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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第二章 不器用な冒険者
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不器用な冒険者 十四

 地面は唐突に現れた。


 穴からまっすぐに下りたところにもう一つ穴があり、ピクシーたちは僕をその隣まで運んで、地面にゆっくりと下ろしてくれた。

 穴を覗いて、さらに下へ落ちてしまったのかと思いドキリとしたが、ピクシーに袖を引かれてほっとする。


 ピクシーは僕の背後を指さしていた。光をそちらへ向け走り出すと、すぐに何かを見つけた。


 ――リュカ姉だ。


 光を向けても、仰臥したままピクリとも動かない。

 まさか、という言葉を呑み込み、代わりに「リュカ姉!!」と叫んで駆け寄ろうとして、ぴちゃりと足の下で弾ける液体の音に止められた。


「えっ……?」


 液体は、血だった。

 辿っていくと、それはリュカ姉の口から出たものだとわかった。信じられない量だ……一瞬、自分が死んだ時の光景が脳裏を過り、戦慄が走った。


「くそっ!!」


 振り払い、一目散に駆け寄って、その体に手を置いた。冷たい……まさか、もう……? 


「リュカ姉、リュカ姉!!」

 

 夢中でゆすり、呼びかけた。

 怖かった。

 どうしよう、どうしよう!? 

 とにかく返事をしてほしいという気持ちでいっぱいで、パニックに陥っていた。


 その時、ほんのかすかに、リュカ姉のまぶたが動いた気がした。


「リュカ姉?」


 祈るような気持ちで見つめると、今度は確かに、口元が動いた。

 ……笑ってやがる。


 緊張は、一瞬でほぐれた。

 頭がクリアになり、すべきことが浮かんでくる。

 治癒魔法レベル三、解放。ずっと新たな召喚魔法のために蓄えてきたエネルギーを、なんの躊躇いもなく消費する。

 何としてでも、絶対に助けてやる。

 

 体中傷だらけだが、何より危険なのはその中――内臓へのダメージだ。これだけ吐血しているということは、内臓に深刻なダメージを負っている証拠になる。

 程度の差はあれ同じように死んだ僕は、そのことがはっきりとわかっていた。


 リュカ姉のおなかに手を置き、魔力を流し込んでいく。とたんに、内部がイメージできた。


 酷い有様だ。

 レベル三になった治癒魔法でも難しいということが、すぐにわかる。なんでまだ生きているのか不思議なくらいだ。


 僕に治せるのか?

 頭を振り、意識を集中する。

 感情をはさむな、論理的に考えろ。最善を尽くすにはそれが一番だ。

 とにかく出血から何とかしていこう。



 治癒魔法を使っていると、患者の状態がなんとなくわかる。

 リュカ姉の状態は、死の一歩手前だった。彼女の常人離れした体力によって、なんとかもっているようなものだ。


 何時間経ったかすらわからない。暗闇は、時間の流れも隠してしまう。

 頭の中では何度も、死んだ自分の姿が浮かび上がり、それがリュカ姉に代わった。

 恐ろしかった。しかし中断はできない。

 大きく息を吸い込み、魔力を流した。


 ただひたすら、永遠と魔力を流し込み続け、僕の魔力が底をつく寸前、ようやく事態は好転した。

 なんとなく、窮地は脱したということが伝わってきたのだ。


「ふぅ~~~うっ……!」


 思わず天を仰ぎ、思い切り息を吐き出したところで、違和感に襲われた。視界が傾く。

 地面が、揺れているのか?

 いや、違う。これはめまいだ。

 気が付くと僕は倒れていた。


「~~っっ!?」


 続いて押し寄せてきたのは頭痛だ。加えて、急に倒れたからか、心臓が妙に激しく拍動している。この感覚は、盗賊から逃げているときにもあった。

 魔力と体力が、ともに尽きたんだ。


 なんとか意識を保ち、ピクシーとアプサラスにリュカ姉の看病と周囲の警戒を命令し、僕は意識を手放した。



 ……これは、夢、か? 

 妙な夢だ。夢だというのに、これが夢だということを自覚できている。


 僕は幼い姉弟が遊んでいるのを、後ろから眺めていた。赤髪の姉弟はともに棒切れを持ち、探検ごっこをしているようだ。


 気の強そうな姉が先頭に立って、いかにも気弱な弟がそのあとをよちよち追う。二人は小さな虫と戦ったり、石ころを拾って喜んだりした。

 

 夕暮れ時、姉が弟に小指を差し出す。弟は差し出された指と姉の顔を交互に見て、こてんと首を傾げた。


「約束よ、リュナン。私たち、将来は冒険者になるの。そんでもって、いっぱい冒険して、魔物をたくさんやっつけてね、英雄になるんだ!」


 それを聞いて、弟の顔がぱぁっと晴れた。


「えいゆう!? ぼーけんしゃになったら、えいゆうになれるの!?」

「うん、きっと」


 夕暮れ時、はしゃぐ弟と笑う姉の指切りが、なぜか寂しく映った。




 優しく包まれている気がした。覚醒していくと、何かに撫でられていると気づく。

 ん? 撫でられるとは、どういうことだ?

 混乱して、だんだんと状況を思い出していく。

 そうだ、リュカ姉は!?


