限界
(おいマキ、作戦なんて言ってる場合なのかこれは)
表面上は涼しい顔をしているが、マキは殺意に近い気持ちを抑えきれないようだった。しかしそれでもまだ動こうとしない。
『じわじわと体が溶けていく呪いです。どうですか、苦しいですか』
『ぐおぉ……』
洞穴の中ではドラゴンに対する拷問が続いている。話を聞いている限りではいくつもの呪いをかけられていみたいだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「お兄ちゃん……?」
「トモキさん、大丈夫ですかにゃ?」
表面上は隠せても、いつも一緒にいる妹や気配に敏感なファルネには感情がばれているらしい。心配そうな声をかけてくる。
「……ああ、大丈夫だ。それよりも、戦闘準備はいいか」
「うん、いつでも大丈夫」
「私もですにゃ」
真剣なマキの様子に二人とも気を引き締めているようだ。俺も一応気を引き締める。
戦いになった場合は完全に足手まといだが、周りの様子を探ることくらいは出来るだろう。
『ふむ、やはりあまり効き目はないな。流石はフォレストドラゴンだ。ますます欲しい』
『ぐ……貴様……ころ……ぐああああああ』
敵意を剥き出しにしているが、呪いのせいでドラゴンはかなり苦しそうだ。
『人間型のくせにほんと強情ですね。今日もその姿のまま頑張ってくださいね』
『く……』
「……! 今だ、行くぞ!」
「おっけー!」
「はい!」
敵がドラゴンに何かをした直後、マキ達は一斉に駆け出す。ここから敵の位置までは三十秒とかからないだろう。
作戦内容は至極簡単、妹とファルネが敵をぼこる。以上。
移動している間にも洞穴の中から声が聞こえてくる。
『これでまた一日は人型のままでしょう。呪いまで回復できるのは本当に厄介ですね。まぁ、流石にそろそろ限界になるでしょうが』
『はぁ……はぁ……』
ドラゴンは回復しない呪いを受けている、そしてさらに呪いをかけられ相当苦しそうだった。
洞穴の近くまで来ると、マキは気配を消す魔法を解き相手に姿を見せる。その間に二人は洞穴の上に移動する。
不意打ち、というよりは正面切ってやるよりは先制攻撃しやすいだろうとの事だった。
『ふむ、お客さんですか珍しい』
「ぶっ倒してやるぜ、覚悟しな」
マキは姿勢を低くして構えを取る。マキも本気らしいが、構えるところは初めて見た。
『人間風情が調子に乗ってくれる。……!? その構え、どこで知った! 貴様何者だ!』
マキの構えを見た敵は驚いたようだった。特徴的な構えというわけでもないが、何かしらの意味があるらしい。
「さてな、名乗る名前はないが、俺はお前を知っている」
『言葉が通じるだけでも只者ではないな、嘘だろうと何だろうとその構えをみるだけで虫唾が走る。ここで死ね!』
激昂したかのようにマキに目掛けて切りかかってくる。見た目は魔法を使いそうだが、ドラゴンに対して魔を使い過ぎたのだろうか。
「参上!」
『何!?』
マキに切りかかる直前、上から妹が降ってくる。魔法の拳と共に降ってきたためまるで爆撃のような勢いだった。
『く、仲間がいたか。なっ!?』
後ろに飛び退って妹の攻撃はかわしたが、ファルネが追撃をかけていた。
「大人しくしろにゃ!」
後ろからタックルをかけるように腕を掴み地面に倒す。流れるような捕まえ方だった。
「ファルネ! 離れろ!!」
「!?」
マキの声に、組み敷いていたファルネは距離を取る。敵は拘束が解かれゆっくりと立ち上がる。
『どうやら、本当に私を知っているようだな……』
敵は着こんでいたマントを脱ぎ、姿を見せる。人間型にかなり近い姿をしているが、圧倒的に違うところがある。
背中に歪なこぶがあり、そこから刃物が出ていた。もしマキが叫ばなかったらファルネは貫かれていたかもしれない。
「あいつのこぶは体中どこにでも移動する。気を付けろ」
「じゃあ、移動する前に倒そう!」
妹は脳筋なのかと言わんばかりの勢いで突っ込んでいく。バトルジャンキーというかなんというか、清々しいものがある。
ファルネも妹に合わせるように動き、敵に反撃の隙を与えないようにしている。
(あの二人凄いな)
「ああ、敵が魔をほとんど使い果たしてるのも大きいだろうが、圧巻だな」
人間相手にも全く躊躇せず、殺人術を仕掛けていく妹が、本気で殺しにかかっている。前回はレベル差があったため何もできなかったが、今回は逆パターンになっている。
『く……こいつら本当に人間か!?』
ファルネは身のこなしが尋常じゃない。妹が攻撃している間に的確に相手の死角に入り追撃していく。かなりのコンビネーションだ。
「こっちは大丈夫そうだ。俺たちは宝を回収に行くぞ」
敵との戦闘は任せて俺たちは、魔の発生源に向かう。このアイテムを回収すれば逃げられても問題ない。
ドラゴンが言う事を聞いていた理由を取り除けば町はもう襲われることはないだろう。どのみちドラゴンを助ける必要もあるし奴は倒すだろうが。
(あの二人、大丈夫かな)
圧倒的に押していたとはいえ、相手は魔物。何をしてくるかはわからない。呪いも使うならかなり危険なんじゃないかと思っていた。
「大丈夫だ、あいつの呪いは強力だが、ドラゴンにかけている呪いで手一杯だ。それくらいドラゴンを押さえつけるのは大変なんだ」
マキが言うには、もし相手が万全だったらかなり苦戦するだろうが、ドラゴンに力を使った後だから苦戦はしないというものだった。
人間型にされているとはいえ、ドラゴンの生命力は相当な物らしい。
(ドラゴンも放っておいて大丈夫なのか?)
「ああ、あいつはあんなもんで死ぬような奴じゃない。そんな柔で魔王のペットが務まるわけないからな」
そういうマキはちょっと誇らしげだった。呪いかけられてる時はあんなに怒っていたのに、安全になったら俺のドラゴンすごいだろみたいな感じである。
「ついたぜ。ここにあいつが隠したドラゴンの宝がある」
(結構近い所にあるんだな)
戦闘していた場所から五分くらいの距離にあった。こんな距離ならドラゴンも見つけられるんじゃないだろうか。
「ここには結界がある。魔力が強いと入れない結界がな」
(それって町にあるのと同じ……?)
そういえば町の結界を修理している時に、壊れたものを再利用して臨時結界を作っていた。
「少し盗んで来ていたんだろうな、宝を隠すために」
俺たちは人間には無害な結界の中に入っていった。




