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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第二章 不器用な冒険者
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不器用な冒険者 十二

 一時間ほどで、僕は入り口近くまで下りてきてしまった。


 大急ぎで戻ってきた。

 各分岐ごと調べたい気持ちにもなったが、あまりに遅くなるとただでさえ少ないほかの冒険者がいなくなってしまうからだ。まずはリュカ姉を見かけた人を探すのが先だと考えた。


 しかし有力な手掛かりは得られなかった。そもそも人と出会えなかった。


「どうしよう……」


 思わず、つぶやいてしまう。

 鼓動は速くなるばかりで抑えが利かない。

 急いでいたから、戦闘は最小限で済んだ。まだ余力はある。

 ……もう一度登ろうか。


 その時、入り口から声が聞こえてきた。冒険者だ。続くように聞こえてきたのは魔物の威嚇する声――この声はクロだ。


 誰かがクロに威嚇されている。

 僕はすぐに駆け出した。


 クロと対峙していたのは、二人の冒険者だった。一人は背中に槍を背負ったノッポで、もう一人は背は低いけれどガタイがいい髭面の男だ。

 そして何より僕の目を引きつけたのは、髭面の男が持つ赤い大剣――

 ――フランベ・ルージュ。


「おいお前ら。その大剣どこで手に入れた?」


 横から声をかけると、男たちは雷にでも打たれたかのように一瞬びくりと体を硬直させ、おそるおそるこちらを向き、僕を見たとたんわかりやすいくらいに安堵した表情に変わる。


「なんだ坊主? この剣に興味があるのか?」


 ノッポがあからさまに舐めた目でニヤニヤとしながら言い放ってくる。


「それはリュカ姉の剣だ」

「いいや違うぜ。これは落ちてたんだ。だから拾った俺たちのものだ」


 今度は髭面が大剣を構えて脅すように言う。

 なんとなくわかった。リュカ姉がこんな奴らに負けるとは思えないけれど、とにかく何かがあって、こいつらはリュカ姉からフランを奪ったんだ。


「なんだ? 文句でもあるのか、小僧?」


 ノッポも槍を抜き、睨みつけてくる。


「リュカ姉に何があった?」

「がははっ! お前あの女の仲間か? あぁ、あれは惜しいことしたなぁ、抱き心地は良さそうだったが暴れやがるもんで、つい、な……」


 髭面が厭らしい笑みを浮かべる。聞くに値しない戯言だ。


「……バカだろ、お前。お前らごときが、リュカ姉をどうこうできるはずがない。それより、早いこと何があったか教えろ」


 リュカ姉にしろ、エーミールさんにしろ、強い人にはそれなりのオーラというか、雰囲気がある。

 僕だって伊達に何年もいじめられてきていない。誰が危険で、誰が安全か、その区別くらいはつく。力を隠している強者ならともかく、こいつらは明らかに違う。ただの安牌あんぱい――雑魚だ。


 ノッポが盛大に笑い、槍を構えた。


「俺たちは急いでんだ、ガキ! あの女とお前は『事故』で死んだ……イキがったのが運の尽きだったな!!」


 そして勢いよく飛び出してきた。

 思ったよりはキレがある。まぁ仮にもこの鉱山に来ているのだから、そこそこの腕ではあるんだろう。

 でも、意味はない。


「ひゃっはぁ!!」

「黙れ雑魚が」


 王の力、発動。とりあえず地面にキスしろと命令する。


「ちゅばぁっ!!」

「うぇっ……」


 しまった、土下座させるはずだったのにホントにキスしやがった。しかもディープなやつ。

 まぁいいか。

 とりあえず後頭部を踏みにじり、大口開けてバカ面下げてる髭面を睨みつける。


「なっ……貴様、何を……」

「アプサラス、やれ」


 相変わらずほやほやと漂っていたアプサラスはテンションそのままに、いまだ呆然とする髭面めがけて飛んで行った。



 髭面をボコしてふん縛って草むらの陰に捨て、ノッポに何があったかを吐かせた。

 その内容を要約すると、広間でイレギュラーな魔物に襲われていたこいつらを庇い、リュカ姉はけがを負ったとのこと。その衝撃でフランはリュカ姉の手を離れた。ほぼ同時に、魔物の攻撃により広場の床が抜け、空洞となっていたその下へリュカ姉と魔物は落ちてしまい、残ったのがこいつらとフランだったという話だ。

 思わず意思のないノッポの胸ぐらをつかんだ。


「なんでほったらかしにしたんだ!? せめてフランを穴の中に投げ入れてやれば……」

「あの穴に落ちて、生きているわけがない。だから放置して帰れば大剣の分、丸儲けだと思った」


 まったく抑揚のない声で、ノッポはそう言った。

 こいつ!! 

