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俺と吸血鬼と偽りの歌姫  作者: 吸血鬼くん
9/23

迷子の少女



 【吸血鬼ヴァンパイア



 一般に吸血鬼ヴァンパイアは、一度死んだ人間が不死者として蘇ったものと考えられている。


 脳の制限リミッターが外れたように、通常では考えられない筋力を持ちえ、夜光に動き鋭い眼光を放つ。口を開けば尖った牙を突き出し、有象無象に人間の首に噛み付いて生血を啜るその姿は、悪魔の化身。多くの吸血鬼ヴァンパイアは人間の生き血を啜り、血を吸われた人間も吸血鬼になるとされた。


 血を求めるその理由の多くは、死んだ肉体の腐敗を防ぐため、身体の保持しようと新鮮な血を欲しているとされた。一固体として意思を持ち、判断して行動しているところは生きているとも呼べ、しかし死んだ肉体を維持しようと人々を襲う死人とも呼べる。その生態は未だに謎が多く、死を知らない生きた亡霊とされるが、弱点は多く存在している。


 具体的な退治方法では首を切断させる、心臓に杭を打つ、燃やす、銀剣や弾丸などの方法が挙げられる。また、未練を持って蘇ってしまった吸血鬼ヴァンパイアならば葬儀をやり直す、聖水やワインを当てる、壜や水差しに封じ込める、などの方法が存在していた………。




「……まぁ…一般的に知られている吸血鬼ヴァンパイアはこの手の情報ばっかりだよな」



 ふーと一息付くと、読み上げていた本を閉じる。



「やっぱりこの力がなんなのか…載っている訳ないよなぁ…」



 初めから期待はしていなかったものの、失望の色は隠せず後ろにもたれ込み、背伸びして背骨の間接を鳴らす。



 マナと出会ってから早1ヶ月、二人目の吸血鬼ヴァンパイアと戦ってからしばらく何も起こらなかったことに、一度張り詰めていた気を静めようと図書館に立ち寄っていた。



 基本的に概ねの知識はマナから得ていたため、特に吸血鬼ヴァンパイアを調べていなかった。その為ついでにと吸血鬼ヴァンパイアに関連性がありそうな本を読み漁ったのだ。



 ただ予想は裏切ってくれはせず、発症や由来の多くは見つけられても、自分の持った力については何の情報も得られずに終わってしまった。一番知りたいのに、ヒントというヒントの一文字さえ全く記載されていたのだ。それに落胆して溜息を漏らすのは仕方がないことだろう。



「くく……さすがは私の僕ね。勉強熱心なのはいい事だわ」



 そんな俺の様子を見かねた声の主は、愉快そうな声音を発して後ろから近づいてくる。



「んで…そういうマナは何しているんだよ」



 妖艶な声、そして少女という見た目とは思えない上から目線な言葉使い。振り返れば、そこに居た人物は俺の主である、吸血鬼ヴァンパイアでもある少女、マナだ。



 そんな愉快そうに口元を吊り上げる主に向けて、俺は座椅子にもたれかかったまま半眼の眼差しを向けた。



 きょとんと、瞼をパチクリとさせ、突然の問いに戸惑いを見せて固まると、手元に持っていた本を俺にしっかりと見えるよう上に持ち上げた。



「何って『粉砕玉砕大喝采 世界を救え 暴走少女』を借りようと思っているだけよ?」



 それに俺はさっきよりも深い溜息を漏らした。



 マナが持ってきた子供向けのDVD。それは真ん中には世界を救えといっているタイトルがあるが、その両側に不穏過ぎる言葉が付いている。そして表紙で既に町が無残にも崩壊しており、肝心の内容では主人公である少女が全ての元凶という、とんでもアニメだった。



「…あのなぁ…何でそういう子供向け…なのかどうか分かりずらいが、そういう変なのばっか見たがるんだよ…」



 何故俺が『粉砕玉砕大喝采 以下省略』のことを知っていたか、それは毎週土曜日に放送され、マナがそれを見ているからだ。度々アニメの世界で爆破が起こると、テンションが向上したマナがはしゃぐことで手に持ったお菓子を床にばら撒きまくるテロを起す。おまけに食器を2枚割られている。



