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三匹の子豚のカツ丼定食 その2

 ランニングから戻ると、腕立て伏せを二十回して、そのあと腹筋運動を三十回やった。普段しないことをするから、トレーニングのあとは、まるで、体がびついた機関車のように動かなくなった。

 ぼくは悲鳴をあげる足で自転車のペダルを踏んで、シャンボールへ向かった。

 シャンボールに到着したとき、体もお腹も限界だった。暑さで目はグルグルまわるし、指を動かしただけで、お腹の底がキリキリと痛んだ。水は一リットル以上飲んだけど、やっぱり〝食べ物〟じゃないとエネルギーにならない。

 シャンボールの前には、ふたりの男性がいた。ひとりは太ったおじさんだ。ニワトリのトサカのように真っ赤なモヒカン頭をしていたから、太ったニワトリみたいだった。

 もうひとりは……こっちはメガネをかけた、やせっぽっちのお兄さんだ。この人も赤いモヒカン頭をしていた。まるで、デブとやせのニワトリ兄弟だ。

 ふたりのニワトリ男は服を着ていなかった。海水パンツをはいて、建物の前でビニールプールをふくらませていた。

 顔をモヒカン頭みたいに真っ赤にさせて、息をフーフー! 太ったおじさんがギブアップすると、今度はやせたお兄さんが息をフーフー! でも、すぐにギブアップ。だから、ビニールプールはなかなか膨らまない。

「何してるんですか?」

 ぼくは建物に近づいて、ふたりのニワトリ男にたずねた。

「見てのとおりの呼吸困難さ」

 おじさんが、あえぎながらこたえた。四段腹のみぞに汗がたまって、四つの小さな汗の海ができている。

「きみ、もしかして、辻黒亜門つじぐろあもんくん?」

 お兄さんはメガネを外すと、汗の入った目をしばたかせた。

「そうです。今日の朝、招待状をもらったんです」

「いいタイミングできてくれた。これでプールを――」

 そのとき、風除室ふうじょしつの扉を開けて、店の中から、もうひとりの男があらわれた。

 これで、シャンボールのうわさがまたひとつ明らかになったよ。ニワトリとカマキリが働いているって噂は、どうやら本物みたいだ。

 だってさ……風除室から出てきたのは、目が大きくてアゴの尖った、カマキリみたいな男だったんだ。二メートルを超える長身と女子小学生みたいな細い腕。あれで緑のスーツでも着ていたら、まさしく怪奇カマキリ怪人ってとこだろうね。

 でも、男が着ているのはスーツじゃなかった。リヤサっていう神父さんが着る黒い服だ。だから、この人はカマキリ怪人じゃなくて、カマキリ神父なんだ。

「ポール、シャルル、プールはできたかい?」

 カマキリ神父がニワトリ男たちにたずねた。

「プールの前に、まずは料理だ。お客さまがいらしたぜ」

 ポールと呼ばれた、太ったおじさんはひざに手をついて立ちあがった。

「辻黒亜門さまですね。お待ちしておりました。わたくし、従業員のアランと申します。お熱いなか、はるばるご苦労さまでした。ささ、はやく店の中へ」

 アラン神父は長い腕をふるって、ぼくを店の中へ案内してくれた。

 風除室には金色の小さな机があった。

 机の上には谷岡順平たにおかじゅんぺい選手のサイン入りグローブと小さなフランス人形、それと児童作家、島本菜奈しまもとななの代表作『ジョセフのおかしなレストラン』が置かれてあった。

 店内はクーラーの冷たい風が充満じゅうまんしていた。生き返るっていうのは、まさにああいうことをいうんだろうね。冷気が命を運んでくれているみたいだったよ。

 カウンターの前には安楽イスがあった。金色の灰皿が山積みされた、おかしなイスだ。

「映画で使う小道具です」

 アラン神父が灰皿を指さして、説明してくれた。

「映画?」

「はい。今度の料理体験教室で上映するシャンボールのオリジナル映画です」

「へえ……。シャンボールって、いろんなことしてるんだなぁ」

「ここのオーナーがいろいろな企画をることが好きな人物でしてね。おっと! 噂をすればオーナーの登場ですよ」

 オーナーは二階からあらわれた。階段を一段一段コツコツと降りてきたのは銀色の髪をしたハンサムな外国人だった。歳は十七か十八ってところかな。とてもオーナーを務める年齢には見えない。アイドル店員のまちがいじゃないのかな?

「ようこそ、シャンボールへ」

 外国人はぼくの前にやってくると、青い目でほほ笑み、胸の前で優雅ゆうがに手をふった。

「はじめまして。シャンボールのオーナーを務めるジョーイです」

 ジョーイさんの整った顔を見ていると、今度は女の子が二階から降りてきた。歳はぼくと同じくらいで、金色の髪を胸まで垂らした美しい女の子だ。

 金色の髪。オーナーと同じ青い瞳。まるでフランス人形だ。そういえば、風除室の机にもフランス人形がかざられていたけど、何か関係があるのかな?

