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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第二章 不器用な冒険者
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不器用な冒険者 十五

 三メートルはあろうかという巨大な悪鬼は、悠然と広間へ侵入し、こちらへ体を向けた。


 ごくりと、思わず唾をのんだ。

 なんだ、あの化け物は? 名前からスカルナイトと同類だと思っていたが、全くの別物だ。


 骸骨というよりは、太い骨の鎧を纏った巨人と言った方が近い。

 もっとも、姿かたちは巨人になんて生易しいものじゃなく、攻撃的な角と相貌は、まさしく悪鬼と呼ぶにふさわしい凶悪さを醸している。


「オオオオオッ!!」


 悪鬼の口が開き、放たれた咆哮が空間を揺らした。


 無理だ。勝てない。

 すぐにわかった。ブラッディ・オーク? あんなの、ただの豚だろ。こいつは、今まで戦ってきた魔物とは明らかに違う。

 異質だ。

 今までの敵は、どこか生物としての規範から外れてはいなかった。だが、こいつは違う。到底、同じ生物として見ることが出来ない。

 怖い。

 僕の心はいつもそうだ。強そうな奴を見ると凍りつき、逃げろ逃げろと喚き散らす。理性は感情に勝てない。しゃんとしろと命じても、足は勝手に震えだす。

 怖い。

 心臓の音がうるさい。恐怖で循環器系がパニックに陥ってるのか、息が異常に切れた。


「……逃げ、なさい」


 苦しげにそう言うリュカ姉は、こともあろうに上半身を起こしていた。そのことでようやく、恐怖に侵されていた僕の頭は、正常な動きを取り戻す。


「リュカ姉、いいから寝てて」

「お願い聞いて……あいつはマジでヤバいんだ……」

「そんなの、見りゃわかるよ」

「ならっ……」


 僕はリュカ姉の目を見つめ、できる限りカッコつけて笑った。


「リュカ姉、僕の信条はね、『いじめは死ね』なんだ。僕は、リュカ姉をいじめたあいつが許せない。たとえリュカ姉にとって僕が他人でも、僕にとってリュカ姉は命の恩人だから……」


 立て、立つんだ。

 逃げろと喚くセンサーに負けないよう、理性を振り絞った。理性は感情に勝てない。

 けど、そこに大きな理由が付けば、形勢は変わる。


 リュカ姉を助けるんだ。

 勝てないかもしれない。物語の主人公のように、スマートにはいかないだろう。逃げて、這いつくばって、泣きじゃくって、無様に殺されるのかも。あるいは、一撃でやられるのかも。


 それでも、僕はリュカ姉を助けたい。


 実に単純で、幼稚な思いだった。愚盲とも言える。状況を理解していない、ただのガキの決断だ。

 でも、本物だ。それは理由となり得る。

 趨勢は決した。


 僕は立ち上がった。


「だから僕は、リュカ姉を助ける。ピクシーッ!! アプサラス!!」


 僕の掛け声と同時に、二人の妖精が全力で魔法を放ち、戦いの火蓋は切って落とされた。



 鳴り響いたのは爆破音と金属音。

 硝煙で見えないが、水の槍は弾かれたのだと音でわかった。とんでもなく硬い。

 

『ピクシー、あいつを引きつけろ。リュカ姉から引き離すんだ。アプサラスは僕のところへ』


 念じることで指示を出す。

 第一に優先すべきことは、リュカ姉を標的にさせないことだ。

 僕はリュカ姉から離れるように部屋の中央部へ向かった。ピクシーは爆撃を続けつつ、距離を詰める。

  