 このアニメはもう既に何百という話を放送し続け、未だに尚もそのアニメの続きを放送しているのだが、随分とお気に入りらしく一話から見たいというマナからの要望があった。



 無論借りるつもりなど端から無かったのだが、悪運なことに今日立ち入った図書館の隣にはレンタル屋が繋がっており、それをマナが見つけてしまったため諦めて借りる羽目になっていた。



「な、何よ…主である私がやることに文句あるの?」

「いや…文句っていうかさ…約束しちまったし借りるのは構わないんだけど、家でまた暴れないだろうなーって思ってな」

「う…それは……気をつけて…みます…はい…」



 それに苦笑を漏らす。態度はでかいが、見た目のように子供っぽいところは相変わらずだった。



「んじゃ、それ借りてさっさと帰るか。お目当てのものは結局無かったしな」



 俺は一度肩を竦ませるとマナの持っていたDVDを受け取る。DVDを手から離した瞬間、それににマナは小さく「…ぁ」と声を漏らしたが、会計の列にきちんと並んで借りるつもりな俺の様子に、安堵にほっと胸を撫で下ろすと、途端に真剣な表情になって頷いた。



「それはそうよ。本でいくら探したところで見つかるはずないわ。だって吸血鬼ヴァンパイアが基本的に見せるのは驚異的な身体能力だけだもの。上位に位置している彼等の特殊な力は、その一例が暗躍に包まれたままで情報一つなく、知るのは皆無に近い。そもそも持っていた本人である私でさえ、それがなんなのか分かっていなかったんだから」

「まあ…だから期待はしてなかったって。……しかし隠してばっかで、マナのように強大な力を持ってても知らないなんて、それってあれだな。俗で言う、宝の持ち腐れって奴か?」

「…そうね。ただまあ実際には下級だろうと上級だろうと、位という割り振りがあるのだから、昇格という制度が存在している以上、下級が上級、上級が下級に落ちるなんて可能性は無くはないのよ」

「なんか急に話がややこしく感じるんだが……今の話を俺なりに要約するとあれか?マナの話していた下級で、十字架を見ただけで震えたり、日の出にも出れないような奴が、突然上級並の強さになったりするってことか?」

「そうよ。私も同様にどういった構造でかは分からないけど、恐らくは成りえるわね。吸血鬼ヴァンパイアにも、ある条件が重なることで特殊な力を手に入れるんじゃないかしら。例えば人間が火事場の馬鹿力とかいって本来には無い力を出すように、吸血鬼ヴァンパイアもまた、制限リミッターを外すような何かが…ね」

「…ふぅん…制限リミッター…ねぇ…」



 そこで一度、マナの言っていた話の一部を呟く。



 記載された内容にも、マナが話す内容と似たようなことは書いてはあった。ただそれが何なのか分かっていないのだから、結果としては無駄足、無駄知恵に等しく、もっといえば結論からして乏しい。



 自身の身体は一度死んだが、完全に死んでいない状態で吸血鬼ヴァンパイアとして蘇っている。通常の人間のように生活を送っても問題なく、日光に浴びようがにんにく類を食べようがなんともない。



 ただ普通の人間とはやはり違うところもある。感覚は以前のまま、ただ一度死んだことでなのか、脳が抑えるはずの力の制限リミッターが半分外れかかっているようで、腕力や筋力が格段に上がっていた。



 以前はリンゴを握ったところでヒビ一つ入れられなかったが、今ではリンゴを握り潰せる。足も独断速い訳でもなく、50mを全力で走っても7秒とちょい辺りが平均だったが、今では間違いなく世界を狙える速さだ。



 恐らくは吸血鬼ヴァンパイアの力の影響もあるのだろう。最初は力の扱いに戸惑ったが、意識すれば自然と抑えられたため慣れれば問題は対して無かった。



 特に吸血鬼ヴァンパイアらしい行動、吸血という欲求の衝動も駆られることなく、外見は運動神経が抜群、内面は到って変化は無い。あと変わったところで付け加えるとすれば、それは生命力では少ししぶといくらいになっているくらい。



 そんな人間とも吸血鬼ヴァンパイアとも呼べる、自分の生態はとてもあやふやな実態なのだ。理論や理念だけで生まれ出る結果は否でしかない。



(もし吸血鬼ヴァンパイアにも制限リミッターがあったとしたら、俺の場合はどうなるんだろうか)



