お試し
「お兄ちゃんどうしたの? もういいの?」
マキと話していて急に黙った俺に妹が話しかけてくる。実際には虚空と話してるからこっちの話が終わるタイミングを見計らうのは地味に迷惑をかけてると思う。
「ああ、今日ストラの血を貰っただろ? それで魔の流れが多少見えるようになって実際に使えたらいいなって思ったんだけど……」
さっきまでマキと話してた内容を妹にも説明してやる。
「じゃあ私の血も飲めばできるんじゃない?」
「そんな簡単な話が……ありそうだな」
確かに無意識でストラの能力っぽいものを使えるようになった。そして妹の能力は見えても使えない、それなら血を飲んでみるっていうのも物は試しか。
(ありうるな、条件として見るだけじゃだめならそれが条件なのかもな)
「じゃあ……お兄ちゃん、いいよ……」
そういうと妹は唇を噛んで血を流す。目をつむり少し上を向く感じでこっちの反応を待っている。
「……」
「……お兄ちゃん、女の子を待たせるなんていけないんだよ。ほらはやく」
今か今かと待ち続ける妹が妹じゃなかったら良いシチュエーションかもしれないが、唇を切るのを一瞬もためらわず行うのも凄いし唇をチョイスするのも頭おかしい。
どうすべきか迷っていたが口から血がこぼれる妹をみて意を決した。
「じゃあ、いくぞ」
「うん……きて……」
俺と妹は顔と顔を近づけ……ることなく俺は指で妹の血をすくって舐めとる。
「え、お兄ちゃん……ああああああああ!!」
「うるさ!? 中の二人起きちゃうから! ってうわあぶな!」
俺がどうしたのか分かったからか妹は絶叫して俺を押し倒す。
「そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだよお兄ちゃん」
馬乗りの姿勢で完全なマウントポジション、俺は全くと言って良いほど身動きが取れない。
「ふふふ……腕力ならこっちが上なんだからね? 大人しく抵抗しないほうが身のためだよ? ね、痛いのは最初だけだから」
「どこの悪役だよ……」
「私もお兄ちゃんの体の一部を体内に入れるんだ……そうして二人はそのまま結ばれて……え?」
確かに俺は身動きが取れないが、この場から逃げるために体が勝手に反応する。
手首をがっちりつかまれているが、手から魔力の拳を打ち出し妹の態勢を崩し脱出する。
「お兄ちゃん、それ」
態勢を崩した姿勢のまま妹はこっちを驚いた顔で見ていた。
「ああ、できたな」
俺は妹の技、フライパンチを使う事ができた。
<< ステータスが上がった >>
<< 拳闘家のスキルの一つをコピーした >>
<< 誘惑の技能を獲得した >>
<< 背徳感がかなり薄れた >>
<< 一部情報の取得に失敗した >>
速攻妹に転ばされたせいかテロップがいつもよりやや遠かったがしっかり表示されていたようだ。拳闘家のスキルっていうのがフライパンチの事か。
……それにしても背徳感て。もう一つは、なんだ?
「すごいすごい今のフライパンチでしょ! もっかい見せて!!」
妹が無邪気に絡んでくる。邪な気配を感じないので頭を撫でてやり口元の血を拭いてやる。
「ああ、エミの技だ。というか俺もついに魔法が……!」
リクエストもあったのでもう一度打ってみる。
エミの物に比べるとかなり弱弱しいが、それでも初めての魔法だからかなり嬉しい。
しかし二回目に打った時に妹の笑顔は若干曇り気味だった。
「どうしたエミ」
「だって、お兄ちゃん技名言わないんだもん」
あのだっさいフライパンチですか。
「あのだっさいフライパンチですか」
「飛ぶ拳なんだからフライパンチで合ってるでしょ!! ださくないもん!!」
思わず敬語で口にも出してしまったがどうやらかなりご立腹のようである。気に入ってるのかフライパンチ。
「はいはいわかった。じゃあやってやるから機嫌直せ、な?」
「うー」
こういう普通に拗ねてる時は普通にご機嫌を取らないと後々不味い事になる。このまま引きずると、違う事を要求し始めてくるのでたちが悪い。ナニを求めてくるのかは簡単に想像がつく。
「それじゃ、フライパンチ……!?」
声に出して技を出した瞬間、体からものすごい勢いで何かが抜けていき直後倦怠感に襲われる。飛んで行った拳を見ると、妹が打ったものと同じくらいの物が飛んでいた。
「お兄ちゃん凄い! ……お兄ちゃん?」
(魔力切れ、だな)
「魔力切れ……? さっきまで全然なんともなかったぞ……?」
魔力を使っていると段々と消耗すると聞いているが、さっきまでは倦怠感などなく高揚感しかなかった。
(おそらくだが、技の名称を言いながら使ったことで技本来の威力を引き出せる代わりに魔力も相応持ってかれたんだろう)
つまりなんだ、劣化コピーから完全コピーすると俺の体が持たないって事か? 便利なのか不便なのかわからないぞこれ。
(いや、お前は魔を操作できないから根こそぎ持ってかれただけだ。魔物を食べて魔を大量に摂取するか使い方を覚えればかなり変わるはずだ)
どっちにしろ一朝一夕で身に付けられるものじゃあないってことか。
「お兄ちゃん大丈夫? 結婚する?」
「二重の意味で大丈夫だ。ちょっと眩暈がしただけだしお前はもうちょっとまともに心配してくれ」
「えへへ、結婚しても大丈夫って言われちゃった」
「そっちの意味じゃねぇ!!」
でもとりあえずは新しい技を覚えられるって事が分かっただけで相当便利だな。




