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女顔の僕は異世界でがんばる  作者: ひつき
第二章 不器用な冒険者
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不器用な冒険者 九

 カリファさんの様子を見にベッドへ向かうと、そこにはマルコさんがいた。静かにベッドの脇に座り、すぅすぅと寝息を立てる様子を見つめている。


 あれから僕たちはミスナーの冒険者ギルドに運び込まれ、特別待遇で治癒を受けた。

 マルコさんは一度僕の様子を見に来たが、あの様子だと、それからずっとここにいるようだ。


 カリファさんはお昼になった今でも、まだ起きていない。

 職員によると、限界以上に魔力を使ったためということらしい。その辛さは、よくわかる。僕なんて盗賊たちから逃げ出した後、三日も寝続けたんだから。

 それでももうしばらく寝ていれば起きるだろうとのことで、ほっとした。

 今、マルコさんに声をかけるのはよした方がいいだろう。僕はお邪魔虫だ。ならばさっさと去るのみ。


 部屋を出て、適当な職員さんに状況を尋ねた。 


 話によると、魔人の討伐報酬は弾み、特別報酬やらなにやらたくさんもらえるとのこと。ただしそれはプネウマへ行ってからだそうだ。

 今回の事件でミスナーが受けた被害は大きい。病室の中だとよくわからないが、負傷者もかなりの数がいるそうだ。治癒魔法の使い手が足らないらしい。


 さて、どうするか。

 今回の戦いで得たものは大きい。

 特にでかいのはスキル解放に必要なエネルギーだ。オークキングを倒したからだろうか、めちゃくちゃ貯まっている。火魔法をレベル三にしたにもかかわらず、戦う前より多いくらいだ。


 ならこの際、町の復興に貢献するついでに『治癒魔法』を解放してしまおうか。

 前に読んだ本で、治癒魔法は消費が恐ろしく激しい代わりに扱いが簡単で、ただ患部にエネルギーを流し込むだけでいいと書いてあったからすぐ使えるはず。

 どうせ今後解放することになるし、恩も売れて一石二鳥だ。


 治癒魔法を解放し、ギルドの職員に話をつけてけが人の集まる教会へ移動した。



 ひどい。

 教会の中へ入ると、その大きさや立派さよりもまず、その言葉が浮かんだ。


 魔人を追い返したというのに、明るい顔をしている人はだれ一人いない。

 死人も出ただろう。泣きじゃくる子供の姿を見ると、いたたまれない気持ちになる。

 

 失敗が怖いので見学から入らせてもらった。下手に傷口いじくって悪化されたら困る。しっかりと治療できると確信してからじゃないと使いたくはない。

 

 治癒魔法のスキルがあるけど使えないと言うと快く許可してもらえたので、遠慮なく見学させてもらう。

 治癒魔法が発動すると、傷口が少しずつ周囲の組織と癒合していくのがわかった。再生、というよりは自然治癒を早送りで見ている感じだ。細胞分裂を速めてるのか? でもそれだと寿命が……う~む。

 でもそんなことここにいる人に聞いてもわからないだろう。

 イメージはつかめた。あとはコツとか聞いておくか。


 術者に尋ねると、本の解釈は正しいとのこと。つまりただ発動すればいいだけ。

 ちょっと怖い話だが、それが常識ならまぁいいのだろう。郷に入っては郷に従えだ。


 治癒魔法のレベルを二にして、治癒を始める。

 言われた通り魔力を込めると、すぅーっと体内から魔力が抜けて、患部へと流れ込むのを感じた。あとはさっき見たのと同じように、少しずつ傷口が癒合していく。

 すごいなこれ。不謹慎だけどちょっと面白いと感じてしまった。


 レベル二だと、欠損や内臓の損傷には対応できないようだった。そういった人は高位の術者にまかせ、ひたすら軽症者を治療していく。


 軽症とは言っても、骨折とか外傷にはほとんど対応できるようで、割り当て患者は多い。まぁそれも当然か。術者は数人、しかも魔力量の関係か、頻繁に休みを挟んでいる。なるほどこれは人手不足だ。


