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禁猟区

作者: バオール

 私は経験を光源にして真っ暗な森を歩いている。

 この森は打ち棄てられたように荒れており、獣の生の香りが木立の間から流れてくる。杯を傾けたように自然の均衡は崩れつつあり、危うさで森の中は不思議な魅力に満ちていた。

 ここは計画的に調整され維持される禁猟区だ。

 私はここの管理人であり、禁猟区の持ち主である公爵の庶子だ。この禁猟区は王族や貴族たちが狩猟場とするため、身分低き者たちが狩猟することは許されていない、普段は管理人たちだけが中に入れて禁猟区の維持を行っている。

 だが、この森は違った。

 禁猟区の中でも人々が自然を支配できない場所が幾つかある。その一つがこの森だった。この森は入ったものを誘い入れて逃さないと言われており、私も奥深くまでは入ったことが無かった。奥に行くにつれて人間の手が届いていないので、圧迫するような自然の息吹を感じた。

 私は禁猟区の中で生まれて、育ち、外に出ることができなかった。理由は分かっている。私が生まれる一年前に母は父に見初められて、胎内に命を宿してしまった。

 父は公爵で、母は使用人だ。

 私の存在は秘匿にされ、母娘は寂しく日々を過ごし、家庭の温かみを知ることはなかった。私は色んな人の意思を無視して生まれてしまい、存在を否定されて育った。昨年亡くなった母は最後まで父を信じていたみたいだけど、私が得たのは母の一族が生業にしていた管理人の地位だ。私を含めて五人いる管理人たちは家族のようなものだけど、血が遠いせいか家族の温かさをわけて貰うことは無かった。

 私には半分だけ高貴な血が流れているけど、それは私の人生にはほとんど関係がなくて、公爵の庶子という事実は肩書きにすぎなかった。肩書きは本人には関係ないものと言い聞かせて、日々を平凡に生きようと思っていた。

 だが、平凡はいとも簡単に吹き飛ぶ。

 この森の奥には母が死んだ場所がある。よどんだ沼だそうだ。森の奥にある沼は数年に一度生贄を欲して、食虫植物のように殺してしまう。母が死んで以来、その沼には誰一人として足を踏み入れていなかった。母を探しに来たときの記憶が、闇に包まれながらも、歩みを惑わせなかった。

 私はそこへ行かなければならなかった。

 数時間前の夕方、禁猟区のなかに見知らぬ少年がいた。近くの村に住んでいる少年は飼っている豚の散歩中に逃がしてしまったそうだ。豚は腐れかけの柵を壊して、体をねじ込んで禁猟区に入り、私が向かっている沼へと走っていった。

 私は初めて会った少年の悲しい顔が見たくなかったので、母が死んだ沼へと向って豚を連れ戻そうとしていた。一歩ごとに心臓は痛み、過去の幻影が襲ってきて、気持ちに拍車をかけるように雨も降り始めた。星の輝きに雨脚は白く輝き、体が濡れていき寒くなってきた。

 乾いている場所が無くなる頃に、私は沼へと辿り着いた。

 微風と小雨の波が星霜と雨雲を映して、淀んだ色の沼を覆っている。フツフツと泡がわき、破裂する音が鼓膜に残るようだった。豚さんは沼に浮いていて、死んでいるかと思ったけど、泳いでいるようだった。

 一息深く呼吸したのが、私の命を助けた。

 沼の向こう側に顔は見えないが、人影があった。人影は沼に足をつけて、上半身だけ浮くように歩いていて、こちらへと近づこうとしていた。それは幻影だったのかも知れない。なぜなら、雷光が沼に叩きつけられたからだ。


 気付いた時には背中が痛んでいた。気絶していたのは僅かな間だったようで、肩を揺すられて起こされた。それは見たことの無い少年で、私と同じくらいの年齢だった。無垢な瞳は輝いていて、真っ白な肌は全身隠すところが無かった。眼をそむけると、少年の肩の向こう――沼の奥で豚が歩いているのを見つけた。

 私は立ち上がって豚を追いかけようとしたけど、途中でよろめいて倒れそうになった。少年は私を抱きとめてくれて、倒れるのは防いだけど、裸の少年に抱きつかれて驚いてしまった。

 無言でいると、少年は握り締めた手を差し出した。

 何か持っているのかな?

 ゆっくりと開くと、星の光に輝いた宝石が溢れるように落ちた。

 少年は口をパクパクと開いて、何度も繰り返して、やがて音がでてきた。

「コレデ、ボクヲ、ソダテテクレマセンカ」

 貴族ですら眼が眩むほどの宝石の数々だった。手から溢れ落ちたので思わず手を差し伸べて、掌に宝物が注がれるのに眼を奪われてしまった。

 その中に見覚えのある指環があった。

 母が最後まで離さなかった思い出の指環だった。

 父から貰った唯一のものが亡骸には無かった。

「ソダテテクダサイ」

 私は返事に困った。

 悪魔のように降臨した少年は、本物の天使のように美しかったからだ。

 もしかしたら堕天使なのかも知れない。

 返事をしないでいると少年は黙っていたけど、私の後ろを歩いてきた。私は沼を迂回して豚を捕まえて、どうにか引っ張っていく時も眺めているだけだった。

 とうとう森を出てもついてきて、家にもついて来ていた。

「どうしたんだい? その少年は」

 管理人の一人に聞かれたけど、私は返事に窮した。

 沼から生まれたの――なんていえるはずが無かった。



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