 疑問に思って考えるが、思い浮かぶ可能性は二つしかない。



 もし制限リミッターが存在していたとしても、半吸血鬼ヴァンパイアである俺はその類には当てはまらないか、弱体化した状態、つまりは半分の力を得るかのどっちかだろう。ただ、吸血鬼ヴァンパイアにはある制限リミッターがある、そしてその半分の力を既に得ている可能性が高いことは否定できなかった。



 実際に、無意識的にだがマナによって吸血鬼ヴァンパイアにされた瞬間、俺はマナの能力を奪うという、自身が得たであろう本来の力を既に使って見せているからだ。



「次のお方、此方へどうぞ~」

「…あ、はい」



 気がつけば自分の順番が回ってきていた。考えていたことを一旦中断させ、手元に持っていたDVDを置いて会計を済ませる。



「レンタル期間は一週間となります。期限を過ぎると延滞料金が発生するのでご注意下さい。ありがとうございました~」

「…ほら、借りたぞ」

「さすが私の僕ね…褒美に褒めてあげる!偉い偉い!」



 そういって、マナは上機嫌にも背伸びをして頭を撫でようとしてくる。



「おちょくられているようにしか思えないんだが。それに人目が恥ずかしいから今すぐ止めろ!」

「あら?照れてなくてもいいのに」

「照れてるっていうか、人として恥ずかしいんだよ」



 マナから忍び寄ってくる手先を回避し、用が済んでいることからそのまま外へ出る。瞳に映りこんだ夕暮れに染まった空を見つめ、俺は一人目を細めた。



(…結局、これといって何の情報も掴めなかったな)



「信也~!何しているの~?突っ立ってないで早くしなさい!置いていくわよ~?」



 お気に入りのアニメが見られることにそんなにも嬉しいのか。よほど借りたアニメが早く見たいのだろう。マナは家に向かって元気よく駆け出して俺からどんどんと離れていく。



「ったく…見た目通り、中身はほんと子供だなあいつ…」



 呆れた様子で腰に手を当てる。これ以上立ち止まっていると本当に置いていかれ、しかし玄関の鍵は閉めているので、その前で立ち尽くすマナに遅いと叱られる自分の姿が絵に描いたように浮かぶ。



「……もし、そこの人」



 やれやれと歩を進めようとしたその途中、ふいに女性に呼び止められた気がした。














「…ん?」



 後ろを振り返れば、そこには見知らぬ少女が立っていた。声の主は位置からして彼女に間違いはなかったのだが、見た目がマナと同じくらいの年頃で、特徴的な銀髪に髪結びの蝶、そして顔とどれも全くの見覚えが無く、面識が無いことから気のせいかと前を向く。



「……もし、そこの貴方なの」

「うん?」



 くいくいと服の袖を引っ張られる。どうやら気のせいではなく俺のことを呼んでいたらしい。



 再び振り返る。少女は此方をじっと見つめており、口を閉ざしたまま無言で訴えかけてきているように見えた。



「…俺?」

「……(コクコク)」



 念のため人違いじゃないかと自分を指差して見たが、少女は無言で首を縦に振る。



「えーっと…何か用か?」

「……対した用ではないの」

「ええと……?」



 長年家に引き篭もっていた俺は、最近まではマナと意外ロクに会話という会話をしてきてはいなかった。そんな俺に対し、初対面の相手を引き止めておいて用が無いという高度な会話術を求められても、上手く返事を返せるはずもない。



 というか、多分俺じゃなくても戸惑うだろう。



「…どういうこと?」

「………」

「…答えるつもりがないなら帰っていい?」

「……待つの。ただちょっと聞きたいことがあるだけなの」

「その聞きたいことって?」

「………」



 それに少女は視線を泳がせ、再び口を閉ざすと黙ったまま答えない。



 なんかめんどくさい人に呼び止められたなーっと、半笑いで頬を掻く。



「あの~俺用事あるから、その…あとは他の人に聞いてくれ。それじゃ」

「……待って欲しいの」



 その場から撤退しようとするが、しっかりと袖を掴まれていて逃げれなかった。



「…あの…ほんと何?」



 子供って、実は皆マナのように面倒なのばかりなのだろうかと思った。



 下手に騒がれたりしても困るので相手にはするものの、段々面倒になってくる。いつまでも話を切り出さない様子に思わず脱力したまま少女に理由を尋ねると、黙り込んでいた少女はやっとの思いで、やや抵抗があり気味にだが口を開いた。