 女の子は階段の途中で足を止めると、手に持っていたゴムボールをジョーイさんの頭に投げつけた。

 ゴムボールは見事ジョーイさんの後頭部にあたった。その瞬間、ジョーイさんは死にかけの獣が発するような壮絶そうぜつな悲鳴をあげて、その場にバッタリとたおれた。

 わけがわからず、ぼくはたおれたジョーイさんの背中を見つめることしかできなかった。

「………………どうですか?」

 うつぶせのまま、ジョーイさんがたずねた。

「どうですか? ぼくの死にざま?」

「演技の練習ですか?」

「はい」

「ちょっとオーバー過ぎだと思います」

「ありがとうございます。参考になりました」

 ジョーイさんは立ちあがると、女の子のほうを向いた。

「エリー、ナイスコントロール」

「順平に教えてもらった甲斐かいがあったわ」

 エリーと呼ばれた女の子は、ゆっくりと階段を降りて、ぼくのところにやってきた。

「いらっしゃい。あなたが辻黒亜門?」

「そうだよ。これ、招待状」

 ぼくは持っていた封筒をエリーちゃんの顔の前でふった。

「何を持ってきたの?」

「『三匹の子豚』だよ。ぼくの一番好きな絵本なんだ」

「そう……。ジョーイ、お客さまを席に案内して。わたしは少し眠るから」

 エリーちゃんは慣れた様子でジョーイさんに命令すると、大きなあくびをしながら、二階に戻っていった。

「彼女、昨日は一睡もしないで灰皿を金色に塗ってくれたんですよ」

 ジョーイさんは灰皿をひとつとると、それを指の先でクルクルとまわした。

「それでは席にご案内しましょう」

 ジョーイさんが店の奥に歩き出した。ぼくは期待を胸に――いや、期待を腹に彼のあとを追った。


 * * * *


「ああ!」

 ジョーイさんは『三匹の子豚』を閉じると、それを両手で抱きしめた。

「なんという幸せな本だろう!」

 ジョーイさんは声を震わしながら『三匹の子豚』をテーブルの上に置いた。

「亜門さま。お持ちになった『三匹の子豚』は最高の食材でございます」

「この本、そんなにすごいの?」

「はい。すべてのページに持ち主の愛情がまっています。きっと、何度も何度も繰り返し読まれたのでしょうね。見てください。この子豚たちの幸せそうな顔を」

 そういって、ジョーイさんはページを開いた。そのページはオオカミにわらの家が吹き飛ばされるページだった。長男豚の顔には家が壊された絶望とオオカミに食べられる恐怖が混在こんざいしている。絶対に幸せの顔じゃない。

「それでは、ぼくは調理にとりかかります。用があれば呼んでください」

 ジョーイさんが厨房にいくと、ぼくはトイレに向かった。

 ねえ、きみ? きみはマンゴー用のトイレって見たことがある? 果物がトイレなんてするはずないよね。でも、シャンボールにはあるんだ。マンゴー用のトイレがちゃんとあるんだ。

 あるのはマンゴー用だけじゃない。サンゴ用もイチョウ用もドングリ用も、はたまた石鹸せっけん用のトイレまであるんだ。

 ぼくはヒト用のトイレで用を足して、テーブルに戻った。壁じゅうに飾られたおかしな絵を見ても時間をつぶせないと思ったので、ぼくは外の景色を見ようとカーテンを開けた。

 店の外では、ポールさんとシャルルさんがホースで水をかけ合って遊んでいた。ずぶれになって遊ぶ姿は、まるで水浴びをするニワトリみたいだ。もしかして、あれも演技の練習かな? それとも、ただ遊んでいるだけなんだろうか? 

 十分ほど待つと、ジョーイさんが銀のワゴンを押して、ぼくのもとへ戻ってきた。もちろん、おいしそうな料理も一緒だ。

「ああ!」

 ワゴンの上の特大カツ丼セットを見て、ぼくは思わずあえいでしまった。

 食欲をかきたてる肉とあぶらのにおい。目をうたがうほどのカツ丼のボリューム。そして、主役を引き立てる豚肉を使った付属の料理。見た目といい量といい、ふつうの定食屋なら一八00円はするであろう高級カツ丼定食だ。空腹を極限までガマンした甲斐があったよ。

 幸せづくし豚づくし。ぼくはイスから立ちあがって、ジョーイさんに頭を下げた。

「ジョーイさん、ありがとう!」

「それは三匹の子豚にいってあげてください」

 ジョーイさんはカツ丼定食をテーブルに置くと、料理の説明をしてくれた。

「こちらはイベリコ豚、アグー豚、三元豚さんげんとんのロース肉を使用した〝三兄弟のカツ丼〟です」

 三兄弟のカツ丼はまさに家だった。三匹の子豚が力を合わせてつくった家だった。

 半熟とろとろの溶き玉子の屋根。家主である大迫力の二00グラムのとんかつ兄弟。そして、すべてを支える白米のゆか。三匹の子豚が力をあわせれば、こんなに立派な家を建てることができるんだ。

 次にジョーイさんは付属のおかずの説明をしてくれた。

「こちらは長男豚の藁焼わらやきバーベキューです」

 バーベキューには豚肉以外にもトウモロコシやピーマンが刺さっていた。そうそう! お肉は魅力的みりょくてきだけど、やっぱり野菜も食べなくちゃね。

「こちらのサラダですが、これには桜の木のチップで燻製くんせいした次男豚のハムを入れています」

 次男豚はそうとう目立ちたがり屋なんだろうね。サラダの主役は野菜のはずなのに、ハムの存在感が強すぎて、これじゃあ、まるで〝ハムの野菜添え〟だ。もちろん、ぼくはそれでもかまわないけどね。

「そして、これがレンガのかまで焼きあげた三男豚のミニ・ポークピザです」

 三種類の料理はサイズも小さめで、これなら残さず食べることができそうだ。

 よーし! お腹を空かせた豚になったつもりで、カツ丼定食を残さず食べるぞ!

                

                               (つづく)

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