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三匹の子豚のカツ丼定食 その3

 

 最初に手をつけたのは長男豚の藁焼わらやきバーベキューだった。

 まずは脂の照りを目で楽しむ。空腹時に見る脂の白い輝きは、まるで宝石だ。このバーベキューは、際限なく食欲を湧かせる魔力を持った魔法石だよ。

 さんざん目で楽しんだあとは、いよいよ実食だ。ぼくは口を大きく開けて――豪快に食べなくちゃバーベキューに失礼だもんね――串に食らいついた。

 目を楽しませてくれた長男豚の脂は舌も楽しませてくれた。いや、幸せをあたえてくれたといったほうが正しいな。

 雑味ざつみの存在しない、うまみだけが流れる肉汁の清流。口の中がタンパク質の幸せでいっぱいになった。

「ほひほひ……」

 意味不明な言葉が勝手に出てきた。仕方ないよ。だって、バーベキューがおいしすぎたんだもの。こんな意味不明な言葉のひとつやふたつぐらい出てくるさ。

 バーベキューの次はピザだ。ミニサイズだけど、レンガの窯焼きだけあって、見た目は本格的なピザだ。ふちの焦げ目がいい仕事してるんだ。

 サラミの辛さとチーズのほどよい酸味。ミニサイズで出すのがもったいないぐらい上出来なおいしさだ。

 ピザの次はサラダだ。こいつで口の中をさっぱりさせて、本命のカツ丼に挑戦ちょうせんするんだ。

 シャキシャキと心地よいレタスは、口に残る肉汁をホウキではくように、のどの奥に流しこんでくれた。しっとりとした次男豚のハムには長男豚や三男豚のような脂はない。だけど、肉の価値は脂だけじゃない。ハムにはバーベキューやピザにはない〝凝縮ぎょうしゅく〟されたおいしさがあった。

 肉全体に染みこんだ塩が豚肉本来のタンパク質のうまみを引き立てている。でも、塩はあくまでわき役だ。主役を押しのけて前に出てきちゃいけない。塩の辛さは、あくまで豚肉の魅力を引き出すための小道具だ。

 サラダにドレッシングはかけられていない。でも、どんなにすばらしいドレッシングも、このサラダには不要だ。パプリカの甘さ、レタスのみずみずしさ、味つけのないサラダを料理として確立させる熟成ハムの頼りのある深い味わい。「おれにまかせろ!」っていう、ハムの声が聞こえてきそうだ。

 サラダのあとは、いよいよメインディッシュ……。そう、カツ丼だ。

 ぼくは大きく深呼吸すると、目の前のカツ丼を見据みすえた。大きい。とてつもなく大きい。いままで食べたカツ丼――いや、丼もので一番の大きさだ。三年生のときに食べた特盛牛丼を凌駕りょうがする大きさだ。

 でも、恐れや不安はまったくない。

 食べきれるかな……。きっと、すごいカロリーだろうな……。くだらないし、つまらない考えだ。

 ぼくの頭の中にあるのは好奇心だ。そして『三匹の子豚』に対する敬意だ。

 ぼくは目をつぶって、もう一度、カツ丼に合掌がっしょうした。「いただきます」をいった時点で、ぼくはカツ丼定食のすべての料理に敬意を払ったつもりだった。でも、このカツ丼には、もう一度、敬意を払う必要があると思った。

 大好きな『三匹の子豚』。絶対に一生の思い出になる特大カツ丼。ぼくは、このふたつに最高の敬意を払って、おはしに手を伸ばした。


 * * * *


 ぼくは、あのカツ丼を食べて以来、豚という生き物が大好きになった。心の底から好きになったし、将来は豚にかかわる仕事にきたいとも思った。

 それだけ、あの『三匹の子豚』のカツ丼は衝撃的なものだった。ひとりの人間の人生を左右するほど強烈な衝撃だ。

 玉子、とんかつ、ご飯。お箸ですくって、一気に口の中に掻きこんだ。

 最初に感じたのは〝甘さ〟だった。砂糖の甘さじゃない。肉の甘さだ。

 イベリコ豚もアグー豚も三元豚さんげんとんむたびに甘さを感じるんだ。最高品質の豚肉には、ほのかで繊細せんさいな甘さがあるんだ。(ぼくはこれを豚の持つやさしさだと思っている。)