「……道に…迷ったの…」

「…はい?」

「……だから…その…道に迷ったの…」



 もじもじと目を反らしながら、口を尖らして少女はそういった。



「えーっと…親と逸れた…とか?」

「……親はいないの。一人で来たの」



 本当に面倒な奴に目をつけられたと苦笑いを浮かべる。



 少女の言い分からして、概ねは家出をして迷子にでもなったといったところだろう。



「…つうかお前裸足じゃねえか、靴はどうしたんだ?」

「……靴は履いてないの」

「いやそれは見て分かる。そうじゃなくて履いていた靴はどうしたんだって聞いているんだけど」

「……元々靴なんて履いていないの」



 どうもこの少女は靴を履かないで家を出てきてしまったらしい。それなりに歩いてきたのか足は土やホコリで汚れきっていた。



 その少女の姿を見た途端、一瞬過去の自分の姿と重なって見え、それに目を細める。



 マナのことが気にもなったが、しばらくは襲ってきていた気配もないことから大丈夫だろう。玄関で待たせたことで後々にマナの説教があるのは仕方が無いが、一先ずはこの少女をどうにかしようと優先することにした。



「…しょうがねえな」

「……突然しゃがんだかと思えば…手を背に置いて何がしたいの」

「何って、おんぶだおんぶ。その足のまま歩かさせるわけにもいかねえだろ」

「……余計なお世話なの。私はただ道を知りたいだけで、背負ってもらう必要はないの」



 そういって拒否る少女に、「ああそうかい」と立ち上がろうとするが、何かが飛び乗ったと思った瞬間、背中に重しを乗っけたように急に重くなった。



「…どっちだよお前」



 見れば少女が背中に乗っていた。言っていたことと今している行動に矛盾があるため、それに対して俺は半眼で少女を見つめる。



「……丁度歩き疲れていただけなの。あと、私はお前じゃなくてナノなの」

「ん?ナノナノ?」

「……違う、ナノなの」

「ナノ…ナノ…?」

「……ナノ…っていう名前…なの」



 何度も聞きなおす俺に対して、少女はムスッとやや怒った表情になる。



 語尾に「なの」と付けていたため、連呼されて分かりずらかったがどうやらこの少女の名前は「ナノ」というらしい。



 …なんて紛らわしいんだ。



「…それで?ナノ…ちゃんは…」

「……ちゃん付けされると不愉快だから、ナノと呼び捨てでいいの」

「…ナノは…何処に行きたいんだ?お家にか?」

「……違うの。ナノはある家を訪ねようと思ってここに来たの」

「…ふぅん?それが何処にあるか分かるか?」

「……本当ならその道案内がいたの。ただここに来るまでに付き添いだった一人と逸れてしまって……ナノはどうすればいいのか困っていたの」



 それを聞いて頭を抱えたくなった。マナの話を聞く限り、この様子だと迷子は二人のようだった。



 今話す少女がこの様子なのだ、もう一人もどうせ面倒なのだろう。やっぱり少女の事はほっといて今すぐ家に帰ろうかと考えたが、少女は逃がすまいとがっしり固定する形でしがみ付いていて、これでは簡単に離れてくれそうにない。



 否定の言葉と裏腹に飛び乗ってきたのはこれが理由か。どうやら俺は自分で自分の首を絞めてしまったらしく、良かれと思ってした行動が逃げ場を失う羽目となった。



「…それを俺にどうしろと…まさか一緒に探して欲しいなんて言わないよな」

「……路頭に迷ういたいけな少女を前に、まさか嫌だなんて下劣な言葉を吐かないとは思うのけど…ナノはお兄ちゃんを信じているから言わないのけど…それでもやっぱり頼む側として仕方がなくいうの。お兄ちゃん、ナノと一緒に逸れた子を探して欲しいの」

「一言も二言も言わせて貰えば、自らをいたいけだなんて呼ぶ奴はいたいけじゃないからな。それと俺はいつからお前のお兄ちゃんになった」

「……さっきなの。困っているナノの為に一緒に探しの手伝いをしてくれる心優しい人だから、敬意を込めてお兄ちゃんと呼ぶの」

「俺は今さっき、その探す件については否定と取れる発言をしたはずだが…拒否権はないと」



 少女のしがみ付く腕に力が篭る。こんな小さな身体の何処にこんな力があるというのか、無言の威圧に沿ってグリグリと締め上げられ、背中に背負っている横暴な少女に俺はしょうがないと諦めに肩を落とした。