 硝煙の中から、デーモンが飛び出してきた。

 傷一つ負っていない。

 硬いのだ。

 わかっていたことだ。

 しかし底が見えないことで、改めて思い知る。

 加えて速い。

 大きいこと。

 それはパワーと引き換えに、動きを鈍くするに等しい。

 基本的にはそうだ。

 しかし例外はある。

 やつはその一つと言えた。


 あわてて方向転換したピクシーに、悪鬼が腕を伸ばした。

 鞭だ。

 しなやかに伸びるそれを見て、連想された。


 果たして、轟音。

 まるでハエを叩くようにその掌底は小さな妖精を捉え、地に叩きつけた。

 直後、部屋が暗闇に包まれ、ピクシーが消えたことを悟る。

 地面がビシビシと音を立てる中、僕は再びピクシーを召喚した。

 光が復活する。


「ごめんな、ピクシー。でも……」


 がんばってくれ、と言おうとして、口ごもる。

 健気な女の子に、それは酷すぎるんじゃないだろうか。

 バカか。

 なんて甘いことだ。

 思ってすぐに、頭を振る。

 使い魔だ。死ぬことは決っしてない。

 この子たちを銃の弾丸のように浪費する。それはこいつと戦うと決めた時、すでにわかっていたことだ。

 それでも戦うと決めた。

 後悔はない。

 気を遣うなんて、そんな資格はない。考えてはいけない。

 それは欺瞞だ。


『行ってくれ、ピクシー。今度は油断するな』


 念じると、一寸の迷いもなく、ピクシーは飛び出した。


 不意を突かれなければ、時間くらいは稼げる。その間にリュカ姉から対角に僕は陣取り、悪鬼を正面に据えた。


 策が必要だ。

 開始直後の魔法は、自爆を除けば、二人の全力魔法だった。

 あれ以上の魔法は、ない。

 一応アプサラスより上位の魔物も、召喚できるっちゃできる。治癒魔法のレベルを上げても、それだけのエネルギーが残っていた。


 だが、それでもあれに有効かと言われれば、首肯できない。決定打にするには足りないだろう。


「くそ……」


 しかもやつは、再生すると言っていた。

 ヤバい、勝てる方法が微塵も浮かばない。


 轟音。

 再びピクシーがやられたことを悟った。

 暗闇の中、炯炯と赤く光る悪鬼の目が、リュカ姉を捉える。

 ――まずい。

 即座にアプサラスに水の槍を撃たせ、ピクシーを召喚する――悪鬼の視線が、僕と交差した。

 それは、獲物が変わったことを示す。

 やつの中で、僕の地位が上がったのだ。

 空気から、邪魔者へ。

 やつにとっては、メインディッシュをゆっくりといただくために、群がるハエをはらう程度のことなのだろう。やつの目には、敵意よりいら立ちがあるように見えた。

 