 ――これが豚のほんとうのおいしさですよ。とんかつがそう語っているような気がした。

 でも、おどろくのはカツ丼のおいしさだけじゃない。カツ丼を食べると、頭の中に映像が浮かびあがった。

 再三質問するようで悪いけど、きみにきたいことがあるんだ。

 ねえ、きみ? きみが持っている豚のイメージをぼくに教えてくれないかな? え? 太って気持ち悪いだって? まあ、そうだろうね。ふつうはそうさ。「豚!」っていわれて、よろこぶ人なんていないもんね。

 でも、三匹の子豚はちがうよ。彼らは太ってもないし、気持ち悪くもない。それどころか、アイドル顔負けのイケメン三兄弟だった。頭の中に浮かんだ映像は彼らとオオカミとの心温まる物語だった。


 * * * *


 最初に登場したのはオオカミだった。でも、ただのオオカミじゃない。オオカミの耳としっぽを生やした、八歳ぐらいのおさない女の子だ。あれじゃあ子豚どころか猫の子だっておそえないよ。

 オオカミ少女は道に迷っていた。少女は泣きべそをかきながら、暗い夜道をひとりぼっちで歩いていた。

――かわいそうだな……。

ぼくがそう思ったときだ。だれかが少女の肩をうしろから叩いた。

びっくりしたオオカミ少女がしっぽを逆立てて、うしろをふり向いた。そこにいたのは三匹の子豚だった。

「どうしたんだい? オオカミさん?」

 たずねたのは長男豚だった。豚の持つ〝負〟の要素をすべて排除はいじょイケメン豚人間だ。

 バレーボール選手のように高い身長と長い手足。深いホリと高い鼻(でも豚鼻じゃない)。イベリコ豚の長男は美形で長身のかっこよすぎる青年だった。豚の耳が生えてなきゃ、彼が擬人化ぎじんか豚だとは、だれも思わないよ。

「ママとはぐれたの……」

 オオカミ少女が鼻をぐずらせながら、こたえた。

「かわいそうに……」

 次男豚がやりきりないといったふうに眉をひそめた。

 健康的な褐色かっしょくの肌に、脂肪の入りこむ隙間すきまのないきたえあげられた肉体。彼の体はまさに筋肉の要塞ようさいだ。沖縄の海と自然がつくりあげたタンパク質の要塞だ。アグー豚の次男は筋肉ムキムキのマッスルイケメンだった。

「安心して。もう大丈夫だからね」

 三元豚の三男がオオカミ少女の肩を両手でそっと抱いた。歳は十五ぐらいかな。中性的な顔立ちをした色白の美男子だ。豚の耳さえ生えていなければ、男子アイドルグループのメンバーにだってなれたはずだよ。

「今日はもう遅い。この子をぼくらの家に連れていこう」

 長男豚が弟に提案した。

「そうだな。よし、おじょうちゃん、おれの背中に乗りな」

 次男豚が腰を落として、背中を曲げた。オオカミ少女は鼻をいて、その背中に飛び乗った。

「『三匹の子豚』って、こんな話じゃないよなぁ……」

 三匹のイケメン豚がオオカミ少女と一緒に闇の中に消えてゆく。そのうしろ姿を頭の中で見ながら、ぼくはひとりで腕を組んだ。

 

 * * * *


 イケメン豚の住む家は藁製わらせいでも木製もくせいでもレンガづくりでもなかった。金でできた豪奢ごうしゃな宮殿だった。

 金色の外装がいそう。金色の回廊かいろう。金色の食堂に金色の寝室しんしつ。見わたす限り、金、金、金の黄金三昧おうごんざんまいだ。目がくらみそうなまぶしさだったよ。

 イケメン兄弟はオオカミ少女に自慢の手料理をふるった。バーベキュー、ハムサラダ、ピザ。少女も兄弟も笑顔でおいしい料理を食べた。それを見ていると、心がとても温かくなった。おいしい料理と笑顔。このふたつが人を幸せにするんだろうな。

「料理が人を幸せにするんだなぁ」

 ぼくは腕を組んだまま、ひとりでうんうんとうなずいた。


                           (つづく)



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