酔拳
「どんなもんじゃーい」
怒涛の連打を騎士にぶちかまし、酔いが回っているとはいえ疲れたのかその場に座り込む。どこかぼんやりとした様子で天井を見上げてぼーっとしていた。
騎士はその場に倒れ、動かなくなっている。鎧を着ていたとはいえ結構なダメージを貰っていたから仕方ないだろう。主に顔ばっかり殴っていたし。
「大丈夫ですかにゃ?」
「危ない!」
ファルネが不用意に妹に近づくが、射程圏内に入っている。見境なく襲うために俺も近づかないようにしていたというのに、大人しくなっても近づかないように言っておけばよかった。
「まだやるのかー」
近づいてきたファルネに反応し、妹は急に動き出した。それに驚きファルネは意表を突かれる形になる。
「にゃ!?」
座ったままの姿勢から突然飛び上がりファルネに頭突きをお見舞いする、がファルネはぎりぎりでかわす。続く連続攻撃もあわただしいがなんとかかわしていく。
「あのどこから来るかわからない攻撃をかわすなんてすごいな……」
獣人と言っていただけあって身のこなしが尋常じゃない。動き自体がフェイントみたいな酔拳をかわすには戦いに慣れるというよりも危機察知能力のほうがかわせるだろうが、猫だからそういった事に長けているのかもしれない。
俺も昔止めようとしたが、全く動きが見えず即行床に転がされた。
というかただ見てるだけじゃだめだった、なんとかしないと。
「ファルネ、距離を取って!」
「そんな事、言われましても、にゃ」
なんとか距離を置こうとしているが、一歩下がればその分妹も詰めてくるという動きでどうにもならなそうだった。
「エミ、俺だ! こっちこい」
「んー? おにーちゃん?」
追撃が止まりファルネが距離を置く。俺の声になんとか反応してくれて助かった。家で暴れた時はお酒が強かったのか全然声が届いてないようだったから運が良かった。
今回のお酒は弱くて本当に助かった。
「さあ大人しくするんだ」
「やーだー」
妹に声をかけつつ水を持ってきてもらう。コップに並々と注がれたコップを構えて隙を伺う。
声には反応しているがどうにもこっちを認識しているか怪しい。
「目をつぶって大人しくしたらご褒美やるぞー」
「ご褒美……ナニくれるのおにーちゃん?」
ちょっと発音が気になるが、大人しく目をつぶったので水を顔に向かってぶっかける。
近づきすぎないようにしていたのでなんとか命中させることができた。
辺りが水浸しになり、数秒の沈黙のあと妹が瞬きする。
「あう……びしょびしょ。お兄ちゃん?」
「ようやく目が覚めたか……」
自分の惨状を確認しながら考える様子をみせる、たぶん酔って何かをした事に思い至ったのだろう。
ちょっと恥ずかしそうにしながらぶつぶつと呟き始めた。
「私はずっと起きていました」
「そうだな」
「ご飯をおいしく食べていました」
「そうだな」
「ジュースを飲んでいました」
「そうだな」
「お兄ちゃんがお酒を飲んでいました」
「そうだな」
「そこから何も思い出せません」
「そうだな……」
記憶とぶのはええな。仕方ないのでかくかくしかじかと説明をしてやる。とりあえずもうお酒に手を出すなと言って聞かせるがまたこっそり手を出そうとするだろう。
お酒が近くにある時はもっと注意深く妹を見ておかないと危険だという事が再認識された。周りの人にもいっておかないといけないな。
「お兄ちゃん、手痛い」
「そらお前剣とか殴ってたからな……」
酔いがだいぶ醒めてきたのか手をさすっている。素手で思いっきり剣や鎧を殴っていたからそらそうなるが、逆にそれで済んでるのが凄いとも言える。骨に異常とかないんだろうか。
「最近装備に頼ってたからなあ、たまにはテーピングだけで戦わないとだめかな……」