 一見、少女の見た目や素振りは物静かそうな子にも思えるが、根はマナよりも図々しいかもしれない。



「あー、分かった分かったよ…探してやる、探してやるから締め上げるのを止めてくれ」

「……さすがお兄ちゃん、話が分かるの」



 この少女は脅迫という言葉を知っているのだろうか。



「…まあ案内をするつもりは一応あったからな。目的が変わっただけで、探す手伝いくらいなら問題はない。……それで、もう一人と逸れたって言ってたが、ここら辺には居るんだよな?」

「……逸れてそう時間は経ってないから、間違いないの」



 そういわれ、とりあえず辺りをざっと見回してみる。ちらほらと人の歩く姿を見かけるが、時間帯からして人ごみも少なく見通しがいい。



 何となく遠くにいる赤髪の女性に目がいくが、さすがに違うだろう。




「んでその子の特徴は?」

「……赤い髪に、赤い目、赤い服を着ていて、ナノのように蝶の髪飾りを付けているの」

「なるほどねぇ~」



 軽く頷いて遠くにいる赤髪の子へと顔を向ける。



 いやいや、さすがにないだろうあれは。



「……他に特徴はあるか?」

「……ナノは見た目くらいしかまだ知らないの…ただ、後一つだけ分かる事といえば…恥じを知らない男女なの」

「なるほどね……」



 うん、絶対あいつだ。



「おい、そこの人!!」

「ふふふん♪ふふふん♪ふふふふん♪ふんふんふんふんふふふふふ~ん♪」



 赤髪の女性に向け叫び声を上げて呼んでみるが、遠くからでも聞こえてくる馬鹿でかい鼻歌のせいでまるで俺の声が耳に届いていない。



「そこの赤一色女!迷子のお知らせだ!!」

「ふっふふふ~ん!ふふふふふ~ん!」



 同じく面倒な相手だろうと思ってはいたが、出来れば人の目線には気にも留めず馬鹿でかい鼻歌を歌う女性ではなくて欲しかった。



「こっち向けやぁああ!!!」



 思い切った怒声を張り上げると、周りにいた一般人が驚いたように振り返り一気に人目が俺へと集中する。



 それに恥ずかしくなって顔が熱くなるのを肌で感じた。俺にとってはこういう人目が集まる行為よりも、穏便に物静かに済ませる方が好ましいのだ。



「……ん?」



 やっとの思いで俺の声が届いたらしく、気持ち良さそうに歌っていた赤髪の女性が歌を止めて此方に振り向く。



「ん、おお!」



 すると赤髪の女性は驚いた声を上げ、俺ではないナノへと向けて走って来た。



「あーいたいた!やーっと見つけたぜ!探しても見当たらなかったから、途中でナノを探すのが面倒になって一人歌ってたわ!悪い悪い!」



 そういって後ろの頭に手を置くと、女とは思えない豪快な笑い声を上げる。最近では大の大人な男でもここまで清清しい笑い方はしない。初めの人目でどんな人物か想像はついてはいたが、ナノの言っていた通りこの女性には恥という概念が無いのかもしれない。



「……ほんとに悪いの…」



 ナノは赤髪の女性の姿を捉えると、一度半眼で睨みつけた後、今度はふっと安堵したように息を漏らしてしがみ付いていた腕を緩めた。



「がっはっはっは!そんな怒んなって!今度からは気ぃつけるからさ!」

「……次はないからの」

「分かってる、分かってるって!だから安心しな!!」

「……本当に分かってるの?」



 トサッとナノが地面に着地する音を鳴らすと、俺の背中に圧し掛かっていた重しが消えて軽くなる。ナノが赤髪の女性と無事に再開できたことに、何はともあれこれでもう俺はお役目御免、用済みだろう。



 これでまた何か頼まれても面倒だし、それにこれ以上遅れると、それこそ本当にマナに説教を食らう羽目になってしまう。



「…それじゃ俺は帰らせてもらうとするかね」



 二人の様子を見つて一息付くと、俺は何かを言われる前にさっさとこの場から去ろうと、二人から顔を背けて家の方角へと歩を進めた。



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