 戦ってる最中には気づかなかったけど、今こうして人とふれあっているとわかることがある。

 たとえ名前も知らない他人、加えてむさくるしいおっさんからでも、お礼を言われると嬉しいんだ。って、そんな小学生の道徳とかで習ったことを、今更ながら実感する。というかこれ、迷信じゃなかったんだな。

 ありがとう――いえ、どういたしまして。そんなありふれた一言で、関係が築けたような気がしてくる。

 いや、まぎれもなく繋がりになっている。

 ほとんど無償で、こちらの時間と魔力を提供しているようなもの。それなのに、心が高揚している。

 こんな感覚は初めてだった。



 気が付けば夕方。教会の窓から射しこむ西日でそのことに気付いた。


 途中から患者さんに休憩しなくて大丈夫かと心配されてしまうほど、僕は治療に熱中していた。もしかしたら僕には才能があるのかもしれない、社畜の。

 あともう一息だ。深呼吸したら再開しよう。



 ようやく最後の一人を終え、ふぅと、一息ついた。

 すでに日の光はなく、教会内は魔法道具で照らされている。


 あぁ、疲れた。これは調子に乗りすぎたな。報酬もっとせびっときゃよかった。

 あーあ、損したかなぁ……でも、なんかいい気持ちだ。

 ぎゅっと目を閉じて上を見上げると、まぶたの裏に火花が散り、じわじわと心地いい痛みが広がった。


「よくやったぞ小僧!!」

「うぇ……?」


 突如響いた声に驚き、思わず妙な声を漏らしてしまい、周りを見る。

 続くようにして、四方から声と拍手の波が押し寄せた。


 たくさんの人が僕の周りを囲んでいた。

 子供に大人、冒険者にシスターたち……僕が治療した人々だけじゃない。たぶんここにいた人みんなが、こちらを見ていた。


「うわ……」


 こういうのは、慣れてない。というか生まれて初めてだと思う。少なくとも記憶にない。ってか、拍手の音って本当に割れたように聞こえるんだな、鼓膜破けないよね?

 圧倒されて、なぜかぺこぺこと頭を下げた。

 どうしていいかわからなくて困るけど、なんでか目の奥が熱くなる。どうやら疲れすぎでこっちが病気になったらしい。医者の不養生とはよく言ったものだ。

 だれか僕の治療もお願いします。



 そのあと町長らしき人に連れられ、町の広場にやってきた。


 大きな円形の広場は中心に噴水があり、そこに設置された魔法道具で全域を照らしている。それ囲むようにしてテーブルがずらりと並べられ、その上はおいしそうな料理でいっぱいになっていた。


 なんでも悲しみを忘れるため、今日は宴会をするそうだ。

 そんなことよりやるべきことがあるだろう。あぁでも、被害はほとんど人的なものだけだったかな。それなら、精神ケアとしては案外良策なのかもしれない。


 正直疲れたから帰って寝たかったが、せっかく用意してくれたところで突っぱねるのも悪い。なんて思いしぶしぶやってくると、すでにマルコさんたちもいた。


 さくっと挨拶を済ませ、マルコさんの腕に寄り添うカリファさんの方を向いた。


「カリファさん、もう大丈夫なんですか?」

「な~に~? おチビのくせにこの私を心配する気~? 生意気」

 

 カリファさんは意地悪くそう言った後、にやりと笑った。


「まぁいいわ。今日はあんたに助けられたみたいだからね。心配させてあげる」

「……なんですかそれ?」

「おいオーワ、明日は九時にここを出るからな。ぜってぇ寝坊なんかすんじゃねぇぞ」


 うん? 今この人なんてった?


