事件
「お兄ちゃんほんとどうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫だ。初めての味に戸惑っているのかもしれない」
「私の初めても食べる?」
妹の発言はスルーする。それ以外の選択肢はない。
自分に何が起きているかはわからない。わからないがだからこそ考える必要が出てくる。これは間違いなく一人で考えていても解決しない問題だろう。ならどうするか。詳しい人に相談するのが一番良いとは思うがどうしたって怪しいだろう。
詳しい人はだれか、やはりギルドがあるような大きな街に行けばいいだろうか、もしくは怪しいのを承知の上で片っ端から人に聞いてみるか。
いやだめだな。魔物の肉を食べてどうのなんて説明したら普通の人は嫌悪感すら抱くだろう。正直俺もドン引きだ。妹じゃなかったお近づきになりたくない人ぶっちぎりだと言っても良い。
「ところでなんで魔物の肉を食べるなんて発想に至ったんだ? お腹空いてたとしても家に帰ってくればご飯くらいあるだろうに」
そもそもなんで妹は魔物の肉を食べだした。頭がおかしいやつだとは思っているがこんな風に得体の知れない物をなんの抵抗もなく食べたりするようなやつじゃなかったはずだ。そう信じたい。
「ちょっと前にキャンプしてる人たちがいて、その人達が食べてた。異国の人だったみたいで何言ってるかわからなかったけど捌き方というか大体食べられるっていうのもその人達から教えてもらったんだ」
「なんで近づいた……」
「おいしそうな匂いだったからつい……えへへ」
おいしそうな匂いだったからつい魔物を捌いて食う女子がいるか。キャンプしていた人たちが俺たちの町の近くにいたのも驚きだが。旅人なんて珍しくもないから誰も気にしないし宿屋もあるというのに。
俺だったらぶっちぎりで近づきたくない人達でも妹はなんら抵抗なく話しかけていく。こいつのコミュニケーション能力の高さというか無謀さというかそういうのは危ない気もする。これからはほぼ一緒に行動するので抑えられるから安心だが。
とりあえず、こういうのに詳しい人がいたら聞いてみるということにして考えるのをやめることにする。相談するという結論以外に何も出てこなさそうだ。
今は魔物を食べられるという事実を認識して、食費が浮くというありがたい事がわかっただけで充分だ。ついでに、肉を食べていても最初に口にした時のような高揚感はもうなかった。
ハースの町に着いたときに思ったことは違和感、だった。
「お兄ちゃん、なんだろうこの空気」
「わからん。外に人がいないというだけではなさそうだが……」
時間は今お昼前くらいなので外に人がいないというのはおかしい。たまたま人がいないというなら納得できるが近くの建物からも人がいるような感じがまったくしない。
立ち止まっていても仕方ないのでとりあえず町を見て回ることにする。入り口付近には魔除けの像があり、魔物が入れないようになっているのはどの町でも同じ構造らしい。
「すいません、誰かいますか?」
近くの民家を訪ねてみても反応はなく、窓から覗いても誰かがいたような感じもない。何軒か周ってみてもどこも同じだった。
「ふーむ、何かあったのかな」
「どこかに集まって何かしてるとかかな?」
「とりあえず片っ端から見ていってみるか」
二人で町の中を練り歩く。何か事件でもあったなら俺たちの町にも何か情報が来ててもいいはずだ。それがないということは事件じゃないか、最近何かあったかのどちらかだ。
妹の言うように集会だったりしたのなら何も問題はない。しかしあまりにも静か過ぎて何かあるとしか俺には思えなかった。
「てめーの仕業だろうが! 大人しく白状しろ!」
町の外れから男の声が聞こえてきた。明らかに怒っていて誰かを問い詰めているような声だった。その声は次第に熱を帯び暴力でもふるいそうな感じだった。
「お兄ちゃん」
「ああ、行ってみよう」
俺と妹は声のした方向、町から出るか出ないかのあたりに向かって走っていく。誰もいない町に誰かがいる。問い詰めているような状況から、この町で何が起きているか知っているに違いなかった。
「だんまりか!? ああ!?」
「……」
男が一人、壁に誰かを追い詰めるようにして叫び散らしていた。見ていて愉快なものではないので声をかける。
「何してるんですか」
「ああ!? 誰だてめー」
男の顔はどう見ても大人で三十後半くらいの印象を受けた。少しやつれていて生気がないが怒気が目を爛々と輝かせていた。なんだか嫌な顔だ。
「理由は知らないが大の大人が喚いてるとみっともないですよ」
「てめーには関係ねえだろうが! 引っ込んでろ!!」
「エミ、やれ」
言うが早いか妹は男に接近し後ろから抱えるようにして持ち上げる。そのまま上に高く投げ上げ自分は壁を蹴りながらそれを追いかける。
「うお!!」
「そーれっと」
そして男に向かって飛び掛り、足をつかみ降下していく。
「ぐらびてぃあたーっく」
緩い掛け声とともに振り回すように男を地面に思い切り叩きつける。きつい打撃音を響かせて地面からはモクモクと砂塵がまう。下が土とはいえあまりにも殺人術すぎる光景に開いた口がふさがらない。
「みねうちだよっ」
「峰なんてねぇよ!!!」
「あれ本来は両足掴んでもっと勢いと高さをつけてやる技だから」
「どっちにしろ峰じゃねぇよ!!」
こいつは一体どうやってレベルを上げたんだろう。本当に倒したのは魔物だけなんだろうかと疑うほど対人に特化したやり方に見えた。というかお前拳闘家だろうが。もっと鳩尾に一発で沈めるとか静かにやると思ってたわ。
一応生死を確認してみるが、だめだ死んでいる。なんてことはなく心臓は一応動いていた。呼吸がかなり怪しいがまあ悪い人っぽかったし放置でいいだろう。
「大丈夫ですか?」
男に問い詰められていたらしき人に声をかけてみる。座っていてフードを深くかぶっているせいで顔や表情はわからず何も反応がない。
「あの? 聞こえてます? 良ければ何があったか教えていただきたいんですが」
もう一度声をかけてみるとその人は顔を上げた。
「冒険者、の方ですか?」
女性だった。顔も整っているが綺麗というよりも幼さが目立つ可愛いという印象を受ける。声もそこそこ高くて耳に心地よい。
「助けていただきありがとうございます。お礼はあまりできませんが、家へいらして下さい」
女性は立ち上がり足を引きずるように歩き出す。男にやられて足を怪我したのか元からなのかはわからないが妹が手を貸してあげた。
「ありがとうございます。先ほど蹴られてしまいまして……。あなたたちが来てくれなかったらもっとひどいことをされていたかもしれません」
女性は俯きながらもう一度お礼を言う。なんだか足以外にもやられているような歩きかただったが、何も聞かないことにした。
さっきの場所から少し離れたところに彼女の家はあった。小さな家で一人暮らしなのだろうか、




