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リコ

「ほらお兄ちゃん、違うって」


 いつもの無駄に感覚の鋭い妹らしくない発言に、この認識阻害のローブはかなりの代物なんだろうなと漠然と思った。


 なればこそ俺がここでひたすらにちょっかいをかけるべきだろう。妹が出来ないことは兄である俺がやるのが筋ってものだ。ただ遊びたいって訳では決してない。


「そうか、それはすまない。誤解したお詫びに酒でも奢るよ」


「えー、私も私もー!」


 妹がブーイングをしてくるが気にせずリコのぶんの酒も頼む。妹から遠くなるようにおいておけば大丈夫だろう。


「え、いえおかまいなく」


「まあまあそう言わずに」


 軽いつまみと一緒にお酒も注文する。最初にジュースも頼んでいたので先に乾杯だけを済ませておく。


「乾杯」


「かんぱーい」


 俺の分のジュースも妹に渡しておく。そして俺とリコの分のお酒が運ばれてくる。店員はそんなに多くはないが、みんな熟練した動きで酔っぱらいの間を華麗に移動している。


 荒くれものの多い酒場で働くにはこういう技能がいるのかもしれないな、ファルネに至っては回避に関してもだいぶ凄かったしそうかもしれない。


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、お詫びですから気にしないでください」


 昼間会ったときと明らかに違う大人しい雰囲気にイタズラ心がMAXである。つまみを食べながらとても大人しい妹を横目に見ながらちょっかいをかけていく。そう、正直ギャップのある人にちょっかいをかけるのは楽しい。


 認識阻害のローブは性別も覆い隠すみたいだし便利そうだが俺には何故かきかない。


「そう言えば最近アイドルみたいな子が来たんだけど見ました?」


「へーそうなんですか。もしかして昼間の人だかりの事ですか? 遠くから見ていたからそんな子が来たとは知りませんでした」


 少し落ち着いてきたのか対応もしっかりしている。


「親衛隊っていう人達と一緒に来ていたんですけど、面白い人達でしたよ」


「そうなんですか」


 ローブに隠れて顔は見えないがこっちに耳を傾けているのはわかる。


「ええ、もう端から見てましたけどスゴかったですよ。訓練されてるのか親衛隊の皆さんはとても強そうに見えました。親衛隊はそのアイドルが鍛えたんですかねえ」


「そうだねぇ、リコちゃんなら親衛隊をびしばし鍛えそうだね」


 俺の意図を知らないにも関わらず妹は話に入ってくる。流石の良いアシストなので俺も乗っかる。


「エミなら知ってるだろうけどやっぱリコちゃんはドSなのか?」


「……ッ!?」


 飲み物を口に含んだ瞬間を見計らってみたが吹き出さなかったが動揺したのは見れたのでよしとする。しかしまだまだちょっかいをかけるのをやめる気はない。


 そして妹も本人を目の前にしてるのに気づいていないため普通に話してくる。もし本人だと気付いていれば目のハイライトが消える可能性が高い。


「うん、あれは間違いないね。親衛隊叩いてるとき恍惚としてたし」


「!?」


「だよなあ、親衛隊の方も恍惚としてたからあんなウィンウィン初めて見たわ」


「!!?」


 俺たちの会話を聞いてびびっている。ちょっと驚きすぎだろってくらいのびびり加減だ。


「でもリコちゃんも大変だよね、あんなにいっぱい囲まれてたらどうやって生活してるんだろう」


「そうだなぁ、どうやって生活してるんだろうな。旅人さん、どう思います?」


「じ、自分ですか? いえ、自分にもわかりません。有名人の方の生活なんて想像できませんし」


 ちょっと同様しているみたいだけどなんとか平静を装って会話をしてくる。


「わかった、親衛隊の人に色々買ってきてもらってるんじゃない?」


「それもありそうだな。んー、だったらこういうのはどうだ? 姿がわからないようにしてこっそり外出、とか」


「変装! かっこいい!」


「へ、へー、そんなこと出来たりするんですか?」


「風の噂程度ですけどそういうアイテムもあるみたいですよ。魔法の効果が乗っていて見た目を変えるアイテムとか、一定時間だけ別人に成りすませる薬とか、他にも周りから認識され辛くなるローブとか、ね」


「そ、そうなんですか」


 あきらかにきょどってるが、完全に隠しきれてると思ってるのか自分から言い出す気配はない。


「有名人は大変だもんね。もし変な所見つかったら噂されちゃうもんね。なんだっけ、記者とかいう職業の人だっけそういう事するのって」


「ああ、ここら辺ではあんまり見ないけど帝都の方に行くとそこそこいるって話だぞ。冒険者ギルドとか魔術師ギルドとかから地味に頼りにされてるみたいだし」


「え? そうなの?」


「なんでも違反者を見つけるのに一役買ってるんだとか。記者っていうよりかはもはや隠密行動に特化した職業だと思っておけばいいよ。でかいギルドの連中の弱みを握ってるから街中でギルド間の戦争が起きないのは実は記者たちが裏で工作してるからなんじゃないかって言われてる」


「へー、物知りだねお兄ちゃん」


「そうですね、びっくりしました」


 むかし母親からそんな話を聞いたことがある。レベルが上がらないから色んな職業を聞いている時に聞いた話だったが妹は知らない話だったのか。


「エミは知らなかったのか、リコちゃんからそういう話は聞いたりしないのか?」


 あんな言い合いするくらいだから結構仲がいいと思っていたけどそういう話はしなかったのだろうか。


「うん。リコちゃんああ見えて人当り良いしネコかぶってるからね。陰口は絶対にしないんだって」


「へー、女の子って愚痴とかで盛り上がったりするって聞いたけど」


「んーん、続きがあってね、リコちゃんは愚痴を聞かれるのは弱みをさらすことに等しいから直接言いに行ってバキバキに心折って反抗心無くすのが楽しいって言ってたよ」


「そ、そうか」


 女の子らしさの欠片もないな。男らしすぎてぐうの音もでないわ。


「でもそれやると気色の悪い信者が増えちゃうのが悩みの種とは言っていたよ」


 気色の悪い信者って言葉はきっと悪口じゃないんだろうな、我々の業界ではご褒美です的なあれだろうな。


「それ聞くと完全にSだよなリコちゃん……」


「!?」


「?」


 さっきからなんだ、普通に名前出てる時にあんまり反応ないしさっきの会話の時でも反応無かったのに急に。


「いや実はさぁ、私もリコちゃんの事ドSだと思って本人に言った事あるんだけどさ……」


「私はSじゃない」


「そうそうこんな風に言われてさ」


「私はMなのにみんなSだっていうの」


「……え?」


 急にトーンを落として語り始めるローブの人物に妹は固まる。


「私はね、いじめるのが好きなんじゃないの。自分がいじめてる人に感情移入して自分もこんな風にいじめられたら最高に気持ちよくなれるだろうなって思ってやってあげてるだけなの。恍惚とした表情じゃなくてただただ羨ましいだけなの。私は被害者なの」


 ……うん、何言ってるんだろうね。



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