「今、名前で……」

「カリファ行くぞ。こいつと一緒じゃ酒がまずくなる」

「えぇ~いいじゃんマルコ~おチビにも飲ませてやろうよ~」

「うるせぇ」


 さっと振り返ると、そのまま去って行ってしまった。真のツンでれは彼だったのか。

 

 さて困ったことになった。

 今僕は、知り合いのいない立食パーリィーに投入されてしまったわけだ。周りを見渡せば、すでに無数のコロニーが形成されている。きゃっきゃうふふしている。

 このアウェー感、よく覚えてる。

 小学校のクラス替え、中学校での部活見学……話しかける勇気もなく、気が付けばボッチ。そしていじめへ……あぁ、過去の古傷がえぐられる……。


 楽しそうに会話する人が僕を取り囲んでいる。

 完全な包囲網が出来ていた。生き残るには戦略が必要だ。まずは空気になるべく、人の視線を感じないところへゆっくりと退避して……。


「ねぇ君」

「うひゃいっ!」

 

 背後からの死角に気付かず、いきなり作戦失敗。しかも変な声を上げてしまった。これはいじめからのボッチルートが確定する流れでは?

 ゆったりと……傍から見ればおそらくおどおどと振り返ると、そこには赤ちゃんを抱えた若奥様が立っていた。その隣には若い青年がいる。夫婦なんだろう。


「やっぱり、今日オークから助けてくれた子だわ!」


 奥さんが嬉しそうにぱっと笑うと、夫は驚いたように僕を見た。


「君がかい!? 妻と子を救ってくれて本当にありがとう! 若いのにすごいんだね、君」

「あぁ、いえ別にそんな……」

「もう! 若いのにとか失礼じゃないあなた! 本当にすっごく強かったんだから! 今朝は本当にありがとう! 一生忘れないわ!」


 勢いにやや押されたが、知らない人じゃなかったからか、それともどことなく優しい雰囲気だったからか、自然と体の力が抜けていくのを感じた。

 あぁ僕、ボッチじゃない。しかもこんなパーティーで、しかも絡まれてるわけでもなく! いや、一人の僕にお情けで話しかけてくれたわけじゃないですよね? そうだと信じたい。



 そのあと少し雑談をしていたら赤ちゃんが泣きだしてしまったので、その夫婦とはいったん別れた。すると今度は別のおっさん集団に囲まれてもみくちゃにされ、やっと抜けたと思ったら治癒術者たちに囲まれて、なんであんなに何度も治癒魔法が使えたのかと散々詰問されてしまった。


 ようやくそれらを抜け出し、やっと飯にありつけるかと思ったら二人の子供がやってきた。


「このおにーちゃんだよ! わたしを助けてくれたの!!」


 男の子を引き連れてきたのは見覚えのある女の子だった。あぁ、『ありがとうおにーちゃん』の子か。


「君は確かあの時の……」


 言いかけると、女の子はぱぁっと笑った。


「覚えててくれたんだ! わたしね、お礼を言いに来たの。助けてくれてありがとう!!」

「どういたしまして」


 微笑ましいなぁ。自然と顔がほころんで、思わず頭を撫でてしまった。やばいっと思ったけど、女の子は顔を緩ませて照れ笑いを浮かべている。

 よかった、嫌がってはいないみたいだ。これで嫌がられでもしたら犯罪者だ。いや、そうでなくても精神的ダメージで死ねる。

 ほっと胸をなでおろすと、女の子の後ろにいた男の子に睨まれた。


「えぇー! 全然強そうじゃねぇーじゃんっ。あっちの銀色の方がよっぽどすごそうだぜ!?」


 大声で叫ぶ。子供は残酷な生き物だな。そういうことは思っても言っちゃだめだぞ僕。危うく殺してしまいそうになるから。


 ちなみに銀色は、左にカリファさん、右に知らない巨乳、足元に藍色の髪の少女をはべらせ、冒険者っぽい若者たちになにやらご高説を垂れていた。カリファさんと巨乳たちとの間に恐ろしい戦いが繰り広げられているのを知る由もない。