「おっ、起きたね?」


 目を開けると、すぐ目の前にリュカ姉の顔があった。相変わらずの近さだ。けれど今は、そんなことよりも気になることがあった。  


「大丈夫、なの?」

「うん、オーワのおかげでね。ありがとう」


 いつもの陽気な声は、しかし力がなく、快活さは鳴りを潜めてた。力なく笑うリュカ姉の顔は、あのときのヨナのように真っ青だ。


 質問の意味ないな。あぁ聞けばこう返してくるに決まってる。


 優しい嘘だけど、うれしくはなかった。

 魔力はそれなりに回復した。あれ以上内臓の損傷を治すことは無理そうだけど、他の怪我を治すことくらいはできる。


「ごめん。大丈夫なわけないよな。治癒魔法かけるから、ちょっと起きるよ」


 僕はリュカ姉の腕の中から這い出そうとした。しかし、かすかに抵抗があり、僕は動きを止めた。

 こちらの目を見るリュカ姉の視線は、いつもとは違った。


「オーワ、聞いて。この鉱山にはスカル・デーモンっていう化け物がいる。しかも体を再生する力を持った異常種、っておまけつきでね」


 口調はいつも通りなのに、普段の、子供に言い聞かせるような響きは無かった。


「逃げるんだ、オーワ。坑道は広い。けどやつは私を追ってくるはず。デーモンは執念深いから……私を背負っては逃げられない」

「置いてけ、って言ってるの?」


 リュカ姉は、ちょっと困ったような顔をした。


「えぇと、まぁ、そうなるかな?」


 なんでどいつもこいつもそうなんだ。そういうのが流行ってんのか、この世界。カッコいいけど、言われた方はあまりいい気がしないんだよな。

 言い返そうとして、リュカ姉の言葉に阻まれた。


「お願い聞いて、オーワ。私は……もう、失いたくないんだよ」

「……失う?」

「私さ、オーワに謝らないといけないこと、あるんだ」


 謝る? リュカ姉が僕に? 

 突然の話題転換と身に覚えのなさに、首を傾げてしまった。


「……いつもからかってるとか?」

「違うよ。もっと、大きなことだ……あのさ、オーワ。私には……」


 リュカ姉はちょっと言いよどんで、少し震えた声で、先を続ける。


「私にはさ、弟がいたんだ。三つ下の。いつもリュカ姉リュカ姉って、私の後ろくっついてきた、かわいいやつでね。しかも泣き虫で、気が弱くて……本当に手がかかるやつだった」


 なぜいきなり弟の話になるのか。

 まったく理解できなかったが、リュカ姉がこんなふうに話をするところなど見たことなかったから、突っ込むことはできなかった。

 それになぜか、なんとなくその情景は、鮮明に浮かんでいた。 


「でもさ、いろいろ……上手くいかないんだよね。親、二人とも死んじゃってさ……それでも何とかやってたんだけど、人さらいとかいるじゃん? 私のせいで、あれに目ぇつけられちゃって……」


 言葉は切れてしまったが、その先は言われなくても、なんとなくわかった。

 少しの間、リュカ姉は俯いていた。

 そして顔を上げたリュカ姉の目には、力が戻っていた。

 

「私は、君を弟に重ねてた。君を見た時、初めはリュナンが、弟が帰ってきたんだと思った。それくらい、君は似てたからさ。それでね、君を助けることで、私のせいで死んだリュナンに罪滅ぼしをしてる気になってたんだ。

 私は、君が弟じゃないと知っていながら、君を弟に重ねていた。いや、弟の代わりにしようとしてた。君という個を、完全に無視してさ」


 リュカ姉が、小さく息を吸った。しかしそれは、今のリュカ姉の体調を考えると、目いっぱいのものだとわかる。


「だからごめん。……私は君と、オーワとは……他人も同じなんだ。他人に、これ以上の義理は無いんだよ、オーワ。君は私に、これ以上の義理は無い」


 なんとなく感じていた、リュカ姉に対する違和感の原因がわかった気がした。

 リュカ姉が不自然なほど優しかったのも、そして、なぜ子供とそうするように接してきたか、なぜ距離が異常に近いのか。

 リュカ姉は拘束を解いた。優しく、しかし素早く。


 離れる寸前、その手が震えたのを僕は感じた。


「……他人、か……」


 難しいことだと思う。そもそも僕なんかに、他人かそうじゃないかなんてこと、区別がつくはずもない。

 けど、確かなことがある。


 僕は起き上がって、リュカ姉の体へ手をかざした。リュカ姉は、まるで捌きを受け入れるかのように、静かに目を閉じた。

 僕はリュカ姉に、治癒魔法をかけた。


「え……?」


 リュカ姉はすぐに目を開け、口から困惑を漏らした。なんで治癒されているのか、本当にわかってないみたいだ。


 なんて、不器用な……。思わずあきれてしまう。

 今まで、この人は人付き合いの上手い、気さくな人だとばかり思っていたが、ことによっては、僕以上に人付き合いが下手だと思える。

 いや、人付き合いじゃないか。

 関係を築くのが、下手だ。


「あのさ、リュカ姉……」


 言ってやろうと思った。

 その時、アプサラスが僕の髪の毛を引っ張った。


「え……?」


 振り返ると、ピクシーの魔法に照らされた先、このフロアの出入り口に、それがいた。


「……スカル・デーモン」


 



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