『来る!!』


 二人へ伝えると同時に、脇差を右片手に構え、体勢を落とす。


 直後、果たして悪鬼は向かってきた。

 脳を揺らすほどの咆哮は、こちらの動きを封じるためか、いら立ちによるものか。

 しかし効果は絶大だ。

 鼓膜の痛みと生理的な恐怖が、足を後ろへ下げようとする。


 目を瞑り、念じた。

 ――逃げちゃだめだ。

 対抗することで、制御する。

 しかしその一瞬で、僕は逃げる機会を失った。

 目を開くと、迫っていた。

 圧倒的な速さで向かってくる。

 速い。

 逃げることは不可能だ。


 目を見ると、視線が合った。

 敵は一瞬たりともこちらから視線を逸らさなかったのだ。それはやつが、歴戦の強者であるということを意味している。


 だからこそ、光明が見えた。


 僕の葛藤を悟ったか。

 口角が上がったように見えた。

 意思があるのだ。

 そしてそれは、明確な油断。

 幾度となくその嘲笑を見てきた僕には、種の違う悪鬼のそれがはっきりとわかった。


 敵は硬い。

 こちらの攻撃は、その骨の鎧を貫くことはできない。

 だが、すべてが硬いわけじゃない。

 目だ。

 あるいは緩んだ口。

 引きつけて二人に攻撃させる。


 命令は、瞬間的に伝達された。

 まるで腕を動かすかのように、二人が最善で動いてくれることを確信する。

 あとは、引きつけるだけ。


 できるのか? あんな化け物を引きつけるなんて。

 当然の不安が、胸を過る。

 傍から見ていても、やつの動きは凄まじかった。とても僕に捌けるようなものじゃない。そしてその威力は、容易に僕の体を破壊するだろう。


 一撃でも喰らえば、アウトだ。

 でも、やるしかない。

 生きるためにはそれしかない。

 悪鬼の腕が振り上げられた。


 瞬間、僕は前に出た。

 考えはない。

 ただ、気づくと前に出ていた。

 悪鬼の腕が、振り上げられて、惑う。

 裏をかいたのだ。

 攻めてくることなど、予想もしていなかったのだろう。数瞬前まで怯えていた僕が!


 硬直は一瞬。

 即座に軌道修正された腕の鉄槌が、頭上に迫った。


『いまだ!!』


 命令とともに、死を覚悟した。

 しかし衝撃は無かった。

 響いた断末魔は、僕のものじゃない。

 上空で爆発した叫声を聞き、内心快哉を叫ぶ。

 デーモンの気配が離れ、僕は顔を上げた。


 暗闇の中、かすかなシルエットが浮かぶ。

 振り落とされるはずの腕が、顔を覆っている。

 稚拙な作戦は、まんまと成功したのだ。しかし命令を遂行した二人の気配はない。

 自爆だった。

 全力攻撃が効かないのだから、当然の手段だ。

 それでも、致命傷には至らないらしい。両目を失おうと、デーモンはぴんぴんとしている。


 想定の範囲内だ。

 僕はあいつを許せないが、一番大事なことは、リュカ姉を助けること。


 二人を再召喚し、すぐにリュカ姉のもとへ向かった。

 やつが悶えている隙にリュカ姉をつれて、この鉱山から脱出しよう。


 リュカ姉のもとへ駆け寄る。

 見ると、リュカ姉は何かを叫ぼうとしていた。

 声は無い。

 しかし必死だ。

 いったい、何を――? 

 直後走った戦慄に、僕は振り返った。


 悪鬼は、僕を捉えていた。

 目は見えていないはず。

 しかしこちらの何かを察知して、悪鬼は僕を捕捉している。迷いなく、一直線にこちらへ突進してきたのだ。


 咆哮は、今度こそ明確な敵意を孕んでいた。  

 即座にアプサラスを囮に、僕は離脱した。



 なにか……なにか手はないか。

 アプサラスがかろうじて引きつけているものの、長くはもたないだろう。

 やつは僕が妖精を操っていると気づいている。今は逆上してるが、いずれ無視して、攻撃を仕掛けてくる。


 弱点を突いた最大攻撃も、やつを倒すに至らない。

 今ある駒で直接やつを倒すことは、実質不可能と言えた。


 何か使えそうな魔物はいるだろうか。

 デーモンから目を離さず、僕は解放リストを確認する。


 アプサラスより強力なのは……ソード・リザード、ビッグ・パンサー、ゴーレム、ウィルムの四体だ。


 一番強いのは最後のウィルムだが、それがどんな魔物を指しているのかわからない。

 逃げるならパンサーだ。

 リュカ姉と一緒に乗って逃げればいい。


 ただ、問題は大きさと速さだ。

 ビッグというのが懸念される。

 大丈夫だとは思うが、これで通路を通れないほどでかいのが出たら、目も当てられない。

 それにやつより速いとは、必ずしも言えない。


 リザードは、たぶんダメだろう。ソードということは、逃げより戦うことに特化してるはず。

 ゴーレムは論外だし……。


 轟音がして、我に返った。

 デーモンが床を叩いたのだ。

 ビシビシという音とともに、床が砕ける。

 幸い、アプサラスは避けたようだが、デーモンはこちらを睨んでいる。


「くそっ!!」


 ――こっちに来る!