 そのまま修羅場突入して殺されてしまえ腐れリア充。


 女の子がムッとして、後ろを振り返った。


「そんなことないもん!! おにーちゃんすっごく強かったんだよ! 大きな豚さんをぼわぁあってね、あっという間に魔法でやっつけちゃったんだから」

「ホントか~? お前はいつも大げさだからなぁ~」

「むぅーっ!! ほんとだもん!! すっごく強くてカッコよかったんだから!!」

「どーだかー」


 これはあれだな、好きな子にはいじわるいしたいっていうやつだな。

 でも少年、下手するとそれはマジで嫌われるぞ? ソースは僕。そのあと女子全員で総攻撃しかけてくるから要注意。社会的に抹殺されるから。


 キャンキャン騒いでいたと思ったら、急に女の子はこっちを向き、俯いて指をもてあそびもじもじし出した。


「わたしね、ええとね……」

「ん? どうしたの?」

 

 中腰になり首を傾げると、女の子の耳が赤くなっているのがわかった。何拍かおいて、女の子は意を決したように顔を上げる――。


 ――え?


 唇に、ふにゅっと何かが軽く触れた。

 ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐり、脳が痺れる。


 一瞬の出来事だった。

 思考する間もなく、そしてそのあとも頭の中には何も浮かんでこない。

 えぇと、なにこれ? いや、落ち着け。落ち着いて考えろ。で、なにこれ?

 

 気が付けば、女の子は数メートルも離れていた。

 そしてこちらを振り返ると、小さな体いっぱいに詰め込むようにして、大きく息を吸い込んだ。


「わたししょーらい、おにーちゃんのおよめさんになる!!」


 大声で宣言すると、ぴゅうっと駆けて行ってしまった。さながら妖精だ。

 僕はぽかんとして、動けなかった。


「よっ色男!!」


 おっさんの誰かが大声を上げると、爆笑とヤジが僕を呑み込んで、ようやく何が起きたのかを理解した。男の子もそれで我に返ったのか、キッと僕を睨んで、走り去ってしまう。

 ヤジとおっさんたちのボディタッチの嵐の中、僕は思った。

 ――僕のファーストキスの相手は、小学生……。

 


 翌日、プネウマへ行く商人の馬車に乗り、僕たちは街道をガタゴト進む。


 あの後若い女の子に囲まれてかわいいかわいい言われたり、酔ったカリファの愚痴に付き合ったり、マルコに無理やり酒飲まされたり、おっさん冒険者に絡まれたりしたせいで、ひどく寝不足だ。挙句旨くもないビールをいろんな人に無理やり飲まされたせいで具合も悪い。

 

 いや、寝不足の原因は、それじゃない。酔ったマルコの言葉のせいだ。


『あんまリュカとベタベタすんな』

 

 どういう意味で言ったのだろう。

 酔うと終始うざがらみするマルコだが、その時だけは妙に真剣だった。そのあと言葉の意味を尋ねても答えてくれないし。

 その意味を悶々と考えていたら、酒が入ってるはずなのに寝られなかった。絶対今、僕の目にはクマが出来ているはず。


 しかし僕は眠ることも許されず、護衛という任務に就かされている。


「いやぁー申し訳ないねぇ。本当は英雄さんに護衛なんて頼むの失礼だと思ったんだけどさ……」

「いえいいんですよ。このチビの試験ですから」


 御者の言葉にそう返すのは、すやすや眠るカリファをはべらせているマルコだ。そのセリフは僕のものでは? ってか誰のせいで寝不足だと思ってやがる。

 僕がジィッと睨みつけると、マルコはあくびした。


「ふぁ~あ、まぁせいぜいがんばれよ。寝やがったら試験落とすからな」

「……寝こみを襲われないよう気を付けてくださいね?」

「ふん。返り討ちにしてやんよ」


 そう言ったっきり、マルコは豪快に鼾をかきながら眠ってしまった。





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