために奴隷商が何か手を打つとは思えない。

 だとしたら、僕がこの子を連れてここを抜け出し、医者の所へ行くか、またはこの子の病気を治せるようなスキルを手に入れるしか方法はない。


 この子がいなくなってしまう。


 想像したら、足が竦んだ。

 覚悟を決めろ。

 ぐっと拳を握りしめ、固く誓った。

    



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