 思わずぶん殴りそうになって、踏みとどまる。こいつは今、意思のない操り人形だ。嘘も挑発もしていない。思ったことを正直に答えているだけだ。操っている僕が一番よくわかっている。

 だからこそ、まずいと思った。

 こんなところで時間を食ってる暇はない。すぐにノッポに案内しろと命令し、僕たちは再び坑道へと駆けこんだ。



 広間は、およそ七合目ほどの位置にあった。

 広い円形の空間の真ん中あたりに、確かに穴が開いている。


 足を踏み入れると、むわっとした熱気と少し強めの硫黄臭に襲われた。

 床の感触が、さっきまでとは違う。もっとバリバリして、硬くて脆いものでできている。天井は頂上まで吹き抜けていて、満天の星空が見えた。


「……もしかして」


 もしかして、ここは噴火口なのでは?

 熱気、硫黄の臭い、円形の吹き抜け、山の中心部……考えていくほどに、疑問は確信へと変わっていく。


 この床は漏れ出した地下の魔力と空気が結合してできているんだ。だからバリバリとしている。リュカ姉が言っていた、『ある時から急に魔物が強くなった』というのはたぶん、ゆっくりと活動を始めた火山によりくみ上げられた地下の魔力によって、魔物が強化されたということなのだろう。 

 そして噴火口は、地下深くのマグマだまりまで続いている。具体的には分からないが、キロメートル単位だったと思う。


 さぁーっと血の気が引き、思わず駆け出していた。


「はっ……はっ……」


 心臓が狂ったように拍動しているのに、手足に上手く血が通っていない。

 けれど無理やりにでも、脳を働かせる。


 正確なことは分からないが、この程度の熱気と硫黄の臭いだ。噴火することはないだろう。

 でもそんなこと、何の慰めにもならない。

 もし穴がマグマだまりにまで通じていたら? いや、たとえその数百分の一でも、人が死ぬには十分な高さだ。せめてこの床と同じものがすぐ下にもあれば……。


 穴に辿り着き、魔法道具で下を照らした。

 しかし底は見えない。光が届く範囲には何も存在せず、その先には、空間がなくなってしまったかのように、闇が漂っていた。

 深い。

 どれくらい深い? 

 この魔法道具の光はどこまで届くんだ? 数メートルかそこらだろう。

 じゃあリュカ姉が生きてる可能性はまだある? でもこの感じは、数メートルじゃ済まないような……。


 これほどわかりやすい状況だというのに、理解するには時間がかかった。


「……っっ!!」


 理解して、中に声をかけようとして、怖くなった。

 もし、声が返ってこなかったら?

 けれど、かけるよりほかはない。覚悟して、大きく息を吸い込んだ。


「リュカ姉――――っ!!」


 そして穴の底へと声をかける。

 僕の声は闇に吸い込まれ、むなしく消えた。

 返ってきてくれ。

 数秒間、祈りながら待った。


 しかし返事はなかった。

 そんなはずはない、そんなはずは……。

 否定の言葉だけが脳内で空転して、何度も穴底へ声をかけた。



 しばらくして、のどの痛みで我に返った僕は、思わず地面に拳を落とした。


「……くそっ!!」


 いやだが待て、落ちた衝撃で気絶して、返事ができないという可能性もある。まだ望みを捨てるには早い。


 改めて穴の底を覗く。そのとき、ピクシーが僕の肩を叩いた。

 そうだ、ピクシーに見てきてもらえばいいじゃないか。なんで気づかなかったんだろう。


「頼む」


 頭を下げると、ピクシーは素早く闇の中へと消えていった。



 少しして、ピクシーは穴の底から出てきた。どうだったと聞く前に、うれしそうな表情を見て理解する。

 興奮で心臓が跳ねた。


「二人とも、僕を穴の底まで連れて行ってくれ。できるか?」 


 尋ねると二人は片手ずつ僕の腕をつかんで、浮上した。そしてゆっくりと穴の中へと移動し、ふらふらと頼りなく降下する。

 落とされるのではないか? という不安はあったが、贅沢は言うまい。今はとにかく、リュカ姉の無事を祈るだけだ。 


 見えるはずのない穴の底を凝視し、僕たちは降りて行った。





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