物騒なことを言っているが聞かなかったことにする。決して人で試すなよ。
「いやー、あんた凄いな! こんなちっこいのに驚いたよ!」
酒場のマスターが妹に声をかけながら背中をたたく。結構な勢いに少しよろめいた。
「騎士様はだいぶ強くて町の誰も敵わなかったのにあんた強いな!」
「覚えてないけどそれほどでもえへへ」
褒められて悪い気はしないのか照れくさそうにしていたがお前完全に酔っ払いだったんだぞ。
というか町の人たちと騎士は戦っていたというか腕試しでもしたのだろうか。町の誰も敵わなかったという事はやっぱり実力だけならかなり強かったんだな。
「今日の代金はいらねぇ、こんな爽快なもん見せられたらこっちが金払いたいくらいだ!」
相当たまっていたんだろう、豪快に笑うマスターが最高に良い笑顔だ。でもただにしてくれるというならありがたく受け取ろう。
「じゃあ店の片づけ手伝いますよ、盛大に散らかしてしまいましたし」
しかし受け取るだけでは流石に悪いので、自分たちの後片付けくらいはしておこうと提案する。
「おお、そいつはありがてぇ。ちょっと待ってな」
マスターは素直に奥に掃除用具を取りに戻っていった。こんな惨状じゃ今日はここで店じまいだろう。まだ日が落ちてから時間が経ってないだけに、悪い事をしたかもしれない。
「それにしてもファルネ、すごい身軽だな」
「にゃ、それほどでもないです」
「ん? ファルネさん何かしたの?」
ファルネの身のこなしを褒めていると、妹が会話に混ざってきた。妹の攻撃をかわしていたことを伝えると目を輝かせていた。
「ファルネさんすごい! 今度真面目に手合わせしよ!」
「ファルネでいいですにゃ、そんな、私なんかがエミさんと手合わせなんて」
「ううん、お前の酔拳は大したものだって師匠にも褒められたことあるんだから! それをかわし続けるなんて凄いよ!」
だいぶ恐縮しているようだが妹の言うように本当にそんなことはないと思う。ぎりぎりとは言え、騎士がかわせなかった攻撃をかわしていたのだから。
もしかしたらファルネは騎士よりも強いんじゃないだろうか。
というかまたしても師匠何してんだ。旅が一段落したら師匠のとこに殴りこもうと誓う。
殺人術教えたりレベルを異常な程伸ばしたりあげく酔拳まで……。何者なのかも気になるしな。
「ファルネはどこかで修行とかしてたの?」
妹が素朴な疑問を投げると、ファルネはすこし沈んだ顔になるがすぐに笑顔になった。多少無理してる感じはあるが、俺の気のせいかもしれない。
「いえ特には何も。獣人はもとから目は良いほうなんです。特に私のような猫人は敏捷性ならそうそう負けないです。攻撃力はからっきしですが」
落ち着いてきたのか語尾が普通に戻ってきた。なんだか癒されるからにゃを付けてくれてても良いのににゃ。
「ぐ……くそ、不覚」
ダメージが回復したのか、騎士が目を覚ました。周りに緊張した空気が流れるがマスターが帰って来た。
「おう騎士様、片づけあんたも手伝ってくれるんだよな!」
「ああ? なんで俺が」
「ちっさい女の子に負かされて逃げ帰ったって町に言いふらしたって良いんだぜ?」
「……ちっ、わかったよ」
マスターやるな。全員が掃除道具を受け取って散らかった皿や料理を片付けていく。
残っていた客にも迷惑がかかってしまったが、みんな笑顔でいいと言ってくれた。
この騎士ほんとに嫌われまくってるんだな。
「てめぇら覚えてろよ」
騎士が俺たちにだけ聞こえるように脅しをかけてくるが聞かない事にしておく。装備も失い実力でも敵わない相手に今手を出してくるほどこいつも馬鹿ではないだろう。
ちなみにマスターが言いふらさなくても騎士が女の子に負けたという噂は町中に広がっていたのは言うまでもない。




