下準備
「さっきも言っていたが、本当に戻せるのか!」
「落ち着いてください。それについてはまた後日、その怪しい奴が来てからお話しましょう」
「そうか……町が元通りになるなら是非もない。頼む」
町長は深く頭を下げていた。町が汚れてしまったのは全部自分の責任だと思っているのかもしれない。どうにか出来るのならば早くしてやりたい。
「でもお兄ちゃん、結界修復が遅れてるのってどうしてなの?」
真面目な場面ではほとんど口を開かない妹だが、修復が遅いのが気になっていたらしい。
さっきの話だと、帝都からの救援が少ないという話には繋がらないし、怪しい人物もタイミングよく現れただけで関与していないような気がする。
「それに関しては、騎士に聞いてきた。成長してないドラゴンだから急を要さないと判断されたらしい。護衛も一人だけだしな」
「小さい……? そんな馬鹿な」
「町長? どうかしましたか?」
マキの言葉を聞いた町長はどういう事だと驚きの表情でつぶやいた。こっちとしても情報が食い違っているのなら聞いておきたい。
「町長が見たドラゴンというのはどういう姿だったんですか」
「わしが見たドラゴンはかなり大きかった。緑色の鱗に、兜を被ったような頭、尾は剣が何本も生えたような凶悪な形をしていたぞ……帝都にはそう報告が行っていたと思ったが、まさか」
「なんだと!?」
「お兄ちゃん? どうしたの?」
ドラゴンの特徴を聞いたマキは、先ほどの町長と同じような反応を見せていた。
(おいマキどうした、何か知ってるのか?)
「おかしい、何が起きている? いやこれはもしかして……なるほどな。予定変更だ。町長、この件に関しては色々一気に片付きそうだ。この町周辺の地図を見せてくれないか」
「わかった、少し待っててくれ」
マキは町長が持ってきた地図を食い入るように見る。俺たちが貰った地図よりもこの辺り一帯が細かく描写されている。
「この山には、何がある?」
町から結構距離のある山を指しマキは聞いた。
「その山は、近くの小屋に住んでる者の持ち山だったはず」
「じゃあこっちは?」
今度は町を挟んで反対側の、同じような距離のところにある山を指しもう一度聞く。
「そこは、誰も近づかない何もない山だ。立ち入り禁止にもなっている」
「なるほどこっちか。この辺りまで馬車で俺たちを運んでくれないか?」
マキはとんとん拍子に話を進めていくが俺と妹とファルネは完全に置いてけぼりを食らっている。マキが何に気づいたのかわからない。
「じゃあ出発は明日の朝だ。ファルネも来てくれるか?」
「え? あの、え、はい?」
「酒場のマスターには俺から頼んでおく。気にするな、ちょっと山にピクニックに行くようなもんだ。エミちゃ……エミと俺がいるから危険な事にはならないだろう。ファルネも避ける事に関してなら妹と同じくらいだろうしな。んじゃ許可もらってくる」
「じゃあお兄ちゃんがマスターのとこ行ってる間に私はファルネちゃんと手合わせだね?」
「残念だがもうファルネは時間だ。明日一緒に来られればたっぷり時間がとれるからその時だな」
「よーしじゃあ私も一緒に頼みに行っちゃうぞー」
マキと妹はノリノリだった。きっと妹は何も理解していないが、ファルネと手合わせ出来ると聞いた時点でマキに協力する気満々だった。
俺としても何か手がかりが見つかったなら協力はするが、何をするか聞いておきたい。
「えーっと、私はどうしたら」
困惑しているのは俺とファルネだけみたいで親近感が沸く。おろおろしている猫耳というのもかなりクるものがある。ああもうファルネ可愛いなちくしょう!
「今日は酒場で仕事残ってるだろ? 早めに切り上げられるように頼んでおくから、それが終わったら普通に帰って寝ててくれ。明日の朝、日が昇る頃に迎えに行くから戦える服装で準備を……って持ってるか?」
「一応、あります」
マキの早口にたじたじになりながらも返答を返してくる。戦闘用の服を持っているのか、獣人の戦闘服はどんなだろうか。いや、普通に人間と同じだろうけど猫耳尻尾での服装は興味がある。
「よし、いい子だ。町長、それじゃまた明日来ます。馬車の準備お願いします」
「任せとけ、町のためになるなら協力しよう」
町長も町が元に戻るときいてテンションが上がりまくっている。落ち込んでいる姿ばかり見ていたせいか急に若返ったように見える。
町長の家を全員で後にして酒場に戻る。マスターの許可を得られれば良いが、上手くいくのだろうか。今日は時間が良かったから貸してもらえたが、連日でしかも開店時間内となるとどうだろう。
マキにはなにか秘策があるのだろうか。
「お兄ちゃん、どうやってファルネ借りていくの? 二日連続だと厳しいんじゃない?」
妹も同じことを思ったようでマキに聞いている。
「くくく……まあ見てなって。見せはしないがな」
「どっち!?」
妹の叫びを無視し、開店前の酒場に入る。当然の如くマスターは開店準備をしていたのですぐ目に入る。
「おお、あんたらか。用事はもういいのか?」
「ああ助かったよ。ありがとう、ついでに頼みなんだが、明日一日またファルネを貸してもらえないか?」
「明日一日か……」
マスターは考え込むように腕組みをして目をつぶる。急に貸してくれと言われても、中々難しいだろうことは想像通りである。
「私もファルネと手合わせしたいんです! お願いします!」
妹の頼み方はなんだか変な感じがするが、一応マキに協力している。
「……よしわかった。あんたらの頼みなら仕方ないな。明日一日ファルネに休みをやろう。ただしこっちからも一つ条件がある」
「やった! ありがとうマスター!」
「条件?」
妹は無邪気に喜んでいるが、条件とは一体なんだろうか。
「俺の条件ってのは簡単だ、あんたとファルネが戦ってる所を見せてくれること。それだけだ」
「マスター!?」
「いやー、昨日の立ち回りを見て若い頃の血が騒いじまってな。その時の連中もまた見たいって話してたんだ。だからぜひやってくれ!」
ファルネが驚いていたが完全に蚊帳の外状態だった。なんにせよ、妹の望み通りファルネとの手合わせの場は整った。
妹とファルネの戦いが見れるだけで貸してくれるあたり、頼み方としては成功だったと言えるな。
「そうと決まればファルネ、今日はもう帰っていいぞ、明日に備えて準備万端にしておけ。負けたら承知しねえぞ」
「ま、ますたぁ……」
ファルネは涙目になっていたがマスターは凄く良い笑顔だった。
ファルネと別れ、俺たちは帰途に付くが、妹が聞いてくる。
「マキさん、マスターに断られてたらどうやってファルネ借りる気だったの?」
俺もそのことは気になっていた。周りに誰もいなくなったからか、妹はマキと呼んでいた。
「魔法を使って記憶の改ざんしようと思ってた」
「……」
(……)
これは見ないで済んで本当によかった。




