スティックシュガーは一.五本
「珈琲のある風景」エッセイコンテスト落選作品です。
土曜日の夜、休日出勤の帰り。もう二〇年近くも会っていなかった昔の彼女と再会した。
僕たちは、近くの喫茶店に入って、ホットコーヒーを注文した。僕はコーヒーには砂糖は半分しか入れない。一方、彼女は甘いコーヒーが好きで、二人で喫茶店に入ると、僕が半分だけ使ったスティックシュガーの残りを彼女にあげるのが常だった。あの頃と同じように、半分使った砂糖を渡すと、彼女は「いらない。」と言って、ブラックのまま飲んだ。
僕が彼女に別れ話をしたのも、喫茶店だった。その時も、彼女は僕のあげた半分の砂糖を余分に入れた甘いコーヒーを飲んでいた。その日以来、彼女はコーヒーを飲まなくなったのだという。その後出会った新しい彼にブラックコーヒーの味を教えられ、今ではコーヒーはブラックで飲むようになったそうだ。
彼女は三〇代半ばにしてその彼に振られ、結婚しないまま今に至るのだという。僕は僕で、結婚はしたものの離婚し、二人の子供の養育費負担に苦しみながら細々と暮らしている。お互い人生を踏み外した者どうし、傷をなめ合うような時間が流れた。
店員が閉店時間を告げに来た。僕たちは店を出ると、どちらからともなく、昔よく行ったホテル街に向かっていた。
翌朝、僕が備付けのインスタントコーヒーに、例によって砂糖を半分だけ入れて飲んでいると、彼女が目を覚ました。僕は、彼女の分のブラックコーヒーを作った。
彼女はどういうわけか、僕が渡したブラックコーヒーに、コーヒーフレッシュと、スティックシュガー一本を全部入れた。そして、僕が半分残した砂糖も入れて飲んだ。
「甘ぁい。昔はこんなの飲んでたんだね。でもこっちの方が好きかも。これからはこうやって飲も。」
彼女は言った。僕が彼女を抱き寄せると、彼女は唇をとがらせてキスをせがんだ。
チェックアウトまで、あと二時間はある。