集合
結局その日は、体の主導権をずっとマキに渡したままで過ごしていた。酔いの気持ち悪さをもう味わいたくなかったのもあるが、やる気に溢れているマキに任せてみたいというのもあった。
妹も俺と同じで、マキのやる気に感化されているようだ。もともとなんでも楽しむ性格の妹だが、こうやって誰かと一緒にやると生き生きしている。
ずっとスタードの町にいたんじゃこんな体験できなかっただろうし、連れてきて良かったと思える。
朝が早いということで俺達も早めに就寝する事にした。意識だけの状態になっても眠れるのかと思ったが、なんの心配もなく眠れるようだ。体を渡していても眠気に襲われていた。
妹が寝間着に着替える間にドアの外で待機していると、ふと気づいた。
あれ、妹と同じベッドで寝るのマキじゃないか?
別に俺の体だから良いような気がしないでもないが、なんだかもやもやする。もっとこう、なんというか普段感じないような感覚が……。
「嫉妬か?」
(!? いや、ち、ちがう。なんというかあれだそう! 体が無いから落ち着かないっていうか)
「わかったわかった、代わってやるから。シスコンにも困ったもんだ」
(違うというに!)
そう言いつつも体を代わってもらう。意識が吸い込まれるように体に戻る感覚は、不思議な感じがするが、もう慣れた。
少し気がかりだった酔いの気持ち悪さも完全に無くなっていて、少し安心した。
「やっぱ体があると落ち着くな……」
(そうだろうな、俺くらいになるともうどっちでもいいが。お前は体がないとエミちゃんに触ることもできないしな)
「いやまじで誤解を招く発言をしたことは謝るからもう勘弁してくれ……」
そもそも発言もしていないが、マキにはシスコンだと認識されてしまった。性的な意味があったら俺達兄妹は社会的に終わっていたなこれは。
(社会的って言ったって、お前ら二人なんだし良いんじゃないか?)
「よくないだろ……というかいつまでこの話続けるんだ」
「どしたの? ってお兄ちゃんに戻ってる! これは私を受け入れてくれる準備はおっけいってこと!?」
「ちゃうわ」
着替えが終わって呼びに来た妹が笑顔を見せる。まあ客観的にみてもそこそこ可愛いとは思うが、所詮は妹でしかない。どんなにアピールされても、妹に性的欲求はこれからも沸かないだろう。
(俺は見て見ぬ振りもできる空気が読める男だぞ)
「エミだけじゃなくて俺の空気も読んで!!」
「これはマキさんが応援してくれてるね? お兄ちゃん、今夜は……ううん、今夜もがんばろうね?」
俺に代わったのをすぐに見抜いてくれたのは地味に嬉しいが、下から上目遣いで見上げてくるのが非常にうっとうしい。簀巻きにして身動き封じておいた方が良い気がしてきた。
「簀巻きにされて寝るのと、手足を縛った状態で寝るの、どっちが良いか選べ」
「いきなりハードなプレイするんだねお兄ちゃん……。でもどんとこいだよっ!」
手足を縛った上に布団で簀巻きにして就寝しました。
「エミお前これから毎日あれで寝ろ」
「うう……体が痛い」
日の出のちょっと前に起きて妹に苦言する。朝起きて簀巻きを解いてやると、拘束していたはずの手足の縄が外されていた。
「だって拘束するって事は、外したら何かする可能性があるからだよね? つまり外したらナニしても良いって意味だよね?」
「そういうポジティブシンキングはいらねぇ!」
幸いというか力尽きたのか眠かったのか、簀巻きは無事だった。というか簀巻き状態からも脱出してたらこいつを止める術がもうない。
危ない考えを持っているし、これからはもっと厳重に縛る必要があるかもしれない。
(まあそう言うな、お前と居られて嬉しいんだろうよ)
「そうは言うがなマキ、限度ってものがあるだろ……」
嬉しいで片付けられるとちょっと腑に落ちない。マキのこの妹支援っぷりは何なんだ。
「私はお兄ちゃんになら、何されても、いいよ?」
「言葉を区切るな甘えた声をだすな下から覗き込むな」
妹とマキから盛大にいじり倒されていたらどっと疲れた。これからファルネを迎えに行き、それから……山に行って何するんだ?
そういえば聞こう聞こうと思っていたが、聞けず終いで終わっていたな。もうここまで来たら現地に飛び込むのも悪くないんじゃないかと思い始めているが。
「なあマキ、昨日聞きそびれてたけど、今日は山に行って何するんだ?」
「あ、そういえば。山に原因があるみたいに言ってたけどどういう事?」
(その辺はファルネが合流してから、移動しながら話そう。そしたら体貸してもらえると説明が楽なんだが)
そういえばマキの声は他の人には聞こえないんだった。俺から説明出来ることは何もないので、ファルネが混ざる以上代わっておいた方が話が進みやすいだろう。
マキの言葉を伝えるというのもありだが、どうしても違和感が出てしまうだろう。
「んじゃ代わるわ、エミも気を付けてな」
「またね、お兄ちゃん」
マキに体を渡す。結構交換していたせいか、マキが主導権を取らなくても意識して渡せるようになってきた。
事前に聞いていたファルネの家まで行くと、もう外で待っていた。
「おおファルネ、もう準備万全だったか。おはよう」
「ファルネおはよー」
「お、おはようございます」
戦闘が出来る服、という事だったが結構派手な服装だった。派手というか薄着というか、面積がかなり少ない。
ささやかな胸を部分的に覆う布と、短パン、それに腕を守るようになっている手袋のような物だけだった。なんというか盗賊っぽい。
しかし獣人だからか体毛で覆われている部分も多く、さほどエロくはない。さほどでしかないが。
「じろじろ見ないで欲しいです……にゃ」
あまりにもじろじろ見ていたせいかファルネはちょっと恥ずかしそうにしていた。もうちょっと他の服はなかったのだろうかと思わずにはいられない。
「この服は、獣人用に作られていて、気配を感じ取りやすくなっていますにゃ。人やモンスターの気配もいつもより察知しやすくなるにゃ」
じっと見られるのが恥ずかしいのか、勝手に説明を始めていた。
「ちょっと暑いかもしれないけど、これ貸してあげる」
見かねたのか、妹がファルネに全身を隠せるようなローブを渡す。旅支度をするときに町で購入していたもので、かなりあったかい。
「ありがとうですにゃ……」
しかしファルネはこういうローブとかマントとか持ってなかったのだろうか。酒場で働いているのは恩だけでなく、実は結構苦労しているのかもしれない。
「ファルネのエロい恰好については勿体ないが、行こうか」
「そういうこと言わないで欲しいですにゃ……」
マキの余計な一言でファルネの苦労が一層増すことになっている気がする。