 察してすぐに駆け出し、ピクシーを放った。

 まずい。 

 本当にターゲットを僕に絞ってきたら、数分ともたない。


 懸念は当たった。

 デーモンは、本格的に潰しに来た。

 何も考えず端から潰していく。ではなく、頭を使って確実に殺す気で来たのだ。

 それはつまり、冷静になったということ。

 目をつぶされたことで油断が無くなり、冷静になった今、さっきのような不意打ちは見込めない。

 妖精たちは、必死にデーモンの周りを飛び交い、攻撃を放つ。

 しかし悪鬼は意にも解さない。


 距離が詰まる。

 歩幅が違いすぎるんだ。

 何か手は……なにか!?


 あせるほどに思考が空転し、霧散する。

 その時、


「あっ!?」


 何かに躓いた。

 そこは、デーモンがつくったクレーターだった。亀裂が入り、ところどころ床がめくれている。 

 ――しまった。

 不思議なほどゆっくりと、地面が迫ってきた。

 立て直せ、何とかしろと何度も何度も叫ぶ。

 しかし手足は動かない。

 全てがスローモーションになったかのようだ。


 そして僕は、何の抵抗もなく転んだ。

 殺気は、すぐ近くにあった。

 背中にビリビリと感じる。

 見えないはずのデーモンの姿が、鮮明に脳内に浮かび上がった――右腕が、振り下ろされる!!

 スキル解放!!


「何でもいい!! 出でよ!!」


 広間全体が揺れるほどの打撃音が、頭上で響いた。

 すでにひび割れていた地面が、ビシビシと悲鳴を上げている。


 予想していた衝撃は、無かった。

 自分が召喚したものを確認すべく、顔を上げる。


「で、でかい……」


 何よりもまず、その一言が浮かんだ。


 僕を庇うようにしていたのは、全身が岩でできた大男――ゴーレムだった。

 おそらくその巨大な背中でデーモンの一撃を受けたのだろうが、表情は一切変わらない。というか、表情は無い。石像のようだが、しかしなめらかに体は動いていた。


 ゴーレムが立ち上がると、三度みたび、床が悲鳴を上げる。ゴーレムは、デーモンを遥かに超える巨体だった。

 突破口が見えた。


『叩き潰せ!!』


 命令とともに、ゴーレムが動く。

 腕を上げ、デーモンめがけて振り下ろした。

 しかし、遅い。

 デーモンは軽々と躱して、次の技を――


 ――ゴーレムの拳が、床を突き破った。


 崩壊は、いままでデーモンが作り出してきたクレーターと結合し、フロア全体へと続いていく。

 逃げ場はない。

 僕もデーモンもゴーレムも、なすすべもなく下へと突き落された。


「よしっ!! ピクシーッアプサラスッ!!」


 思わず拳を握り、二人に命令した。

 アプサラスにはリュカ姉の救助を頼み、僕はピクシーに手を引かれて、落ち行く魔物を見下ろす。


 ゴーレムはデーモンに組み付いていた。

 どうやらデーモンも、あの状態ではゴーレムを破壊するのに手を焼くらしい。まぁ空中では踏ん張ることもできないだろうから、それも当然だろう。


「ゴーレム!! フロアをどんどん破壊して行け!!」


 落下の速度とゴーレムの体重を乗せた攻撃なら、この程度の床破壊するのは容易いだろう。あとは二体の耐久力比べだが、ゴーレムなら問題ないはず。

 それに一番下はマグマだまりだ。


「ざまぁみろ糞骸骨!!」


 最後に穴の底に向かって叫び声を上げると、デーモンの咆哮がむなしく響いた。





10月8日

『エル・ウィルム』⇒『ウィルム』


ちなみにウィルムとはワームっぽい生き物です。手足、翼が無いドラゴン。

そのうち出てきて説明が入ります。

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